キズナ






キズナ























有働とラグビー部一年生メンバーのおはなし

       

  ラグビー部 主将(三年)


「オレらにはオレらのやり方がある」
「でも、先輩らがやってるやり方は・・・・」

有働と一年20人ほどのメンバーが何かもめてる。

「有働にだけは言われたくない!」
「そうや、お前、全然オレらのこと知らんやんけ」
「・・・・・・・・」

有働は口を閉ざした。

入部した瞬間から有働にはレギュラー、NO8のポジションが用意されていて
はじめから3年、2年のレギュラーとガッチリ組んで練習、試合をしてる。
それだけの実力と結果を残してるし、実際、花園に連れて行ってくれたんは有働やから
誰も文句は言わへんのやけど、有働は同じ1年のメンバーから完全に孤立していた。
ファーストジャージを着て試合で喝采を浴る有働と、制服のままスタンドから
メガホンを持って応援する一年メンバーの差はあまりに大きかった。
同じ年だけに悔しさや妬みがあるのは当然やと思う。
それは、有働がどれだけ才能があって「いいヤツ」でも関係のない事や。

でもオレら三年は口出しせんかった。
これは有働自身が解決することやから。
いくら才能があっても、ラグビーは一人ではできひんことを、有働は誰よりも知ってる。

同じ学年のメンバーとどうやっていくか、
それが有働の一番の課題やった。
「えらいこっぴどく言われてたな、ウドー」
ちょっと茶化した言い方をしたら
「別にオレ、友達つくるためにラグビーやってるわけとちゃいますし
 どうでもええんです!練習しましょう」
有働らしくなく投げやりに言い放った。

それからの練習はえらく荒れた。
有働に潰され、ひかれ、ペチャンコにされた
上級生がそこら辺に死屍累々状態や。

「あ〜あ・・・・・あいつ相当こたえとるな・・・・」
 
  有働


捻挫した。

「最近、荒れてるけど、無茶したら怪我するど」
高橋に忠告された直後に足を捻挫した。

幸い軽い捻挫やから、次の試合にはなんとかなりそうやけど
故障で練習に参加できひんのは、初めてやった。

「ほうか、痛んだんか」
「すいません」
先輩たちは嬉しそうに妙にニヤニヤしていた。
「ほんなら有働、アッチ、行って来い」
先輩が指差したのは部室やった。
「うちは男子校やから女子マネージャーがおらん分、
 様々な雑用は一年か怪我をしたモンがやってるんや」
「はぁ・・・・・」
「思う存分、掃除、洗濯、ボール磨きやって来い」
「その後ドリンク作りや」
「はい・・・・・」
オレはションボリ部室に向かう。

「あ〜!お前!違う!そうやないやろ!」
一年のリーダー格である藤堂が怒鳴った。他の一年も冷たい目でみてる。

「でも、やり方を教わってへんのに・・・・」
「そんなん、普段見てたらわかるやろ!」
「・・・・・・・」

掃除、洗濯、ドリンク作り、アイシング用の氷のう作り、グラウンドでの水出し、
テーピングなどケガの手当てからスコア、ビデオを撮ったり備品の管理、
練習終了後はグラウンドの整備や練習で使ったドリンクボトルなどを洗って
今日の練習の記録を書く。
やることは次から次へとあり、激しい練習をしている時より疲れを感じた。

いっしょに作業をしている一年メンバーからの厳しい言葉と態度も追い討ちをかける。
なんでいつもチームのために真剣にやってるオレに、そんな態度をとるのか
正直理解できひんかったし、苛立ちも感じながら数日間・・・・・。
 
  「疲れた・・・・」

ボールを磨きながら呟いた。

嫌われてるのは知ってる。
怒鳴られることも仕方ない。
オレがショックやったんは、ラグビー以外のことは全然できひんという事実や。



先生に会いたい・・・・。
セックスが無性にしたかった。
「あれっ?有働・・・・」

扉が開かれた途端、先生に襲い掛かった。
「!!!?」
肩を掴んで荒っぽく玄関の壁に押し付け、
上から噛み付くようなキスをした。
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」
突然のことで驚いた先生は声にならん叫び声を上げて
オレの後頭部の髪を引っ張り抵抗したけど
怯まず耳と首筋に噛み付いた。
そのままズボンに手をかける。

「あいたたたたた!!!」
ズボンにかけた手は一瞬で関節技をかけられて
気がついたら玄関の床に押さえつけられてた。
「ったく、コーコーセーは危険な生き物やな!」
 
  「落ち着いた?」
背中を丸めてションボリ座るオレの髪をクシャクシャして聞く先生。
「うん・・・・・でも股間は落ち着いてへん・・・・」
「足、怪我してるくせに」
「もうほどんど治ったよ」
「そうか、まぁでも、ええ休息になったんちゃう」
「・・・・・うん・・・まぁ・・・・」
オレは言葉を濁して
「なぁ、セックスしよ・・・・」
白い首に手を伸ばして、しつこく迫った。
「同じラグビー部の一年は頑張ってて偉いっちゅ〜のに、レギュラーがこれやもんなぁ」
先生は呆れ顔で、オレの手を払った。
「はぁ?!」
あからさまにムッとして、唇をとがらす。
「なんであいつらが偉いん?」
「なんでて、いつも公園で・・・・」
「へ?」
「あれ?有働知らんの?」
「なん?」
「学校近くの公園で、もう何ヶ月も前から、部活後さらに一年全員が練習してること」
「・・・・・・」
うそ・・・・・部活の後にさらに練習?
「オレ、仕事帰りに見かけたら、よう人数分のジュースおごってやってるんやで」


「・・・・・先生、それ、北公園?」
「うん、そう」
「・・・今日も?」
「多分」
オレは玄関を見て、先生の顔を見て、また玄関を見た。
「ごめん、ちょっとオレ見てくる!」
「え?ちょ・・・・有働!」


北公園に行くと、本当に一年全員が練習してた。
時間は8時半・・・・。
飯も食わずに、しんどくて誰もが嫌うランパスを黙々としてる。
「ボール落とした!アゲイン!」
藤堂が叫んだ。
ダッシュで走って100m。それを往復で10本。
途中でボールを落としたりするともう一本、「恐怖のアゲイン」や。
これは、かなりしんどい。
その後は、さらに地獄のZランやった。
いつまでも続く走り込み。

洗濯、裁縫、ボール磨きにグランド整備・・・・。
オレはレギュラーとして先輩らに混じってやってるから、
実質免除されてる。
でも皆はその分練習時間が短いから、
下校後ここに集まって練習してたんや。


※ランパス=走りながらパスをつなぐ練習
※Zラン=パスをした後ラインの端までフォローしなけばならないランパスの変形(ランパスよりしんどい)
 
  「お前、全然オレらのこと知らんやんけ」

メンバーの言葉が胸に刺さる。
そうや、オレは全然知らんかった・・・・。
はじめから最後まで練習できて当然やったから。

練習が終わったら先輩らにラーメンおごってもろたり
先生ンち行ったり、飯食ってそのまま寝たり・・・

裏方がどういうことをしているか全く知らずに
ノホホンと過ごしてきた自分が恥ずかしかった。
藤堂


「明日からオレ、練習に戻ることになったし・・・」
有働は部室でドリンクボトルを洗いながら、
一年全員に聞こえるように言うた。

「・・・・・・・・」
皆、無視をする。

地味な裏方仕事にうんざりしてるやろうから、
練習に戻れて、さぞ精々したことやろう。

すると、有働はオレの方を向いて
「でも、これからはできるだけこういう仕事もするつもりや」
ハッキリ言い切った。
「え・・・・」
皆、アホみたいに声を揃えて有働を見た。

「オレ、レギュラーという立場に甘えてたことがよぉわかったんや。
 グラウンドの外から支えてくれてる人たちがいるからこそ、オレは走れる。
 そういうこと、全然気がついてへんかった」
「・・・・・・・」
「確かに皆のこと、わかってへんかった。
この前は偉そうなこと言うて、ごめん」

有働は頭を下げて謝った。
 
  有働がすごいヤツってことは入学する前から知ってた。
オレらとはレベルが違う。根本的なところから違う。
同じ年やのに、すでに学生レベルやないプレイを
はじめて目の前で見たときは度肝を抜いた。
FWの有働の、軽く流してるように見える走りに、
BKであるオレが追いついたことは一度もなかった。

努力したらいつか有働に追いつけるとか、そんな次元の話でもなく
持って生まれた才能とかセンスの問題だけに、余計悔しかった。

先生や先輩らから可愛がられ、女の子にはキャーキャーと黄色い声で騒がれる。
有働自身は決して嫌なヤツではないのも、余計腹が立つ。


でも・・・・・
有働はいま目の前で頭を下げてる。
オレらが勝手にひがんでるだけで、本人には全く非がないのに・・・・。

「お・・・・おう・・・・・」
オレは焦って
「その・・・なんや・・・えと・・・・」
必死で言葉をさがす。

下げた有働の頭の中心につむじが見える。
「・・・・オレらも子供じみた事したな、悪かった」
背が高いから普段は見えへんつむじを指で突付いて言うた。
「いや・・・皆の態度は当然のことやと思う」
有働は突かれたつむじをさすりながら頭を上げた。


※FW(フォワード)=主に攻撃を担う選手達。
 激しい肉体のぶつかり合いに負けない「強さ」を求められる
※BK(バックス)=得点に結びつける選手達。
 「足の速さ」を求められる。
「あんな、有働・・・・」

オレはすべてを打ち明けることにした。
「有働はもう忘れてると思うけど、オレ、大阪のH中学でウイングしてたんや」
「え・・・・強豪のH中・・・・?」
「オレとお前、去年、決勝で戦ってるんやで」
「・・・・・・・!」
「三点差でうちが勝ってた後半ロスタイム、有働がターンオーバーで
 そのまま走りきって逆転優勝したやろ。あのときボールを奪われたのがオレやった」

有働は驚いて言葉を失ってたけど、他のメンバーはもっと驚いてた。
「走る背中を必死で追ったけど、FWの有働にまったく追いつかへんかった。
 だからオレは大阪の学校を蹴って、有働のいる伏水に来た」
「・・・・・・」
「有働のすべてを盗みに、追ってきたんや」

「・・・・うん・・・・」
有働は頷いた。
「でも、身近でプレーを見れば見るほど、あの時の背中以上に遠くに感じて悔しかった。
 だからきつく当たってしもた。卑怯なんはオレの方や」
今度はオレが頭を下げる。
「ごめん!許してくれ!」


※ウイング(WTB)=多くのトライを得ることが求められ、チームの中で最もスピードのあるプレーヤー
※ターンオーバー=プレイ中に相手ボールを奪取し、攻守が入れ替わること。

 
  「お互い様やで」
今度は有働がオレのつむじを上から突付いた。

「北公園で練習してるのを見て、オレも皆とパスをつなぎたいと思ったんや」
「え・・・!」
また皆で声が揃ってしまう。
「知ってたんか」
「うん・・・・先輩から聞いたけど、あれ、【打倒有働の会】っていうんやろ」
「う・・・・」
肘で突付き合うオレらを見て有働は苦笑し、
「あの、良かったらオレも北公園の練習、参加してええかな?」
恥ずかしそうに言うた。

「おう、来いや!」
オレの一言で、他のヤツらも入ってきて
「有働はラインアウトが苦手やから、オレらが練習相手になったる」
「そのかわり、いろんなこと教えてくれ!」
本当は皆も有働と仲良くなりたかったんやろう、すぐに大きな輪になった。
「うん、オレなんかで良かったら!」
その嬉しそうな顔は、等身大の高校生そのものや。
「たまに稲嶺先生が通りかかって缶ジュースおごってくれるんやで!」
「へえ・・・ええなぁ」
有働はニカッと笑った。

オレは有働の前に立ち、
「皆でパスをつないで、花園に行こう!」


背中ではなく、真正面に、やっと向かえた気がする。




※ラインアウト=タッチラインに対して垂直に並んだ両チームの選手の間にボールを投げ入れ、
空中などでボールを奪い合う。(身長の高い選手が主に行う)
稲嶺


最近、有働が遊んでくれへん。

今までは平日も週1〜2日は練習が終わって門限までの30分ほど、
うちへ寄ってたけど、部活後さらに北公園で一年生だけの強化練習に
参加しはじめてから、休日しか来れへんなった。
今週は休日も試合があるから、
二人きりで会える日はまったくない。
「・・・・つまらん・・・・」
家仕事(採点とか)もないし、野球中継もないし、家にいても暇やから
コンビニで大量にドリンクを買って、北公園に行ってみた。

「もっさんもっさん!サイドやッ!」
「掻け!掻けッ!」

夜の公園に響く声。
今日は試合形式の練習をしてるから、
オレが近づいても誰も気がつかへん。
有働が参加したこともあって、もう遅いのに
公園には女の子たちもチラホラいる。(ムカ)

いつもどんどん前へ出る有働がサポートに徹していたけど
先輩らにまじって練習してるときよりもイキイキしてる。
「ヨッコンや!」
「いや、そらノッコンやろ!」
失敗した者に軽口を言うたり気楽な雰囲気で
心から楽しんでいるのが表情から見てとれた。
オレを含め、普段有働の周囲は年上ばっかりや。
無理をしているところもあるのかもしれん。

「あれが有働少年の本来の姿なんやろなぁ・・・・」
小さく呟くと
「あ!稲嶺先生!」
藤堂がオレに気がついた。

 
  「あ…どもども」
試合は中断し、メンバーがワラワラと寄ってきた。
最後に有働が振り向く。

「差し入れやけど、試合続けて続けて!」
妙に恐縮してしまう。
「いえっ、ちょうど休憩しよと思てたところです。
 いつも差し入れ、有難うございます!」
藤堂が丁寧にお辞儀をすると、他のメンバーも
「ありゃーしたー!」
真似してペコリと頭をさげた。
藤堂はリーダーシップのあるヤツで、メンバーの信頼はあつい。
三年になったら実力の有働か、統率力のある藤堂か、
キャプテン・バイスキャプテン決めに悩むやろう。

有働は肩で汗をふきながら、無言でゆっくりと歩いて来る。

メンバー一人一人にドリンクを配って、(オレはマネージャーか)
最後に有働に渡したとき、いきなり強い力でオレの手を取って引き寄せ、
「先生、好きです」
と真剣な顔で得意の公開告白がきた。
「は・・・・はぁ?」
「ブッ」
「有働、アホや〜ッ!」
瞬時に爆笑の渦にのまれる。
「先生先生!オレも好きです!」
「オレもずっと前から憧れてました!」
悪ノリしたメンバーが次々にオレの手を握っていくと
「先生はオレのんやから、触らんといて」
有働が体を張ってさえぎり、また大爆笑された。
どこまで冗談で本気なんかわからん。

オレは耳まで赤くなって、後ろから有働のケツに蹴りを入れた。