ラグビーと忘れ得ぬ人  
   有働雄哉


「雄哉!ラグビーしようや!」
ねぇちゃんの彼氏は大学でラグビーをしてて、会うたびにいつも誘われた。
「ラグビーは男の中の男のスポーツやぞ!グラウンドの格闘技や!」
「で・・・でもボク、体が小さいし、そんな危険なスポーツしたら
 絶対ねぇちゃんらに怒られる・・・・」
小学五年のオレは運動神経は良かったけど、ちょっと内気やった。
「雄哉はねぇちゃんらの言うこと聞きすぎる!男やろうが!
 それにお前は、これから身体がどんどん大きくなるぞ、絶対!」
ガハハと豪快に笑いながら、オレの背中をバシンと叩いた。
「ONE FOR ALL,ALL FOR ONE!
 ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために。
 それがラグビーや!どうや、本気でやらへんか!オレが教えたる!」
 その日から近くの公園でラグビーの特訓がはじまった。
日が暮れるまでビッシリと。
そうしているうちに近所の子らも仲間に加わって、いつの間にか友達がたくさんできてた。
「雄哉、オレら中学入ったら、ラグビー部つくって、本格的にラグビーしようや!」
「そうやな、ちゃんとしたとこでやりたいな!」
皆で笑って誓いあい、そんなオレらを、ねぇちゃんの彼氏は嬉しそうに見つめてた。
 
  逞しくて底抜けに明るかったねぇちゃんの彼氏は社会人になってすぐ、交通事故で亡くなった。
そのときのメンバーで全国制覇した瞬間を、誰よりも誰よりも誰よりも見てほしかった。


有働四女


中学の全国大会決勝。

ノーサイドの笛がなった途端、ゆうちゃんは崩れ落ちた。
チームメイトは両手を上げて勝利を喜んでいるのに
主将のゆうちゃんは、「形見」のヘッドキャップを握って大泣きした。

ゆうちゃんはずっと我慢をしていたのかもしれへん。

私だけが哀しくて辛いと思っていたけど。
 
 
 









高橋と姉ちゃん





有働


「ゆうちゃんがラグビーしてるとこ、見に行きたいな!」

実家の玄関で、OLしてる四番目の姉ちゃん(24)が言うた。

「う・・・うん・・・・・また今度」
「今度試合、みに行っていい?」
「・・・・う~ん・・・あ!電車に遅れる!次帰るん盆やから!ほな元気でな!」

オレは慌てて靴を履き、飛び出した。




姉ちゃんには試合に来てほしくないんや。

高橋・・・・・ソックリやもん。
絶対高橋を見て、思い出す。

もう姉ちゃんの泣く姿は見たくない。



有働



「有働!すごい美人が呼んでるで!」

試合10分前のロッカールーム、集中して闘志を燃やしているときに、先輩がオレを手招きした。
「これが年上の情熱的な彼女か?」
先輩がニヤニヤ耳打ちする。
「へ?」
扉を出ると・・・・・

「ね・・・・姉ちゃんッ!」
「へへ、ゆうちゃん、来ちゃった!」
「なんや、有働の姉ちゃんか~」
姉ちゃんは美人と言われて照れつつも嬉しそうに笑った。

うわ、どうしよう!一番来てほしない四番目の姉ちゃんが来てしもた!
高橋もロッカールームにいるのに!
慌ててこの場から姉ちゃんを離そうと思った次の瞬間には
「おお!有働!お姉さんが来てるらしいな!」
高橋がドスドス出てきた。

うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
オレは頭を抱え込む。

「あ、どーもどーも、はじめまして!」
ほんまに美人やな~と高橋はオレのわき腹をつつく。

姉ちゃんを恐る恐る見たら・・・・・・

やっぱり、目を見開いて凍ってた。
 
 

有働



「と・・・・とにかく今から試合やから、姉ちゃんはスタンドに戻って!」
何か言いたげな姉ちゃんの背中をグイグイ押して扉を閉めた。
「なんや~、お姉さんに冷たいなぁ、ゆうちゃん」
こっちの気持ちも知らんと、高橋はノホホンと言い
「よっし!ほな今日も気合入れて行くか!」
とメンバーに声をかけた。

笛が鳴って試合がはじまった。
でもオレはスタンドにいる姉ちゃんが気になって、パスミス、ノッコンを繰り返す。
(今日は先生が用事で来れんで良かった・・・)

姉ちゃん、美人やから会社でもすごいもてると思うんやけど、
あれ以来誰とも付き合ってへんもんな。
野洲さん、ほんまにええ人やったから、忘れられへんで当然やと思う。
オレかてそうや。
それでも最近やっと明るく笑えるようになってきたのに、
ソックリな高橋と会ってしもて、泣き暮らしたあの時にまた戻るんやないかと、
それが心配やったんや。

そんなことを悶々と考えていたら、

「有働ッ!危ない!!」

オレは相手のタックルをまともに受けて倒れこんだ。



有働


「痛・・・・ッ!」
思いっきり倒れて、肘から出血した。
ラグビーは出血したら血がとまるまで一時退場しなアカン。
止血しようとベンチに戻ったら、腕組した高橋が
「ゆうちゃん~、上の空でどないしたんや。
 調子悪いんやったら今日はこのままベンチで座ってろ」
さっきの流れでオレを「ゆうちゃん」呼びながら、口調は怒ってた。
こういう時の高橋は厳しい。
その言葉にしょんぼりしていたら
「ゆうちゃん!ゆうちゃん!大丈夫ッ?!」
いきなり姉ちゃんが顔面蒼白でベンチに走ってきた。
「血が出て!大変!!」
オレの腕を掴んで高橋に叫んだ。
「あの、治療!治療してください!」
「なぁに、こんな傷はヤカンの水をかけて、唾つけといたら治ります」
高橋は頭を掻いて、アッケラカンと答えた。
その言葉に驚いた姉ちゃんは
「そんないい加減な処置して、ゆうちゃんの腕が使えなくなったらどうするんですか!」
「ハハ、大丈夫、気合で治りますよ」
「気合て・・・!あ、あなた、それでも教師ですかッ!」
姉ちゃんは本気で怒った。
「ね・・・姉ちゃん・・・・」
「大丈夫ですってお姉さん、はい、ヤカン」
高橋はすこし困った顔をして、でもヘラヘラ笑いながらヤカンを差し出した。
「もういいです!私が治療します!」
姉ちゃんはオレの腕を掴んだまま、ベンチを後にした。
 
 


 「ゆうちゃんが試合に来てほしくない感じやったん、これでなんとなくわかったわ」
ロッカールームで姉ちゃんがオレの腕を消毒しながら呟いた。
「・・・・・・・・」
オレはなんて答えたらええかわからずに無言でいると、
「でもあの人、外見が野洲くんに似てるだけで、中身は全然似てへんね」
唇をとがらせた。
「え・・・そうかなぁ?」
性格も大概おんなじやと思てたけど・・・・。
「昔、ゆうちゃんが練習で怪我したとき、野洲くんはすごく心配して、すぐ治療してくれたもん」
「あれは、オレまだ子供やったし、体もできてへんかったから・・・・」
「ゆうちゃんはまだ子供です!」
ペンッと叩くようにバンドエイドを貼り付けた。
「いたッ!」
「とにかく腹がたったわ!我が家の大事なゆうちゃんやのに!」
そう言いながら姉ちゃんは立ち上がり
「今後はちゃんとするように、あの人に注意してくる!」
鼻の息も荒くベンチに戻ろうとするんで、
「ちょお!姉ちゃん!恥ずかしいからやめてぇな!」
ズンズン行く細い背中を、子供の頃のように必死で追いかけた。


それ以来、「監視役」と称して試合のたびに姉ちゃんはベンチに来るようになり
「美人のマネージャーができた」
とメンバーは喜んだけど、姉ちゃんにいちいち小言を言われる高橋は
さすがにお手上げ状態で困り果ててた。







 








高橋




「高橋さん、ゆうちゃんは精一杯頑張ってるんやから
 そう厳しく言わんといてください」

有働の姉ちゃんは試合のたびにやってきて
オレの近くに居座り小言攻撃をしてくる。

スコアをつけたり水を用意してくれたり
ビデオを撮ったり(弟の映りがやや多いけど)
マネージャー的なことをしてくれて助かってはいるけど、
何故かオレのやることなすこと気にくわへんらしい。

ああ・・・・女ってこんなにうるさかったっけ。

「勉強かてせんとあかんのに、そんな練習練習て・・・・」
「部には部のやり方がありますから・・・」
うんざりして、投げやりに答える。
 
  高橋




オレの態度にムッときたのか
「そういうところは厳しくて、どうして男女交際にはゆるいんですか!」
「は?」
有働姉ちゃんは弟に群がる女子高生たちを指差した。
「男子校の試合やのに、あんなに女子高生を入れて。
 ゆうちゃんもきっと困ってます」
「応援が多い方が選手はやる気がでるし、
 男女交際に関しては本人らの自由ですから」
「でも中学校の監督さんはもっと・・・・」
「もう高校生です。いいじゃないですか、青春してて。
 お姉さんだって、そういう楽しい時期があったでしょう」

そう言うと、有働姉ちゃんは口を閉ざして俯いた。

いきなりその綺麗な目からポロポロと涙があふれる。

「え?ええッ?!」



有働




「あの・・・・有働・・・」

部活後、高橋に話しかけられた。

「オス」
「あ~・・・えっと、その、なんや・・・・」

ストップウォッチを意味なくカチカチ押してモゴモゴしてる。
なんやなんや珍しい。
オレはボールを拭く手をとめた。

「お・・・お姉さん、元気か?」
「は?四番目の?」
「うん」
「さぁ?全然会ってへんし知らんです。
 あれ?そういえば最近来てませんね、あんなにうるさかったのに」

高橋は「うん・・・・」と呟いて肩を落とした。

「・・・あの・・・なんかあったんですか?」
「いや、その「なに」があったんかオレにもわからへんのや」
「へ?」
「いつものように言い合いしてたらやな、急に泣かれてやな・・・・
 そんなヤワいタイプとちゃうのに、いきなりやで」

しょんぼり頭をかく。

そうや、勝気な姉ちゃんは人前で簡単に泣くタイプと違う。
涙を流すというたらひとつしかない。

高橋、きっとそこにふれたんや。

「あの・・・・何を話したかはわからへんのですけど・・・・」

一拍おいて、

「姉ちゃん、彼氏を事故で亡くしてるんです」
「え・・・・」
 
  有働




オレは幼い自分にラグビーを教えてくれて、若くして交通事故で亡くなった
姉ちゃんの彼氏の事を一通り話した。
高橋に似ていることだけは省いて・・・・。

高橋は今までみたことがないような深刻な表情で聞いている。
やっぱり思い当たるところがあるのか、話し終わったら
ひとつだけため息をついた。

「その・・・・姉さんの携帯番号知ってるか?」
「あ、はい」
「教えてくれ」
「・・・・・」

番号を教えたら高橋は走って行った。

その背中をオレは複雑な気持ちで見つめていた。
 

有働





その後、どんな話をしたのか知らんけど、
次の試合で姉ちゃんはひょっこり現れた。
部員みんな、「マドンナがかえってきた!」
って喜んだけど、いつものように横にドスッと座って
文句を言いまくる姉ちゃんに、高橋だけうんざりした顔をしている。
すべてがいつも通りや。

高橋は相変わらずオレの先生にデレデレした顔をしているし、
何にも変わらへん。
いや、変わんといてほしい。

高橋はいい人やと思う。
姉ちゃんの「幸せ」をオレは誰よりも願ってる。

でも、姉ちゃん
お願いやから、
ずっと、これからもずっと

「あの人」のこと、忘れんといて・・・・。







(終わり)
 
  高橋


「有働さ~ん!彼氏がおいで~!」
「ちッ…違いますってッ」

その声に福娘が振り向いた。
「あれ?」
小夜さんはオレを見るなり
「ゆうちゃんは?」
こんにちは、とか、こんばんは、の挨拶もなくいきなり弟や。
「逃げられました」
「え~ッ!引きずってでも絶対連れてきてって言うてたのに!」
「年頃の男の子は恥ずかしいんですよ」
「ゆうちゃんに福娘姿、見てほしかったのに」

十日戎の神社。
小夜さんは普段と全然違って見えた。
「高橋先生って、ほんまに役立た…」
「綺麗ですね」
「え…」

柄にもなく、すこし赤くなった小夜さん。
「へぇ、これが福娘のコスプレですか」
「コスプレちゃいます!もう!!嫌い!!」
笹でしばかれた。


有働小夜


近畿大会の会場で迷子がでて、母親を探している間
うちのテントで預かることになったんやけど、
飴ちゃんをあげても抱っこしても何をしても
大泣きする子供に、どう対処したらいいものか困っていたところに
「おっ、元気な泣きっぷりやな」
と高橋先生があらわれて
「ほれ、これ持ってみ」
子供にとっては大きな大きなラグビーボールを手渡した。
「ラグビーゴッコしよか」


自分の頭より大きいボールを持ってヨロヨロ走る子供に
危なくないように優しくタックルして体ごと抱えて転げたり、
抱えたままトライしたりして一緒に遊んでる。

「そんな乱暴に…」
とハラハラしたけど、さっきまで泣いてた子供はキャッキャ大喜び。
「高橋先生、下にきょうだいがいっぱいいるって言うてたっけ…」


しばらくすると母親が見つかったと連絡が入った。
「お母さん見つかったて!良かったな!!」
と言って高橋先生は慣れた感じで子供を抱き上げ
母親のいる場所に連れて行った。


「あの人」も子供が好きやった。
人見知りが激しかったゆうちゃんもすぐに慣れたぐらい。

暗くなっても公園でずっと遊んでたっけ…。
楽しかったな…。

高橋先生のそんな姿を見ると、あの頃を思い出して…

切なくなる。




 
 
 有働小夜


高橋先生はいっつもジャージやから、公式な試合で
たま~にシャツにネクタイなんかしてるとうかつにも
普段とのギャップにちょっとだけときめく。

でも、よ~く見るとシャツのボタンが取れかけてたり
ズボンのお尻の縫い目が裂けてたりして
選手の破れた練習着といっしょに縫うこともある。

もう!