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ゲームオーバー 或いは 自分と誰かを同時に言い包める参考例


僕がブラウザを閉じる頃には、日付なんてとっくの昔に変わっていた。
ハイになっているのか、こういう時には眠気を全く感じないものだ。また今日も眠るのに一苦労する予感がして僕は静かに溜息を吐く。
音を立てないように移動し、ゆっくりとベッドルームのドアを開く。
今のセーフハウスはまだ新しめのアパートメントで、余程のことがなければドアの開け閉め程度では音がすることはない。
その為、気付いたらスネークに背後から覆い被さられていたことは数え切れないほどだ。


静かに毛布を捲るとスネークは僅かに覚醒する。
僕にはとても真似出来ない芸当で、毎日見てもこれが中々飽きない。

「寒い」

必要最低限の単語しか口に出さないところも飽きない。
暗いのをいいことに満面の笑みを浮かべて、僕はゆっくりと高熱源体の中へとすっぽり収まるのだ。
いつもならこれでおしまい。とろとろと眠りに落ちて、いつの間にか朝になってスネークに悪戯染みた起こし方をされて目覚めるだけ。
背中越しにスネークの鼓動を聞きながら、ああそういえば夕食を食べたっけなあ―――と初期モードの頭で考えてしまったのが運のツキ。




腹の虫が自己主張した瞬間、僕の体は高速で反転した。
灯りの消えた部屋のはずなのに、僕にはスネークの眼の色が綺麗に見えている。表情も見える、いや想像が付く。
これは―――ちょっとしくじったかも。

「オタコン。一応訊いておくが、7時間前の俺の言葉に返事をしたことを覚えているか」
「お、覚えてるよ。君は『お前の分はキッチンに置いておく。どうせ今手が離せないんだろ?』って言って、僕は『うん分かった、後で食べるね』って答えた」
「確信犯にもほどがあるな」
「え。えっとそうじゃなくてね、確かに僕はちゃんと君に返事をしたよ!したけどそれを意識的に破ろうとした訳じゃなくて無意識的に、つまり、その―――ね?」

僕はもう必死で言葉を連ねていく。
取り敢えず僕の負けは目に見えている。それはもうゲームオーバー画面が脳内にチラつくほどだ。どうして僕は寝る前に食事のことを思い出すんだろう。それ以前に食事を取ろうとしない僕が悪かった訳で。
ああもう、どうしたらいいんだ。



僕の眼が泳ぐのが面白いくらいに分かるのだろう、スネークはにやりと笑って僕の上に圧し掛かってきた。
こうなったらもう逃げられない。捕えられた餌はゆっくりと食べられるだけだ。

「じゃあ今度は確認だ。お前が食事を自発的にしようとするのはどういう時だ」
「こ、このままだと確実に死亡するって僕でも理解出来るぐらい―――弱った時、かな」

多分、今のスネークはさっきベッドに入ろうとした僕と同じような表情をしている。

「俺はお前を匿ってやっている、謂わば保護者な訳だ。保護者としては被保護者を養う義務が生じる。という訳で―――弱ってもらうぞ、ハル」
「ちょっとその論理は跳躍しすぎてるってば!―――わ、悪いのは僕だって分かってるよ。でも僕はもう十分弱ってる。多分朝になったら空腹で自発的に目覚めるから」
「まあそんなのは見れば分かる」



必死に答える僕に返ってきたのは、いつもの軽口を叩く口調の言葉で僕は驚く。
恐る恐るスネークの顔を見れば、思ったより近くにあったその顔は苦笑していた。
てっきり獲物を見るような、いつもの顔をしていると思ったのに。

「スネ―――デイヴ?」
「これぐらい理由を付けておかないと、お前は抱かれてくれないからな」
「なっ―――!ちょ、その為に?!」

僕がそう言うと、スネークは悪戯っぽく片目を瞑り僕の頬を指でなぞる。

「明日予定がある、今日は作業しっ放しで疲れてる、毎日そんな感じでかわされ続ける身にもなって欲しいな。正直毎日こうやって寝ているだけなのは辛い訳だ」
「だって、だって君はそんなこと一言も」
「言えば良かったか?」
「う」

こうやって本音を語るスネークは珍しいので、こんな状況だったのに僕は少し嬉しいと思った。
語られる本音は―――途轍もないが。




確かにここ数週間、スネークと共に寝ることは寝るが抱かれてはいなかった。シャドーモセスを抜け出し、フィランソロピーを作るまでのアラスカでは飽きるほど繋がったというのに。
未だに『最強の兵器』を作った博士を追い求める人々は数え切れないほどいる訳で、僕はネットワークに飛び込み続けながら同時にその痕跡を可能な限り消し続ける毎日を送っている。
リアルでは何度か居所を変えているし、スネークの選ぶ場所だ。今のところ僕が実害を負ったことは皆無である。
だがデジタルは有能だ。大昔の僕の痕跡まで綺麗に保存してくれている。
それが致命傷となることだってある訳で、結果的には毎日作業しても終わらないという事態を招いているのだ。


そんな僕を見ていたスネークも、流石に以前のようにデスクからひっぺ剥がしてベッドに連れ込むということもしなくなった。
ただ毎日のようにキスやハグならばしていた訳で、それが隙間を埋めていたのかもしれない。
別に僕はアセクシャルな訳でもないが気付いたらこうなっていた、としか言いようがない。
だからこれはスネークも同意の上だと思い込んでいたのだ。
それと。

「ぐったりとしたままベッドに入ってくる姿とか、半分眠っているような声とか。毎日誘われてるとしか思えない状況で耐えてた俺が怖いな。無防備な格好で腕の中に入ってくる恋人を見て、それが据え膳じゃないと云える奴が居たら是非とも会ってみたい。まあ、一度や二度は本気でキスしてやったこともあるが」
「いつの間に!もしかしてこの間息苦しくって目を覚ましたのってそれでなのか!」

面白いくらいスネークに記憶されている僕を聞かされるのが、実は物凄く恥ずかしい。
これは僕の最後の砦。もしこれがバレたら毎日のように僕の腰を砕く気になると、流石の僕だって感づいている。




僕は熱くなった顔を両手で軽く冷やし、その手をスネークの頬に移動させる。
不思議そうな顔をするスネークに笑顔で言う。

「ほら、僕はこんなに顔から熱を出すほど弱りかけてる。止めを刺すなら今だと思うよ」

そして僕の出来る、最高に艶を込めた笑みを浮かべてみる。
ああ恥ずかしい。
でもきっとここまでしなきゃスネークは僕にキスすらしてくれないだろう。スネークは悪戯好きだから。
さっきから火傷しそうに全身が熱い。
下の方でお互いの熱が布越しに触れ合う度に血流が倍速になる気がする。
これはもう、ゲームオーバーどころじゃない。敵に寝返っているようなものだ。
敵は口の端を軽く上げて、主人公を誘惑しにかかった。