main

通りゆく


例えば昼下がりの陽気な午後。
例えば作業を終えてふと見上げた夜空の下。
そんな心落ち着く時に、通りモノはやって来るんだ。
隙間を、狙うように。



アップダウンが激しいのはお前もだと言われて、僕は少しショックを受けた。
自分は正常だと思っていたからなのかもしれない。無意識下で。
「お前が正常なら、俺はきっと完璧とでも言えるだろうな」
「何それ、とっても失礼。君にだけは言われたくないね」
「こっちだってお前にだけは言われたくない」

子供染みた、お互い本心ではないと分かっている口喧嘩。元々スタンドアローンを好む者同士、べったりした関係よりは多少の対立を必要としていた為に産まれた副産物。
儀礼終了後は形だけの対立を形成する。話しかけない、近寄らない、目も合わせない。
そして気付くと二人とも同じタイミングで寂しさが募り、元に戻る。

今日も同じパターン。スネークはマグを持ってダイニングから離れ、僕はマグを空にしてから自室に戻る。そして途中だったプログラミングを始めようとして、
それは、来た。














紙の束が大量に散らばった音がした。
またいつものドジか、どうせ何か取ろうとした時に間違って積み上げた資料にでもぶつけたんだろう、と俺は心の中で笑いを噛み殺した。
何かに集中している時か、別のことに気を取られている時のオタコンは、それはもうどうしようもないほどの駄目人間になる。以前も紙の山に盛大に突っ込み、情けない声を上げて助けを求めてきたことがあった。
次に上がるのが悲鳴だったら助けに行ってやろう、と思った瞬間、また乾いた音がした。
何度も、何度も。
流石に怪訝しい。ここまで大事になるならそろそろ声を上げても良い筈だ。
―――何が起きてるんだ。
静かに、速く、目的地へと移動する。
こんな時に喧嘩していたことなんてどうでも良い。
何があった?


最初に目に入ったのは、真っ白な中心でくったりと横たわるオタコンの姿だった。














色々なモノと、戦った。
記憶には無いけれど眼にするのも厭なモノたちから、記憶には在るけれど思い出したくなかったモノたちまで。
僕にはそれが何だったのかなんて分からない。分かりたくもない。
それが過ぎ去ったことに気付いたのは、視界にスネークの顔が映った時だった。
心配されてる。
これじゃあ相棒失格じゃないか。

「何があったんだ。説明出来る範囲で説明してくれ」
「何でもないんだよ。ただ、ちょっとね」
「ちょっとじゃ分からない。ちゃんと、俺の目を見て話すんだ、ハル」
名前まで呼ばれてる。こりゃあ本格的に相談モードに入ったな。
僕はのろのろと思考する。きっとスネークに「通りモノが来た」と説明してもさっぱり理解されないだろう。それ以前に僕自身巧く説明出来るかも分からない。対象が曖昧過ぎるからだ。

あれこれ考え、誤魔化すことも考えたが、結局事実をそのまま話してみることにした。
案の定彼は呆然とし、そして僕を憐れむような眼で見た。
ほらね、説明なんてしない方が良かったんだ。




但し、いつもより“対立”の時間が短くなったのは嬉しいかもしれない。
案外僕は、寂しがり屋なのかも。