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神へ捧げる薔薇の華



薄暗闇の中、小さなライトの示す先、突き当たりの扉は音もなく開く。
部屋の中はやはり薄暗く、高い天井に付けられた小さな光源からのわずかな光が、中央のイスに座る人物を浮き上がらせている。
「久し振りですね。」
部屋の中へと踏み入ったサラーは、目の前で目を閉じたままイスに腰かけるオーディーンへ向かって声を掛けた。
「相変わらず、君達の行動は私の予測しうる計算通りには進まないのだな。」
ゆっくりと目蓋を上げたオーディーンは、気怠そうに、まさかこんな早い時間に訪れるとは思っていなかったと返す。現在の時刻は午前4時。
サラーは申し分けなさそうに苦笑した。
「まぁいい。それで、私は……いや、私たちは、何時にどこへ行けばいいのかな ? 」
「全て、お見通しってわけですか。」
「何もかも、と言う訳ではないが、与えられたデータから導き出せる全ての可能性の中から、起こり得る可能性の最も高い事象を選ぶというのは、難しいことではないな。私を騙しきるにはまだまだだと、ガンマに伝えておいてくれ。」
(ガンマの嘘つき……)
オーディーンに今回の計画を気付かせない為に行ったというあれこれを、自信満々に話して聞かせたガンマを思い出し、サラーは心の中で呟いた。
「T−05地区・午前6時のスタートです。」
「なんだ、まだ2時間もあるじゃないか。」
「貴方を上手く騙して、そこへ皆を集めさせる為にと用意した時間ですから。」
サラーは自分の役目はもう終わりだと、肩を竦めてみせる。
「お休みのところを起こしてしまってすみませんでした。僕は一度戻りますから、約束の時間にまた、お会いしましょう。」
わざと、これでもかというほどの極上の笑顔を見せてから、サラーは回れ右をして歩き出す。
けれど、来た時にはすんなりと自分を受け入れた扉は、今は堅く閉ざされて。サラーが目の前に立っても、軽く押しても叩いても、開くことはない。
「オーディーンっ!!」
サラーは声を荒げて、オーディーンへと向き直る。
「何の意地悪ですか ? 」
「まぁ、急がなくても良いじゃないか。」
イスから立ち上がったオーディーンが右手を挙げて何かの合図を送ると、イスが消えてトンネルが出来上がった。
「折角久し振りに会ったんだ、約束の時間まで、少しは私につきあってくれたまえ。どうせ戻った所で、君がやらねばならないことは残っていないのだろう ? 」
「それはそうなんですけどね。」
「君が母国へ戻ってから、何年になるかな。最後に直接ここへ来たのは、1年と27日程前だった。ここも私も、常に新しいシステムを導入し続けているのは知っているだろう ? 」
ならば、私みずから、案内してやろう。
そう言って差し出された手に、サラーはほんの少し迷った後で手を伸ばす。
オーディーンに導かれてサラーはトンネルをくぐった。
 
 
 
 
「星が奇麗だろう ? 」
サラーは言われるままに空を見あげた。
ドーム内の天候はその時のプログラムによってある程度変化を持たせているが、季節に関係なく、朝6時に日が昇り夕方6時には月が昇る。今日は雲ひとつない晴れた夜空で、現在半分程に欠けた月が西の空に輝いていた。
サラーは見上げた空に、多少の違和感を覚える。
夜のドーム内に入ったことがないとは言わないが、その時にはまだ星は輝いていなかったし、記憶が正しいなら月は満ち欠けの無い満月だけだったはずだ。
「ええ。はっきり見えますね。けれど、実際の星空とは星の配置が違うようですけど。」
「では、あの方向を見ててごらん。」
サラーが指差された方向へ顔をむけると同時に、夜空の星を繋ぐ白線が描かれる。
「パワードスフィンクス ? 」
驚きに、サラーが呟いた。
「もちろん、他の機体も星座になっているよ。」
どれが見たいかと聞かれ、サラーは思いつくかぎりの名前を挙げる。もちろん、オーディーンはそれに対して、少し得意げな笑顔で応えて行った。
季節や時間帯によって星の位置も変えているようで、今は見れないものも多かったが、それでもかなりの機体を空に描いた頃、サラーは痛くなった首と肩にとうとう空を見あげるのを諦める。
「どうした ? 」
「さすがに、首が疲れてしまって。」
「ああ、そういう場合はこうすると良いのだろう ? 」
苦笑するサラーの肩へオーディーンの手が伸びた。
凝りをほぐすように肩を揉むオーディーンに、サラーはくすぐったそうにして身をよじる。
「ちょっと疲れただけですから、大丈夫ですよ。」
首筋を触られるのは苦手なのだと言って、サラーはスッと体を離す。
フワリと流れた金の髪が、手の甲をサラリと撫でて行き、オーディーンは名残惜しそうにその髪を目で追った。
「もう、髪は伸ばさないのか ? 」
「えっ ? 」
「初めてあった頃は、腰まで長く伸ばしていただろう ? 」
「ああ、髪の毛ですか。そうですね、これ以上伸ばすつもりはありません。」
初めてあった頃ほどではないにしても、一時期に比べればこれでもずいぶん長い方なのだと、サラーは肩下まで伸びた髪を摘まんでみせる。
「奇麗な金髪なのだから、もったいない。って、よく言われるんで、少しだけ長めにしてるんです。」
本当は、自分は短い方が好きなのだと言って、サラーは苦笑する。
「あなたも、もったいないって、言います ? 」
「いや。ただ少し、その金の髪を懐かしく思っただけだ。」
「懐かしい……ですか ? 」
「君達3人がここへ飛び込んできた時のことは、今でも鮮明に覚えているよ。」
あの時、迷うことなく3人の中からサラーを選んで人質として連れて行ったのには、一応理由があるのだ。
金の長い髪が、自分の銀の髪と対になるようで、一段と美しく感じたからだと。
それを誰かに告げたことはなかったし、これから先も告げることはないだろうけれど。
オーディーンは昔の記憶にそっと思いを寄せた。
「あの頃、君は私の胸あたりまでしか身長が無かったな。」
「今じゃ、ほとんど変わりませんね。」
サラーは微笑んで、オーディーンの真横に並ぶ。
まだ少しサラーの方が低いけれど、今でも成長を続けている体は、いずれオーディーンを追い抜くだろう。
「そうだな。ずいぶん大きくなったもんだ。」
「あなたは ?」
「私が、何か ? 」
「あなたはあの頃のまま、これからもずっと変わらないおつもりですか ? 」
自分の気に入るように、いくらだってプログラムを書き換えることができるはずなのだ。それこそ、人の成長と同じように、少しずつ背を伸ばすことだって。
「私は、このままでいるよ。たとえ中身が時代に合わせてどんどん更新されていても、私が私で居続けるかぎり、私はこの外見で居るつもりさ。」
人のようにありたい。
そう思ったことがないとは言わないが、それでも、自分の存在の意味を知っているから。それに対する自負も持っているから。
今の自分を気に入っているのだ。
そう言って、オーディーンは笑う。
サラーは少し寂しそうに、それを見て微笑んだ。
 
人であって人でなく、敵であり仲間であり友人でもあった。
過ぎて行く時間の中、進んで行く自分と留まる彼と。
ずっと子供のままでは居られなかった自分が、選んだ人生に悔いがある訳ではないけど。自分の選択に自信を無くしかけた時、なぜかいつも、オーディーンのことを思い出す。
小さな箱庭の中で、箱庭の住人達と、いつでも変わらずに来訪者達を暖かく迎えてくれる神の存在。
プログラムされた人格でありながら、悩み、苦しみ、人に近づき過ぎた神との出会いは、自分の人生にかなりの影響を及ぼしているようだとサラーは思っている。
 
「どうした ? 」
「いいえ。ただ、いつか、僕の子供もここであなたと会う日が来たらいいなと思って。」
「そんな予定があるとは聞いていなかったな。」
「まだ、そんな予定はかけらもないですよ。」
驚いた表情を見せるオーディーンに、サラーは楽しそうに笑って告げた。
「気の早い話だな。」
「そうですね。」
「しかし、それはそれで、楽しみではあるな。いつか、ここでのバトルを楽しんだ子供たちが親になって、自分の子供を連れてまた遊びに来てくれる可能性もあるということに、気付かされたよ。」
膨大な量になる子供たちのバトルデータは、それでも、削除されることなく置いてある。
彼らが変わらぬオーディーンの姿に懐かしさを覚えるように、オーディーンもまた、彼らのデータに懐かしさを覚えながら、新たなデータを追加して行くのだろう。
 
だからこれからも、ずっと、変わらないままで。
ここを守り続けて欲しいと、サラーは心の中で願った。
 
 
 
 
「そろそろ、夜が明けるみたいですが、僕たちはちゃんと目的地へ向かって進んでいるんですか ? 」
なにげない会話を楽しみながら、案内されるままにドーム内の見学を続けていたサラーは、白んできた空に約束の時間が近いことを知る。
「ああ、大丈夫だ。もう、すぐそこだよ。」
「でも、誰も、来ていないようですけど ? 」
「ちゃんと、下に集まってるさ。」
「下、ですか…… ? 」
ほら、そこに。
道の終わり、オーディーンの指差す先は崖の下で。
およそ2メートル半程下の平地に、見覚えのある人影が集まっていた。
「タマゴっ!」
見付けた赤味がかった頭に向かって、サラーは声をかける。
「あ、サラー。と、オーディーン。居ないから探しちゃったよ。」
「ごめんね。他の皆は、揃ってる ? 」
「居るよ。後はガンマに連絡するだけ。ねぇ、サラー達はそこから見るの ? 」
ちらりとオーディーンを見やった後、サラーはそこまで降りてる時間がないからそうするよとタマゴへ告げた。
笑顔で頷き手を振ってみせた後、携帯電話でガンマと連絡を取るタマゴを、サラーは微笑んで見つめながら。
「確信犯、ですね。」
疑問符は付けずに、隣へ立つオーディーンに尋ねた。
「ここの方が、きっと、奇麗に見れると思うぞ。」
「そういう問題ではなんですけど、まぁ、そういうことにしておきましょうか。」
「ガンマが始めるってさ〜」
サラーが仕方がないと肩を竦めて見せた時、タマゴの大きな声が響いた。
そして間もなく、目の前に開けた草原の中へ、朝日を浴びながら伸びて来たたくさんの芽が通常の何倍ものスピードであっという間に成長し、見事な薔薇の花を咲かせて行く。
「さすがに5万株はやり過ぎだったのではないか ? 」
下から聞こえる歓声の中、遠くまで広がる薔薇の花園を長めながら、オーディーンが苦笑した。
きっと、下で見ている者達は、その広がりの凄さに気付いていないのだろう。
サラーも思わず苦笑して、そうですねと返す。
「でも、Bパーク通算5万人来訪記念ですから。」
「ああ、有り難いことだな。」
言いながら、もう一度花園の終わりまで視線を飛ばしたオーディーンの目には、優しさが滲んでいた。
 
 



日本アメリ化さん、5万ヒットおめでとうございます。遅くなりましたが、お祝いの品として、贈らせて貰いますv(押しつけ/笑)

本当は、ちょこちょこっと5万本(初期段階では株じゃなかった。5万本でもかなり異常な数ですが)の薔薇でも贈る話を書こうと思っていただけなのですが、気付けばダラダラ長い話を書いてしまいました。5万株の薔薇の花園って何ですか!?(爆死)
相変わらず、ムチャクチャな数設定ですみません。m(_ _)m

2001.12.11.


我転系の有坂さまからカウンタ5万の有難い頂きものです。有難いです。(二度言う)