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この夜に咲く三万の

 西部様からですと言う言葉とともにさし出された受話器を受け取る。
「もしもし、ガンマ ? 」
「そうや。なぁサラー、今度の土曜日、空いとる ? 」
 それはとても唐突で。けれど、彼からの電話はいつだって楽しい催しの誘いばかりだから、それだけで、なんだかワクワクして来るのだ。まるで、パブロフの犬のように、心が勝手に反応するみたいで…
「うん。空いてるけど…何があるの ? 」
 期待に充ちた声だと、自分でもはっきりわかる。そして、その声を聞いた彼もまた、嬉しそうに笑うのを気配で感じる。
 電話越しにだって、そういうことはちゃんと伝わってくるのだ。
「花火大会があるんやけど、一緒に行かへん ? 」
「へぇ、どこで ? 」
「近くの河原んとこや。結構、盛大に花火上げるらしいで。確か、3万発やったかな。」
「すごいね。行くよ。何時にそっち行けばいい ? 」
「5時くらいやな。」
「早くない ? 」
「ええねん。早く行って、場所取りせなあかんし。」
 それなら、また土曜日に。
 お互いにそう言って、電話を切った。
「よう来たな。ほな、あがってや。」
 約束の時間5分前。
 ガンマの家の呼び鈴を鳴らすと、ほとんど待たずにガンマ自身がドアを開けてくれた。
「おじゃまします。」
 初めてあがる彼の家。
「いらっしゃい、サラー。」
 廊下の突き当たりの部屋から、ぴょこんと顔を出したのはタマゴ。見慣れない色柄の服を着たタマゴに、目を見張る。
「あれ ? タマゴ、その恰好は ? 」
「えへへ。着せて貰っちゃった。」
 紺色の布地にシンプルなトンボの柄がプリントされたかわいい浴衣に、奇麗な黄色の帯が映えている。サラーによく見えるようにと、タマゴはくるりと一周回って見せた。
「ワイが昔着てたヤツやけどな。」
 背後でガンマが、満更でもなさそうに笑っている。
「へぇ…よく、似合ってるよ。」
「なんか、お祭りって感じで、ワクワクするよね。早く、夜にならないかなぁ。」
 本当に嬉しそうに、タマゴがにっこりと笑った。
「そうだね。何時から始まるのかな ? もうそろそろ出掛けるの ? 」
「8時からやったかな。家出るのは6時半頃でええやろ。」
 少しだけ考える素振りを見せながら、ガンマが答える。
「それなら、それまでなにする予定 ? まだ、1時間半もあるけれど…」
 5時に来るようにと言い出したのはガンマなので、きっと何かしておかなければならないことがあるのだろうと思って尋ねる。すると、何かいたずらでも企んでいるような含み笑いで手を引かれた。
「取り敢えず、そこの部屋に準備しとるから。」
「え ? 何を ? 」
 質問への答えを聞く前に、脇の部屋へと押し込まれる。そして、その部屋の中には2着の浴衣が置かれていて…
「もしかして…」
「片方はサラーのやで。」
「…なん、で ? 」
「この前の七夕の時、伊集院と北条はんが浴衣着て来とるの見て、いいねって言うとったやんか。着たことないって…」
 確かに、二人の浴衣姿を見ながら、そんなことを言った記憶はあるけれど。
「けど、だからって…」
 戸惑って、思わず困り顔のままガンマを見つめれば。
「せっかく用意したんやし、嫌なんて、言わせへんよ。」
 そんないじわるな言葉と、けれど優しい微笑みと。そして更に、さっさと服を脱ぐように促す言葉と。
「え、ええっ ! 」
 驚きで、思わず声をあげる。
「ホンマは、おかんの方が着付け上手いんや。おかんに着付けして貰った方がええなら、呼ぶけど ? サラーが嫌やないなら。」
「それって、ガンマが着付けしてくれるつもりだってこと ? 」
「浴衣くらいなら、ワイかて一人で着れるし、着せてやれるで。タマゴにはおかんが着せたけどな。」
 どうする ?
 そう尋ねられて、考える。といっても、選ぶ答えは決まっているのだけれど。
「ガンマに、お願いするよ。」
 今日初めて会う彼の母親の手で着せられるより、きっと、多少は緊張しなくてもすむだろうから。

「よく、僕のサイズに合ったものを用意できたね。」
 ちょうど踝の上あたりに裾が来る浴衣に袖を通しながら、感心して溜め息をこぼした。
「ああ、そりゃ、用意したのがセバスチャンだからや。」
「えっ ? 」
「サラーにだけ、内緒やったんや。」
 ペロリと舌を出して笑って見せたガンマに、思わずずるいなぁとぼやく。
「でも、まぁ、こういうビックリなら、嫌じゃないけどね…」
 真剣な顔で浴衣を着付けてくれるガンマを見ていると、なんだか楽しい気持ちがあふれて来るようで、自然に笑みが溢れてしまう。
「まぁ、こんなもんでええやろ。向こうの部屋でおかんとタマゴが待っとるから、見て貰い。」
 今度は自分の着付けをしなければならないガンマを置いて、先程タマゴが顔を覗かせていた部屋へと向かう。
 軽く声をかけてから部屋へ入ると、二人分の視線が自分へと注がれた。
 請われるまま、先程タマゴがして見せたように、くるりと一周まわってみせる。
「サラー、奇麗〜」
「金色の髪に、濃紺の浴衣がよう似合っとるわ。でも、帯の結びが大きすぎる見たいやから、少しだけ直そうね。」
 呼ばれるままに、ガンマの母親の前へ、背を向ける様に立つ。
「男の子やから、蝶の部分は小さい方がカッコええの。せやから、もう一巻して、方蝶結びに変えような。」
 言葉の意味はわからなかったけれど、ハイと返事をして。先程ガンマが帯を結んでくれた時と同じように少しだけ両腕を持ち上げ、彼女の手が器用に帯をもう一巻していく様を眺めた。
(手の形が…というよりも、手つきが、ガンマと似てる…)
「はい、これでええよ。」
 そう言って、最後にぽんと背中を叩く仕草まで一緒で。
「有り難うございました。」
 お礼を言いながらも、そんな他愛もない発見に思わず微笑むと、目の前のタマゴもにこりと笑ったのが見えた。
「サラー、嬉しそう。」
「うん。浴衣着るの初めてだからね。これだけでもう、十分過ぎるくらい、今日、誘って貰えて良かったなぁって思うよ。」
「良かったぁ。」
 そう言って更に笑みを深くしたタマゴに、今度は自分もタマゴへ向けて微笑みを返す。
 やがて、やや濃い目なグリーン地の浴衣に身を包んだガンマが、同じように帯を直されるのを待って、三人揃ってガンマの家を後にする。
 6時半を少しまわった時刻の空はまだ、太陽が残した茜色を、漂う雲に反射させて。タマゴが立ち止まって空を見上げるのに付き合って、駆け足で夜へと変わっていく瞬間を楽しんだ。

「のんきに空なんて見とるから、場所取り大変やで。」
 会場の人の多さが、遠目でも良くわかる。
「そんなに長い時間じゃなかっただろ ? 」
「まぁ、そうやけどな。」
 少しだけ口をとがらせて抗議するタマゴに、本気で言った訳じゃないと笑って見せながら、ガンマが答えた。
「でも、本当、大勢いるね。」
「ああ、こんなに人気あるて知っとったら、もっと早う来るべきやったな。ビリーや猫丸もどうせ来るやろうからって、待ち合わせとか決めんかったけど、これやったら、会えんやろなぁ…」
 ガンマが悔しそうに呟く。
「まぁ、この人ごみじゃ無理だろうね。知らなかったんだから、仕方ないよ。」
「せやけど、浴衣なんて一年にいっぺんくらいしか着んやんか。驚かして、羨ましがらそうと思っとったのに…」
「でもさ、ウロウロしてたら見つかるかもしれないし。取り敢えず、ゆっくり花火見れそうな所探そうよ。」
 タマゴに促されるまま、人の波の中へと踏み出していく。
 けれど結局、ビリーにも猫丸にも会えないまま、最初の一発目が打ち上がり…
「うわぁ!!」
「すごい、大きいね…」
「うっわ、こんな近くであがるもんやったんか ? 」
 ほぼ真上で咲き誇る大輪の花に、それぞれが視線を釘付けにしつつ感想を漏らした。
 始まってしまえば、もう、ごそごそと動く気にもなれず。次々と打ち上がる花火を感嘆の呟きを交えながら見上げ続ける。
 きっとかなり近くから打ち上げているだろう花火は、本当に真上にあがるので。寝転がって見ることができたらきっと楽だろうに何てことを思いつつ、痛くなった首をほぐす様にゆっくりとまわしていたら、やはり、同じように首をまわしていたタマゴと視線がぶつかった。
「すごく、奇麗だよね。」
 そっと囁かれて、そうだねと笑って返した。
 満足げに微笑んだ後、タマゴはまた空へと視線を向けたけれど、ふりそそぐ花火の柔らかな光を浴びた幸せそうな横顔に、目が、離せなくなる。

 タマゴとガンマと出会ってから、たくさんことを教えて貰った。
 気のあう仲間と過ごす、楽しい時間、優しい瞬間。そして、季節を感じるということ。
 花火を見るのは初めてではないけれど、奇麗だと言い合いながら、こんなに大勢の人の中で一緒に夜空を見上げる友達は居なかった。隣で楽しそうに笑われると、自分ももっともっと楽しい気持ちになれるって、彼らに出会う前は知らなかった。

 ポンポンと肩を叩かれて、ハッとして振り向くと、ガンマが困り顔でハンカチを差し出した。
「あんなぁ、感動して涙流すなら、せめて、花火見ながらにしてくれへん ? 」
 それは呆れるというより、むしろ優しさに充ちた囁きで。
 この心の中にあるなんともいえない不思議な気持ちを、ガンマは察しているのだろうか ?
「うん。ごめんね。つい、奇麗だったからさ。」
「こんなんで、涙流せるほど感動して貰えるんやったら、誘ったかいもあるっちゅうもんや。」
 悲しみで泣いていたわけではないので笑顔を見せながら、けれど、差し出されたハンカチはあり難く受け取って知らず流れていた涙をぬぐうと、ガンマはホッとした顔で、そんな軽口を叩いた。
「あれ ? サラー、目にゴミでも入っちゃった ? 」
 二人のやりとりに気付いて、花火から視線を外したタマゴもまた、涙に気付いて心配そうな声をかけてくれる。
「違うよ。花火があんまり奇麗だったからさ、こんなに奇麗な花火を、一緒に見れて嬉しいなぁって思ってただけ。」
「うん。オレも、すごく嬉しい。」
 微笑めば、最大の笑顔が返って来る。
 そして、伸ばされた右手が、キュッと左手の人差し指を握り込んだ。
「ねぇ、今度はさ、皆で花火しようよ。ビリーや猫丸もちゃんと誘ってさ。こんなに大きな花火は無理だけど、たくさん買い込んで、遊びたいな。」
 驚きで口からもれた、「えっ ? 」と言う呟きは、楽しいことを思いついたとばかりに勢い込んで話すタマゴの声によって掻き消える。
「ええんやないか ? どうせ夏休みやしな。」
「サラーは ? サラーの家でさ、泊まり掛けで。夜、花火とか、どうかなぁ ? 」
「うん。それでもいいよ。」
 動揺を隠して賛同を示せば、嬉しそうな微笑みと、更に少しだけ力のこもる右手と。
 どう対処していいのかわからないまま、また、花火の続きを見上げはじめた二人に習って、自分も空を見上げる。
 結局、最後の一発が上がり終わるまで、タマゴの右手が離れていくことはなかった。

っちゅー訳で、初のサラー視点でございます。(笑)
そんでもって、七夕と夏の海の秘密(アンソロ)の間の話です…って、世界観一緒ですんません(^^; すでに、スパビのSSはどれもこれもが続いてるようで(^^; 
一応、3万hitということで、花火の数を3万にして見ました(苦笑)。日本最大の花火大会で打ち上がる花火の数は2万9千弱だそうです…隅田川の花火大会とかでも、2万発なんですって。ちょっと、無理ありすぎでしたね…(泣)

2000.07.25


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