墓掘り夫に簡単な礼と駄賃をくれてやって、本日の勤めがようやく終了した。徒歩で橋を渡っていく後ろ姿を見送るが、雨足が強いせいで、すぐに判らなくなった。まだまだ雨は降り続き、式の時よりも強くなった気がする。
 ひとまず自室に戻ろうと、大股で回廊を急いだ。降りしきる雨で濡れそぼった服をどうにかせねば。暖かくなったとはいえ、まだまだ肌寒い。
 途中、行き交う修道士たちの顔色は暗く、鼻をすすっている者も多い。全くくだらないことだ。
 気持ちは判らないでもないが、仕方がないではないか。
 院長は死んだ。もう生き返ることはない。悲しむよりも、逃げた賊を追い掛けた方が、よほど利がある。
 階段を昇った部屋前に控えていた団員が、携えていた、両面が輪奈となった綿地の布を差し出してきた。これで、身体を拭けということらしい。
 無言ながら、有り難く受け取り「ククールをすぐ呼べ」との伝令に出した。
 室内は静まり返っているが、有力諸侯や僧に院長の死が知れ渡る明日以降になると、弔問の使者で賑わうだろう。まだまだ、後始末は続く。私の仕事は終わらない。
 とりあえず一通り肩や髪、顔を拭ってしまうと、ノック音が三回響く。
「入れ」
 普通の団員と違う、何故だか酷く横柄な音階に告げると、果たして銀髪の騎士が現れる。目に滲みるような赤が、部屋の色彩に華を添えた。
 そんな鮮やかさとは裏腹に、男は伏せ気味の目元をして、さっきまでの自分以上に全身ずぶ濡れになっていた。
 水をたっぷり含んだ髪と布から、ぽたぽたと雫が垂れる。それだけで、絨毯が紅に染まってしまいそうな錯覚を起こしそうだ。
「さっさと拭くがいい。床に水が落ちている」
 適当なものが見当たらず、手に持っていた布を投げた。
 呆然とながらも、投げたものをしっかと受け取ると、のろのろと顔を覆うようにやる。拳をつくって握りしめるが、一向に身体を拭おうともしない。
 ククールが他の団員や修道士ほど取り乱していなかったのは、遠くからだが確認していた。沈痛な面持ちをしていたが、泣いてはいなかった。だからこうして呼んだのだ。
「ククール。お前を呼んだのは、あの旅人とドルマゲスという賊についてだが……」
「――悪ぃ、兄貴」
 切り出した話題を、弱々しく首を振って遮る。
「今日は勘弁してくれ。明日、明日ならきっと……」
 ククールにもよく聞こえるように、わざと舌打ちした。
 認めたくはないが、ククールがそこらの凡人よりはずっと賢しい男であるのは事実だ。知識が伴っているとは言いがたいが、ともかく機転が早く、勘が良い。
 それが、この体たらく。
 結局、信じられるのは私だけか。
「では、明日だ。明日の早朝、あの旅人と共に、ここに来るがいい」
 いつもより殊勝な様子で一礼すると、退出していった。扉が完全に閉まってから、拭き布を持っていかれたのに気づく。まあ、そんなことはどうでもいいが。
 出来れば今日中にククールからの話を聞いておきたかったが。どうせ、あの奇妙な旅の一向を今呼んでも、同じことの繰り返しにしかなるまい。
 ならば、明日ククールを呼ぶ前に、面々のうちで、少しでも話ができそうな輩から聞き取りをしておくか。信じがたいことだが、どうやら緑色の魔物が一番の目上なようだから、あれを呼べばいいだろう。
 それで用が足りればそれっきりだし、補足が必要ならば、改めてククールを詰問すれば済む。
 その内容次第で、こちらの対応も決まる。幾通りかの出方については、既に考えていた。
 今日は……いつも通り、修道院関連の執務をこなそう。
 いつまでも立ち止まって悲しみに浸るなど、愚か者のすることだ。過ぎたことには、今の自分がやれることをこなしていくしかない。絶えず動いていれば、気も紛れる。
 雨粒は、天から万物全て平等に降り注ぐが、斯様にも、自分と同じ思想を抱くものはどこにもいない。






 




ククールは何も判らないくらい小さい頃に全てを失った人ですが、マル兄は物心ついたのちに喪失を味わった人ですから。
似た境遇でも、大分、捉え方が違うと思うです。

05.03.10