・・・・・・あれ? 月曜日、俺はいつもどおり何も代わり映えなく学校へと登校した。そしていつもどおり下駄箱を開けて、固まってしもた。 上履きがない。 何度見ても、しばらく眺めてみても、やっぱりない。 ふと考えてみるんやけど、土曜日に持って帰った記憶なんて全然ない。そやのになんでや?なんで上履きがないんやろ。 「ナツ?はよっ。昨日はサンキューなっ、ってどうしたん?ボーっと突っ立って」 「お、おお。いや・・・上履きがないねん」 アキも自分の下駄箱開けて、自分の上履きを床にポンと投げ置いた。アキのはちゃんとあるらしい。 「え?土曜日持って帰ったんか?」 「いや、まさか」 「やんなぁ。――ってことは、どっかに紛れてるんかな」 アキの言葉に、俺はそれもあるかと他の靴箱を覗いていってみる。誰かが落として適当なところに入れたってことは確かにあることやし。 そう気を取り直してみたものの、自分の周りのどこにも俺の上靴は入ってない。辺り一帯に範囲を広めてみてもみつからない。すると、念のためにと他の場所を探してくれたアキが俺を呼んだ。 俺は慌てて反対側へと回ると。 「ナツ、これちゃう?」 それは下駄箱の一番隅。雑巾と一緒に突っ込まれている上履きをアキが取り出してくれて。見てみると確かにそれは俺のものやった。 「ちょ、誰やねん、こんなとこに入れたん」 俺はホッとした気持ちと、むかつく気持ちが入り混じって湧き上がってくる。 「まぁー汚いゆうたら汚いけどなぁ」 「うるさいわっ」 確かに買ったっきり1回も洗った事もないしめっちゃ汚れてるけど、でもだからって雑巾とつっこまんでもいいと思う。そこまでは汚なないはずやのに。 「はぁ・・・もう月曜の朝から最悪や」 ほんまにめっちゃ嫌な気分になってまう。俺はなんか空しい気持ちで上履きをパンパン払ってから履いた。 「まぁまぁ、元気出せって」 アキはちょっと慰めてくれるんやけど・・・・・・あーあ。なんか情けなーなってくるわ。 それでも俺はアキの慰めの言葉に多少は浮上してきて、いつも通り元気よく教室に入ってった。すでに登校している何人かが声をかけてきて、それはやっぱりいつも通りの日常で安心する。 「冬木も、おはよう」 すでに登校して、隣の席に座る冬木に俺は声をかけた。 「おはよう。昨日はごめんね。急に押しかけちゃって」 「ああ。別にええで。圭も昔の話できるんは楽しかったみたいやし。こっちこそ誰もおらんくって悪かったなぁ、せっかく来てくれたのに」 「ううん」 「なんや、冬木昨日ナツん家行ったんや?」 アキが俺の前のやつの席のところに座って、冬木に話しかけた。 「うん。ご挨拶にね」 「なぁなぁ、びびらんかった?ナツん家めっちゃでかいやん。執事さんまでおるし、俺は初めて行ったときはまじびびったな・・・・・って、遠縁ってことは冬木ん家もでかいんか!?」 何言うてんねん。アキがうちに初めて来たのは小学校ん時で、物怖じもする事なくめっちゃ馴染んでたやんけ。 「ううん。僕の家はそんななでもなくて、普通のサラリーマンの家だから」 「そーなんや。じゃぁうちと一緒やな」 ニヤっとアキが笑った。この笑顔ちょっとむかつく。だからお前はうちにだって全然遠慮せんと馴染んでるっちゅうねん。 俺は思わずアキの座る椅子の足を、ガツっと蹴ってやった。 「・・・ところで、圭ってもうずっと執事してるんだ?」 ちょっと冬木が声のトーンを変えて聞いて来た。やっぱ、そういう事とかって気になるんかな。 「うん。前に留学とかしてた時もあったんやけどな、帰ってきてからはずっと」 ――――ずっと傍にいますよ。 昔アメリカから帰ってすぐに、圭は俺にそう言うてくれたんや。 「そーなんだぁ・・・」 「うん。なんで?」 なんとなく冬木の語尾が、ちょっと俺の勘に引っかかる。 「ううん。別にどうって事じゃなくて。たださ、執事ってなんかもっと年配の人の仕事ってイメージがあったから」 冬木が肩を軽くすくめて言うと、アキまでもがその言葉に乗っかってきた。 「あ、それはわかる!!こう、爺やって感じなのなっ!」 そんなんテレビの影響やろっ。むかつくなぁー 「そうそう。だからなんか違和感っていうか・・・・勿体ないっていうか?」 「勿体ない?」 勿体ないってなんやねん。圭はうちでは色んなパーティーとかの台所関係は全部仕切ってるし、今やなくてはならへん人やねんぞ。 そこで英語力とかもちゃんと発揮してるし。そういう時の圭はほんまかっこよくて、惚れ直すけどな。 「だってさぁ、あの若さでずっと一つの家の中の仕事なんて。視野狭くなりそうだなぁって思うんだ」 「あぁー確かになぁ」 わかるわかると、無責任に頷くアキに無性にむかついて、俺はさっきより強い力でもう1回椅子の足を蹴っ飛ばした。 「ナツっ!?」 「お前、ほんまうるさいわ」 ほんまムカツク。 「なんやねんそれ――――あ、そうか!そういえばナツ、あの執事さんにめっちゃ懐いてるもんな」 ――――っ、だからマジうるさいねんっ。懐いてるってなんやねん。俺と圭はそんなんちゃうわ。 ちゃんと・・・・ちゃんと、愛し合ってる中やねん!!! そう叫んでやりたいけど、まさか出来るはずもなく。俺は無言でアキを睨み付ける。 「へぇ〜そうなんだ。じゃぁ、知ってるかなぁ。圭って昔なんか、夢があったような気がしたんだけど、それはどうしたんだろ?」 「え・・・」 夢・・・?そんなん初耳やねんけど。俺は冬木の言葉にびっくりして、思わずポカンと冬木を見つめてしもた。 なんで俺が知らん事を冬木が知ってるんやろ・・・ 「あ、お前知らんねやろ?」 ――――ブチッ!!!! ざわざわと心がざわめいている時にアキの言葉はいい加減頭に来て。俺は湧き上がるイラつきが抑えられないままに。 バン!!! ダン!!!! 「――――え・・・?」 思いっきり机を叩きつけて立ち上がると同時に、違う場所でも大きな音が響いた。 「・・・・あ」 やばっ!!顔を上げると、赤鬼みたいな顔をした担任、野口が立っていた。 「お前ら、いいか!とっくにチャイムは鳴ってる!!青木はさっさと自分の机につけっ。佐々木!お前はいいからそのまま立ってろ!!」 ――――・・・・うわ・・・・・・サイアク・・・・・ そう。まさに俺の1日は最悪そのものだった。朝きたら上履きがなく、野口には怒鳴られ。そして1日中、朝の会話が頭を離れなかった。 ・・・・・勿体ない ・・・・・夢があったの、どうしたの? ・・・・・視野が狭くなる もう色んな単語がひっきりなしに出たり入ったりしてきて。 体育の授業中も全然身が入らんくて、パスされたサッカーボールに躓いて転んでしまった。 「どうしたんです?」 俺は今日も慌てて家に帰った。いてもたってもいられなくて。 なのに、帰ってみるといつもの圭の出迎えがなくて、慌ててその姿を探してみると、圭は庭に出て花に水をあげていた。 その圭の背中を俺がじっと眺めていると、いつから気付いていたのか圭は振り返ることなく言った。 「・・・別に。見てるだけ」 十分自分でも自覚があるけど、声のトーンが拗ねている。いつから気づいてたんだろ。 「もう少ししたら食事の用意が出来ますからね」 「うん」 庭にはたくさんの木々が植えてあって、その管理のほとんどを圭がやっていた。大きな植木の伐採には職人さんの手も借りるけど、それ以外――――植え替えや虫の除去、日々の水遣りや肥料などは全部圭一人。 そんな圭の作品。いつもこの庭には季節の花が咲き誇っている。 「出迎えなくて、拗ねてるねんけど」 ちょっと圭に近づいて俺はわざと思いを口にすると、圭の肩が上下に揺れた。 「何笑ってるん?俺は怒ってるねんでっ」 「拗ねてる、でしょ?」 きっちり訂正されて、ようやく圭が俺のほうへ顔を向けた。 「おかえり」 ・・・・バックに花を背負った圭の笑顔は、背景に溶け込むみたいに綺麗やった。 「ただいま」 その顔に見惚れて、頬がちょっと熱くなるんがわかる。 聞きたいことが一杯あったのに。不安に思う事がいっぱいあったのに。帰ったらそれを聞こうって決めてたのに、もうどうでもいい気分になった。 だってあの時圭は、ずっとずっと傍にいるって約束してくれたんやし。 それでええの?って尋ねた俺に、今みたいな抜けるような優しい笑顔で笑ってくれたもん。それを、信じなあかんよな。 「今日は学校はどうでしたか?」 「んーいつも通り。変わらんわ」 上履きの事は言わんとこ。別にどうって何かあったわけちゃうし、無駄に心配させたないもんな。 「楽しかったですか?」 「うん。まぁまぁかな――――でも、圭とこうしてるほうが楽しい」 ちょっと恥ずかしいけど思い切って言ってみると、圭が少し瞳を見開いて、やっぱりうれしそうに笑ってくれた。 そして、手に持っていたホースを動かして水を大きくまく。 すると、小さな虹が浮かび上がった。 「あ・・・虹やぁ」 「昔、子供のころですけどね、虹の根元に行ってみたいと真剣に思ったことがありましたよ」 「根元?」 「ええ。空の向こうに見える虹にね、触ってみたかったんです。そしてその中には別世界があるに違いない・・・なんて、今思えばテレビに影響されすぎですけどね」 自転車でどこまでも行って、途中でおまわりさんに保護されてしまいました。 「へぇー」 その圭の話は初耳で、しかもかなり意外だった。圭にも、そんな少年時代ってうのがあったんやなぁ。 「家帰って怒られた?」 「いえ。心配したって、泣かれました」 ――――あ・・・・ 圭が、懐かしむように目を細めた。もう、いない両親の話をさせてしもた。・・・まだまずかったんやろか。 その沈黙に俺はちょっと伺うみたいに圭を見上げると、圭はやっぱり笑った。 「ところで宿題は?」 「ご飯食べたらやる」 あれ?ちょっと執事モードにスイッチが入ったっぽい・・・? 「ご飯前にもやってください」 あー違うわ。だって圭、くすくす笑ってるもん。 「お腹すきすぎて頭動かへんねん」 「食後はだらってテレビ見てるじゃないですか」 「あれは、食べ過ぎて動かれへんねん」 「じゃあ、いつするんですか?」 チラリと意地悪っぽく光る瞳を俺に向けてくる。ちょっとドキっとしてしまう視線。 「そやなぁ・・・・ちょっと運動したら机に向かえるかも」 「――――ほんとに?いつもそのまま寝ちゃうくせに?」 ちょっと誘ってみたセリフ。通じたらしいけれど、その返事に今更ながらに顔が熱くなってきてしまう。くそっ〜。こういう時はちょっと負けた気分や。 「あれは、疲れすぎてるねん。適度って言葉を知らん誰かの所為やな」 負けっぱなしはおもろないから、言い返してやると。 「まったく」 やったっ勝てたっぽいぞ。だって圭は呆れたように笑い出したもん。 その指先にはまだ小さな虹は浮かび上がっていた。 俺は半歩前に出て圭の横に立って――――そっと手を握った。 振り払われるかなって思ったけど、大丈夫やって。すっごいうれしくなった。 そして、ご飯ですよって呼びに来られるまで。 そうやって、じっーと圭の作る虹を並んで見つめていた。 |