箱根一泊温泉旅行 6



「ふわぁ〜気持ち良かった」
 響はホカホカした身体をうーんと伸ばして、大浴場に行っている間に敷かれてあった布団の上にごろんと横になった。
 終了時間間際ということもあってか、脱衣所で一人の男性と入れ違いにすれ違っただけしか人には会わず、二人は大浴場と露天風呂をやはり貸切り気分で満喫したのだ。
「確かに」
 冷えた水をゴクリと口に運んで、咲斗も笑った。その咲斗に、俺も飲むと手を伸ばして響はグラスを受け取って出て行った水分を補給した。
「ん〜・・・」
「寝そう?」
「うん」
 ころんと身体を回して俯きになって、布団に頬を押し付ける響の瞳は既に半分閉じている。
 ちっとも軽くなかった昼間の運動に、お酒、そして温泉で身体はもう眠りの渦にどんどんと吸い込まれていって、抵抗する気力も起きないようだ。
 確かに、時計は1時を少し回っていた。
 咲斗は持っていたコップをテーブルの上に置いて、敷かれた一方の布団を捲った。
「響、寝るならちゃんと布団に入って」
 そう言うと、半分寝ている身体に手をかけて上体を起こす。そして、自我では歩かない身体を運んで布団に寝かせた。
 その力の抜けきった感じからも、その眠気が窺えるなと咲斗は穏やかな笑みを浮かべる。
「んー・・・咲斗さんはぁ?」
「俺?」
 開いていた間仕切りの襖を閉める。
「寝ないのぉー?」
「寝るよ」
 たぶんお酒の後の長湯の所為もあるのだろう。声がもう、ダメだ。
 咲斗は壁際にある電気のスイッチをパチンと消した。
 瞬く間に部屋は、暗闇に染まる。
「んん〜・・・」
 咲斗はその身体を当然響の横に滑り込ませて、響の身体を抱え込んだ。
 響の身体は、まだほかほかしていて心地良い。
 温泉の匂いの合間から、響の香りが咲斗の鼻をくすぐって咲斗はやはり幸せそうな笑みを浮かべた。
「おやすみ」
「おやすみぃ・・・」
 当たり前の様に背中に回される腕に、咲斗はこの上ない幸せを感じながらゆっくりとその瞼を閉じた。
 本当は少し、このまま寝てしまうのが惜しい気持ちになりながら。




・・・・・・




「お世話になりました」
「ありがとうございました」
「お世話になりましたぁ」
 3つの声と無言の会釈一つの計4つが、玄関を通り抜けたのはチェックアウト締め切り間近の10時1分前。
 すっかり朝寝坊した彼らは、それでも部屋風呂で気持ちの良い朝風呂を満喫して、宿自慢の温泉卵、温泉豆腐などの並ぶ朝食をいただいて、流石に最後は慌てて降りてきた。
「またお待ちしております」
「お気をつけて」
 そんな宿の人たちの声にもう1度ぺこりと頭を下げて、4人は車に乗り込んだ。
「いいお天気だぁっ」
 車も少し暑くなるほどの陽気。
 咲斗は窓を大きく開けた。
「運転いいの?」
「ああ、また途中で代わって貰うよ」
 後部座席の由岐人にバックミラー越しに軽く頷いて、咲斗はエンジンをかけた。



 月曜日の昼前という事もあるのか、道路は込んでいなくて4人の車は快調に飛ばしていた。途中コンビニによってお茶を買っておいたが、お昼ご飯前ということでお菓子は我慢したらしい。
 そのお茶も3分の1も減ったか減らないかというほどの時間。
「もう着くよ」
 咲斗の声に、響がお!?ときょろきょろ周りを見回した。
「もう?」
 車に乗っていたのは本当に僅かな時間で、咲斗は人通りのあまり無さそうな路肩に車を止めた。
「こんなところに止めていいのかよ」
「駐車場が近くに無いらしいだから仕方が無いだろ。なんなら剛、一人でそこら辺走ってくるか?」
「・・・っ」
 どうしてもうこの二人は。
「ん〜気持ちいいっ」
 清々しい風に暖かい日差しで、響は外に出て思わず言ってしまった。
「ほんとに」
 由岐人も後に続く。どうやら咲斗と剛の会話を彼らはスルーしてしまうらしい。まぁ、それが1番の正しい選択だろう。相手にしてたらきりが無い。
「・・・あっち」
 そしてまた、そうなると咲斗も剛もどうやらつまらないらしい。荒げていた声の存在も忘れたように、咲斗は前方を指差した。
 川べりの道は気持ちがいい。
 緩やかにカーブした道なりに歩くと、目の前に飛び込んできたのはなんと今まさに咲き誇るソメイヨシノ。
「うわぁーっ!!」
「すげぇー」
 かわいらしくピンクに染まった色が川沿いに延々と続き、青く晴れ渡った空に美しく映えていた。
「きれぇ〜」
 東京でも電車に乗ったりなんかしたとき、咲いている桜を目にする事はあるけれど、こんな風に花見として見るのは随分久しぶりかもしれない。
 やはり時期ということもあるのか、月曜というのにそこにはたくさんの人がいた。主に女性が多いようだが。
「壮観だねぇー」
 川岸にずーっと続く桜並木に由岐人も嬉しそうに目を細めた。
 観光地化している所為か、整備された川の景色は人工的な感じがするのは否めないが、それでも天に枝葉を伸ばして咲き誇ろうとする桜はまさに自然な生命だ。
「なんか、ビニールシートでも広げてご飯食べれたらいいのになぁ〜」
「ああ、いいな」
 響の言葉にうんうんと頷く剛はおいておいても、由岐人もそれに賛同する様に少し笑ったのが咲斗の瞳に飛び込んできて。
 ―――――じゃあ、来年はそうするかな・・・・・・
 広い公園で手作りの弁当を食べて、キャッチボールなんかするのもいいかもしれない。
 ―――――にしても・・・
 周りのざわざわとした感じに咲斗は小さくため息を漏らした。
「ん?」
 気づいたのは由岐人。
「いや、視線がね」
「ああ」
 どうやらそっちにも気づいていたらしい。
 しかし、それは仕方が無いというものでは無いだろうか。どうみても標準を軽く超えていくそのルックスに色気がプラスされた咲斗と、同じ顔でありながらどこか母性本能をくすぐる空気を持つ由岐人に、くりくり二重を忙しなく動かして笑うかっこかわいい響に、長身に短髪という男っぽいなりのわりに男くさすぎない剛。
 女であれば見ずにはいられない集団である事は間違いないのだ。それは、チラ見から凝視まで様々だが。
「車回してこようかな・・・」
「いいじゃん。帰りあっちサイドを歩いて帰ればさ」
 咲斗の言葉を由岐人が、否定した。
「そうか?」
「そうだよ。それに、響を見せびらかせばいいじゃん」
 ―――――それは・・・・・・剛を見せびらかしたいって事かぁ?
「何?」
 思わず含み笑いしてしまったのを、由岐人に見咎められた。
「いいや。――――ん?」
 二人がそんな会話をしていると、前を歩いていた二人がチラっとこっちを見た。その、どう見ても物欲しそうな視線。
「お腹減った・・・」
「はぁ?」
「弁当を持って行くなら何がいいかなって話をしてたら、腹が減ってきた」
「―――――ふっ」
 思わず由岐人が小さく噴出した。
「んだよっ」
「ガキ」
「なっ―――――いいだろっ」
 咲斗に言われたのなら悪口雑言撒き散らすのだが、由岐人に言われては剛もなかなか言い返せないらしい。
 ム〜〜〜っとした顔はするのが精一杯。ちぇっ、と小さく言うのが拗ねた子供の様だと由岐人が思っていることにはまだ気づかないのか。
「なぁなぁ。早く歩いて、お昼食べに行こうよ!」
「そうそう、昼ってあれだろ、超有名な激安めちゃうま回転寿司!!」
「うんっ。ガイドブックの写真すっごーい美味しそうだった。あぁ〜益々お腹減ってたぁっ」
 どうやら思考は桜から弁当に、そして今はお昼の回転寿司に移ったらしい。今度はどんなネタを食べようかで盛り上がり出している。
 エビとマグロははずせないらしい。
「ま、あれだな」
「お子様には、花より団子」
 しょうがないと笑う咲斗の顔も楽しそうで、呆れる口調のわりに由岐人の顔は嬉しそうだ。
「にしても、回転寿司って久しぶり」
「しょうがないだろ、・・・・・・響の希望なんだし」
 どうやら咲斗は、違うプランがあったようだが。響のたっての希望には咲斗もめっぽう弱い。
「まぁ、たまにはいいじゃん」
 由岐人は、なんだかとても楽しそうに笑った。



「二人とも!!早くっ」
「遅ぇ〜っ!!」
 前を歩く二人は、もう我慢出来ないらしくその足は花見を楽しんでいるのしては早すぎるスピードで、後ろの二人とは間が空くばかり。


「はいはい」
「クスクス」
 前で急かす二人に追いつくために、咲斗と由岐人はその足の速度を少しだけ、速めたのだった。


 だって。
 あんまり早く歩いたら、見せびらかせないから―――――――ね。








end





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