はじめて <後> 



「えっ、おい!譲っ」
 後で慌てた東城和弘の声が聞こえるけど、そんな事知ったことじゃない。ここからなら、たぶん、家まで帰れるはず。道は、たぶん・・・わかる。
 僕は目の前にいる人ごみを無理矢理分け入って、カップルの記念撮影にだって割り込んでしまう。でも、気になんかしてられない。
 と言うより、むしろざまーみろって感じ。そんな風に思う僕はちょっと荒んでる?
「悪ぃ。またな!」
「あーっ、お祝い金よろしくね!」
「おう!」
 ちょっと遠くなった二人の声。それでも聞き分けちゃう自分の耳が憎らしいけど、でも、お祝い金ってなんだ?
「っ!」
 痛ぁ・・・足踏まれた。
 無理矢理先へ進もうとして、僕は誰だかわかんない人に思いっきり足を踏まれてしまった。あまりの痛みに思わず立ち止まると、今度は横から来た人にぶつかられてよろめいてしまう。
「おっと。大丈夫か?」
 ・・・ちぇ、追いつかれた。だから人ごみって嫌い。
 よろめいた僕の身体を支えてきて、さりげなく前へ身体を入れ替えられて誘導するように歩き出した東城和弘に、わけもわからずむかついてくる。
 でも、その後に付いていかないと僕はこの人ごみから上手く出れそうもなくて。それもなんだか悔しくて、ふいっとそっぽを向くのはちょっと子供じみているだろうか。
「先行くなって。はぐれたらどうすんねん」
 ちょっと声が怒ってる。なんでそっちが怒るんだよ。
「一人で帰れるし」
「一人で帰りたいん?」
「・・・・・・」
 別にっ!そういうわけじゃないさ。なんだよその意地悪な聞き方!!まじムカツク〜〜〜なんだよ、なんだよっ。
 バカ!!
「譲?」
「さっきの人、いいの?」
 返事に困るときは話題変えちゃえばいいんだ。と、短絡的な思考で僕は口走った。
 内心ちょっと慌てたから、聞いてることが本当に聞きたい事とちょっと近くなってしまったのが、僕らしくないけど。
「ああ、だって彼氏と一緒やったんやし」
「残念?」
 あれ?僕なんか今変なこと口走ってないかな?
「残念?なんで?」
「元カノとかだったりして」
 ・・・ん?
「はは、ちゃうちゃう。あいつとは大学ん時からの腐れ縁やねん。たぶん、澤崎の事も知ってるんちゃうかなぁ」
 圭も?
 っていうか、それよりも腐れ縁だからって元カノじゃないとは限らなくないか?誤魔化されないからね。
「一緒に遊んだりしたし、なんでも相談できる間やけど。そういう事はない。あいつが幸せになってくれて俺も嬉しいしな」
「ふーん・・・」
 マメにメールしあってるみたいなのに。本当にそれだけかどうか怪しいね。
「来年早々には結婚するんや」
「っ、そー、なんだ?」
 そう返事が来るとは思っていなくて、ちょっとビックリして思わず東城を見上げてしまう。
 あ!さっきのお祝い金がどうのこうのってそういう事か!なんだ、こいつフラれてんじゃん。格好悪ぅ。それでお祝い金だけ渡すなんて、情けないなぁ〜。
 その事実が、なんか、ちょっと僕は面白くなってきていたりする。うん、楽しい。
「――――って、譲。・・・気になんの?」
 ん?
「まさかっ」
 まさか。
「ふ〜ん」
 ちょっと弾んだ東城和弘の声。いやいやいやいや、別に全然気にしてなんかないから!ど、どうでもいいもん。全然、気になんかしてない。何勘違いしてんの?ばかじゃないのか、ったく。
 ・・・ふん。
 僕はただ、格好悪くフラられてんのが面白いだけだからね!
「あ、たこ焼き」
 ルミナリエの会場を抜けると、何故か夏のお祭りみたいな屋台が出ていて。
「たこ焼き喰うか?」
「あ、たこせん。って、たこ焼き挟んでる!」
 びっくり。あんなの初めて見た!!タコセンの上にたこ焼き二つのっけて挟んでる!!
 僕は初めて見た不思議な光景に、目を奪われた。だってあのビジュアル、おもしろい。誰か買わないかなぁ。ちょっと見てみたい。っていうか、おいしいのかなぁアレ。ちょっと食べにくそうだけど。
 いいなぁー・・・ちょっと興味津々。
「わぁーった。買ったる」
 え・・・?まじ!?
 僕は別にねだったつもりもないのだが、ちょっと物珍しくて見ていただけなのに、東城和弘はなんか勘違いして買ってくれた。
 ラッキー!!
「ほい」
「ありがとっ」
 ちょっとうれしい。
「しゃーないやっちゃなぁ。熱いから、気ぃつけて食べや」
「ひゅん」
 うん、と言いたかったのだが、口がもぐもぐしていて上手く言えなかった。
 ちょっとたこ焼きが熱くて、歩きながら食べるにはちょーっと食べにくい。けど、うん。おいしい。たこせんのパリパリと良い感じ。
 関西人はどうも肌が合わないと思うけど、たこ焼きは好きだ。本当に美味しいと思う。発明した人は天才だよね。
 僕は東城和弘にお裾分けを上げることなく、一人もくもくと食べてしまった。ちょっとたこ焼きが熱くて舌を火傷したっぽいけどでもおいしかった。満足。ちょっと幸せ。
「うまかった?」
「うん」
「ソースついてるで」
「え?・・・っ!!」
 どこ?って聞こうとして見上げた僕の顔に、サッと一瞬で東城和弘の顔が近づいて、唇の端を、舐められた。
「取れた」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・〜〜〜っ!!と、取れたじゃないよ!!こっ、こんな往来でなんてことすんのさ!!ばか!!
 僕はもう恥ずかしくって。ぷりぷりと足早に歩き出した。顔から火が出そうだ。
 心臓だってなんだか壊れたみたに急にドクドクしてきた。大きな時計が地面に落ちて壊れて、けたたましい音をたてているくらいに。心臓が痛いくらいに、鳴り響いてる。
「待てって」
 なんで笑い声なんだ、東城和弘!!
「最低っ」
「なんで?」
「あ、あんなトコでっあんな事!」
 心臓が、イタイ。ぎゅーって締め付けられれるみたいなのは、なんで?
「あんなトコちゃうかったらしてもええ?」
「はぁ!?」
 なんつった、今。
「キス」
「ダメ!」
 だめ。
「だめ?」
「だめ!!」
 ・・・だめ、だよ。
「ちぇぇー」
 ――――ちぇーじゃないよ。油断も隙もあったもんじゃない。
 ああいう事は、ちゃんと好きな人同士でするもんなんだから。軽々しくしちゃって良いことじゃなくて。
ああでも、そうは言っても僕は東城和弘ともっと凄い事しちゃったのか。
 でっ、でも!あれはあれで、これはこれなんだから!
 って、本気で心臓がガクガクドキドキして、痛いよ。
「譲」
 ばか。
 どーせ僕なんか、軽い遊びのくせに。絶対きっとそうだ。
「ゆずるーって」
 うるさい。
「怒んなって。な?悪かったから」
 東城和弘はそう言って、僕の腕を取って、カツカツと勢いよく動く僕の足を止める。
「押さえられへんかってん。ごめんな?」
 何それ。
 ばか。
 わかんないよ。
「まだ、怒ってる?」
 なんでそんななんか、下手に出た感じの態度なんだよ。そういう態度だと、なんかこっちも強気に出にくいじゃん。卑怯モノっ。
 こっちがツライのに。
 絶対遊び人だ、こいつ。いつもこうやって女の子とか手玉に取っちゃうんだ。
 きっと、僕もその一人にしようとしてるんだ。
「ごめんな?」
 僕は怒ってるのに。でも、僕は仕方がないから、首を横に振った。だってなんか、怒りきれないんだ。
 そしたら途端に現金に東城和弘は笑顔になった。
「良かった」
 ・・・ちぇ。ずるいよ。
 ばか。
 ばか。ばか。ばか。ばか。
 けど、今はどうしようもなくて、僕らは並んで歩き出した。チラっと横目で盗み見た東城和弘の横顔が、涼しげなのがまたムカつく。
 僕らの歩く方向とは逆へ、どんどん人が流れていく。この人たちはみんなあの光のイルミネーションを見に今から並ぶんだろう。
 本当に凄い人出だ。
 みんな横にいる人は、大好きな人なのだろうか?大切な人なのだろうか?
 東城和弘は、前は誰と来たんだろう?
 その人は、大好きな人なのだろうか?
 その人とはどうなったのだろう?
 僕と東城和弘は、どうなるんだろう・・・
 こんな時、未来が見えたらいいのに。そしたら、これからどうしたらいいのかが、わかるのに。
「なぁ?夕飯どうする?」
「え・・・」
 ぐるぐる考えていたことと質問がかけ離れていて、頭が一瞬フリーズしてしまった。
 えっと、夕飯・・・?
「家の近くにおいしい鍋屋あんの知ってる?」
「ナベヤ?」
 ナベヤって何?
「ちゃんこ鍋の店」
 ああ、その鍋ね。
「ううん、知らない」
「そこ行かへん?今日寒いし、鍋とか食べたいやん」
 鍋。いいかも。久しぶりだし。大好き。
「でも、鍋とかって外で食べたら結構高くない?家ですると安上がりにも出来るけど」
 鍋は食べたいけど、今月は色々出費があったから、あんまり高いものは困るんだ。やっぱり冬休みの短期バイトしようかなぁ。
「あほ。そんくらい俺が奢ったるって」
「え?」
 え、でも・・・なんか今日は奢ってもらってばっかりだし。それはそれで申し訳ない。きっと東城和弘は安月給だから。
「それとも、譲は俺と二人っきり家でしっぽり鍋つつきたいっちゅーお誘い?」
「なっ!」
 なんていい方するんだよ!そんなわけないじゃん!!
 僕の顔を見つめて、東城和弘はニヤニヤと、いやらしぃ〜笑いを浮かべてる。こういう顔は、ホント殴ってやりたいと思ってしまうんだけど。
「初めてのデートやねんで?こういう時は黙って奢られとき」
 ・・・デート!?
 デート・・・デーだ、これ!!
 確かに、映画見てルミナリエ見て、ご飯食べて・・・・・・ベタベタのデートコースじゃん!?
 僕は東城和弘にそう言われて初めて今の状況をハッキリ悟ったのだった。ハッキリ悟って、顔がかぁーっと熱くなった。
 だって、これ、初デート、なんだ。
 なんか、いつもみたいに一緒に近所にスーパーに行くみたいなそんな気楽な気分で来ちゃったけど。
 デートだよ!!
 そう改めて認識したとたん、なんだかさっきよりも心臓がドキドキして、心臓だけじゃなくて全身がドキドキしてきた。

 ・・・なんで?

 最近僕は、ちょっと変だ。
 顔を上げると、半歩先を歩く東城和弘の背中。
 キューっと心臓が捕まれる。

 ―――――え・・・僕。・・・・・・もしかして・・・・・・・・・