哀しい笑顔が切なくて -ナツside- 3
「俺、冬木に会ってくる」 うん。会って話しなあかん。 俺はそう思って、抱きしめられていた圭の腕の中から立ち上がった。 「ナツ?」 「圭、冬木ん家の場所、教えて」 焦ったように俺を呼ぶ圭を立ち上がって見下ろすと、圭の眉がちょっと心配そうに寄ってた。 「譲くんと、何かあったんですか?」 「あっ・・・、えーっと・・・」 そうか。そうやんな。圭は俺と冬木の会話を知らへんねんから、こんなこと俺が突然言い出したらそら変に思うか。 あかん、俺のアホ。 なんでいっつもいっつも、思慮深くないんやろ? 「ナツ。――――譲くんと、何を?」 「内緒」 って、言い切ってまおう。 「内緒、ですか?」 「うん」 圭は、ちょっと納得出来ないって顔してるけど、でもしゃーない。だってやっぱり冬木は、圭に俺に嫌がらせしてたなんて知られたないやろうし。それに、圭が冬木のそういう気持ち知ってるとは思えへん。もし知ってたら、圭はきっぱり断るやろうから。 冬木が今も片思いってことは、そういう事やろ?だから、言えへん。 「男同士の秘密やねん」 俺がきっぱりそう言い切ると、圭はしばらく俺の顔を見つめた後諦めたようにため息をついて立ち上がった。 「わかりました。地図を書きます。ですからとりあえず落ち着いて、まず着替えて、お昼ご飯を食べてからにしてください」 「あっ、・・・でも」 そんな悠長な。 「ナツ。お腹が減っていては戦は出来ませんよ」 「別に、戦しに行くんちゃうで」 その言い方に少し笑ってまう。 「それでもです」 「わかった」 確かに、涙と鼻水のついた制服はとりあえず着替えなあかんしな。 圭のいう事もちょっとは聞かなあかんし、って思って。俺は圭の言う通りにする事にした。 ・・・・・ 正直、冬木と会ってどうするべきなんか。どんな話をしたいんか俺には全然わってへんかった。でも、このままやったら嫌やってん。 俺は全然冬木のこと知らんかった。知ろうとかもしてへんかった。それよりむしろ、やっぱり俺の知らへん圭を知ってるっていうんが面白ないって思う、しょうもないヤキモチの方があって。冬木がたった一人親元を離れてこっちで生活してるなんて、想像もせーへんかった。 俺が圭の手料理に浮かれてる時も、家に帰ると当たり前のように圭がいておかえりなさいって言ってもらえてる時も、勉強見てもらってる時も、冬木は一人ぼっちやってんや。 それが切ない。 ――――出来れば、譲くんとは仲良くして欲しいんです。 圭が、出かけ際最後に言った言葉。 圭は圭で、俺に遠慮して冬木に会いに行ったり出来へんでいたんかなって、その時始めて考えた。心配だけしてて。そう思うと、自分のちっちゃさに腹が立った。 圭のこと好きやねんから。 もっと、圭の気持ちとかもちゃんと考えなな、俺。 「あ、・・・ここ?」 圭に渡された地図通り歩いて辿りついたその場所は、俺が想像していたよりもずっと安アパートやった。 俺はそのまま階段を上がって、冬木の部屋の前までやってきた。ちょっと、どきどきして、落ち着こうと大きく深呼吸した。 コンコン。 チャイムが見当たらなくて、とりあえずノックしてみたんやけど、中から返事がない。 「あれ?」 コンコン。 「冬木?いーひん?」 物音ひとつしない室内。出かけてるんやろか?確かにそういう事もあるやろうと、俺はどうしたものかと少し逡巡していると、微かな物音が聞こえてきて、扉が開かれた。 「あ・・・、よう」 冬木が、いた。どうやら泣いたらしい目と、青い色した顔。 「佐々木・・・」 なんか、ちょっと震えてる? いつもは学校では落ち着いていて、なんとなくクールな装いの冬木のこんな一面。俺は全然知らへんかったな。 「話したくて来てん。入ってもええ?」 「・・・どうぞ」 ちょっと元気になってる俺とは対照的に、冬木はどこか弱りきっている感じで。力なく頷いて部屋の奥へと入っていく。俺はその後に続くように、靴を脱いで中へと入って。 驚いた。この部屋、なんもないやん。 「びっくりした?」 そんな俺の反応に、冬木は自嘲めいた笑みを浮かべた。 「どうぞ」 「さんきゅ」 冬木は椅子を引いて。そして自分は向かいに腰掛けた。視線を合わせたくないのか、少し身体を斜めにしている。 俺は何をどう話していいのかわからなくて。部屋にはぎこちない空気が流れていた。 本当に何もない部屋。最低限のものしかそろえられてなくて。室温も寒いからか、一層冷え冷えとした印象を与えていた。 「ここで、一人暮らしやってんな」 寂しい、部屋やと思った。 「うん。ここ・・・・・・圭に聞いて来たんだ?」 「ああ」 「そっか・・・」 「あ!圭には何も言うてへんから!」 「え?」 「冬木と今日話したこと、嫌がらせとか冬木の気持ちとか。勝手に言うたりしてへんからな!!」 俺は冬木にはそういうん、誤解されたくなかった。圭の気持ちを汲み取りたいとかそういのもちょっとはあったけど、でも、俺自身、冬木とちゃんと向かい合ってみたいなぁって思ったから。 「そう、なんだ?」 「うん」 ちょっと意外そうな顔をしたあと、冬木はまた押し黙ってしまって。俺もなんかもう、何を言いたいのか全然頭が回ってくれへん。 「あ、でも。圭からは冬木ん家の事情とか、ちょっと聞いた。勝手に聞いて、ごめんな」 「――――ううん、別にいいよ。・・・、笑えるだろ?」 「え?」 「結婚して、不倫して揉めて、いがみ合って結局離婚して、それなのにまた再婚するんだ。・・・大人ってわかんない」 くすくすと笑いながら言う冬木が、俺には痛々しかった。時々冬木が笑いながらしゃべるのは、バカにしてるんじゃなくて。本当は凄く悲しいときなんだと、その時始めて俺は思った。 「俺には、冬木が経験した辛い事とか、わからへん。俺は、確かに親とは今は離れて住んでるけど。でも、大事にされてるんはわかるし。親も仲いいし。今だって、一人ちゃうから」 「うん」 「でも、・・・でも、俺でなんか力になれることあるんやったら、って、思うねん」 「・・・・・・」 「なんも、ないかもしれへんけど。でも、ちゃんと友達になりたいなぁって」 「嫌がらせされたのに?」 「―――それはまぁ、ムカついたけど。でももう、終わったことやん」 きっと、しょうもない悪意やったり、いちゃもんやったりしたら、こんな気持ちにはならへんかったけど。冬木のどうしようもない切なさとか、ちょっとわかる。俺かって、もし圭が俺から心変わりして、違う人のこと好きになったら。おんなじ様なことしたかもって思うもん。 「寛大だね」 ポツリと、吐き出される言葉。 「冬木・・・」 「圭になんか言われたから?僕と仲良くしてとかなんとか」 「冬木!」 なんでそんな事言うん?なんで―――――そんな言い方しか出来へんねん! 「図星?」 「いい加減にしろや!確かに圭はすっごい冬木のこと心配してたし、そういう事も言われたけど。でも、だからって俺はここに来たわけちゃう!俺が冬木とちゃんと話したいって思ったから来たんや!」 「・・・・・・」 「――――ごめん」 怒鳴ったら、冬木の顔がぐしゃりと歪んだ。そんなに俺が嫌いなんやろうか?そんなにも圭が好きなんやろか? 圭のことは絶対譲られへんけど、冬木の力になりたいって思った。でもそれって、ただの独りよがりちゅうか、偽善なんかな? 「佐々木が謝ること、ないだろ」 「・・・でも、ごめんな」 「佐々木っ」 きゅって冬木が辛そうに眉を寄せた。今にも泣きそうなのを、ぎゅっと堪えてる感じ。こんな冬木を、俺は初めて知った。 だから、言っていいのかわからんねんけど。もしかしたら、追い討ちっぽいかもしれへんねんけど。でも――――― 「・・・圭の事も。ごめんな」 冬木の身体が、ビクって揺れた。 涙を、堪えているんやろうか? ああ、やっぱり言うべきちゃうかったんかな。 冬木の顔を見ていると、俺は後悔と焦りの思いが浮かんで来るねんけど、そう思えば思うほど、なんと言っていいのかわからへん。気持ちばっかり焦って、言葉が出ぇへんくって。 それからしばらく、沈黙が流れた。 俺は黙って、ただ、俺は冬木の肩を見ていた。 「・・・、もう、いいから」 随分たって、掠れたような冬木の声が聞こえた。 「冬木?」 「もういいんだ」 その時冬木は俺の方を初めてちゃんと見て、悲しい笑顔を浮かべた。楽しいとか嬉しいとかじゃない、悲しくて苦しいって言うてる笑顔。 「・・・、っ」 何かを言わなあかんって、それはわかってるのに。俺の口からは言葉が出ぇへん。何を言えばいいのか、俺のアホな頭ではわからへんねん。 全然ちゃんと働いてへんねん。 それに、きっと、俺やったらあかんねんやって事がわかるから。冬木は圭を待ってるし、圭が好きやねん。 だから、冬木のちゃんとした笑顔を見せる事が出来るんは俺ちゃう。 でも、俺は冬木の望みを叶えてあげることは、出来へんから。 ・・・ごめんな・・・・・・ 「―――ごめんね」 「え?」 思った言葉が、耳に届いて俺はびっくりした。 「嫌がらせとかして、ごめん」 「ううん!ううん、そんなんもうええねん!!」 そんなん、ほんまにもうええから。謝らんといてぇや。俺かて、謝らなアカンのに。 「ううん。――――ほんとに、ごめん」 「・・・冬木」 俺はほんまにもうええって思ってるのに。なんか冬木は凄い疲れたような感じで、小さく笑みを浮かべてそう言った。 その笑顔がどんなに哀しそうなのか、きっと冬木だけが知らんのや。わかってない。 「ああ、もう夕方だよ?帰らなくていいの?」 「・・・うん」 帰らな、あかん。たぶん圭が心配する。でも、今の冬木を一人置いていくのもなんか俺にはつらかってんけど・・・ 「僕もこれから夕飯の買い物に行かなきゃいけないんだ」 「そっかっ、あ、ごめんな。長居してもうて」 「ううん」 そうなんや。冬木は一人暮らしやし、全部自分ひとりでしてるんやん。だから用事とかもいっぱいあるはずなんやん。ああもう俺、やっぱ全然わかってへん。こんなんやかからいつまでも子供って思われてまうねん。 俺は焦って立ち上がった。 「じゃぁ、俺はこれで」 「うん」 俺は申し訳なさに、慌てて靴を履いて。 でもやっぱりなんか心残りっちゅうかなんちゅうか、冬木が心配で。玄関扉に手をかけているのに未練がましく振り返った。 冬木には迷惑かもしれへんけど、伝えたい言葉の為に。 「あのっ」 「?」 「ここで一人やったら寂しいやん?だからっ・・・いつでも遊びに来てな!待ってるし。―――嫌やなかったら。・・・俺な!いつもで、力になるし!ほんまに、冬木と友達になりたいって思ってるねん!!」 俺がそう言うと、冬木は呆れたような顔で俺を見ていた。 そりゃぁそうやと思う。だって、冬木は圭が好きで。でも圭は俺が好きで。だからそんな冬木が俺に会いたいはずはない。 でも、それでも言いたかったから。ああでも、これもやっぱ俺の身勝手? 「じゃっ、じゃぁな!!」 「うん」 俺は、ぽかんと俺を見つめる冬木の視線がいたたまれなくて、勢いよく走り出して階段を駆け下りる。 「俺も、遊びにくるから!!」 俺は振り返って冬木に叫んだ。 ワガママで、身勝手ついでに、言いたいことは全部言ってしまおうなんて、さらに身勝手に思って。 冬木が俺の事嫌いなんもわかる。今は仲良くなんかなられへんのかもしれへんけど。でも、でもやっぱり俺はやっぱり冬木はほんまはええ奴やと思うし、優しいとこあると思うねん。だから、だから。仲良くなりたいって思うから。 でも、こんな俺の思いは冬木には、迷惑なんかな。 冬木は俺の声には反応なく、そそくさと扉を閉めて中に入っていってしまった。 ・・・・・ 「どうぞ」 「ありがと」 冬木の家から帰りついた俺を、圭は首を長くして待っていたらしい。 けれど心配そうな顔をするものの、何も聞こうとはしないであったかいミルクティーを入れてくれた。 「すぐに、夕飯にしますからね」 「・・・ん」 圭の言葉に俺は軽く頷いて、ふと視線を上げれば見守るように見つめる圭の視線とぶつかった。 よくよく考えれば、ふと気づけばいつも圭は俺を見ていてくれてた気がする。あったかく、大きく見守ってくれてる。そして俺は、いっつもその視線が嬉しかった。安心してホッとして、幸せすら感じていた。 でも、冬木は――――――――― 「ナツ?」 「今日の夕飯はなんなん?」 心配そうな圭の言葉をかき消すように、俺は笑顔で圭に聞く。 今は何も聞かれたくないから。聞かれても、きっとうまくは答えられないんだ。だって、圭には相談できない事だから。 「今日は、煮込みハンバーグとサラダ。シジミの味噌汁です」 「やったっ。煮込みハンバーグ好きっ!」 圭が笑顔で言ってくれたから、俺も今精一杯出来る満面の笑みを浮かべて。 「じゃぁ、コート掛けて、部屋着に着替えてくるわ」 俺は立ち上がってそこに置いてあったコートを手にする。 「はい」 圭はそう言うと、キッチンに戻って鍋に火をつける。たぶんハンバーグはもうほとんど出来ているから後は暖めなおすだけなんだろう。 皿やら、味噌汁ちゃわん、コップなどを食器棚から取り出していく。 「ナツ?」 いつまでも部屋を出て行こうとしない俺を不思議に思ったのか、ダイニングの入り口でたたずむ俺に視線を向けた。 「冬木の部屋、なんもなかった」 「ナツ―――」 「すっごい寂しそうやった」 俺は、笑って言う。圭に心配かけたくないから。 「たまには冬木の様子も見に行ったりや?一人でこっちにおるんやから。―――じゃぁコレ置いたらすぐ戻ってくるから!」 俺は言いたいことだけ言うと、コートを振りながら廊下を駆け足で歩いた。 圭が冬木の家に行くのは、ちょっと心配。やっぱり冬木は圭が好きなんやし、圭だって冬木のこと嫌いってわけちゃうねんから、もしかしてなんかあったりしたらどうしよう!!ってめっちゃ不安に思うねんけど。 でも。 でも・・・、信じなって思うねん。好きな人を信じんでどうすんねんって。 きっと大丈夫。 そのうちきっと、3人で一緒にご飯食べたりも、出来るようになるよな? 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