哀しい笑顔が切なくて -譲side- 3 



 それからしばらくの沈黙が流れた。
 僕はどう言葉を発していいのかわからなんくって。ただ、横顔に突き刺さる佐々木の視線を感じながら、隣室の畳をじっと見ていた。
 何かを考えていたわけじゃない。ただ一瞬、頭の中が真っ白になってしまっただけ。
 そのまま真っ白になって、燃え尽きて灰にでもなればいいのに、僕はそうなる事もできない。ゆっくりと戻ってくる思考の中で、僕は深く息を吐いた。
 今僕にわかるのは、僕がただ好きな人に振られただけで。
 それは、僕が佐々木よりダメだから。
 誰の1番にもなれないような、そんな人間だから仕方ない。
 あったかい両親がいて、普通のどこにでもあるような家があって、近所に優しくて大好きなお兄ちゃんがいた。そんな、あの頃にはもう戻れない。
「・・・、もう、いいから」
 何を考えるまでもなく、勝手に声が漏れた。
「冬木?」
「もういいんだ」
 もう、何も考えたくない。
 考えることよりも、ただ、勝手に口がしゃべってく。
 その時になって僕はようやくちゃんと佐々木を見て、普通に自然に笑顔が浮かんだ。
 ああ、ちゃんと笑える。
「・・・、っ」
 ――――?佐々木が、一瞬変な顔をした。なんでだろうか。僕にはその意味がわからない。僕はちゃんと笑えているのに、どうして佐々木が辛そうな顔になるんだろう。
 僕はもう、大丈夫。
 うん。大丈夫。
「―――ごめんね」
「え?」
「嫌がらせとかして、ごめん」
 佐々木が、悪いわけじゃなかったのに。
「ううん!ううん、そんなんもうええねん!!」
「ううん。――――ほんとに、ごめん」
「・・・冬木」
「ああ、もう夕方だよ?帰らなくていいの?」
 ふと気づいて時計を見れば、もう5時になろうとしていた。今日は色々ありすぎて、なんだか疲れた。
「・・・うん」
「僕もこれから夕飯の買い物に行かなきゃいけないんだ」
 なんて、行く気なんてないけど。
「そっかっ、あ、ごめんな。長居してもうて」
「ううん」
 佐々木って、本当に単純。それだけ真っ直ぐに育ったんだろうな。そんな佐々木を、やっぱりちょっと疎ましいと思う気持ちと、羨ましいと思う気持ちが僕の中で交差した。いつかこんな気持ちとも、ちゃんと決着がつけられるんだろうか。
 佐々木は慌てて立ち上がって。僕は見送るために一緒に立ち上がる。まぁ、見送るといっても玄関もそこなんだけど。
「じゃぁ、俺はこれで」
 佐々木は靴を履いて、振り返って言う。
「うん」
 ドアノブに手をかけて、扉を開けて、もう1度振り返った。
「あのっ」
「?」
「ここで一人やったら寂しいやん?だからっ・・・いつでも遊びに来てな!待ってるし」
 一瞬、言葉を失った。
 なんて、真っ白な奴。
「嫌やなかったら。・・・俺な!いつもで、力になるし!ほんまに、冬木と友達になりたいって思ってるねん!!」
 青春漫画から抜け出してきたのか?
 そんな勢いで。顔を真っ赤にして佐々木はそう叫んだ。
 いや、大きな声出されたら近所迷惑だから。
「じゃっ、じゃぁな!!」
「うん」
 佐々木はそう言うと、照れたのか勢いよく走り出して。階段を駆け下りる。こけなきゃいいけどとか思いながら、僕が扉を閉めようとすると。
「俺も、遊びにくるから!!」
 びっくりして振り返って見ると、道路から手を広げて叫んでいる佐々木。そして手を振って、そのまま走り去ってしまった。
「・・・はっ・・・」
 僕は、呆然と立ち尽くしてしまった。
 はは・・・と笑いが漏れて、少し乱暴に扉を閉めてそのまま扉を背につけてしゃがみこんで。声を立てて笑った。笑いながら、涙が零れ落ちた。
 これは、何の涙?
 悲しいのか。
 嬉しいのか。
 切ないのか。
 ホッとしたのか。
 むかついているのか。
 むかついていないのか。
 全然何もわからない。
 全然わからない。
 ただ、僕は佐々木に負けた。完全に、ノックアウト。
 ――――――そう、思った。





・・・・・





 ガチャガチャ。
 夜11時を十分に回った頃。いきなりドアノブの回される音に僕はビクっと身体が跳ねた。
 何――――!?
「譲?おーい、俺」
 ああ・・・
 その声は、東城和弘だった。僕はノロノロと立ち上がって、鍵を開ける。
「ただいま」
「・・・おかえり?」
「なんでそこで疑問形やねん」
「だって、ここは僕ん家で東城の家じゃない」
 よね?
「固い事言うなよ」
 いやいや、固い事とかそういう次元じゃないから。って思うんだけど、関西人にはそういうルールは通用しないのか?
「今日は疲れた〜。ほら、俺塾の先生やん?受け持ちには受験生もおるしなぁー。もうぴりぴりムードやで」
 と、東城和弘は言いながら、よっこいしょっとコタツに潜り込んだ。
「明日、迎えに来るとか言ってなかった?」
 僕の記憶が正しければ。
「んーそう思ってんけど。ちょっと顔も見たなってな」
「・・・・・・」
「そんなとこ立ってんと、こっち来て座りぃな」
 ぼけーっとまだ玄関先にたっている僕に、東城和弘はにこにこ笑いながら僕を手招きした。
 いやいや、東城和弘にそんな事言われなくてもここは僕の家だから。
 僕は、何故かすこしギクシャクする身体で東城和弘に座るコタツに一緒に入った。なんだろう、この感じ。これってちょっと変じゃないのかな?  お隣さんの、しかも1回エッチしちゃったような相手。それなのに告られた言葉は保留にしちゃって、ほったらかしで。でもデートはするし、一緒にコタツは入ってる。
 ・・・・・・わけわかんない。
「あ、お茶でも飲む?」
 また勝手に口がしゃべり出した。
 口が僕の身体から分離したのだろうか?
「お、ええな」
「外、寒かった?」
「メッチャ冷えてる!!やっと冬〜っちゅうかんじやけど、ずっとあったかかったし身体に堪えるわぁ」
 僕はヤカンをコンロにかけながら思わず笑ってしまう。
「発言が親父くさい」
「うるせぇー」
 冷蔵庫を開けると、やっぱり中は空っぽだった。引き出しを除くと、インスタントラーメンの買い置き発見。
「お腹減ってる?」
「ちょっとな」
「ラーメン半分食べる?」
 僕は戸棚から出した袋麺を掲げる。よくよく考えれば僕も朝から何も食べていない気がする。
「喰う!」
「卵くらいしかないけど・・・」
「ええ、ええ」
「じゃぁ、作るね」
 って。僕は何をしてるんだろう?
 この図って。どうかんがえてもおかしくない?
 東城和弘が帰ってきて、僕がお茶を入れて夜食を作るなんて・・・・・・・・・・・・・・・・・
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 まぁ、いいや。
 お腹も減ったし、とりあえずこれ食べて。それから考えよう。
 っていうか、今日はもうなーんにも考えたくないんだよね。今日はいっぱいありすぎて、ああ、それで頭が動かないから口が勝手にしゃべり出したりするんだな。
 僕はため息と共に、お鍋に水を入れて火にかける。その間にお茶を入れて持っていくと、なんかもう嬉しそうに笑ってる。
「明日、どこ行く?」
 明日?
 ああ、そうか。明日はお出かけなんだった。どこって言われてもなぁ・・・

 ――――あ、でも明日はなんか奢らせてやろっ。