お風呂場でHに至った後、すっかり湯冷めした俺は、しっかり風邪をひいてしもた。
 お風呂でHは燃えてまうやん?だから・・・その後も身体が熱くて、部屋をいつもより冷やしてごろごろしてたんがまずかったんやと思う。圭にはちゃんと髪ふきなさいって言われたのに、ほったらかしにしてたんもまずかったんやろな。
 だから確かに半分は自業自得かなぁって思うねん。でもさ――――
「大丈夫ですか?」
 朝からずっと寝てる俺を圭じゃない、久保サン様子を見にきてくれた。久保さんもお手伝いさんで昼間うちに来てくれてる人。
「・・・うん」
「あら、お昼全然食べてませんね?食欲ないんですか?」
「・・・うん」
 食欲は全然ない。でも別に風邪のせっちゃう。圭がおらんからやねん。今日は兄さんのお供とかで出かけてしもた。
 この時期がすっごい忙しいのは知ってて、その関連やから仕方ないのもわかってる。
 けど、朝出かける時圭は、すっごい怒ってますって顔して何も言わんと行ってしもてん。
 あの顔を思い出しただけで泣きそうになってくる。愛想つかされてたら、どうしよう。
「ちょっと寝るわ」
 心配そうに立っている久保さんが、正直鬱陶しくて俺は適当に笑いかけて布団をかぶってしまった。
 布団の中を熱くてちょっと苦しかった。
 その布団の中で扉が閉まる音を聞いて、久保さんが出て行ったことにホッとした。
 そしたらまた朝のあの圭の顔が浮かんでくる。昨日は優しく笑ってくれて、久々にHもしたのに。その時の顔がなかなか思い出されへん。
 浮かんでくるんは、怒ってる顔ばっかり。
 朝の怒ってる顔ばっかりや。
 アカンなんか凄い・・・熱い。
 ・・・・なんや苦しい・・・
 息苦しいっていうか・・・・
 しんどい。

 ・・・・しんどいよ、圭・・・・・

 はよ帰ってきて

 圭

 圭


「圭・・・・、誰その人」
 圭がやっと帰ってきたって思ったらなんでか女の人が一緒やった。
 細いちょっと可憐な感じやな。腰なんかめっちゃ細い。ま、胸もないけどな。
 そんな事より、なぁ、なんで肩に手回してるん?
「夏様、起きて大丈夫なんですか?」
 起き出してきた俺に向かって圭は眉をひそめる。やっぱりまだ怒ってるんや。
 圭は当然って言えば当然やねんけど、普段は俺に『様』をつけるねん。しゃあない事やねんけど、なんかそう言われると凄い遠いところにおるみたいで、ほんまは凄い嫌や。
 なんや壁があるみたいですっごい嫌で。
「うん、平気やから」
 しかもこの状況ではツライ。
「じゃぁ紹介しますね。彼女は私の婚約者です」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?

 今なんて言うた?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こんやくしゃ?・・・・・・・こんややくしゃって言うた?
 たぶん俺はそうとう間抜けな顔して圭を眺めていたと思う。そんな俺に、驚かせてすいませんと、圭ははにかんで笑う。
 待って、待ってぇや。それってその人と結婚するって事なん?
「来年の春に式を」
 うそやん。うそやろ!?
 何、俺のこと困らせてこらしめようとか思ってるんやろ!?
 だっ、騙されへんで!!――――だって、だって圭は俺と付き合ってるんちゃうん?
 好きって、言うてくれたやん?
「夏様も式には出席してください」
 なんで、なんでそんあ嬉しそうな顔して、なんでそんなことサラって言うん?
 俺は?俺はなんなん?

 嫌や。

 そんなん嫌やっ。

 嫌やぁっ!!

 絶対、絶対認めへんからっ!!

 圭は、圭は俺のもんや―――――っ

 嫌や―――――っ!!

「―――――やっ!!」
「ナツ!?」
 ・・・・・・・・・・・・・・・圭?
「どうしたんです!?苦しいですか?大丈夫ですか?―――随分うなされてましたけど」
「・・・・・けい?」
 圭が青い顔して俺のこと見下ろしてる。
 え・・・・っと。布団の中やな、俺。俺は慌てて確かめようと圭に手を伸ばすと、その手を圭が握り返して来てくれた。
「まだ熱い・・・・・本当にどうしたんです?何を泣いてるんですか?」
「泣いて・・・・?」
 言われて今度は違う手を頬にやると、確かに俺は泣いていた。頬が濡れている。
 今度は圭の空いた手が俺の頬を優しくなでて。
「っ!」
 舌で涙の筋を舐めていく。
「圭。圭っ!」
 俺はたまらなくなって圭の首筋に自分の手を絡めて抱きついた。本物の圭や!!
「どしたんです?ナツ?」
 良かった!!夢やってんや――――っ
 なんだか凄くリアルな感じのその夢が、まだ脳裏から離れていかなくて、俺はまだ恐くて圭にしがみついたまま離れられない。
 とうとうそんな日が来たんかって、本気で思ったんや。
「・・・恐い夢でも、見ました?」
 どうしても離れへん俺に、圭は自分の身体をベッドの端に座らせて俺の身体を抱えるように抱き締めてくれる。
「うん。圭が、―――圭がな、女連れてきて、来年の春には式あげるって言うてん」
「式って結婚式ですか?」
「うん―――・・・圭、凄いうれしそうに笑ってた。俺、嫌で、凄い嫌で、すっごい悲しかって・・・・」
 話すうちにどんどん思い出されて、俺は一層圭にしがみついてしまう。その腕も少し震えているのがわかる。
「ばかですねぇ。私がナツを置いて結婚するとでも?」
「だって・・・・」
 それはいつも心の奥にある不安やから。
 いつか親父やお袋が縁談でも持ち込んで、断れない圭は人のものになってしまうんやないかって。
「でも、それ――――微妙に正夢ですよ」
 くすくすと笑い声をだして圭告げられる言葉。

 ――――――――――・・・・・・正夢?
 途端に頭の中が真っ白になってしまう。
「けい・・・・・・結婚、するの?」
 自分でもおかしいくらいに声が震えている。浮上していた心に、何万トンもの重りがついたように一気に地の底まで落ちていく感覚。恐くて、圭の顔を見上げることもできない。
「本当にバカですねぇ。微妙にって言ったでしょう?」
「・・・・・微妙って?」
 バカでもなんでもいい。わかるように説明して欲しい。
「私じゃないんですよ。真理子様にそういうお話が持ち上がってるんです」
「姉さんに!?」
 俺は思わずびっくりして叫んでもうた。まさかそんな展開が待っているとは思いもしなかった。あんな色気もないがさつで横暴な姉をもらおうなんて奇特な人がいるとは考えもしなかったのだ。
「はい。お相手はナツも知ってる藤崎裕次郎様ですよ」
「えー!!藤崎さん!?だってあの人めちゃめちゃ優しくていい人やで!?わざわざねーちゃんなんか選らばへんくっても他にもっといい人いっぱいいそうやのに」
「こーらっ」
 俺の素直な感想に、圭は困ったような苦笑を浮かべてる。
「だって」
「まぁまだ決定ではないんですけど、ほぼ間違いありませんね。決まったら、ちゃんとお祝いの言葉を言わなくてはいけませんよ?」
「はーい」
 でもその前にぜひとも藤崎さんに話を聞いてみたいものだな。
「そうそうそんな事よりも、朝もお昼も食べてないってどういう事ですか?そんなに食欲ないんですか?」
 途端に圭が心配そうな顔で覗き込んできて、今度はコツンと額を合わせる。
「・・・・だって」
「だって?」
「朝・・・圭、すっごい怒った顔して行くし・・・・。風邪とかひいちゃって怒ってるんやろなぁって思ったらさ」
 食べる気になんなかったんや、と告白すると圭はまた怒ったみたいな顔をした。
「それは怒ってますよ。こんな看病できない日に風邪なんかひいて。家にいれる時だったずっと一緒にいるのに、他の人に任せないといけないと思うと気が気でしょうがない」
「・・・・・けいぃ。じゃぁーそう言うて行ってやっ」
 黙っていくから心配になるねん。
「口なんて聞いたら、理性がきかなくなって春哉様についていくのが嫌になるじゃないですか」
 そういうと圭は口の端に軽いキスをしてくれた。俺はもっと欲しくなってねだろうとしたら、風邪が治ってからじゃないとダメって言われて。
「夕飯はしっかり食べますね?」
「うんっ」
 早くキスできるように、いっこくも早く治さなあかん俺は、元気に返事を返してしまう。
「そういえば、圭仕事は?」
「心配で仕方ないから、後は他の人に任せて帰ってきました」
 今度は額にチュってキスされて、寝るまで側にいますよって言われて。
 変な夢見ちゃったけど、風邪もたまには悪くないよな・・・・・なんて思ったのは、圭には内緒やで。











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