「なんか、久しぶりなんですけど・・・」
 薫はそう言って、思わず笑みを漏らしてしまった。だって、別れてからそう日はたっていない。しかも、終業式や個人的な家の用事でバタバタしてて、本当にあっという間だったから。
「んーだ?」
 そんな薫の顔に、当の透は少し不満そうだ。あれだけ大騒ぎして別れたのだから、もっと再会は劇的でも良いだろうと思っていたのだろう。
 けれど、その瞳は面白そうに笑ってる。
「全然変わってない」
「そりゃそうだろっ。1週間ちょとで変わってたら嫌だろう?」
「はい」
 苦笑して言う透に、薫は素直に頷いて、差し伸べられた手を自然に取った。その手には、おそろいの指輪。それは結構凄い行動だと思うけれど、だってここは外国。自由の国アメリカ。知ってる人もいない。だから、日本では中々許されないそんな行為をしてみたい。
 ぎゅっと握り合う手に力が込められて、やっぱり嬉しくて薫の顔には笑顔が浮かんだ。
 そのまま空港を後にして、一時間ほどで薫はロサンゼルス市内のホテルにチェックインした。
「また・・・、普通の部屋でよかったのに」
 通されて見た部屋は、普通のツインよりも少し広めの、ゆったりとした部屋だった。しかも窓から見下ろす景色も綺麗で、透が奮発してるのがわかる。
「いいだろっ。ホワイトデーなんだぜ」
「そうですけど」
 透は手にしていた薫の小さな荷物を置いて、窓辺に立つ薫へと近寄って腕を伸ばした。
「うわ・・・っ」
 後ろから急に抱きしめられて、薫の口から声が漏れる。
「透さん?」
「薫だ」
 肩口に顔を埋めた透の口から、くぐもった声が漏れる。腕にはぎゅっと薫を抱きしめて、まるでそこへ閉じ込めようとしているようだ。
「はい」
 薫の顔に、笑みが広がった。
 そうか、こんなにも愛されていたんだな、と今更ながらに改めて思う。
「かおるー」
「ちょっ!?透さん?」
 抱きしめていた腕が、薫の身体の上を滑って、服の合間から滑り込んで来た。
「ふ・・・っ」
 Tシャツ越しに感じる透の指に薫の息が詰まる。
「ちょっと・・・」
 胸の突起をジワリと撫でられて、いつの間にか下半身へと移動したもう一方の手を薫は慌てて掴んだ。
「だめ・・・」
 そんな薫の反撃などもろともしないで、透の指先が薫の中心をゆっくり撫でる。布越しの、じれったい動きで、やわやわと撫で上げてくる。
「濡れてきた?」
 肩から顔を上げて、にやりと笑って耳元で囁く声に薫の身体がピクリっと動く。耳をくすぐる息遣いさえも感じてしまう。
「だめって・・・、せっかく来たのにっ」
「明日な」
 せっかく昼についたのだから、観光くらいしたいと抗議の声を上げる薫に対して、透は薫のコートを剥ぎ取った。そしてそのまま薫の口を塞いだ。
「んん・・・、っ・・・・・・はあ・・・ぁぁ」
 上唇に軽く歯を立てて、開いた口から舌を差し入れた。絡めてくる舌にも軽く歯を立てて、背中を震わす薫に笑みを零した透は、さらに舌を吸い上げる。
「っ・・・とぉ・・・る、はぁ・・・ん」
 息苦しさに薫の指が透の服を掴んで、縋る様に引っ張ってくる。キスの酸欠と気持ちよさに、薫の身体から力が抜けていくのを透が支えた。
「薫」
「はぁ・・・」
 口を離して見つめれば、薫の瞳は扇情的に濡れていた。
「・・・もう」
 呆れたように漏らす声に、許しが出たらしいと解釈した透は、薫をそのままベッドに押し倒した。
「あ、待って」
「今更?」
 ベッドに押し倒した薫の腹に乗り上げた透が、冷たく言う。
「だって、シャワー浴びたい」
「なんで?」
 透は自分の衣服を脱ぎさって上半身裸になると、薫の服にも指をかけた。
「ずっと飛行機で」
「うん」
 前をはだけさせた肌に、指を這わしてその感触に目を細めた。触り心地が良くて気持ちよくて、確かに少ししっとりと汗をかいていた。
「汗だって」
「ああ」
 尖った胸にも手を伸ばして、指の腹で弄ってやる。
「ああ・・・っ」
 甘い声に、酔いしれそうだ。
 透は薫のパンツにも手をかけて、ジッパーを降ろすとそのまま下着ごと掴んだ。
「透さんっ」
 慌てたように透の腕に手をかけるかおるに、透はにやりと笑った。
「諦めろ。もう1分も1秒も待てない」
 透はそう言うと一気に脱がせて、薫の身体に覆いかぶさった。




・・・・・




 ――――えっと・・・
 深い眠りから、薫の意識がゆっくりと浮かんで来た。見上げた天井は、見覚えが・・・・・・
 ――――えーっと・・・
 何がどうしてたんだっけ?と、薫はゆっくり戻ってきた思考で考えた。確か、昨日飛行機に乗って、そうロサンゼルスの空港に着いて。透に出迎えられて。
「ああ・・・」
 そうだ。ホテルについて、何をする間もなく抱かれたんだ。だから今、この腕に抱きしめられているんだ。
 薫は、後ろから抱きしめている最愛の人を見ようと身じろいで。
「う・・・っ、痛ぁ・・・」
 思わず声が洩れた。
「薫?起きた?」
「あ・・・うん」
 どうやら起きていたらしい透の声に、薫はそっと身体を動かして透をその瞳に移した。
「へーきか?」
 ちょっと心配そうな顔で言う透を、薫はちょっと恨めしそうな瞳で睨んだ。
「んーな顔するなよ。薫が煽るのが悪いんだろう?」
「なっ・・・!」
 薫の顔がきりきりと怖い、そして拗ねた顔になる。だって、こうなったのは断じて自分の所為ではないはずだ。もうヤダと言った薫を、透が何度も何度も揺すって快感の絶頂へと追い上げてははぐらして、散々泣かせたくせに。
 なんだか、恥ずかしい言葉も言わされた。
「ほら、そういう顔がな」
 クスクス笑う透が恨めしいと薫はフイっと視線を外す。
「あーもう、こっち向けよ」
「嫌です」
「薫」
「だって」
 もう、夕方になってる。窓から見える空は少し暗くなってしまっている。
 自分はどれくらい寝ていたのだろう。
「薫?」
「起こしてくれたらいいのに」
 寝てる時間なんて勿体無い。今は、本当に1分1秒が惜しいのに。
「薫の寝顔が可愛すぎてね」
「ばか」
「馬鹿でも、捨てないでね?」
 やっぱりクスクス笑って、透は薫の顔を自分の方へと向けさせる。
「薫」
「捨てれるはず、無いじゃないですか」
「うん」
 透が薫の頬にキスを落とす。
「透さん」
 透が薫の目尻にキスを落とす。
「なに?」
 透が薫のおでこにキスを落とす。
「透さん」
 透が薫の髪にキスを落とす。
「んー?」
 透が薫の耳にキスを落とす。
「透さんっ」
 透が、薫の唇の端にキスを落とす。
 ――――もう・・・っ
「ちゃんと、してください」
 透が、にっこりと笑った。
「良く出来ました」
 そして、透が薫の唇をゆっくりと塞いだ。激しくも煽るようなキスではなくて、優しくて慈しむような甘いキス。
「・・・好きです」
「うん」
 透がもう1度、甘い蕩けるキスをする。
「愛してる」
 背中に回した腕でぎゅっと身体を抱き寄せて。薫はその胸に顔を埋める。
 透の温もりと、匂いと、心臓の音に安心するのは子供みたいだと思いながら、耳を寄せる。
「明日はちゃんと観光しような」
「はい」
 ああ、自分の居場所はここなんだと、痛感した。
「今度はもっと時間を取って、俺の部屋に来い」
「はい」
 手放さないで良かった。手放されなくて、良かった。
「ちょっと田舎だけど、静かでいいぞ」
 神様。そんな人がいるかどうかわからないけれど。
「田舎なら悪さしないでしょうから、安心です」
 でも、この人とで出会えさせてくれて、ありがとうございます。
「ばーか」
「だって」
 この人を僕にくれて、ありがとうございます。
「俺よりお前の方が心配だよ」
「僕ですか?」
「そ。お前結構人気あるって知ってるか?」
 透の忌々しそうな口調に、薫は少しおかしくなった。この間もそんな事を言っていたけれど、この人でも惚れた欲目なんてあるんだなと思ったのだ。
「俺が生徒会長としていた時は目を光らせれいられたけど、――――あー心配だ」
「気のせいですよ」
 くすぐったくて、嬉しい。
「気のせいじゃねーよ。マジで変なのには近寄るなよっ!?」
「はいはい」
 透でもこんな事を言うのかと、薫はくすくす笑った。ちょっとムキになってるのがさらに面白い。
 押し黙ってしまった透に視線を向けるとなにやら思案顔で考えている。
「透さん?」
「ん?・・・いや。それよりちょっと腹減ったな?」
「はい」
 そういえば、機内食を最後に何も食べていない。
「食いに行くか、買ってくるか―――ルームサービスにするか?」
「うーん、・・・外、がいいな」
「外?」
「はい」
 ちょっと嫌そうな顔の透に薫は笑顔で頷いた。
「どーしても外か?」
「ダメですか?」
 何が嫌なのだろうと、薫はちょっと首を傾げた。
「ダメじゃねーけど。あんま見せたくねーし、お前を」
 ああ、と思う。
「僕は見せびらかしたいです」
 考えていたのは一緒で、結論が違っただけの様だ。
「はぁ?」
「僕の好きな人を、見せびらかしたいんです」
 透が、無表情で薫を見つめる。こういう時は、照れている時だなって分かるようになったのは、いつだっただろうか。
「ね?」
 そうして、自分がねだると嫌とは言わないんだなぁと知ったのは、いつだったのか。
「しゃーねーな。その代わり絶対俺の傍を離れるなよ?」
 透は不承不承ながらそう言うと、上体を起こした。
「はい」
 外国といえども観光地の真ん中で、そんな心配するような事等起こるはずもないのにそう言う 透に薫は笑みを漏らす。
「薫」
「はい?」
 ベッドから2,3歩離れたところで、まだベッドの中にいる薫を振り返った。
「来いよ」
「え?」
「シャワー浴びるだろう?」
「えぇ!?」
 薫は透の言葉に思わずシーツを掴んで身体を隠した。
「中も綺麗にしなきゃなんねーし」
 にやりと笑う顔は、とっても楽しそうで薫はまた恨めしそうな顔をする。どうして人の嫌がることを楽しそうな顔で言うんだろうか。
 薫は結構です、と首を横に振った。そんな薫の様子に、透はベッドの傍まで戻ってシーツごと薫を抱え上げた。
「透さんっ!」
「諦めろ。短い逢瀬なんだ。一瞬たりとも目の届かない場所にいさせねー」
 透はそういうと薫を抱えて浴室へと消えていった。




 薫が無事にシャワーを終えて食事に出れたのか、それともそんな気力をなくしてルームサービスになったのか。
 それを知るのは薫と透のみ――――――――






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