現実的な未来 ―後―


「・・・っ、ふ・・・」
 僅かな湿った音が聞こえて、僅かかに荒い息遣いと何かが擦れ合う音が静かな室内に響く。
「ふっ、・・・ぁ・・・」
 くちゅっと音をさせて、舌が何度も絡み合う。まるで溺れる寸前の魚の様に僅かな隙間から荒い呼吸をして、離れるのが耐えられないとでも言うようにまた唇を塞ぎあった。
 舌を強く吸われて、薫の身体がピクっと震える。
「かおる」
 呼ばれて僅かに瞳を開くと、既にしっかり熱に犯された透の瞳に囚われる。
「んっ」
 その瞳の所為だ。
 ゾクっと背中を疼きが駆け抜けて、我慢出来なくなる。欲しくて、仕方が無くなってしまう。
 見上げた瞳は、きっと物欲しげに揺れているに違いない。
「薫、ベッド――――行こう?」
 人の顔を見て、ふっと嬉しそうに笑って誘ってくる声が堪らない。強く抱きしめられて、明確な欲望をあてこすられて思わず透の肩にしがみ付いた。
 はい、と声にするのはなんだかやっぱり恥ずかしくて、コクンと頷くと、あっという間に抱え上げられた。自分で歩くっ、そう言った薫の自己主張はさっくりと無視されてベッドまで運ばれて押し倒された。
 ギシっとベッドはその重さに声を上げるがあっけなく無視される。
「透さん・・・」
 なんとなく呼んでしまった声に、透はあやすようにまた頬に軽いキスを落とす。そうしながらも、薫のバスローブの紐を躊躇い無く解いて前をはだけさせた。
 一気に晒される、裸体。
 透の真っ直ぐな視姦に、別に今更恥ずかしがることも無いと思っても、やっぱり少し恥ずかしくて薫は透の肩をぎゅっと掴む。
「感じてる。見られるだけでも、イイか?」
「透さんっ!」
 流石に堪らないと抗議の声を上げて、薫は透のバスローブを脱がせにかかる。感じて待ちわびているのは、何も自分だけじゃないと知っているからだ。
 透が薫の肩口に唇を押し付けて吸い上げてくる、そうされながら透のバスローブを剥ぎ取ってやった。
 指先に感じる素肌の感触を楽しんでいると、透が色付いた乳首横に赤い印を残す。ツキっと感じる僅かな痛みさえも甘く、透と触れ合っている、そのキスを身体に受けてその愛を今感じている、そう思うだけで高ぶって、イってしまいそうになるのは何故だろうと思う。
 付き合い始めでもない、まだセックスに馴染んで無いというわけでもないのに、いつもいつも欲しくてたまらなくなって我慢出来なくなってしまう。
「―――んっ・・・」
 昨日も受け入れたそこに、不意に指を感じて声が洩れた。
「欲しそうだな」
 揶揄られる声に、否定なんて出来ない。だってそうだから。欲しくてしょうがなくて、腰が揺れているのが自分でだってわかる。
「そんな色っぽく誘われたら、我慢できねーぜ」
 その言葉に一瞬きゅっと口を結んで、透を見上げる。それは熱に犯された、抗議にもならない瞳。
「――――!!」
 唐突に潜り込んで来た指に、薫の背中が思わずしなる。唾液に濡らされた骨ばった長い指が勝手知ったる様子で、そこを開けようと奥へもぐりこんで来る。
 思わずシーツを強く握り締めてしまうと、透が落ち着かせようとでもしているのか薫の腹にキスをしてくる。
「・・・あぁ・・・っ」
 それは腹だけじゃなく、胸にも鎖骨付近のも及ぶ。そうしながら、中で指を動かし開かせていく。キスのたびに薫の身体は、薫の意思から離れてヒクっと動く。
 そして、出入りしていく指動きに煽られるように、段々と快感が身体の中を渦巻いていく。
「透さん、もう―――いいから・・・・・・っ」
 指とキスでイキそうになって、薫はそれだけは嫌だと透を促す。今日が特別な日でクリスマス・イブというなら、やはり一緒にイキたいと思うから。
「ああ」
 掠れた声の返事に、透も同じ思いなのかと嬉しくなる。
 ゆっくりと引き出される指の感触に、僅かに眉を潜めながらも次に来るものへの期待でそんなものは何処かへすぐに飛んで行く。
「―――――っ!!」
 キシっと入り込んでくるそれに、薫の身体がビクっと跳ねる。
 いつまでたっても、慣れない瞬間。けれど、身体はその後にやってくる快感をしっかりと憶えていて、待ちわびて震える。
「相変わらず、キツいな」
「んっ」
 掠れた声にわざときゅっと締め付けてやると、ウッと透の声が降ってくる。そして、仕返しだと言わんばかりに中心をぎゅっと握られて仰け反った。
「ああっ!!」
 ドロっと先端から零れ落ちる、快感を示す印。
「イクか?」
 からかいを含んだ問いかけに、嫌だ、一緒にイキたいと薫は首を横に振る。
 どうしてこんなに夢中になってしまうのだろうと思うけれど、それはもう麻薬の様に身体に回りきってしまっていて今更どうする事も出来ない。
 本当に、切り離すことなんて出来ないから。
「ああ・・・っ、ふっん・・・・・・・・・ぁぁぁ・・・っ」
 焦らす余裕は透にも無いのかもしれない。
「薫」
 深く激しく犯されて苦しさに仰け反れば、ズルリと抜け落ちてしまいそうなほど引かれて、嫌だと締め付けてしまえばまた深く入り込んでくる熱い熱。
「ふっ、あああ――――、あああっ」
 うねるような快感に全身が犯されて、さして触られなくてもビクビクと先走りと零してしまう。自分がそこにいるのかわからなくなって、何処かへ放り投げられているでもいるようななんとも言えない浮遊感を感じて。
「――――っ、ひィ・・・ああああ・・・・・・・・・っ!!!」
 ぐりゅっと腰を回されて、一気に引き上げられた高みに恐くなって思わず透に縋りついた。ヒクヒクと天を仰ぐそれを根元から強く扱かれて、目の前がスパークした。
「やっ、――――ああ、イ・・・クッ・・・・・・・・・っ!!」
 足を透に絡めつかせて背中を仰け反らして、薫は白濁を巻き散らかした。ぶるぶるっと身体が痙攣する。
 尻の最奥に、叩きつけられる熱を感じてから、薫の身体から力が抜けてベッドに深く沈んだ。
 荒い息に、胸が上下して。
 透の優しい指遣いを髪に感じる。
「薫?」
 少しぼんやりしてしまった瞳をさまよわせて、離れていこうとする意識を掻き集めて透を見つめた。1回なんかじゃあ済まない事はわかっているから。
 昨日もシタのにとか。
 明日も仕事なんだとか。
 今日は月曜の週初めなのにとか。
 考えなきゃいけない事も、思うこともたくさんあるはずなのに。
 そんな全ては、優しくされる甘い口付けに全てどこかへ押しやられて、蕩ける視線に捕らえられて結局自分がこのまま離してしまえないんだと知るのだ。
 愛している、甘い囁きは口付けに消されて。
 堅さを取り戻してきたそれを、身体の奥に感じて薫は満ち足りた様に笑った。

 ただ、愛される喜びに―――――――――――




・・・・・




 ピピピっと鳴った僅かな電信音を、半分無意識の内に素早く消して腕の中の温もりを抱えなおす。
 こんな朝は、もう少し眠りをまどろんでいたいと思うのは、人の道理と言うものだと思うのに。
「ん・・・、とーるさん・・・・・・」
 この几帳面で真面目な恋人は、どうやら今ので既に起きてしまったらしい。しかも、既に起き出す気でいるらしく、腕の中でじっとしていてくれない様だ。
「まだ早い」
 そんな、バレるどころか明らかに適当な嘘に乗ってくれる恋人じゃない事は、長い付き合いで十分承知している。
「・・・だめ・・・きなきゃ・・・」
 寝ぼけた声が、僅かに舌足らずになっていてなんとも言えず可愛くて仕方が無い。
 もう一度そっと抱えなおして、その頬に唇を寄せて柔らかい感触を唇に感じる。
 ただ、言いくるめる方法は、多少なりとも心得ていたりするだけだ。
「くすぐったい・・・っ」
 らしい。
 嫌がってるのかじゃれてるのか、腕の中で暴れる薫をぎゅっと抱きしめてクスクス笑えば、薫がもぞっと動いて視線を向けてきた。
「おはよう」
「おはようございます」
 まだ十分眠たそうな声で言われて、やっぱりおかしくて笑ってしまう。
「今日は休みてーな」
「昨日、・・・あんなするからでしょーがっ」
 怒った声でピキっと牙を出す薫。ちょっと目くじらも立ってる気がするけど気にして入られない。だって、どーせ照れてるだけだろうからなぁ。
「薫が離してくんねーからだろ?――――イテッ」
 カブっと腕を噛み付かれた。朝からの、多少下品な言葉はお気に召さなかったらしい。
 チラッと見ると、なんとくっきりと付いた歯型。
「もう、起きます」
 抑揚の無くなった気がする声で言われて、唐突に薫は腕の中から出て行く。室内にはほどよい空調が効いているから寒いなんて事は無いけれど、腕の中で薫を失った喪失感は大きくて、ベッドの中からもいなくなると言えば、まだそんな心の準備が出来ていない。
「薫っ」
 慌てて薫を呼び止めて、透も起き出して薫の腕を掴む。
「なんだよ。―――――怒ったのか?」
 後ろから抱きすくめて、思わず機嫌を取るような声を耳元で囁く。
「――――薫?」
「怒ってません――――――そんな事で怒るはずないでしょう?」
「ならっ」
 なんでイキナリいなくなるのだ、腕の中から。
 そんな、透にとっては真っ当な理由で抗議も交えた瞳で見つめると、薫が首を巡らして透の顔を見つめた。
「ん?」
 ちょっと薫は唇を噛む。
「かおる」
「いえ―――その、年末は忙しいですよね」
「あ、ああ、まぁそうだなぁ」
 そういうと、薫は腕に付けた歯形に指を這わす。伏目がちの瞳とその仕草に、思わず色気を感じて朝っぱらからまた火が付きそうになってしまう。
「もう、年内は会えそうにないですよね」
「薫?」
 浮かべた寂しそうな笑みと切ない瞳に、射抜かれた。
「なんか、今度会うまでこの痕が残っていたらいいのにって、思って」
 それは、反則だろう。
「でも、無理ですよね。・・・・・・そう思ったらなんか、寂しくなってしまって。すいません―――――っ」
 何とか押し留めようとしたのに、完全に火が付いた。
 まるで飢えた獣みたいな気分になって、気が付いたら薫の唇にむしゃぶりついていた。
「っ――――とお、る・・・さんっ」
「お前が悪い」
「なに、言って――――もう、シャワー浴びないと・・・っ」
 そう言われて横目でベッドサイドの時計を確認すると、確かにのんびり戯れている時間は無い様だ。けれど、多少なら、許されるだろう。
 第一、このまま離れるなんか出来る筈が無い――――――っ
「わかった」
 そう言ってやると、薫の身体から少し力が抜ける。
 まだまだ、甘いな。
「俺が洗ってやるよ」
「はぁ!?」
「一緒にシャワー浴びれば一石二鳥だろ?」
 もちろん、シャワーだけじゃあ済まないのは、必然だけど。
「なっ、・・・ダメですって!」
 慌てて暴れ出した薫の抗議も抵抗も、悪いが今は考慮してやれる余裕は無い。
 だって、火をつけたのは薫だ。責任は、取ってもらわないとな?


 反響する声に煽られて、朝から盛ってしまった二人はゆっくり朝食を食べる暇もなくホテルの部屋を飛び出したのは、言うまでもない。
 これですっかり拗ねた薫を宥めるのは容易では無いなと、透は策を色々考えながら会社に向かうはめになるのだが。
 しかし、そこ答えを見つけ出す前に。
 今度は仕事の用件で透のオフィスで顔を合わす事になる――――――。

 今日はクリスマス。
 サンタの効力で、二人が仲直りしたとかしないとか―――――――



 とにもかくにも、メリークリスマス☆
 皆様の下へ、二人の溢れて収まるところの無い愛のお裾分けが届きますように。
 え、いらない?そう言わずに、どうぞどうぞ。






end





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