未来予想図?-後-
「・・・なんで、ここにいるの?」 「なんでって迎えにきたから」 普段迎えになんて来ないけど、今日はごめんなさいって気持ちを表したくて、特別。 由岐人がどこの店で働いているかはわからなくて、俺はしょうがないから咲斗に聞いて、2号店と言われる店に俺は由岐人を迎えにやって来た。 いいタイミングっていうか、ちょっと店の前で時間潰してから見計らってやってきたんだけど。ちょうど客がいなくなっていた。 「昼間は悪かったって思ってます。反省してる――――ごめんなさいっ」 俺はビックリして呆気に取られている由岐人に、スパっと頭を下げた。口調が早くなってしまうのは、ちょっと緊張してるから。そんな俺に、由岐人はビックリした顔をくしゃって歪めて、しょうがないなぁって顔でくすくすと笑い出した。 「こんな時間までよく起きてられたね」 「おう」 由岐人の手が伸びてきて、頭をポンポン撫でられた。ちょっと子ども扱いが嫌だけど、昼間の態度は子供だったからここは我慢するか。 「今日はバイトじゃなかった?」 「11時までバイトして一回家帰って、終電で出てきて響の店で時間潰してた」 「そっか」 由岐人がなんか、ちょっと嬉しそうにしてる様に見える。なんか、ホッとした感じっていうか。 「ほんと、ごめんな」 そんな顔見てると、さっきよりも後悔する想いが強くなってきてしまう。由岐人は喧嘩とかすると、凄く気にするみたいだから。やっぱり不安にさせたんだよな、俺。 「もういいよ。そんなに怒ってないし」 そう言って由岐人は笑ってくれたけど、それが、優しい嘘なんだって俺にはわかる。だから―――さ・・・ 「抱きしめていい?」 まだ店だけど愛しくて嬉しくて、大好きだから抱きしめたい。 「っ、だめだよ、店なんだから!」 途端に由岐人がちょっと焦った顔になる。耳が赤くなっているのが照れている証拠。怒ったみたいな目をしてるけど、そんなの全然怖くないぜ。 「じゃー早く帰ろ」 帰って、ぎゅーって抱きしめたい。好き好きって言って、キスしまくりたい。 「タクシーがもう来る・・・あ、ほらちょうど来た」 外でタクシーの到着を告げるクラクションの音がする。 その音を聞いて由岐人は店の中を覗いてお疲れ様!と声をかけると、笑顔で振り返って。俺の腕を当然の様に取って外に出た。そして止まっていたタクシーに乗り込んで、なんだか家まで待てないとでも言うように、俺たちはこっそり手を握り合った。肩も触れ合うくらいに引っ付いて。 家にたどり着いた途端に靴を脱ぐのも待ち遠しいと、俺は玄関で由岐人の身体を抱きして、キスをした。ゆっくりとかそんな余裕もなくて、なんか由岐人を喰っちゃいそうな勢いで味わって。 「だめだよ」 腰に腕を回したら、由岐人が腰を揺らして抗議の声をあげる。 「なんで?」 俺の声がちょっと掠れた。 「玄関だよ」 由岐人の声も少し掠れている。待てないのは一緒なのだ。 「じゃあ、ベッド?」 「・・・ん」 俺の肩口に顔を埋めて恥ずかしそうに頷くその姿がもうとてつもなくかわいい。それこそまさに脳天直撃で俺はやられちまった。 俺はそのまま由岐人を抱え上げて寝室へと急ぎ、そのままベッドに由岐人を落として押さえつけた。 気も焦ってネクタイを解いて上着を脱がせて。シャツに手をかけて捲り上げると、目の前には由岐人の綺麗な肌が少しずつさらされて―――――― ドカッ!!! 「痛ェッ!!」 「あ・・・」 と、そこまで昨日の報告と嬉しそうな顔で響に向かってしゃべっていた剛の背中を、ドカっと音がするほどの勢いで由岐人が蹴った。 「何、妄想しちゃってるの?」 刺々しく冷たい声。 「由岐人」 その光景に、テーブルに新聞を広げて読んで咲斗も思わず声をかけた。 響はといえば、目の前の光景をみながら、たぶん・・・いや間違いなく剛の背中には由岐人の足型が出来ているに違いないと、人事の様にしみじみ思った。 今日の昼前くらい。それこそまだ響と咲斗が起きたばかりの頃、剛が勢い込んでやって来て、昨日の出来事を響に話し始めたのだ。 響の店に昨夜は剛が来ていたのだが、金曜の夜という事もあって響はゆっくり話をする事ができなかったので、なんだったのだろうと気にはなっていた。だから、興味深く剛の話は聞いていたし、咲斗も興味のないフリをして新聞を読みながらもその話に耳を傾けていた。 が、その話の中の由岐人の姿がどうも響の知る由岐人とは少し違っていて、なんとなく違和感を感じていたのだが―――― 「妄想なの?」 「妄想に決まってるでしょ」 ご立腹な空気をまとって仁王立ちで響を睨んでいる由岐人の姿は、響のイメージ通りの姿。間違いなく、由岐人だと思える雰囲気だ。 「ったく、お風呂の掃除してねって言ったのにいつの間にかいなくなってるし。どこに行ったのかと思っていたらこーんなトコロで作り話してるとはね」 「つっ、作り話じゃないだろ!」 足蹴にされた剛がやっと復活したらしい。顔を上げて抗議の声を挟む。 「・・・」 「う・・・」 が、由岐人の一睨みでなんだか剛は小さくなって黙ってしまった。 「・・・お風呂、洗ってきます」 「その後買い物にも行くからね」 反撃する事を諦めたらしい剛は、小さくなったまますごすごと帰ろうとすると、由岐人はさらにその背中に言葉をかける。その姿はまるで、恐妻家の妻と尻に敷かれた亭主の様だと響はちょっと思えておかしくなった。 「由岐人さん」 用は済んだとばかりに響にも咲斗にも目もくれずに帰って行こうとする由岐人に、思わず響が声をかけた。 「・・・何?」 振り返って由岐人は少しキツイ視線を響に向けた。それは、怒っているというよりは照れているようでもあり、少し苛立っている様にも見えた。 「実際は、どうだったの」 「何が?」 「昨日の出来事」 剛の話が全部嘘だとは思えない。そこまで剛に妄想癖があるとは思えないからだ。だから、どこまでが本当だったのか響には大変興味があった。そんな響を、由岐人は飽きれ顔で見下ろした。 「あのね、―――確かに僕が朝ご飯を作ったけど、それは剛の足音がうるさくて目が覚めちゃったから仕方なしにしただけだし、・・・口の端に付けたソースだって、そんなのそのまま付けて出かけたらみっともないでしょう?だから注意しただけだし。・・・迎えに来たのだって別にこっちはタクシーで帰るんだからいいんだよ。それに店には他の子だってたくさんいるから示しも付かないのに、そんなの、わざわざ。――――もう絶対来ないでねって怒ってやったんだから・・・」 「ふーん」 「だっ、第一僕は、嬉しそうに笑ったり頬を赤らめて恥らったりしない。なんでそんなの・・・」 確かに、それはそうかもと響は思う。だってなんだか、そんな姿は想像出来ないから。でも言い切らない語尾がなんとなく気になるのは、気にしすぎだろうか? 響がそんなことを考えていると、由岐人はいそいそと剛の後を追ってさっさと帰ってしまった。 なんだか、台風が瞬く間にやって来て去ってしまった様な感じだ。 「・・・なーんか、結局由岐人さん剛のこと迎えにきただけなんじゃん」 「そうだね。せっかくの休みを自分の横じゃなくて、こっちにに来ているのに腹を立ててたみたいだし」 咲斗は椅子から立ち上がって、ソファの座る響の傍へと歩み寄りながら笑ってそう言った。 「なーんだ。結局仲良しなんじゃん」 「何?仲良しなのいやなの?」 響の言い方に、少し驚いた顔で咲斗が尋ねると、響は慌ててそうじゃないと首を振った。 「すっごい心配して損したーって思ってるだけ」 「なるほど」 確かにそれはそうだと咲斗は思いながら、響の隣に腰掛けてぎゅーっとその身体を抱きしめた。朝から剛が来ていてじゃれていられなかった分を取り戻すように。そして髪に鼻先を埋めて、響の香りを感じる。 「ねぇねぇ、どう思う?」 響は斜め後を振り向いて、抱きついている咲斗に問いかけた。 「何が?」 「今の剛の話。どこまでが本当かな?」 「―――さぁ?」 響の問いかけに咲斗は少し意味深に笑って、響の唇に軽くキスを落とした。ついばむような、じゃれ合うような軽いキス。 「さぁって、ずるいよっ」 「だって、わからないでしょ」 不満そうな響に、咲斗はくすくすと笑って答える。 咲斗にだって、どちらがどこまで本当のことを話しているのかなんてわからない。けれど、きっと、剛の話はそう遠くない未来の二人の姿なんだろうと咲斗には思えた。 それは確信に近い思い。 だって由岐人は、前に比べてずっと幸せそうに、笑うようになったから。 |