無題 -助走-
「終わったぁ〜〜〜っ!!」 チャイムが鳴り響いて答案用紙が集められたその直後、俺は嬉しさのあまりそう言って思いっきり伸びをした。 この嫌なテスト用紙と見詰め合う日々がやっと終わったんや。 ほんまにめっちっゃしんどくて、嫌な嫌ぁーなテスト週間が、今、たった今この瞬間終わったぁ―――!!これで、やっと、やっと待ちに待った冬休みが始まる〜〜!! あ〜もう!何して遊ぼうっかなぁ〜〜 「ナツ、問5の問題わかった?」 担当の先生が答案を持って教室を出て行ったと同時に、アキがたった今終わった問題を持って俺の席にやってきた。 「問5?あー…」 アキの言葉に問題のプリントに再び視線を戻して、俺は顔をしかめた。だって、それは俺も勘で書いたちゅうかなんちゅうか。運を天に任せたって感じの問題やったから。 つーか、大体俺は国語は基本的に苦手。なんかこう、文章を読んで細やかな伝えたいことを読み取るとかそんなんどーでもええやん?しかもそんなん、俺が書いた文ちゃうし、俺が伝えたい気持ちちゃうし。しかも時代が微妙に昔の人のやし。そんなんわかるかーっちゅーねん。 俺の知ったことかぁー!!と、俺は叫びたいわけや。 「ごめん、お前に聞いた俺が悪かった。―――冬木―っ!!」 おいっ、なんやその態度!! 俺の反応が鈍かったのにアキは素早く俺の内なる叫びを悟ってくれたらしいけど、その言い方はないんちゃうか?そりゃぁー確かに俺より冬木の方がちょーっと頭はええけどさ!! ちょ、ちょーっとやんか!! くそーっ、アキの奴。 あーあ、それにしてもテストの結果がもし悪かったりしたら俺、シバかれるんかなぁー怒られるかなぁー・・・。そんなん嫌やなぁ。精一杯やったしなぁーがんばったもんなぁー俺。圭だってそれはきっと認めてくれると思うねんな。うん。ってことは、頑張ってアカンかったって事やから、らそれはもうしゃーないっていう感じやんな・・・?そうや、な? うん。うん。きっとそうに違いない。大丈夫やな、俺っ! 「・・・・・・」 って、自分で自分の事慰めて見てるけど・・・ 「はぁー」 「どうしたの?ため息なんかついて」 「あ、冬木」 なんか今俺の脳裏には怖ぁい笑顔を浮かべた圭が思い出されしまって、俺は机に突っ伏してため息ついたのだが、その傍に、いつの間にかアキと冬木が立っていた。 「いや、今から結果が・・・」 心配。 「あんまり出来なかったんだ?」 「まぁー、出来たっていうか出来へんかったっていうか、・・・いつも通りっつーか・・・」 俺は思わず力なく笑った顔を冬木に向けた。 「なら、中の中ってとこやしええやん」 前の席のヤツがどっかに行った隙に、アキはその椅子に座ってつまんなそーに言う。なんでちょっと残念そうやねん。 「でもなぁー、もうちょいがんばれって言われてたし・・・」 そう、確かそんな事を言っていた気がする。 「圭に?」 「う"ん・・・」 テスト前、夕飯の後、頑張って机に向かってた俺に、あったかいカルピスを入れて持って来てくれた時。圭はノートを覗き込みながら間違いを指摘して来て、笑顔でそう言ってた気が、めちゃめちゃする。 「ナツってあの執事さんに勉強とか見てもらってんの?」 「あー、わかんないとことかは・・・教えてもらったりする」 今回も国語と古文と、英語は世話になった。 「圭は頭良いもんね」 「うん」 「教え方もうまいんだろうね」 「あー・・・」 冬木。圭の教え方はなー・・・・・・うまいっつーか、エロいっつーか、意地悪っつーかやねん。 「じゃーなんで成績あがらんねん」 アキのツッコミはもっともやと思うけど。 ・・・教えてもらって、俺がちゃんと問題解けたらご褒美にキスとかしてくれるから。しかもそのキスがめっちゃ気持ちええからボーっとしてしまうねん。それでついつい今覚えた公式とか単語とか忘れてまうねんもんなぁー。 だから、俺の成績上がらへんのって、圭のキスが気持ち良過ぎる所為やねんなぁ。そう思うと半分は圭の所為やん。 「・・・・・・」 なんて事は、何があっても言えへんけど。 「ま、頭の出来の違いか」 アキ・・・むかつく。 「お前と俺、成績に差ーないで」 「うるさいわ。俺は独学やねん、そこがちゃうやろーが。俺は自力で今の成績。ナツは手助けがあっても今の成績。っつー事は俺のほうが頭えーやん」 「はぁ!?」 「・・・確かに」 おいっ!冬木―っ!!そこで納得すんなっ。圭はな、圭はなぁー、教えてくれてんか邪魔してるんかめっちゃめちゃ微妙やねん! 「僕も教えてもらいたいな」 「何言うてんねんなぁー。冬木は今でも十分頭ええのに。それ以上成績良ぉなったらナツの立場がないやん」 アキ・・・いつか殺す。 ああもう!!―――話題変えよ。 「なぁーそれより、冬休みどーするん?」 「あー、俺は年末年始は実家帰る」 「え!?珍しいやん」 アキの発言に俺は思わず驚いた。だって、ココ何年かそんな事聞いたことなかったのに。いっつも、遠いし時間も金もかかるから面倒やし帰らへんって言うてたやん。 「それがな、最近じーちゃんがちょっと病気して、あ、別に命に関わるとかちゃうで。でもなー、なんか親父が心配してて、今年は顔見に帰るって言い出してんやん」 「そうなんや!?」 そんなん全然知らへんかった。つーか、言えよなぁ。なんや、水臭いやん。 「あほー。そんな心配そうな顔せんでええって。ほんま、全然大丈夫やねんから」 俺の顔を見たアキが、ちょっと照れた笑みを浮かべて俺を小突いて来た。アキのいつもの照れ隠しの仕草に、俺はちょっとホッとする。 ほんまにたいしたことないみたいや。 「青木くんの実家って?」 「和歌山のメッチャ田舎。すっげー不便で行くの大変」 「そうなんだ」 「しかもなぁ、クリスマスも年末年始もこっちにおられへんから、彼女怒っててな〜」 はぁーっと、アキが肩を落としてため息をついた。彼女とは今年の夏に知り合って付き合い始めた同い年。中学校ん時の友達で、別の高校に進んだ奴の友達。肩下くらいまでのサラサラヘアに、ちょっと猫目。アキ曰く、森下千里似らしい。 俺的には、その意見は微妙やけどな。 「由美ちゃん?」 「そ」 今度はアキがさっきの俺みたいに机に突っ伏している。由美ちゃんはなぁ、気ぃ強いとこあるからなぁ。ワガママっちゅうかなんちゅうか。まぁ、そのうち別れるやろなぁって俺は踏んでんねんけど。 「冬木は?冬休み、なんか予定あんの?」 「え、僕?」 「うん」 「友達に会いに向こう帰ったりするん?」 「・・・っ」 アキの言葉冬木に視線を向けると、一瞬冬木の顔が引きつった様に見えた――――のは、俺の気のせいやろうか?どうしたんやろ? 「ううん。向こうに戻るつもりはない」 「そうなんや?」 「うん」 思わず口を挟んでしまった俺にも、冬木ははっきり頷いた。その顔がなんとなく、なんとなく、なんか・・・ 「じゃぁずっとこっち?」 「うん。そう」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふーん・・・・・・・・・・・・ なんか、冬木の言葉がいつもと違ってちょっと強すぎた気がして、俺はさらに気になっていた。なんか、帰りたくない理由とかあんねやろか?でもまぁ、家族でこっちなんやし別にそんなもんなんかな。 「佐々木くんはどうすんの?」 「俺?俺はどうやろう。クリスマスとかは別になんもないんちゃうかなぁー。親も仕事やし。年末年始は帰ってくるー言うてたから、そん時プレゼントとお年玉貰ってってくらいかな」 電話くらいあるかもしれへんけど。 「・・・じゃぁ、クリスマスはいつも通り圭と二人?」 「・・・うん」 二人っつーか、なんつーか。まぁ、確かに二人・・・っきりやねんけどな。っていうかそんなん考えたら今更やのに照れるやん。二人っきりのクリスマスーっ。プレゼントは何にしようっかなぁ〜。 「なんか、それも寂しいなー」 「はぁ?」 アキの言葉に、俺はきょとんとしてしまう。何が? 「いや、親もおらんと執事さんと二人なんか、寂しいやん」 「あ、ああ!ま、まぁなっ」 アキの言葉に俺は慌てて笑い声を立てた。そうやそうや、世間的に言えば家族はいなくて執事と二人っきりっていうのはそう言われる状況やな。でもな!!むしろ俺としては帰ってこんでええーって感じやねん!!むしろバンザーイです。 ああ〜〜父ちゃん、母ちゃん、兄ちゃん姉ちゃん、ごめん!! 「そんな事ないよね?」 「え!?」 突然の冬木の言葉に、ドキーーーっ!!!って心臓がなって俺は反射的に顔を上げて冬木の顔を見た。 「っ、なに、が?」 えっ、・・・・・・な、に?なんで、そんな顔なん?・・・・・・冬木? っ、つーか、いきなりなんやねん!そんなん、あれやん、そんあ質問めっちゃ慌てるやん。どきどきしたやん。ど、どうしたん?どういう意味なん? 「まぁー確かになぁ〜親なんかいてもしゃーないか」 アキの的外れた言葉。 「そ、そうやで!貰えるもん貰えたらそれでいいやろー」 俺はアキの言葉を幸いに、その尻馬に乗って話を流してしまおうと思うのに、でも冬木はそれには反応を返さなくて。無言で見つめてきた。 色のない顔で、読めない視線で。口をきゅっと閉じて。 「まぁーな。今年は俺PSPやでっ」 アキは何も気づいてないらしい。能天気に嬉しそうな笑い声を立ててにやけてる。 「ええなぁ〜!俺は何やろー」 俺は、アキの言葉に乗っかり続けてはみるけれど、冬木からの視線が横顔に刺さっている気がしてメッチャ気になる。だって、たぶん、じっと見てるから。 「冬木は?冬木は何貰うん?」 アキの明るい声にも、俺はなんとなく冬木に視線を向けるのが躊躇われていると。 「僕は何も」 抑揚のない、声が聞こえた。 「え?」 「なにもない」 冬木の、何もかも断ち切ってしまうような冷たい言い方に、アキが言葉を続けようと口を開きかけたのだが、その時教室のドアがけたたましい音を立てて開かれて、担任がやってきてしまった。 結局その後、俺は何も確かめられず聞くことも出来ず、その話はそのままうやむやになってしまって。俺の中で冬木に対してもやもやした思いが生まれていった。 |