雪人のキモチ
9月に入って、夏休みが終わってしまったとき僕は寂しくなった。 4年生までは、夏休みが終わっても悲しいとか寂しいとかって気持ちになる事はそんなになくて、終わっちゃったかぁ〜くらいに気持ちにしかならなかった。 でも4年生の冬、家に綾ちゃんがやって来た。5年生の時、一緒に夏休みを過ごして、一人じゃない夏休みを知って2学期が始まるのがちょっと恨めしくなった。 けれど、今年はもっともっと辛かった。寂しかった。 夏休みに道場に行って、合宿に行って、綾ちゃんに"雪人"って呼んでもらえるようになって、ヤっちゃんと友達になって。 綾ちゃんがアメリカ行ってる時ちょっと寂しかったし、なんでか、最近直人兄様は全然帰って来てくれなくて、ちょっと悲しかった。 でも、道場にいっぱい行って、ヤッちゃん以外にも美奈ちゃんや健ちゃんともちょっと仲良く慣れた。テレビの話とか、家族の話とかなんか何ってこと無い話だけどいっぱいして、楽しかった。綾ちゃんが帰って来てから、柴崎さん家にも綾ちゃんと行ってマメと遊んでお泊まりして凄く楽しかった。 雅人兄様は勉強しなさいってちょっとうるさいけど、でも綾ちゃんがいない時は早めに帰ってきてくれて、いっぱいおしゃべりもした。 ちょっと下手だけど、一緒にゲームもしてくれた。 だから、夏休みは凄く凄く楽しくて。 終わってしまったのが、とっても悲しかったんだ。 寂しすぎて、ちょっぴり登校拒否になりたい気分なくらいだった。誰にも言って無いけどね。 だって。 学校は、あんまり楽しくないから――――――――――― でも、2学期に入っても週に1回は道場に行ってたし、寂しいけどちょっとはマシだったかな。 うん。 友達がいるって、凄いね。 その後、もうすぐテストだぁーって思ってて嫌だなぁって思ってたけど、綾ちゃんに勉強見てもらって褒められて、嬉しかったから今度のテストがんばろう!!って思ってた時。 パーティーの事、言われた。 雅人兄様の顔がちょっと厳しくて、なんだか松岡もぴりぴりし出して僕は凄く気持ちが落ち込んじゃったんだ。 お母様が、雅人兄様や直人兄様や綾ちゃんに嫌な事言うのわかるし、みんながそれを気にしてるのわかるから。それに、お母様に会うとなんだか僕が雅人兄様や直人兄様や綾ちゃんから凄く遠い存在になった気がして、悲しくなるんだ。 僕だけか、違う気がして。 苦しくなる。 でも、誰にもこんな事言えないし相談出来ないし。 一人でいっぱい考えて。 ――――――テストの事は、怒られちゃった。 僕がいい点数の方がいいのか、そうじゃないのかわからなかった。考えすぎて全然わかんなくなっちゃったんだもん。でもきっと、僕は馬鹿なほうがいいんだろうと思ったんだ。 雅人兄様にとって、邪魔にならない存在の方がいいって。お母様の期待に答えないほうがいいって。それに、点が良かったら雅人兄様や直人兄様と比較されちゃって、雅人兄様や直人兄様からもっと遠くなっちゃう気がしたんだ。 でも、上手く言えなくて。 怒られて、あんな言い方してしまった。 凄く後で落ち込むのに、ああいう時はイライラしてカーってなってどうしようも無くなってしまうんだ、最近。僕はもしかしたらちょっとおかしいのかもしれない。 よく、わかんないけど。 気持ちが言う事をきいてくれなくなって、口が勝手にしゃべっちゃうんだ。 そして、周りの人を傷つけてる。 「・・・っ」 お父様のパーティーは、 ―――――最悪だった。 松岡にあんな風に思われていたなんて考えた事も無くて、凄くショックで言葉には言えないくらい悲しかった。自分で自分の事殴って、ばらばらにして壊してしまえたらいいと思った。 消えてしまいたいと思った。 僕の存在は、きっと誰をも幸せにしたりしないんだと思ったから。 いらないって思った。 でも、雅人兄様が一生懸命話してくれて―――意味は少しわからなかったけど―――、綾ちゃんが僕に会えて凄い嬉しかったって言ってくれて。 僕も。 凄い嬉しかった。 良かったって思った。 一緒に寝て、僕が寝るまで話してくれた。 泣いたら、ずっと抱きしめて頭撫でてくれたんだ。 次の日、起きたけど部屋からは出たくなくて、松岡にどんな顔して会えばいいのかわからなかった。 だから部屋で、ぎゅーって膝抱きしめて据わってた。そうしたら綾ちゃんが様子見て来るって下行っちゃって、僕は口から心臓が飛び出しそうなくらいドキドキして、聞こえるはず無いのに下の様子が気になって耳を済ませていた。 足跡が二つ、階段を登ってきた時は本当ドキドキしすぎて一瞬気持ち悪くなるほどだったけど、一つの足音が遠ざかって言った時は、ほっとしたのか悲しいのか自分でもよくわかなかった。 綾ちゃんが持って来てくれたツナサンド・・・美味しかった。 雅人兄様のあんまり好きじゃないツナサンド。 マスタードを効かせたツナサンドが好きな直人兄様。 でもあのツナサンドは、僕が好きなツナサンドだった。 だから。 どんな顔していいのかわかんなかったけど。 もしかしたら顔を合わせた途端嫌そうにされたりするかなって考えたけど。 でも。 ツナサンド。 美味しかったから、美味しかったよって言葉くらいは伝えようと思って、夕方勇気を振り絞って下へ降りていった。 ドキドキして怖くて不安で、足音を忍ばせたのに。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・松岡は、いなかった。 夕飯の用意がしてあって、暖め方とか全部書いてて。でも、松岡はいなかった。 僕は、わんわん泣いた。 松岡が出て行ったのは僕の所為だと思って。 僕がお母様と一緒に住めばいいんだって思った。それは凄く嫌で寂しい事だけど、そうしたらいいんだって思って悲しくなって、またいっぱい泣いた。 綾ちゃんが僕をぎゅーって、痛いくらいの強さで抱きしめてくれたけど、直人兄様の怒ってる声が聞きたくなくてもっと大きな声で泣いた。 このまま耳が聞こえなくなってしまえばいいと思った。 綾ちゃんにぎゅってされたまま綾ちゃんの部屋に戻って、次の日は学校をズル休みした。だって、頭も目も痛くて、外になんか出たくなかったんだもん。 綾ちゃんも休んで傍にいてくれた。 雅人兄様も、そうしていいよって優しく言ってくれた。 それから、松岡が出て行ったのは僕の所為じゃないって、僕の事ぎゅーってしながらはっきり言ってくれた。それはきっと、慰めてくれただけだと思うけど。 直人兄様に"ごめんな"って言われて意味がちょっとわからなかった。なんで直人兄様が謝るんだろう?って。 きっと、僕が僕であるから、ダメなだけなのに・・・・・・ でも、綾ちゃんはそうじゃないって言ってたっけ。雅人兄様も。 その日のご飯は、初めて宅配ピザを食べた。 ずーっとずーっと食べてみたかったそれは、全然美味しくなくて悲しい味しかしなかった。CMでは凄くおいしそうに見えてたのに、僕はもう一生食べないって思うくらいだった。 全部が空しくて悲しくて、目が痛くて身体がしんどかった。 でも次の日は、学校へ行った。 綾ちゃんが休めなくて、一人で家にいるのは我慢出来そうになかったんだ。学校に行ったらたくさんの子が、"昨日どうしたの?風邪?大丈夫?"って話しかけてきたけど、もう全部がしんどくて全然返事とかしなかった。 放っておいて欲しかった。 一人になりたかった。 学校では、一人ぼっちなのに一人になれない。それが結構キツい事を最近知ったけど。 松岡は相変わらず帰ってこなくて、ご飯は買ってきたものか出前ばっかりで、なんだか胃が疲れた。 たぶん僕は相当落ち込んでたと思う。 食欲もあんまり無かった。学校でも日に日に誰も近寄って来なくなって、家に帰って部屋でじっとして、綾ちゃんが帰ってきたらずーっと一緒にいて貰ってた。 でも、ゲームも宿題も漫画読むのもしたくなくて、ただじっとそこにいただけだったと思う。 そして、ホテルでのパーティ。 うんざりだった。 何も言いたく無いくらい、うんざりだった。 勝手な事言って、イヤな感じでこっちを見て来る大人たち。蹴り飛ばしてやりたかったけど、そんな事出来るはず無いし僕は根性無しだから。 思うばっかり。 みんな僕を見てちょっとびっくりしてぎこちなく笑って、その後は雅人兄様しか見ない。お母様は僕を無理矢理色んな人に紹介してたけど、みんな引いてたのわかんなかったのかな。 誰も、僕なんか見ないよ? 誰も、僕になんか用は無いよ? でもね、僕は可哀相なんかじゃないっ。 可哀相なんかじゃない。勝手に僕の将来の事、決め付けないで欲しい。僕の事を、少しも知らないくせに。 その、どうしようも無い場で僕を守ってくれたのはお母様でもお父様でもなく、雅人兄様だった。 帰りの車の中で、雅人兄様に"よく頑張りましたね、お疲れ様"って言われた時ほっとして泣いてしまった。雅人兄様には、泣き虫ですねって笑われたけど。出てくるんだもん、しょうがないよ。 でも、雅人兄様はずーっとあんな事してるんだよねぇ。凄いなぁ・・・正直僕にはとても出来そうに無いんだけどな。 たぶん、3回・・・ううん5回目くらいには、イィ〜〜ってなってそこらへんのお皿とかグラスとか全部ひっくり返してぐちゃぐちゃにして大暴れたくなると思うもん。 そうだ! あそこに猿とか連れて行ったらいいんだよ。猿、大暴れ。お皿ひっくり返して、大嫌いな人の顔ひっかいて、高そうな服ベリーって破いてパーティーめちゃくちゃ。そうなったら凄く楽しそう。 うん!! ・・・って、それはさておき。 パーティーから直ぐ後、―――――――松岡が帰って来たんだ。 直人兄様が迎えに行ったんだって、その日の朝聞いて、午後には帰ってくるよって雅人兄様に言われて僕はどうしていいのかわらなくなって、立ったり座ったりあっちいったりこっちいったりうろうろした。 帰って来た時、なんて言えばいいんだろうってぐるぐる考えた。 松岡は僕の顔を見て、どんな顔をするだろうって想像した。想像して考えすぎて、ちょっとウエってなっちゃって綾ちゃんに心配されちゃった。 ちょっとでも印象良くって思ってキッチンの掃除をしてる時だった。 僕は、ドアの音で気づいた。でも直ぐに足が動かなくて、でも綾ちゃんの声で思い切って足を踏み出した。 一瞬、目が合った。 松岡は嫌な顔とかしなかった。ちょっと泣きそうに眉が寄ってた。僕は途端にドキマギしてきて顔が見れなくてあっちこっちキョロキョロしてたら目の前に松岡がしゃがみ込んできた。 「雪人様。―――すいませんでした。謝って済む事じゃないとはわかってますが―――」 言葉は、僕の口から勝手に出た。 「僕、・・・僕松岡のこと好きだよ。嫌いになんか、なれないよ」 だって・・・・・・嫌いになんか、なれないんだもん。ここに来て、この家に来て僕はいっぱいの幸せとか優しさとか貰ったから。 「僕、お母さん違うけど・・・」 嫌いにならないで? 「雪人様っ」 好きになってくれなくてもいいから。嫌わないで? 「そうじゃないんです。―――――そうじゃない」 その言葉は、綾ちゃんや雅人兄様と同じ言葉だった。だから、ホントは信じてなかったその言葉を、その時始めてほんのちょっぴり信じた。 なにが違うのか上手く僕には言えなくて理解するのも難しいけど・・・信じる事でちょっと気持ちが、軽くなった。 「私だって雪人様の事大好きですよ」 我慢出来なかった。 「・・・良かった」 泣き虫を返上しなきゃって思って我慢してたけど、泣いたら松岡をもっと困らせちゃうんじゃないかって堪えてたけど、涙は勝手にこぼれちゃうんだ。 せめてって思って笑ったけど、うまく笑えてたか自信は無い。でも、松岡は僕の大好きな優しい顔で笑ってくれた。 「これからも、もっとビシビシ怒りますからね」 「えーなんでー?」 いきなりそう言われて僕はちょっとびっくりして、やっぱり嫌われてるんだろうかってドキってした。 でも。 「そりゃあお前、雪人も後継者の一人だからだろ。怒られろ怒られろ」 直人兄様が笑って言うから、そうじゃないんだって分かった。松岡も、良く知ってるいつもと同じ顔をしてた。 「大丈夫ですよ。雪人様は直人様よりずーっと素直ですからね」 あ、そうか。 戻ったんだ。 そう思った。 わかった。 だからそれが嬉しくて嬉しくて、僕はいっぱい笑った。 気持ちがどんどん軽くなって、心の中があったかいワクワクするような気持ちで一杯になって、ビクビクしてた気持ちがどっかへ行っちゃった。 夕飯のメニューが煮込みハンバーグって聞いて、もっともっと嬉しさ100倍になった。 全然食欲無かったお腹が、急に空いてきて今にもお腹がなりそうになったから、早く食べたくてお手伝いするって言っちゃったんだ。 その日の午後は、僕は松岡と一緒にキッチンに立ちながら綾ちゃんと雅人兄様がオセロをしてるのを見てた幸せな日だった。 綾ちゃんはオセロ負けてて、僕よりちょっと幸せじゃ無さそうだったけどね。 その後は、ホントいつも通りの毎日だった。 綾ちゃんの文化祭をみんなで見に行って、雅人兄様は機嫌が悪くなってしまって翔兄ちゃんと薫お兄さんが困ってた。綾ちゃんは・・・なんだかもう気にしてられないって言ってたけど。 なんでかな。綾ちゃんと〜ってもかわいかったのに。 その後は綾ちゃんの誕生日の日、みんなでお祝いしたよ。 ケーキはね、僕も作るの手伝ったんだ。グラムとかきっちり計らないといけないのは少し面倒だなって思ったけど、でも松岡が上手って褒めてくれて嬉しかった!!お料理するのって楽しい。味見も出来るしね。 だって、ケーキの苺も味見って言って僕が1番最初に食べたんだよ。いいでしょ。 夕飯は綾ちゃんの好きな物がいっぱい並んでたよ。綾ちゃんは最近グラタンが好きだから、松岡が特性のシーフードグラタン作ってて、凄い美味しかった。綾ちゃんは豪華すぎだーってちょっと慌ててたけどね。誕生日なんだからいいよね。 それで、綾ちゃんは蝋燭吹き消したときちょっと泣いてた。 僕は何が悲しいんだろう?って思ったけど雅人兄様も直人兄様も松岡もその涙の理由を知ってるみたいで何も言わなくて、雅人兄様はただ綾ちゃんの肩をぎゅーって抱きしめてた。 それが、ちょっぴり羨ましくて僕はほんの少しだけ悲しくなった。 やっぱり、綾ちゃんと同い年が良かったなって。 そんな事言っても仕方ないって分かってるんだけどね。 その後みんなでケーキ食べたよ。僕もお手伝いして作ったケーキ綾ちゃんは凄く美味しいって喜んでくれて、僕もとっても幸せな気持ちになれた。 12月はもちろんクリスマス。 気持ちはウキウキ♪のはずなのに、雅人兄様の一言で僕の気持ちはどーんと下降してしまった。だって、雅人兄様年末年始の旅行行けないかもしれないって言ったんだもん!! 約束したのに。 こないだみんなでどこ行くかの相談もしたのに。 南の島って決めたのに。 行けないかもしれないなんて信じられなくて僕は思わず雅人兄様に食って掛かってしまった。だって、楽しみにしてたんだもん! 悲しくなっちゃって涙ぽろぽろでて怒ったら、松岡に怒られてもっともっと腹が立って悲しくなって悔しくなった。だって、約束破ったのは雅人兄様の方で僕じゃないのに。 なんで僕が怒られなきゃいけないの? 僕は全然ちっともこれっぽっちも悪く無い!! 僕はすっごくムカムカして部屋に閉じこもった。そうしたら雅人兄様が来たけど、僕は絶対部屋には入れなかったんだ。外で、ごめんなさいって言ってたけどでも、知らない!って思った。 それからは僕は気持ちが落ち込んだり腹が立ったり、悔しくなったり泣きそうになったりするよくわからない日々を送ったけど、クリスマス前に綾ちゃんに言われたんだ。 雅人兄様だってお仕事して大変なんだから許してあげなきゃだめだって。 なんで僕が?って思ったけど。 でも、綾ちゃんの言う事も本当の本当はわかってたから、―――――――僕はしょうがないから、わかったって頷いた。 頷いたら、綾ちゃんに偉いって頭撫でられてぎゅってされた。 子ども扱いだってちょっと思ったけど、やっぱり嬉しかった。 綾ちゃん、好き。 僕はずーっと不機嫌にしてたから、松岡にごめんなさいって言った。そしたら松岡は"いいんですよ"って言ってくれてやっぱり頭撫でられた。 やっぱりちょっぴり嬉しかった。 僕はまだまだ子供かな。 夕飯は僕の好きなビーフシチューで機嫌はもっと良くなって、夜帰ってきた雅人兄様にもごめんなさいを言った。 雅人兄様は、こちらこそって言って凄く疲れた顔をしながら笑ってくれた。でも、目の下に隈が出来てて、その顔を見て僕は反省したよ。 雅人兄様、凄く大変なんだなぁって。 だから僕は今度の旅行はすっぱり諦めて、お正月は綾ちゃんと遊んでヤッちゃんと遊んで、柴崎さん家にもご挨拶にいったりして過ごそうって思ってたんだ。 それはそれで悪く無いなって。 でもね、でもね。 クリスマスも過ぎて、冬休みになって追大掃除も終わったんじゃないかなっていう頃になって、雅人兄様が"年末年始海外に行きます!"って言ったんだ。 僕は思わずヤッターって思ったけど、でも本当に大丈夫か直ぐ心配になって聞いたんだ。 「本当に本当に行けるの?」 って。そしたら雅人兄様、 「はい。本当の本当です。フィジーの離島でいいところを押さえて来ましたんで、みんなで行きましょう。直人にも連絡しました」 って言ったんだ。僕はもう最高潮に嬉しくなってやったーって言いながら飛び跳ねたよ。綾ちゃんも嬉しそうで、2人でやったーやったーって喜んだんだ。 だって、僕と綾ちゃんと雅人兄様と直人兄様で旅行でしょ!?凄いよ〜初めてだよ!! ・・・あれ、でも松岡は? 僕はふっとそう思って飛び跳ねてたのを止めて、リビングの入り口を見るとちょうど松岡が立っていた。 「良かったですね。では、早速荷造りをしないといけませんね」 心がね、ズキンってちょっとした。 なんでかわかんなかったけど、少し悲しくなった。 「―――― 一緒に来ませんか?久保も来ますし」 "行こう!"って言いたかった。でも、松岡の顔を見たら言えなくなった。 「大勢の方が楽しいです」 「いえ・・・、折角ですが私は――――」 松岡は時々あんな風に笑うと思う。悲しいのか寂しいのかわからない、なんかキューって痛くなる顔して。 この時僕はまだよくわかっていなかった。 雅人兄様が、旅行に誘うことで、年末年始に家を空けさせることで切り離せない心の中にあるしがらみを少しでも、そう思っていた事を。 そして松岡がその一歩をこの時、踏み出せないでいたことを。家で一人、ただ昔に亡くした人を思ってその人のためだけに正月の用意を整えた事を。 「そうですか」 「はい。・・・・・・出発はいつですか?」 「31日です。年越しは、飛行機の中になりそうです」 「そうですか。ではもう3日しかありませんね。旅行鞄を出してきます」 僕はまだなにも分かってなかったけど、去っていく松岡の背中を寂しい気持ちで見送った事だけは、忘れないと思った。 僕は、出発の日。 結構勇気を振り絞って言った。 「松岡」 「はい?」 それはもう、出発間際。旅行鞄は車に積んである。 「今度」 「?」 ドキドキした。 今年は色んな事が合って、同じに戻ったけど同じじゃない事もあって、僕はまだ子供だから松岡のこと全部わかれてなくて。 本当の本当に嫌われて無いのかも、ちょっとわかんなかったし。 でも、言いたかった。 「今度は一緒に行こうね」 「え?」 僕が言っていいのかわかんなかったけど、言いたかったんだ。 「今度みんなで旅行行く時は一緒に行こうね」 「雪人様」 「海外じゃなくても、国内でも温泉でもどこでもいいから」 松岡には迷惑だったかもしれないけど、言いたかった。伝えたかったんだ。 僕の気持ち。 「全員揃わなきゃ、家族旅行じゃないもん。僕、1回も家族旅行行った事無いんだよ」 家族だもん。 ここが、僕の家族だもん。 仕事の邪魔になるからって、アメリカからこっちに帰されて。お母様に捨てられちゃった僕を受け入れてくれた。 そうでしょう? 僕の事――――――嫌い、じゃないよね? 「じゃあ、行ってくるね!」 松岡の返事は聞かなかった。 怖くて、聞けなかった。 それはちょっと勇気が足りなくて、ちょっと卑怯だったけど、でも"すみません"って言われたくなかったんだもん。 「雪人、行きますよ!」 まだ出て行かない僕を、玄関から雅人兄様が呼んだ。 「はぁーい!!」 僕はくるっと回って玄関に駆け出した。玄関には綾ちゃんも待っててくれた。後ろから、足音が聞こえてくる。 「松岡さんいってきます」 「いってきます。留守をよろしくお願い致します」 松岡が、僕を見た。 「いってきます!」 僕は笑った。 写真をいっぱい撮って、おみやげをたくさん買って来よう――――――――― |