幸せな日常 ―お正月編 3―
「え!?置いてかれたって、どういう事?」 「信号で車が止まって、コンビニがあったから、僕 買いたいお菓子があったから、すぐ戻るから待っててって言って車降りたの」 「うん」 「でも、戻ってきたら車、無くて」 「うん」 「携帯に電話しようにも、鞄車の中で。僕慌てて追いかけたんだけど。見つからなくて」 少年は言いながら、不安になってきたのだろう。一生懸命堪えようとしているのだが、涙がどんどん瞳に溜まっていく。 「みんなで旅行なのに・・・、ぼく・・・」 「わかった。とりあえずコンビニまで戻ってみよう?」 可愛らしい顔に涙を溜めているその姿を見て、響はこのまま交番に届けてとは思わなかった。それに、大人としてわかっていた。 この子を置いていったりするはずがないと。 「コンビニ?」 「うん。きっとお父さんかお母さんが迎えに来てくれてるよ」 「ううん、お父さんもお母さんもいないよ」 「え?・・・でも、みんなで旅行って・・・」 「兄様と、綾ちゃん」 「そう」 ―――――兄様と、綾ちゃん・・・・・・、お兄さんとその彼女ってトコロかな。 その3人で旅行で親がいないなんて、なんか複雑な家庭なんだな。と、響は一人納得すると、益々放ってはいけなく少年の手をぎゅっと握った。 「コンビニってあっち?」 「うん」 「大丈夫」 不安そうな顔の少年ににっこり笑いかけて、響は少年が来た方へ戻るように歩いていった。相変わらずの人ごみに、少年ははぐれないようになのかぎゅっと手を握ってきた。 「旅行ってどこに行くの?」 気を紛らわせようと話かけると、少年は弾かれたように返事をした。 「フィジー」 「フィジー!?うわぁ、凄いね」 「うん!」 「海が凄く綺麗なトコロだよねぇ」 「うん、海がね、青緑なんだって。そこで、シーウォーカーってのやったり、船に乗ったりするんだ」 「それは楽しそうだね」 「うん!・・・・・・でも・・・」 今の状況に我に返ったのか、しょぼんとした顔で、顔を伏せる。そのころころ変わる表情がかわいらしいなぁと響は不謹慎にも思ってしまった。 「ねぇ、コンビニってあそこ?」 響の問いかけに顔を上げた時だった。 「うん――――あ、綾ちゃん!!!」 前方、コンビニの前。見間違えるハズなんかない、大好きな大好きなその姿。 「あ・・・」 少年は響の手を離して一目散駆け出した。 「雪人!!!」 ―――――え・・・、綾ちゃんって、男の子・・・!? 驚いている響の目の前で、雪人は綾乃にぎゅっと抱きついた。 「もう!!心配したよっ。勝手に車降りちゃダメだろ!!」 「雪人!お前っ・・・ったく」 「雪人。心配させないで下さい」 綾乃にぎゅっと抱きついたままのその姿の周りに、えらくまた近づき難いほどかっこいい男と、それよりは幾分ソフトな空気の好青年の姿。 やっぱり、随分心配されていたらしい。何が、置いていかれたなんだかと響はふっと息を吐いた。いや、そんな想いはしないでいられる方がいいのだから、これで良いのだけれど。 「良かったな」 響が近寄って声をかけると、雪人は振り返ってにっこり笑った。 「うん!ありがとう!!」 「あ、雪人が迷惑を?」 「それは申し訳ありませんでした」 「すいません」 「いえ」 物の見事に3人に顔を向けられて、これには響が困ってしまう。 「俺はコンビニまで送ってきただけですから。――――じゃあな」 「うん」 ホッとして、3人に軽く会釈をして回れ右をしたその眼前。 「あ」 「響!!!」 ―――――俺にも、いた。 その顔を見て、心が瞬時にあったかくなった。 「どこ行ってたんだ!もう、心配するだろう!!」 「ごめん・・・」 「お兄ちゃん?」 突然の新たな人の出現に雪人が声をかけると、響はそちらにチラっと視線を向けてばつの悪そうな笑みを浮かべた。 「実は俺も迷子中だったんだ」 「なーんだ、そうだったんだ」 「うん」 「会えて良かったね」 「雪人!お前が言うな」 「そうだよ?」 「まったくです」 「響?」 「ああ、後で説明するよ」 「そうして下さい」 その言い方。響は内心、大笑いしてしまった。だってもう、また変な嫉妬をしているのが丸分かりなのだから。 「じゃあ、行きますよ」 「うん、じゃあね!」 「いってらっしゃい」 「本当、どうもありがとうございました」 「雪人、今度は絶対勝手に降りるなよ」 「んー・・・、じゃあ僕真ん中に乗る!」 「雪人!?」 「まぁまぁいいじゃねーか」 「・・・・・・」 タクシーに乗り込む最後、綾乃が響と咲斗を最後にもう1度振り返ってペコリと会釈して、タクシーはそのまま走り去った。 その、小さくなっていくタクシーをしばらく響は眺めていた。 何がって事は無いんだけれど、なんとなく渦巻いた心の漣を落ち着かせるために。 「―――響?」 「ん?ああ、ごめん。行こう」 「知り合いだったの?」 「そんなんじゃないよ。あのね―――――・・・」 響はさっさと咲斗のわけの分からない誤解を解いておこうと、事の顛末を話し出した。またわけのわからないお仕置きをされたら、割に合わないからね。 今度ははぐれないようにしようと、ゆっくりと歩きながら。 ・・・・・ 外はすっかり暗くなって寒そうな空気で、部屋にはそれを遮断するかの様に厚いカーテンが引かれている。テレビからは既に紅白が流れていた。 「由岐人、これで良いか?」 ローテーブルには、酒のあてになりそうな物が数品並んでいた。面倒で買ってきてしまったお惣菜も含んでいたが。 酒も、冷酒が冷えてはいたが今並べてあるのは焼酎。夜も長いことだし、チビチビとやる事にしたのだ。 「ああ、いいんじゃない?」 由岐人は水道を止めて、軽く手を拭いてリビングへと足を踏み入れた。少し遅めの夕食。 「テレビさ、紅白じゃなくて男祭りでもいい?」 「ああ、どっちでもいいよ」 確かに紅白は、要所さえ押さえてみれば別に通しで見る事もないだろうと思う。 じゃあ、そろそろ座って――――そう思った時、部屋のチャイムが鳴り響いた。こんな時間、誰かなど確かめる必要もないだろう。 「ああ、俺が出るよ」 「――――うん」 バタバタと大型犬の様に走って行くその姿に、役立つという思いとなんとなく面白くない気持ちが交差するが、咲斗みたいに目くじらを立てる気持ちは無い。 由岐人はよいしょっと、先にソファに座ると剛も直ぐに戻って来た。 「どっち?」 「響、―――これ、お裾分けだって」 「何?」 「あん肝ポン酢に、あさりに酒蒸し。どうせ飲むんだろうからってさ」 「相変わらずマメだねぇー」 「はは、明日は簡単に御節もあるからってさ」 剛の言葉に由岐人は深い笑みを零す。 「ん?」 「いや・・・」 母の御節など味わったことも無いのに、今この歳になって兄の恋人にそれを作ってもらうとは、なんとも人生は不思議だなと由岐人は思ったのだ。 ただ、今それを口にするのは野暮に思えて由岐人はなんでもないと首を振った。 「さ、乾杯しよう?」 今、こうしている奇跡。それだけでいい。 「ああ」 この年になって、家族を持った気がした。まだまだ自分も捨てたものじゃないな、と思えて。 「乾杯」 「来年もよろしくな」 「ふふ」 隣の座る剛に、由岐人はもたれかかるようにして座り、剛が作った所為で随分と薄い焼酎に口を付けた。 剛は当然、重いなどとは言わない。 ・・・・・・ テレビから、バカみたいに明るい声でカウントダウンが始まる。外らしい中継は、もの凄く寒そうに見えるけれど、室内は心地良い暖かさが身体を包む。 5、4、3、2、1、・・・HAPPY NEW YEAR!!!! 「おめでとう」 凭れかかる由岐人に剛はそっと囁いて、その頬にキスをした。その由岐人は、薄い薄いと文句を言っていた焼酎に酔ったのか、ぐっすりと眠ってしまっていた。 その安心しきった顔を見つめて、剛は今年こそはもっともっと由岐人のふさわしい男になろうと心に誓った。 もっともっと、安心して傍にいてくれるように。 もっともっと、頼ってくれるように。 もっともっと、甘えてくれるように。 もっともっと。 笑ってくれるように。 「今年も、よろしくな」 答えは、穏やかな寝息。その身体をそっと抱えなおした。 その階上。 「おめでとう」 階下の二人と同様、やっぱりソファに座る咲斗が響を抱きかかえて甘く囁く。 「おめでとう。今年もよろしく」 酒の所為か、それとも照れているのか。頬を少しピンクにして、響は言葉を返す。クスクスと、笑みを漏らしながら。 その唇に咲斗が、今年1回目のキスをした。軽く、触れるだけ。 「こちらこそ」 2回目。 「ふふ」 3回目は、しっとりと唇を味わって。 「今年はどんなことしようかな」 「どんなこと?」 4回目は、軽く唇を噛んだ。 「ん〜二人でオーロラ見に行くとか」 「えぇー?」 5回目は、舌を絡めた。 「嫌?」 「嫌っていうか・・・そうだ、年明けたら成人式だなぁ」 6回目は逃げて、話も逸らせた。すぐに無駄遣いをしようとする咲斗に、響はいつも頭を悩ますのだ。 「スーツ、届くからね」 その言葉に響はちょっと複雑な顔はしたが、今更その話を蒸し返す気は無い様だ。年明け早々喧嘩するのは、ちょっと馬鹿馬鹿し過ぎるから。 そして咲斗はそんな響を簡単に無視して、今度はしっかりと口を塞いだ。 やり直しの6回目のキスは、甘い熱を灯すための激しいキスだった。 7回目のキスは、その熱を煽って、8回目のキスで響は陥落させられた。 そのさらに上の、空の中。 「おめでとうございます」 飛行機の中で、綾乃は新年を迎えた。 「おめでとうございます」 ファーストクラスの席の場所を揉めて座った一行だったが、雪人が早々に寝てしまったため雅人は雪人を移動させて、今はちゃっかり綾乃の隣をキープしている。 「新年、おめでとうございます」 フライトアテンダントのにこやかな声と共に差し出されたシャンパンを雅人は会釈をしながら受け取って、一つを綾乃に渡す。 「これ・・・」 「大丈夫、綾乃のはジンジャーエールです」 「そっか」 「残念ですか?」 「・・・ちょっと、ね」 クスっと悪戯っ子の様な笑みを浮かべた綾乃。その綾乃に雅人は蕩ける様な笑みを浮かべて、乾杯をした。 「来年もよろしくお願いしますね」 「こちらこそっ。・・・よろしくお願いします」 「綾乃」 「はい?」 なに?と小首を傾げた綾乃と、甘い眼差し送る雅人の視線がふっと絡み合って。 「愛してますよ」 「――――」 「今年だけじゃなくて、来年も再来年も、その次もずっとずっと、一緒にいましょうね」 「・・・・・・うん」 甘く優しい囁きに、綾乃は顔を絡めて小さく頷いた。 今年も色々合ったけど、やっぱりずっと一緒にいたいと思ったから。雅人さんがそう言ってくれる間は、傍にいようと思う。 「来年は二人っきりがいいですね」 「え?あ・・・・・・」 返事に困って、上目遣いで見つめる綾乃を見つめる雅人。その二人の甘い空気と甘い囁きに、飛行機がしゃべれたら勘弁してくれ、そう言うに違いない。が、その二人の前の席にも。 「ん・・・」 眠っていた久保が、周りのざわめきに目を醒ました。 「起きたか?」 「直人様、・・・・・・あ、すいません寝てしまって」 「いや、疲れてんだろ?」 「あ、いえ。――――すいません」 主人である相手が起きているのに、それに仕えている自分が寝るなんて、疲れていようがワインが少々回った所為であろうが、言い訳など出来るはずが無いと、久保は慌てて身を起こした。 その態度に、直人の眉が不機嫌に寄る。 「今は、プライベートだろうが」 「・・・直人様?」 「様、付けるなって言わなかったか?」 「あ・・・」 不機嫌そうな態度に久保は顔を伏せてしまう。やはり、どんなに請われても自分がこんな場に来るべきではなかったのではないかと、的外れな事を思って落ち込んでしまう。 「おい」 「・・・・・・」 「ったく。今度から意味無く謝ったりしたら、ペナルティな」 「え?」 「お前からキスすること。いいな」 「え、あ、えぇ?」 白磁器の肌が思わず赤く染まる。その顔を直人は楽しそうにニヤニヤ笑って、掠め取るようにキスをした。 「――――!!!!」 「新年だぜ。おめでとう」 「・・・お、めでとう、ございます」 なんとか声を出した久保に、直人はふっと瞳を細めて微笑んだ。 「今年は、良い年にしような」 小さく、聞こえるか聞こえないかの声で言ったその言葉は、ある種誓いの言葉。 自分自身への。 そして、新しい未来への一ページの為の。 新しい、明日へ向かって。 皆様、今年もよろしくお願い致します。 |