2度目 -5-



 ・・・・・・ん?

「お?目―さめたんか?」
「あ・・・」
 目を醒ました視線の先には東城和弘の顔があった。視線が合って、ズキリと何かが傷んだ。
 まだ、一緒に布団に包まれていたけど、東城は肘を立てて上体を起こして、勝手に人の教科書を見ていた。
「落書きのない、真面目な教科書やな」
 くすくす笑って言う東城和弘に、僕は、何を言っていいのかも、口を開くべきなのかもわからなくて黙っていた。だって、どうしていいのかわかならい。頭は寝起きの所為か寝不足の所為か、ぼーっとしているから余計だろうか。
 こういう時、テレビドラマとかじゃぁ、どうしていたっけ?どう振舞うのが、かっこいいんだろうか。そんな事すら思い出せない。
 ああ―――そんな事より、僕は一体何をしてるんだろう。
「身体、へーきか?」
「え?」
「痛ない?」
「あ・・・、っ平気」
 言われた意味を悟って、僕は首を横に振った。顔が熱い。だって、そうだ。僕は、東城和弘と寝たんだ。セックス、したんだ。
 たった今――――抱かれたんだ・・・
 えっと・・・最後の方の記憶が曖昧で、僕はたぶん気を失っちゃったんだ。それから僕はどうなって今にいたって、東城和弘はどうしていたんだろう。
 全然わからない。
 僕の身体は今、どうなっているんだろう・・・・・・
「腹、減ったよな」
「・・・かな」
 しみじみ呟く東城和弘に、僕は曖昧に返事を返す。
 空腹感は正直なかった。なんだかそんなの考える余裕もなくて、よくわかんなかった。だって、僕は東城和弘と寝ちゃったんだ!好きでもない相手と。勢いと、流れで。
 ――――そういえば、東城和弘はなんで僕なんかを?っていうか、男平気なのか?こいつ。
「ピザでも取ろっか」
「なんでもいい」
「譲」
 投げやりな言葉に、東城和弘の声が少し翳る。
「あんま、お腹減ってないから」
 誤魔化すように言葉を重ねる自分が、おかしい。
「そっか・・・、やっぱ辛いよな。ごめん」
 僕の言葉を東城和弘は違う風にとったらしいけど、僕はあえて訂正する気にはならない。
 っていうか、優しくしないで。お願いだから。
「もうちょっと、寝る」
 切なさと辛さが込み上げてきて、僕はもう口をききたくなくて布団に潜りなおすと、その時東城和弘の小さな声が聞こえた。でも、何を言ったのかは聞き取れなくて、僕は寝たふりをしようと目をぎゅっと瞑って息を殺した。
 それからしばらくじっとしていると、空腹に耐えかねたのか東城和弘はそっと布団を抜け出して部屋を出て行った。僕はその気配を察知して、東城和弘が出て行くと素早く起き出して、部屋の鍵を掛けた。
 ――――はぁ・・・
 僕はその時、力が抜けたように玄関にへたり込んだ。どれだけ自分が緊張していたのかをその時実感した。
 ・・・あ、シャツ着てる。ってことは、東城和弘が着せてくれたのだろうか。
 東城和弘に、全部見られたんだ。身体の全部。
 すがり付いて、声を上げて、抱きしめられたのを憶えている。その腕の温もりを錯覚しそうで、ただ―――――
「――っ!!」
 頭上でドアをガチャガチャさせる音が聞こえて身体がビクっとした。
「譲!?」
 東城和弘は戻ってきたのだ。戻って来ないと、思っていたのに。
「譲!?―――おい!」
 声は当然聞こえていたけれど、僕は動く事が出来なくて。膝を抱えてその場に蹲って、息を殺してずっと無視し続けた。心臓は、けたたましいくらいにうるさく鳴っていたけれど、僕はもう自分が何をどうしたいのかもわからないから、動けない。
 幸い今の時間は夜中に近くて、東城和弘は朝みたいに大声を出すわけにもいかず、ドアを蹴破るわけにもいかなかったらしい。
 しばらくガチャガチャとさせていたけれど、諦めたように部屋に戻っていった。
 僕は腰が抜けたのか立ち上がれなくて、這うようにして布団まで戻ってまた潜り込んだ。
 シーンと静まり返った部屋に、隣の物音が響いてくる。
 鍵を机に置くような音。電気をつける音。ドサっと倒れこむような音。それら全ての音を聞き漏らすまいと研ぎ澄ましたように、耳をそばだてて聞いてしまう僕。
 ――――コンコン
「っ!!」
 壁が微かにノックされた。
 何?
「譲?どうしたん?」
 僕は耳を塞ぐ。声を聞きたくない。
 でも、聞きたい。聞きたくて、ゆっくり耳を塞ぐ手を緩める。ああもう、僕は一体何をしているんだろう。
「なんで鍵・・・」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ・・・
「あのな、順序があべこべになったけどな、俺、前から譲のこと気になっててん」
 ――――っ!?・・・前、から?
「あの時。スーパーでナンパしたんかって、めっちゃ勇気いってんで?」
 ちょっ、何、言ってんだ?
「俺、譲のことめっちゃ大事にするから」
 大事に、する?
「エッチしたん、嫌やったん?」
 嫌・・・。嫌・・・?嫌っていうか・・・
「痛かったとか?」
 痛くは、そんなでもなかったけど。
「鍵、開けてーや」
 それは・・・無理。
「一緒に、寝ようや」
 それも、無理。
「なぁ、譲。聞いてる?」
 聞いてない。聞いてない。なんにも聞いてない!!
 全然言ってる意味がわかんない。大事にするって何?気になってたって何?
 僕が待っているのは、東城和弘じゃない。僕がここでじっとここで待っているのは、東城和弘なんかじゃない。
 僕が好きなのは、東城和弘なんかじゃない。全然違う。
 いきなり現れて、勝手な事言うな。僕の事、何も知りもしないくせに。
「譲」
 寒い。
 さっきまであったかかった布団が、もう寒くなった。
 寒いよ。
「好きなんや」
 ――――っ!!
 僕は耳をぎゅっと両手で塞いだ。
 イヤだ。好きなんて聞きたくない。
 好きなんて、わかんない。
 好きなんて意味、知らない。
 東城和弘がなんで僕にそんな事言うのか。僕の何を知っていてそんなふうに言うのかわからない。何もしらないくせに。
 僕は誰の1番にも、なれないのに。
 きっと、東城和弘だって僕を1番なんかにはしてくれないくせに。
 きっと、誰かの次なんだ。
 僕の事を知ったら、きっと嫌いになるに違いない。
 親の1番にもなれなくて、好きな人には振られて、振られた腹いせに嫌がらせして気を引こうとして、挙句に怒られて嫌われて。
 最低の、僕。
 最低最悪な、僕。
 そんな僕を知ったら、きっと東城和弘は僕の事を嫌いになるに違いないから。

 だからもう、これ以上近寄らないで。
 お願い、だから。





・・・・・





   あの、セックスしてしまった日から、僕は一度も東城和弘とは顔を合わしていなかった。何度か、東城和弘が玄関の扉を叩いたけれど、僕は無視し続けた。
 あの日、何もなかったのだと笑い飛ばせるほど大人じゃない。けれど、東城和弘とこれ以上近づくのも怖いから、逃げるしかない自分。それがが最低だとはわかっていても、それしか出来ない。
 だって、顔を合わすのが怖い。
 何を言われるのか、怖い。
 何日も何日も無視し続けられて、きっともう怒っているに違いないから。
 何を言われるのかと思うと、怖くて顔なんて合わせられないんだ。
 本当に、何やってるんだろう、僕は。
 こんな僕だとは、自分でも知らなかった。
 根性ナシで、最低で、どうしようもない自分を持て余すしかない。

 ――――はぁ・・・


 今日は僕は久しぶりに朝早くに目を醒まして、制服に袖を通した。
 なぜなら今日は終業式。
 鏡に映した顔は、最低にぶさいくになっていた。
 隣を起こさないように細心の注意を払いながら、そっと開けた扉から見えた日差しが、目に沁みた。




END





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