「俺。床で寝るから」 「そんなわけにいきません。ちゃんとベッドを使ってください」 「だって」 「私が床で寝ます」 「それはダメ!」 「皇子・・・・」 ここは、私一人しかいない世界だから、客室なんてものは当然ない。ベッドも一つしかなくて。それもけして大きいサイズというわけではない。 「どうしても床で寝るというなら、俺もそうする」 だから、ベッドで一緒に寝るって事は、抱きあって寝るような形になってしまうだろう。 「何もしないと、誓ってくれますか?」 貴方に触れられただけでも、本当は反応してしまいそうなのに。 「なんもしない」 きっと今夜は寝れない・・・・・・・・・・ 「わかりました」 電気を消して、ベッドにもぐりこむと、やはり彼の腕が伸びてきた。 「そんなに端で寝てると落ちる」 「皇子」 心臓の音がうるさくて眠れない。 「狭いんだから、しょうがないだろ」 あなたの息遣いが気になって眠れない。 「だから、床で寝ると」 あなたのちょっとした動きに身体が反応してしまって、眠れない。 「それはダメ。一晩くらい我慢しろ」 人の心臓の音って、こんなにもうるさいんだ。 こんなにも、力強いんだ。 私を抱き締める指が、ピクリと動くだけで、心臓がドクッと大きく脈打つ。飛び出しそうになる。 5年前より、身体つきがたくましくなった。指も骨ばって、男の手になってる。 さっき並んで立ったときに気付いたけど、背も抜かされていた。 彼の匂いを感じる。 彼の温もりを感じる。 彼の鼓動を感じる。 彼も私の匂いを感じているのだろうか? その温もりを感じてくれているのだろうか? 「愛してる」 ・・・・・・・・・っ! 「愛してるんだ・・・・・」 ・・・・・・・・やめて・・・・・・言わないで・・・・・・ そんな声で言わないで。 搾り出すみたいな、 苦しい声で、そんな切なそうに言わないで。 振り返って、その身体を抱き締めたい。 足を絡めて、 お互いを感じ合って、 愛を呟きたい。 ずっと側にいたい。 そう、出来たらどんなにいいだろう――――――― あなたはきっと、立派な王になる。 その名を歴史に残すような名君になる。 その横に、自分の名は邪魔になる。 きっと、将来、邪魔になる。 私の存在が、その道末に、その未来に邪魔になるときがくるから、 障害になるときがくるから・・・・・・・・・・ だから、邪魔は出来ない。 愛しているから。 「おはよう」 「おはようございます」 結局一睡も出来ずに、朝を迎えた。 「水をお持ちしますね」 彼が顔を洗うために水を汲みに行こうとすると。 「ああ、いい。俺も起きるから」 「そうですか?」 彼がこっちを見るけど、私は視線を合わせられない。きっと寝てなくて、変な顔になってるから。 「うん」 彼の声が少し擦れているのは、なんでかな? 私は、彼と一緒に家の外に出て、湧き水がわいてるところまで一緒に歩いて行く。早朝の緑はまぶしくて、木々の間から光が差し込む。 「身体を拭かれるなら、お拭きしますが?」 「・・・・うん、頼む」 その返事に、無意識に息が洩れる。その返事を期待していたのか、いないのか、もう自分でもわからない。 彼はその場で衣服を脱ぎ去り、渡した布1枚を腰に巻いた状態で、大きな岩の上に腰掛ける。私は桶に水を汲み、それで布を濡らし彼の身体を背中から腕、足へと拭いていく。時折垂れ落ちる銀の髪が彼の身体を掠める。 指が震えているのを彼に気付かれないか、心配になって止めようとすると余計に震える。彼の身体を拭き終えた時には、緊張の為にぐったりしてしまった。それなのに・・・・・・・・・・・ 「ありがとう。変わる」 「いえ、皇子にそのような事、させられません」 「誰も見てないし、大丈夫だ」 「いえ・・・・・」 「お願い」 喉が渇く。寝てない頭と、昨日からの緊張で、もう限界なのに、彼はどこまで私を試せば気がすむのだろうかと思う。 彼は私の言葉を待たずに、手から布を奪い、桶を持って新しい湧き水を汲みに行く。その仕草にもう抵抗もする気力もなく、下を向いて自分の衣服を脱いでいった。 髪を邪魔にならないように前に垂らす。 今、私は一体どんな顔をしているのだろう。ちゃんと、誤魔化せているんだろうか? 彼が、私の身体に触れた瞬間、ピクっと反応してしまったのだが、気付かれただろうか。 彼は、私の腕、足を綺麗にしていき、前に回ってくる。その手が胸元にかかったとき、思わずその腕を掴んだ。 「ここは、自分でしますから」 自分でも無様なくらい、声が震えていた。 ―――愛してる。 「皇子・・・・・・・」 「・・・あ・・・」 彼は無意識に呟いてしまったらしい。 「貴方のその思いは、一時の誤りですよ。言い換えれば、私の今の境遇に対する同情心でしょうか?」 「違う!」 ええ、今はそうかもしれない。 「いいえ。もう少し時がたてば、私の言っていた事が正しかったとわかります」 「違う!俺は本当に愛している」 もう、いいんです。もういいから、何も言わないで。 私は首を横に振る。それは彼の言葉を否定したいのか、自分の期待を否定したいのか、自分の想いを否定したいのか、もう何がなんだかわからない。 「では貴方が私の何を知っていると言うのです?」 「それは」 「何も知らない。それで私の何を愛していると言えるんです?」 「・・・・・・」 「城に戻って現実を見たとき、貴方は自分の過ちに気付くでしょう。近隣諸国の美しい姫君をあてがわれた時、私が側にいない事にほっとするでしょう」 するっとその言葉が口から滑り出した。 ・・・・・・・・・・・ああ、そうか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだったんだ・・・・・・ 「しない!!そんな事絶対にない」 ・・・・・・・・・・貴方の為とか言いながら。 「皇子・・・・っ」 ・・・・・・・・・・私はそれが怖かったんだ。 「確かに、俺は貴方の事を何も知らないのかもしれない!でも、この気持ちだけは本当だ。真実だ!!それをいかに貴方でも、否定する事は許さない!!」 「・・・・・・・・」 ・・・・・・・・いつか、捨てられる日が 「5年だ。5年間ずっと貴方だけが好きだった。俺の立場は、一番王に近い物なんだぞ!?女ぐらい既にいっぱい寄ってきてる」 「・・・・・っ」 ・・・・・・・・・その日が来るのが、怖かったんだ。 「でも、そんなものに俺の気持は揺らいだ事なんてなかった。ただの一度もだ!!」 私は、頭の中がもうぐちゃぐちゃで、自分の身勝手で醜い想いに気付いて、それを振り払いたくて、頭を振り続けた。このまま、頭がもげてどっかに飛んでいけばいいと思った。その私の身体を、彼の腕が捕らえた。 「信じられないって事か?」 ・・・・・・・・・・そんなにまっすぐ、私を見通さないで・・・ 「・・・・・・・・・」 「俺はこの先、貴方以外の人を愛する事なんて絶対にないと、誓えるのに?」 「皇子、そういう事を・・・・・・・・」 ―――言わないで・・・・・・・・ 「信じないならそれでもいい」 「皇子」 「生涯かけて証明する。そうすれば、俺が死ぬ頃には、この思いを信じてくれるか?」 ・・・・・・・・ああ・・・・・・・・・っ 「もう、よくねぇか?」 突然振り下ろされたその声に、彼が驚いて身体を離して振り返ると、いつの間に来たのか精霊王が立っていた。 「精霊王、どういう・・・」 「こいつはな、5年前から、毎日ずっと同じケーキを焼き続けてんだよ」 「え・・・?」 「ダグロード!」 「いつ来るか分からないお前の為に。あの日、おいしいと言って食べたケーキを、また来た時に食べさせてやりたいからって」 「え・・・・・・・」 「だから、今朝お前が来ると教えてやったのに、ここへは来させないでくれと突然言い出した」 「・・・・・そう、なのか?」 突然じゃない。本当は焼きながら、ずっと心に決めていた事だけれど・・・・・ 「こいつだって、お前をずっと待ってたのに、いきなりだ。理由も言わない。だったらそんな事、聞いてやれるわけがない。そうだろう?」 違う、ダグロードはわかっていたんだ。 「・・・・・・・・」 「なんで?」 わたしの狡さも、卑怯さも。 「・・・・・・」 汚さも 「なんとか、言ってくれ」 その想いも、全部・・・・・・・・・・・・・・・・ 「・・・・・・・」 「なぁ、俺にどうして欲しい?言ってくれ。そうしたら俺はその通りにする」 それでも、私には、勇気がないんです。 ずっと、ずっと一人で。 人を信じる気持なんて、学んでこなかった。 やっと人を愛するって気持を知っただけの・・・・・・・・・・物。 何もなくて、何一つなくて、 ただ、今は傷つくことに、恐れるしか出来なくて・・・・・・・・・ 「・・・・・・・・帰ってください」 それしか言えない。 「わかった。・・・・・・・でも、最後に聞かせてくれないか?」 「・・・・・・」 「俺の事、そんなに嫌いだった?そんなに迷惑だったのか?」 「・・・・・・」 「頼むよ、答えて」 「・・・・・嫌いです」 「顔見て、言って」 「・・・・っ・・・」 「じゃないと、俺、諦めきれないから」 「・・・・・・・」 「嫌われてるなんて、思ってもみなかった。迎えにきたら、喜んでくれると思ってた。遅いって怒るかもって思ったけど、その後には笑ってくれるんじゃないかって」 「・・・・・・」 「バカみたいに、そう信じてた」 「・・・・・・」 「抱き合って、あんなに感じあって、その温もりを忘れる事なんて出来ないって思ってるのは、俺だけじゃないって思ってた」 「・・・・・・っ・・・」 「5年間ずーっとそう思ってきたんだ。ちょっとやそっとじゃぁ、諦められないんだ」 「・・・・・・っ・・っ」 「だから、俺なんか大嫌いで、こんな事されて迷惑で、二度と顔も見たくないって、ちゃんと俺の顔みて、はっきり言って」 なんて、残酷な事を言うの?そんな事言えるわけがない・・・・・・・・ こんなにも、こんなにも好きなのに。 貴方だけなのに・・・・・・・・・・・・・・・・・ 本当に、私の世界には、貴方一人しかいないのに・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「皇子・・・なん、て・・・嫌いでっ・・・・・二度と・・・・・顔も・・・・・ったく、ない」 「その顔で言われても、納得できないよ」 彼が、甘く笑った。 「・・・ふっ・・・っ・・・・」 「泣かないで。俺が側にいるから。ずっとずっと側にいるから」 「ダメです。ダメ」 私はそうじゃないと、彼の腕の中で首を振る。 「どうして?俺が側にいるのが嫌ってわけじゃないだろう?何が・・・・・・・もしかして、城に行くのが嫌?」 「・・・・・・・」 「そうなのか?じゃぁ、俺がこっちに住んだら問題ないよな?」 「ダメ!それはダメです・・・」 「ダメって、さっきからそればっかしだよ?」 「貴方は、きっと・・・素晴らしい王になるから。だから・・・・・私なんかで躓かないで・・・・・」 それも、私の本心だから。 「そんなの、無理だよ。俺は王になんてならない」 「え!?」 「俺は、別に王になんてなりたいわけじゃない。ただ、貴方が欲しかっただけ。側にいて欲しかっただけだ。だから、俺に必要なのは王位継承式であって、王位じゃない」 「・・・・・・・そんな・・・・」 「そりゃぁ、貴方が側に居てくれるなら、王になったほうがなにかと便利だからなってもいいけど、そうじゃないなら、王になんてなる気はない。どっか旅にでも出るかな」 「そんな・・・・皇子・・・・・・・」 「俺を、王にしたいって思ってるなら、一緒に来て」 彼が、いたづらっぽい目をして笑う。 ダグロードが、通しちゃうから・・・・・・ 「・・・・・・・それ、卑怯ですよ・・・・・・・」 貴方がケーキ食べてくれないから・・・・・・・ 「うん」 一緒に眠ったりなんかするから・・・・・・・ 何回も何回も言うから・・・・・・・・・ 気付かないでいさせてくれないから・・・・・・・ そんな、卑怯で醜い私を知りもしないくせに 好きなんていうから・・・・・・・・・・ 愛してるなんて言うから・・・・・・・・・・・・ 「いつか、私が側に居る事を、後悔したら・・・・・」 「しないから!!」 「いいから、聞いてください」 「ん・・・・・・・」 「いつか後悔したら、その時は迷わず私を切り捨ててください」 「・・・・・・・・」 「約束してください」 「・・・・・・・・わかった」 きっと、もう、身を引くとかきっと出来ない。 貴方の側にいたら、絶対そこから離れられなくなるから、 その時は、 貴方の邪魔になる時は、 迷わずちゃんと、切り捨てて・・・・・・・・・・・・・・・・ 「でも、もしルーが俺と来た事を後悔して、この森に帰りたいと泣いても、俺は手離したりは絶対しないから」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ばか・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「それは、大丈夫です」 「え?」 「後悔したり、しませんから」 ルーそれは、 最高の、愛の告白だね? 彼が耳元で囁く。 ・・・・・・・・・・・ほんとに、貴方はばかだ。 私なんかに躓いて。 つかまって。 もう後悔したって遅い・・・・・・・・・・・・・ ずっと側にいますから・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ケイ皇子 アトガキ どうだったでしょうか?受けバージョンという事で、書いてみました。 元々どっちで書くか悩んで最初は皇子目線で書いてみましたが、 やはりルーの思いを書きたいと思ってあげてみました。 その、思いは伝わったのか、ちょっとどきどきです・・・ これは、10000毎hit記念で書き続ける予定なので、基本的に読みきり予定です。 短編不得意のayukiがどこまでやれるか・・・ある意味チャレンジなんですが。 感想、ダメだしでもOKなんでも、お聞かせください。 |