「俺。床で寝るから」
「そんなわけにいきません。ちゃんとベッドを使ってください」
「だって」
「私が床で寝ます」
「それはダメ!」
「皇子・・・・」
「どうしても床で寝るというなら、俺もそうする」
 あのベッドで男二人が寝るのはかなり手狭だと思う。けれど、俺はそうしたかった。
 これが最後になるなら、やっぱりその身体を抱き締めて眠りたかった。
「何もしないと、誓ってくれますか?」
 その言葉が俺をまた、傷つける。そんなに、嫌だったのかよ。俺とした事。
「なんもしない」
 気持が、上がったり下がったり、今日1日、すっごい激しくて。俺自身ついてけない。
 でも、明日からは下がりっぱなしなんだと思うと、激しいのもいい。
「わかりました」
 俺の意思が強い事がわかったらしい、彼は渋々諦めて電気を消した。
「そんなに端で寝てると落ちる」
 彼は出来る限り俺から離れて眠りたかったらしい。けれど、そんなに端では、寝返りを打った途端ベッドから落ちるのは目にみえている。俺は彼の身体を自分の方へ引き寄せ、背中から抱き締めた。
「皇子」
「狭いんだから、しょうがないだろ」
「だから、床で寝ると」
「それはダメ。一晩くらい我慢しろ」

 ・・・・・これが、最後なんだから。

 抱き締めたいと、言いたかった。

 ずっとずっと抱き締めて、できる事なら貴方を守りたかったのだと言いたかったけれど、俺には何も言えなかった。

 きっと、そんな言葉を貴方は望んでいないから。

 だから、もう何もいらない。このぬくもりだけを感じて、この先を生きていくから。

 夜が明けたら、もうここを出ていかなくちゃいけなくて、そうしたら二度とこの人には会えないだろうけど。


 少しの思い出をかき集めて、生きていくから。


 もう、迷惑はかけないから・・・・・・・・




「愛してる・・・・・・」

 意識する事なく、零れ落ちた言葉は、誰の答えることがなく、暗闇の中に消えていった。

「愛してるんだ・・・・・・・・・」

 彼には、決して届かない思い。
 このまま時間が止まればいいと思った。もし止める事ができるのなら俺の全てをと引き換えに、悪魔と取引をしてもいいとさえ思った。

 けれど、時間は止まる事などなく。


 腕の中の彼が、身じろぎをする。

 目が、覚めたのだろう。

 夜が明けた。

「おはよう」
「おはようございます」
 彼の声が少し擦れている。寝起きだからかな。
「水をお持ちしますね」
 言うと、彼は身体を起こしベッドから出て行く。俺には背を向けたまま。
「ああ、いい。俺も起きるから」
 背中の拒絶を無視して言う。
「そうですか?」
 振り向いてよ。こっちを見て?
「うん」
 一瞬たりとも離れたくない。もう残された時間は短いから。

 俺は彼に続いて外に出て、湧き水がわいてるところまで一緒に歩いて行く。早朝の緑はまぶしくて、木々の間から差し込む光に彼の銀の髪が反射してきらきらと光る。
 綺麗だ・・・・・・・・・・
 初めて見た時から、ずっとそう思っている。
「身体を拭かれるなら、お拭きしますが?」
 彼が少し振り返って言う。けれど、その目は伏せたままで、どうしても俺を見ようとしてくれない。
「・・・・うん、頼む」
 俺はその場で衣服を脱ぎ去り、渡された布1枚を腰に巻いた状態で、大きな岩の上に腰掛ける。彼は桶に水を汲み、それで布を濡らし俺の身体を背中から腕、足へと拭いていく。時折垂れ落ちる銀の髪が俺の身体を掠める。
「ありがとう。変わる」
「いえ、皇子にそのような事、させられません」
「誰も見てないし、大丈夫だ」
「いえ・・・・・」
「お願い」
 俺の言葉に、彼の体が少し揺れた。
 俺は彼の言葉を待たずに、その手から布を奪い、桶を持って新しい湧き水を汲みに行く。すると彼は仕方ないとうように下を向き、自分の衣服を脱いでいった。
 初めて見る彼の身体は、細くしなやかだった。思っていたより筋肉がついているのは、やはりここでの生活の中で必要に応じて鍛えられたのだろうか。
 彼は、髪を前に垂らし、俺の前のその首筋をさらす。
 ―――キスしたい。この身体を抱き締めて、この腕の中に閉じ込めておきたい
 その浮かび上がる衝動を必死でこらえてその背中を拭いてた。腕、足と順に綺麗にしていく。前に回り、その胸元に手をかけたとき、その腕を掴まれた。
「ここは、自分でしますから」
 彼は、うつむいて、消え入るような声でつぶやいた。その身体が、少し震えてるような気がする。
 ―――愛してる。
「皇子・・・・・・・」
「・・・あ・・・」
 俺は口にするつもりはなかったのに、どうやら声に出してしまったらしい。
「貴方のその思いは、一時の誤りですよ」
「・・・・?」
 何を言ってる?
「言い換えれば、私の今の境遇に対する同情心でしょうか?」
「違う!」
「いいえ。もう少し時がたてば、私の言っていた事が正しかったとわかります」
「違う!俺は本当に愛している」
 何を言ってるのか、意味がわからない。
 けれど、彼は静かに首を振る。
「では貴方が私の何を知っていると言うのです?」
「それは」
「何も知らない。それで私の何を愛していると言えるんです?」
「・・・・・・」
「城に戻って現実を見たとき、貴方は自分の過ちに気付くでしょう。近隣諸国の美しい姫君をあてがわれた時、私が側にいない事にほっとするでしょう」
「しない!!そんな事絶対にない!!」
「皇子・・・・っ」
 どうして彼の声が泣きそうなんだろう?
「確かに、俺は貴方の事を何も知らないのかもしれない!でも、この気持ちだけは本当だ。真実だ!!それをいかに貴方でも、否定する事は許さない!!」
 なんでそんなに苦しそうなの!?
「・・・・・・・・」
 何がそんなに、貴方を苦しめてるんだ?
「5年だ。5年間ずっと貴方だけが好きだった。俺の立場は、一番王に近い物なんだぞ!?女ぐらい既にいっぱい寄ってきてる」
「・・・・・っ」
「でも、そんなものに俺の気持は揺らいだ事なんてなかった。ただの一度もだ!!」
 俺の言葉に、彼はただ首を振るばかりだ。
 そんな姿を見たくなくて、俺は彼の身体を抱き締めた。
「信じられないって事か?」
「・・・・・・・・・」
「俺はこの先、貴方以外の人を愛する事なんて絶対にないと、誓えるのに?」
「皇子、そういう事を・・・・・・っ・・」
「信じないならそれでもいい」
「皇子」
「生涯かけて証明する。そうすれば、俺が死ぬ頃には、この思いを信じてくれるか?」

「もう、よくねぇか?」
 突然の声に離して振り返ると、いつの間に来たのか精霊王が立っていた。
「精霊王、どういう・・・」
「こいつはな、5年前から、毎日ずっと同じケーキを焼き続けてんだよ」
「え・・・?」
「ダグロード!」
「いつ来るか分からないお前の為に。あの日、おいしいと言って食べたケーキを、また来た時に食べさせてやりたいからって」
「え・・・・・・・」
「だから、昨日来ると教えてやったのに、ここへは来させないでくれと突然言い出した」
「・・・・・そう、なのか?」
 どうして?
「待ちにまっていた奴が、やっと来るっていうのにだ」
「・・・・・・」
「しかも、その理由も言わない。だったらそんな事、聞いてやれるわけがない。そうだろう?」
「・・・・・・・・」
「なんで?」
 どうして何も言ってくれない?
「・・・・・・」
「なんとか、言ってくれ」
 一体、何を望んでいるのか・・・・・・・・・
 何を考えているのか、俺には全然わからないよ・・・・
「・・・・・・・」
「なぁ、俺にどうして欲しい?言ってくれ。そうしたら俺はその通りにする」

 いらないならいらないと、

 迷惑なら迷惑と、はっきり言ってくれ。

 その口で、

 その声で、

 その言葉で、

 真実を聞かせてくれ。


「・・・・・・・・帰ってください」


   ああ、そうだな。その答えなのは、昨日からわかっていた。


「わかった。・・・・・・・でも、最後に聞かせてくれないか?」
「・・・・・・」
「俺の事、そんなに嫌いだった?そんなに迷惑だったのか?」
「・・・・・・」
「頼むよ、答えて」
「・・・・・嫌いです」
「顔見て、言って」
「・・・・っ・・・」
「じゃないと、俺、諦めきれないから」
 精霊王の言葉が、頭の中をぐるぐる回ってて。
「・・・・・・・」
「嫌われてるなんて、思ってもみなかった。迎えにきたら、喜んでくれると思ってた。遅いって怒るかもって思ったけど、その後には笑ってくれるんじゃないかって」
 何が真実なのか、俺にはわからないよ。
「・・・・・・」
「バカみたいに、そう信じてた」
 ただ、貴方が好きで。
「・・・・・・」
「抱き合って、あんなに感じあって、その温もりを忘れる事なんて出来ないって思ってるのは、俺だけじゃないって思ってた」
 ただただ、貴方が好きで。
「・・・・・・っ・・・」
「5年間ずーっとそう思ってきたんだ。ちょっとやそっとじゃぁ、諦められないんだ」
 消し去っても、消し去っても、どうしても諦められない思い。
「・・・・・・っ・・っ」
「だから、俺なんか大嫌いで、こんな事されて迷惑で、二度と顔も見たくないって、ちゃんと俺の顔みて、はっきり言って」
 俺の言葉に、彼の身体が震えている。
 その意味を俺は知りたい。
 もし、俺の勘違いなら・・・・・・・・・ちゃんと言って。
「皇子・・・なん、て・・・嫌いでっ・・・・・二度と・・・・・顔も・・・・・ったく、ない」

「その顔で言われても、納得できないよ」


 やっと上げた彼の顔は、涙でぐちゃぐちゃだった。


「・・・ふっ・・・っ・・・・」
「泣かないで。俺が側にいるから。ずっとずっと側にいるから」
「ダメです。ダメ」
「どうして?俺が側にいるのが嫌ってわけじゃないだろう?何が・・・・・・・もしかして、城に行くのが嫌?」
「・・・・・・・」
「そうなのか?じゃぁ、俺がこっちに住んだら問題ないよな?」
「ダメ!それはダメです・・・」
「ダメって、さっきからそればっかしだよ?」
「貴方は、きっと・・・素晴らしい王になるから。だから・・・・・私なんかで躓かないで・・・・・」
 躓くって何・・・・バカだな。
「そんなの、無理だよ。俺は王になんてならない」
「え!?」
「俺は、別に王になんてなりたいわけじゃない。ただ、貴方が欲しかっただけ。側にいて欲しかっただけだ。だから、俺に必要なのは王位継承式であって、王位じゃない」
「・・・・・・・そんな・・・・」
 そうなんだよ?貴方がいたから、俺はここまでがんばっただけ。
「そりゃぁ、貴方が側に居てくれるなら、王になったほうがなにかと便利だからなってもいいけど、そうじゃないなら、王になんてなる気はない。そうだな、どっか旅にでも出るかな」

 やっとわかった。ほんとに、俺以上にバカだよ・・・・・・・

「そんな・・・・皇子・・・・・・・」

「俺を、王にしたいって思ってるなら、一緒に来て」

「・・・・・・・それ、卑怯ですよ・・・・・・・」

「うん」


 卑怯でもなんでもいい。

 貴方が側にいてくれるなら、どんな事だってするよ。


 こんなにも好きで、


 どうしようもないくらい好きで、


 貴方と一緒に歩けるなら、俺は何を犠牲にしてもいいんだ。


 絶対守って見せるから。

 だからどうか、俺の側で、笑っていて。



「一つ、お願いが・・・」

「何?」

 一緒にいてくれるなら、なんでも聞く。

「いつか、私が側に居る事を、後悔したら・・・・・」

「しないから!!」

「いいから、聞いてください」

「ん・・・・・・・」

「いつか後悔したら、その時は迷わず私を切り捨ててください」

 ・・・・ほんとに・・・・・・・・・ため息でるよ。全然わかってないんだから。

「・・・・・・・・」

「約束してください」

「・・・・・・・・わかった」

 そんな日は、一生来ないけど、それで安心できるなら、頷いてあげる。

「でも、もし俺と来た事を後悔して、この森に帰りたいと泣いても、俺は手離したりは絶対しないから」

 もう1度この手を離すことなんて絶対できない。

 そんな事、考えられないから。

「それは、大丈夫です」

「え?」

「後悔したり、しませんから」


 ・・・・・・・・・・それは、


 最高の、愛の告白だね?



 俺が耳元でそう言うと、彼は途端に真っ赤になった。


 これも、初めて見る顔。


 これから、もっともっと初めてを積み上げて行こう。


 二人で、色んな初めてを一緒に積み上げて行こう。


 一生、離さないから。



 ずっと、俺の側にいて――――――――




 ずっと、笑っていて―――――――――










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          アトガキ
     10000hit記念という事で、苦手な短編、ガンバッテみました。どうでしょう??ドキドキ
     皇子目線のみで、話を進めていくのが難しくて、ルシアンの思いをうまく表現できなかったのが心残り
     たぶん、皇子の思いも、伝えきれてないのかな・・・・と
     精霊王もあんなに出てくる予定じゃなかったのに、ルシアンがどうしてもしゃべってくれなくてかなり苦しみました。
     叱咤激励、なんでも感想聞かさてください。勉強しますっ。