+ 18+






「えっ・・・」
 響はその言葉の意味を上手く飲み込めなくて、ただ呆然と咲斗を見上げる。その手だけが言葉を理解したのか、必死で咲斗の服に指を絡めてしがみ付いていた。
「明日の朝、迎えにくるように彼の携帯に伝言いれといたから、迎えに来たら一緒に行くといいよ」
 言われた言葉が、耳を素通りしていく。
 理解、出来ない。
 ―――――・・・なに、言ってるの・・・・・・?
「もう、こんなところに閉じ込められることも無く、自由だ」
「・・・・・・自由・・・・・・?」
 ―――――自由って何?
「借金も返してくれなくていい。ああ、別にお母さんから取ろうとかも思ってないから、安心して」
 口早に告げられる言葉から、咲斗の感情は読み取れない。
「本当だから。・・・信じられないかもしれないけど」
 ―――――咲斗さん・・・っ
 そんな顔して、笑わないで。哀しすぎるよ。
「違う・・・・・・・・・」
 ―――――そうじゃない。そんな事を望んでるんじゃないからっ
「響?」
「俺、ここ、出てくなんて・・・・・・っ」
 ―――――そんなの、嫌だ―――・・・絶対に・・・っいやだっ!!
 響は必死で咲斗にしがみ付いて、首を横に振る。気持ちだけが先走ってあふれ出して、言葉がうまく出てこなくて苦しい。
「響・・・どうしたの?だってその為に彼に会ってたんでしょ?だから、響の願いを叶えてあげるんだよ?」
 暗闇の中で浮かべた、咲斗の自嘲に歪んだ笑みが響にもハッキリ見えた。
「大丈夫。別にもう、何もしないから」
 ―――――違う。
「もう、響を苦しめたりしないから――――――――」
 真っ直ぐに響を見つめる瞳は、やりきれない様に切なく揺れているのに声は冷たく響いてくる。
「もう2度と、会うこともないから―――――・・・明日の朝、ここを出ていけばいい」
 ―――――2度と・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
「―――ヤ・・・っ!やだっ!!そんなの絶対にイヤだっ!!」
 響は考えるよりも先に大声で叫んで、そのまま咲斗の身体に勢い良くしがみつく。その反動で2人の身体は、派手な音をたてて廊下に倒れ込んでしまった。
「っ痛、・・・響?」
 咲斗は、響のいきなりの行動が理解できなくて、微かに驚きを滲ませた声を上げる。
 したたかに腰をうちつけて、咲斗は顔をしかめながらもその手はしっかり響を受け止めていて。その腕の力強さに響はそっと息を吐いた。
 受け止めてくれた、ただそれだけでうれしくて。
 涙で濡れた瞳を真っ直ぐに咲斗へ向けると、切ないまでに狂おしい瞳が見つめ返してきて。咲斗は堪らないとでも言う様に響の身体を掻き抱いた。
「・・・・・・っ」
 咲斗の噛み締めた歯が、ぎりっと音をたてる。その音を、響は耳の奥で受け止めて。
「やだ。どこへも行かない。俺は、ここにいたいっ」
 密かな思いが胸を突いた。
「・・・・・・響・・・っ」
 響は咲斗の背中に腕を回して、離れまいと必死でしがみつく。
「ダメだよ・・・」
 喉の奥から搾り出される甘く切ない響きが、響の身体を震わせて、何かが弾けてストンと響の心にその答えが落ちてく来た。
 ―――――どうして気づかなかったんだろう。
 咲斗はずっと優しく見つめていてくれたのに。
 愛おしそうに、見つめていてくれたのに。
「今、出て行かないと―――――俺は、一生響を手離せないっ」
 言葉なんかじゃない、それだけが全てだったのに。
「いい。いいからっ。一生・・・・・・手離さなくていいからっ!」
「――――いいの?本当に?」
 不安げに、頼りなく揺れる咲斗の声が響のその思いに確信を抱かせた。
「いいっ!」
 ―――――やっぱり、そうだったんだ―――・・・・・・・・・っ
 人の身体を好き勝手して、ひどいと思いながらも何故か憎むことはできなかった。抱き締められるその腕が優しく感じられて。落とされるキスがひたすらに甘く切なくて。
 嫌いになんて、なれなかったのはきっとそういう事。
「後悔したって、しらないから」
 感情を押し殺そうとする震えた声――――なんでもっと早く気付かなかったんだろう。こんなにも、こんなにも全身で告げていたのに。
「後悔なんか、絶対しないっ――――だって・・・・・・だって、好きっ、咲斗さんが、好きだからっ!」

 ―――――俺たちはなんて、遠回りしてしまったんだろう?

 咲斗の身体が、ビクリと大きく震えて、腕がより一層響の身体を強く抱き締めて痛いくらいに切なくて。
「――――――愛してる」
 神聖な誓いをするように、咲斗は響の耳元で囁いた。
「うん」
 響の声に少し涙が混じっていて。
「愛してる」
 咲斗は、もう1度呟く。溢れる思いを伝える言葉をそれしか知らないのが、もどかしいとでも言うように咲斗は耳にキスを落として、息を吹きかける様にもう1度囁く。その声が、あまりにも甘く響いて、それだけで下肢が反応してしまいそうなくらい、切なくて。
「さっ、咲斗さんこそ・・・・・・後悔してもしらないからな。俺はもう絶対ここを出てかないんだからっ」
 それを誤魔化すように、響が少し怒ったような口調に変わる。そんな真っ直ぐな様子がかわいすぎて、咲斗は思わず笑ってしまう。
「んっ」
 耳元でくすくす笑う吐息が耳にかかって、響は堪えきれずに身体がヒクリと揺れる。
「感じた?」
 嫌がらせのように耳元で笑うように呟いて、耳に侵入してくる舌に響は堪らずその背中を叩く。
「咲斗さんっ!」
「だって響がばかな事言うからだよ。俺は絶対後悔したりしなんかしないのに」
「なんでだよっ、そんなのわかんないじゃん」
 ちょっと拗ねたように言う口ぶりがあまりにもかわいくて。暗闇で見えないけれど、きっと真っ赤になってる顔は容易に咲斗には想像できて。
 その子供っぽい反応が、愛しすぎて。
 咲斗は身体を少し離して、響の頬にチュっとキスをする。
 溢れてくるこの思いを伝える術を知らなくて、本当はこのまま押し倒してしまいたい衝動に駆られているけれど、さすがに今それをするのは咲斗にも躊躇われるから、その変わりに軽いキスを繰り返す。
「だって、5年越しの恋だよ?―――――・・・・・・響は俺のこと、ちっとも覚えてなかったけどね」
「・・・っ、――――え!?」
 咲斗の言葉が一瞬理解できなくて間の抜けた声を上げてしまった響は、そのままぽかんと咲斗の顔を見つめてしまう。そんな響に咲斗は白々しく大きなため息をついて、その唇に甘く歯を立てた。
「っ」
 些細な刺激に、ビクビク震える響の身体の反応を咲斗はしっかり楽しんで。
「全然俺のこと、覚えてないでしょ?」
 咲斗がわざと非難したような目を作って響を見つめると、響は慌てて目線を泳がせる。泳がせて、しばらく考えて、誤魔化せないと判断したのか窺うように咲斗を見た。
「5年前に・・・・・・会ったんだ、よね?」
「そう」
「・・・・・・どこ、だっけ?」
 その言葉に、咲斗はもう1度盛大なため息をついて。お仕置きとばかりに、今度は耳たぶに歯を立ててからそっと耳元で囁く。
「雑居ビルの屋上」
 響はその刺激に微かに背筋を震わせて、それでも必死で記憶を探ろうとした。
 ―――――雑居ビルの屋上・・・・・・・・・
 それは、中学時代自分がよく行っていたあの場所のことだろうかと響は考える。家にもいたくなくて、しかしそれを打ち明ける友人もいなくて、当時かなり孤独だった自分。どうしようもなく苦しい時の逃げ場だったあの場所。
「ちょっ、咲斗さん。考えられな・・・・・・っ」
 咲斗の指先が、背中をツツ―といたずらに滑る。その快感に響は身をよじって逃げようとしながら、抗議の声を上げるが咲斗は取り合わず。
「早く思い出さないと・・・」
 Tシャツ1枚の響の、むきだしの尻の方へも指を滑らせていく。
「あっ・・・だめぇっ」
「まだちょっと濡れてる。ほら、早くしないと入れちゃうよ?」
 そう言いながら、入り口あたりを指が掠めて。響の背中が堪らずにしなった。
「だって、あそこで人に会った事って・・・・・・」
「よく晴れた、夏の暑い日だったな。ビルの屋上のフェンスが1部壊れてて。俺はそこを抜けてビルの隅ぎりぎり座ってた」
 晴れた・・・夏の、暑い日―――――――・・・・・・・あ・・・・・・っ!?
 何かが、記憶の端に浮かんでくる。
 ――――黒い、全身黒いスーツ姿の、後姿。抜けるように青い空とあまりにも対照的だと、目を細めた記憶。
「そうしたら響が、ビニール袋をさげて上がってきた」
 ―――――確か、喪服っぽいような・・・・・・・・・そんな感じじゃなかったっけ?

 『危ないよ?』

 そう!そうだ。そう声をかけた。けど、男の返事がなくてもう1度声をかけたら、うるさいと、ひとりになりたいと叫んで来て。その声が、泣いてるみたいに聞こえて。向けられる背中が孤独に影を落としていて、自分の姿を突きつけられた様で俺は立ち去ることができなくて・・・・・・・・・
「そこは自分の場所だから、一人になりたいならどっかよそへ行ってくれって、言ったよね」
 咲斗は、思い出した?と、どこか硬い表情で笑った。思い出すのを期待している様な、してない様な。
 いたずらを繰り返していた指は、今はしっかり響の身体を抱き締めている。それが微かに不安に揺れているように感じられるのは、響の気のせいだろうか。
 何故、忘れていたんだろう?
「俺が無視したらさ、横にやって来て」

 『なぁ、こっから落ちたら一瞬でも空、飛べるかな?』
 『・・・あのね、地球には重力というものがあるんだよ?そして人には羽がないわけだから、間違い無くまっさかさまに落ちるね』
 『・・・・・・夢のねーやつ』

「・・・・・・だって、全然印象違うじゃん」
「そう?」

 『夢?何言ってるんだか。こっから落ちたら、加速度にしたがって重力がかかって地面に叩きつけらて、ぐちゃぐちゃになって肉片が飛び散って、脳みそがはみ出して、醜い姿を公衆の面前にさらして、警察に気持悪がられて、嫌々掃除されるだけだよ』
 『わかってんじゃん』
 『―――っ』

「それに・・・あん時、お互いの顔なんてほとんど見なかった・・・・・・」
「ああ、響は立ってたからね。俺は座って空を見上げてたから、必然的に響の顔も視界に入ってきたし」
 その時のことを思い出しているのか、咲斗は少し目を細める。
「あの時ね、ほんとは死んでもいいかなって思ってあそこに座ってた。このまま風に揺られて落ちてしまおうか――――なんてね」
 もしあの時響と出会わなかったら、俺は今ここにいなかったかもしれないんだよ?軽く、冗談の様に言う咲斗の言葉が、逆にリアルで。
 響は何も言わずに咲斗の身体を抱き締めた。そうする事しか出来なくて。
「良かった」
「ん?」
「咲斗さんが生きて、こうやって抱き合えて、・・・本当に良かった」
 その言葉を、咲斗は目を閉じて受け止めた。その言葉がどれほど咲斗の心を揺さぶるのか、きっと響はわかっていない。
「"ここに立って一歩踏み出せば、俺はいつでも死ねる。いつだって終わらす事は出来る"―――響はあの時、そう言ったよね」
「うん」
 だって、それを確認する為に自分はあそこに登っていたんだから。
 明日を歩くために。
「その言葉に、救われた」

 『じゃー俺もう行くわ。あんたも、これ飲んで早くお家に帰んなよ』

「響は俺の2メートルくらい後ろに、缶コーヒーを置いて行った」
「うん」
「あそこは暑くて、ちょうど喉が渇いてて、どうしてもそれが飲みたい誘惑にかられて。俺は立ち上がってそれを手に取ったんだよ。そしたら、今度はそのぎりぎりの場所に立つ勇気が、もう無くなってた」
 かっこ悪く足がすくんで動けなかった、と咲斗は苦く笑って言う。
「仕方なくそのままその場に寝転んで、長いこと青い空を見つめてたよ。死ねなかったのが良かったのか、悲しかったのかわからなくて、わからないのに泣けて。泣いて泣いて、泣いたら――――そしたら、なんか、全部ばかばかしくなって。もう1回立ち上がることができた」
 囁くように、睦言のように耳元で告白されるその言葉に、響は何も言えなく、咲斗の身体を抱き締める腕にぎゅっと力をこめる。
「実はあの後何回もあそこに行ったんだよ。響にもう1度会いたくて」
「まじで?俺も行ってた・・・。高校行ってからは、行く事もなくなってたけど」
「そうなんだ?じゃぁ、随分すれ違っちゃったんだね」
 笑って咲斗が言うから、響もつられて笑った。だって、きっとあの時会ってたら、こんな風にはなれなかった。
 こんな風に、抱き合って、笑い合えるようにはならなかったと思うから、会えなかったのは神様からのプレゼントかもしれない、なんて、柄にも無い事を響は思った。
 ―――――随分遠回りしたけど。
 きっとそれは無駄じゃなかった。
「でも、よく覚えてたよな・・・・・・あの時1回会っただけなのに・・・・・・」
「命の恩人だからね」
 感心するように呟くと、すかさず自慢げな咲斗の声が返ってきて。少し照れた響の言葉が続く。
「あん時からさ・・・―――――ずっと、思ってくれてたの?」
「そうだね・・・。あの日から、ふと気がついたら響の事考えてた。会いたいって思って。その思いがどんどん膨らんで、会いたくて、会いたくて仕方なくなって。ふと気がついたら、恋してた、って感じかな。上手く言えないけど」
「ううん・・・ありがと」
 率直に語られる咲斗の言葉に、響は思わず涙ぐむ。
 自分のことでいっぱいいっぱいで、結構適当に生きてるところがあって。いつも斜めからしか物事がみれないひねくれ者で、自分のことがどうしようもなく嫌いだったあの頃、自分の事をそんな風に想ってくれている人がいてたなんて思いもしなかった。
「覚えてなくて、ごめんなさい」
 咲斗の肩に顔を埋めて、消え入りそうな声で響は言う。
「響―――泣かないで?もういいから。今は俺のこと・・・・・・好きになってくれたんだろ?」
 少し自信無げに響くその声に、響は無性に切なくなる。
「うん」
「なら、それでいい。それで、十分だから」
 ずっとずっと、待たせたんだと思い知らされて。
「うん」
 ごめんなさい。
「ずっと、ずーっと、一緒にいてくれるんでしょ?」
「嫌っていったって、離れねーっ」
「絶対だよ?」
 しつこいくらいに言う咲斗の声が、甘く濡れていて。
「うん」
「――――ねぇ・・・してもいい?」
「っ、だめ!」
 咲斗の言葉に、思わず「うん」と言いかけて、吃驚して身体を離す。けれど響の腰を咲斗の腕がしっかりと抱き締めていて、そこから飛びのくことは出来なかった。
「だって、響があんまりくかわいい事言うから―――俺だって我慢しようと思ったんだよ?でも、ほら」
 咲斗は、響の手を捉えて自分の中心へと導く。そこはすでに力を持って脈打っていて。響はとたんに真っ赤になって腕を振り払う。
「ダメっ。・・・・・・まだ、身体痛いんだって!」
「ええ〜」
「咲斗さんが散々好き勝手したんじゃんかっ」
 響はかなり不穏な空気を感じ取って、じりじりと後ずさる。その響の腰を右手で軽く抱えて、床に打ち付けないように配慮しながらも咲斗は強引にその身体を押し倒した。
「だって、さっきはこれが最後だって思ってたからさ、悔いのないように隅々まで感じようと思って」
 まったく悪びれない様子でそう言って、咲斗は卑猥な指をTシャツの上で滑らせてくる。
「だめだって・・・ほんとにっ」
 まだ奥がじんじんと痺れている様な感覚があって、ちゃんと立つことも出来ないのに、今されたらどうなってしまうのか響は恐くて必死で抵抗する。
 けれど、身体がまだあまり言うことをきかない響の抵抗など、咲斗には取るにたらなくて、その指を今度は内腿へと滑らせる。
「ああっ・・・だめっ、ああ・・・・・・っ」
 付け根の辺りを指で嬲られて、足の筋がヒクヒクと反応する。咲斗の指はさらに微かに勃ち上がりかけたモノにも、指を走らせる。
「あっ!・・・さきっ・・・・・・さきとさん・・・・・・ああっ、んんっ」
 指を絡めて、軽く扱き上げてきた。
「こっちはダメって言ってないよ?」
「っ、だめぇ・・・」
 止めさせようと咲斗の腕を掴む響の指にも力が入らず、ただ縋るように絡めているだけで。
「さっきはさ、終わりのセックスだったけど、今度はちゃんと愛を確かめてしよ?」
 そういって、Tシャツに上から胸の突起に歯を立てる。
「ああっ!!ひぃ、んん・・・・・・・・・あああ」
 舌先で転がされて、歯がゆい愛撫に腰が揺れる。響の気持とは裏腹に身体はどんどん次の快感を待ち望んで熱くなっていく。
 咲斗は響の左足を立たせて、指を後ろへも這わしていく。
「ちゃんと掻き出したのに、綺麗にしたのにまだ濡れてるね」
「やっ・・・ぁぁぁ、ああ・・・・・・・・ふっ・・・」
 咲斗は指で、襞を嬲るように入り口を苛める。中には入れずその周りを丹念に撫でると、口はヒクヒクと揺れ動いて。
「ヒクヒクしてる。欲しい?」
 耳元で卑猥に呟くと、それにも反応するように腰が揺れて指に入り口を押し付けてくる。
「言って?響――――――欲しいなら、言って」
「っ、咲斗、さんっ」
 涙に潤んだ瞳を、意地悪な男へ向けて睨みつける。けれど咲斗は周りの弄るだけで決して中には入ってこようとしない。羞恥に響は唇を噛み締めるが、咲斗の唇が弄られていない方の突起に触れて噛み付いた時、快感が背筋を駆け抜けて奥が疼いて我慢できなくなる。
「・・・れてっ、入れて」
 うわずった声で、その言葉を口にした途端に咲斗の指が中へ進入してきて、思わず響の背中がしなる、その時だった。
 ピーンポーン。
 2人しかいない部屋の空間に、チャイムの音が鳴り響いた。
「あっ、だめぇっ!チャイム・・・っ」
 それでも指を進める咲斗に、響は声を上げた。
「無視」
「だって―――」
 しかし、無視したい咲斗の気持ちとは裏腹に2度目のチャイムが鳴って、
「響!いるんだろ!?響、俺だ。剛!」
 ドアを激しく叩かれた。響はその音とその声に驚いて反射的に身体を起そうとしてのだが。中に入ったままだった咲斗の指をリアルに感じて、もう1度廊下に倒れ込みそうになる。それを見て慌てて咲斗が指を引き抜き響を支えた。
「大丈夫?」
「う、うん」
「おーい!!響っ。いるんだろう!?」
「ど、どーしよっ、剛が来た!」
 いきなりの友人出現に、響は半ばパニックになって咲斗の衣服を掴んだ。なんといっても、今のこの状況が状況で、友人に会うとかいう状態になってない。
「大丈夫、鍵かかってるんだから、入ってはこれない・・・」
「咲斗――いるの?開けるよ!?」
 入ってはこれない、と言い切るはずの言葉に、何故か一緒にいるらしい由岐人の声が重なって聞こえる。さすがにこれには咲斗も慌てて。
「あーちょっと待て!響、部屋入って俺の服適当に着て」
「う、うん!」
 響が腰が引けながらも部屋に入ったのを見届けてから、咲斗はそっとドアに手をかけ微かにその扉を開けると、強い力でひっぱられて思わず前につんのめりそうになった。そこには、真っ赤な顔をした剛と完全に面白がって笑う由岐人が立っている。
「どういう事だよ!迎えに来いって」
 挨拶もせずにいきなり大声をあげるその息が酒臭くて、咲斗は思わず顔をしかめた。
「ああ〜、ちょっとした誤解があってね。でもその件は片付いて、響はこれからもここで一緒に暮らす事になったんだ。だからもう君に用はない。悪いけど、帰ってくれる?」
「なっ!!」
 咲斗のあけすけな物言いに、剛は赤らんだ顔をさらに真っ赤にしてぷるぷると震えだす。
 噴火寸前の、火山といったところだろうか。そこへ、
「咲斗さんっ、何怒らしてんだよっ」
 服を着た響が慌ててやってきて。
「あ、無事だった?良かった〜それだけがちょっと心配だったんだよね」
 軽く笑顔で言う由岐人に、咲斗はすっかり忘れていたことを思い出す。
「そういえば、由岐人。お前にも話があったんだ」
「え?」
「あ・・・・・・・・・ごめん!ちょっと黙っていられない事情が出来て・・・由岐人さんが剛に会ってたのとか言っちゃった・・・」
「やっぱし咲斗、キレたんだ?」
 完全に面白がっている由岐人の口調に、響はなんともいえない表情を浮かべ微妙に頷いた。
「俺は朝に来いって言ったはずだよ?今何時?」
「明け方、4時」
 朝でしょ?と笑う由岐人を、咲斗は睨みつける。なんとなく兄弟喧嘩が始りそうな空気をよそに、剛は複雑な顔をして響を見た。
「――――ずっと、ここに住むって?」
 剛の眉は心配そうに真ん中に寄っている。その剛の顔に、響はゆっくりと笑いかけた。
「うん。ここにいる」
 その笑顔は、剛がいままでに見た事の無い幸せそうな笑顔。
「お前は・・・・・・これでいいんだな?」
 わずかに顔を歪めて言う剛に、響はコクっと頷いてみせた。
「うん。これでいい。ごめんな、一杯心配かけた」
「いや、それはいいんだ。―――うん」
 剛はまだ少し複雑な表情を浮かべたが、それでも響の顔を見て納得したのか自分に言い聞かせるためなのか、何度も強く頷いた。
 勢い込んでここまでやって来たけど、こんな顔を見せられたら剛が引くしか無い。
「俺たちはこれからも友達だし」
「ん」
「あれだ、こいつが嫌になったらいつでも捨てて俺ん家来い」
「あは、うん」
 行くところのない響を思いやる真っ直ぐな剛のその言い方に、彼の優しさを感じて響は嬉しくなる。
 喧嘩とかして、家出したりしたら、行き先は剛の家だな、なんて響は一瞬考えてみた。咲斗が知ったら、それこそ怖い顔して怒るだろうけれど。
「じゃぁ、―――今日は帰るな。俺も飲みすぎたし」
「ああ、顔真っ赤だもんな」
「そうだ、近々、2人で飲もうぜ」
 そう明るく言ってくれる剛の顔が、嘘偽りの無いもので、自分がよく見知ったもので、彼は自分に背を向けないで向き合ってくれる気でいる事が本当に嬉しかった。
 たぶんまだ少し、混乱しているあろうに。
 咲斗を好きになって、ここで生活する事を選んだ事になんの後悔はなくても、それで唯一の友人だと思ってた人を失くすのは、やはり悲しいから、彼がずっと友人でいてくれるらしい事がなによりうれしい。
「連絡するな」
「うん――――ありがとっ」
 響の言葉に剛はニヤっと笑うとエレベーターの中に消えていった。何故か由岐人も一緒に。
 それを見送って、響が中へ入ろうとするとどうしたのか咲斗が動く気配がない。不思議に思って咲斗を見上げると、そこにはこめかみをヒクヒクさせている咲斗がいて。
「―――咲斗さん?」
 響は自分が悪いわけでもないのに、その顔色に思わず背中を嫌な汗が流れ落ちる。なんだかよくわからないけど、まずい感じだと本能が悟って、そっと一人室内に足を戻していくと、後ろで咲斗の奥歯がギリっと鳴る音がして。
「―――――あいつっ!響、絶対あいつと2人で出かけたりしたらダメだからなっ!」
「え―――!?」
 思わず抗議の声をあげたら、咲斗が恐い顔して振り返る。
「絶対だめっ!もし行ったら―――おしおきしてやるっ」
 真剣に怒って襲いかかってくる咲斗に、響は思わず声をあげて笑ってしまう。
 だって、
 なんか、こういうのって、
 こそばゆくて。
 幸せだ―――――――って噛み締めてみると、あっという間に咲斗の腕の中に捉えられてしまってそのままベッドへと運ばれてしまう。
 落とされたベッドから見上げた咲斗の瞳が、嫉妬に揺れていて。
 響は笑って手を伸ばす。
 大好きな人を抱き締めるために。
 大好きな人に抱き締めてもらう為に。
 大好きって思いを伝える為に。
 幸せを、伝えるために。







end






top   puratina   novels  










アトガキ・・・長かった(笑)なんだか色々思い出はあるのに、アトガキと何を書いていいのか。
      初作品で、最初の頃とはちょっと文章の流れやプラチナ自体の作風が違うかなぁ、と思います。
      かなりブレてしまってスイマセンでした。読み苦しいところも多々あったのではないでしょうか。
      ここまでお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございます。
      感想をくださった方、BBSにカキコして下さった方々には、感謝の言葉もございません。
      とりあえず、終了で・・・・・新たなスタートです。
      また、読み終わっての感想などいただけると、とっても嬉しいのでお待ちしてます^^