19

「あ、響、咲斗だ」
「え?」
 響は剛の言葉に咲斗の姿を確認しようと目をこする。別にどうという感慨もなかったのに、トラックが家を離れるにつれて流れ出した涙。
 響がそれを拭って、顔を上げようとした時に剛が急ブレーキを踏んだ。
「うわぁっ!!」
「わぁっ・・・って、剛!?」
 危ないなぁと思わず剛に目をやると、響の方の扉がいきなり開いて腕が伸びてきた。
「響っ」
「咲斗さんっ」
「咲斗!!てめぇーあぶねーなっ。飛び出してくんじゃねーよ!!」
 剛はいきなり駆け寄ってきた咲斗を避けようとして急ブレーキを踏んだのだ。文句のひとつも言わなければ気が納まらないのだが、当の咲斗はそんな言葉は耳に届いていない。
「響!?何、なんで泣いてるの?―――やっぱりなんかあったの?」
「え?」
 待ってる時間が待ち遠しすぎて、マンションを出たところで剛の軽トラを待っていた咲斗は、視界の先にその姿を認めて、うれしくて駆け寄ってきたのだ。
 そして1秒でも早くその姿を瞳に捉えようと扉を開ければ、そこには涙に濡れた顔の響がいたのだがら、冷静でいられるはずがない。
「剛っ!お前がついて行きながら何やってんだよ!!だから俺が行くって言ったのに」
 咲斗は言うが早いか、助手席から響を引っ張り出してその腕の中に閉じ込めて、泣き濡れる頬に何度も優しいキスを落とした。
「何があったの?大丈夫?」
「大丈夫だよ。別に何もなかったんだ―――ううん、あったかな」
「あったの!?」
「違う、違うよ。咲斗さんが心配してるようなことじゃないから。だから安心して」
「本当に?」
「うん。これは、うれし泣きみたいなものなんだから」
 響は咲斗の腕の中で、幸せそうに笑う。本当に咲斗が心配するような事は何もなくて、少しでも安心して欲しいのだけれど。
「そう?・・・ならいいけど」
 それでも咲斗は心配そうな顔をやめない。
「後で話し聞いて」
「もちろん」
 また新しい涙が零れ落ちて、咲斗が優しく舐めとる。
「うん」
 まだ、頭の中がぐちゃぐちゃだけど、聞いて欲しい。
 咲斗には伝えたい。
 色んな感情が渦巻いていて、なんだかうまくしゃべれる自信がないけれど、それでも響は咲斗にはちゃんと全部話したかった。
 話して。
 良かったね、って言って笑って欲しい。
 がんばったねって、抱き締めて欲しい。
 好きだよって、言ってキスしたい。
「あ、由岐人さーんっ」
 遠くから手を振る由岐人を見つけて響は由岐人へと駆け寄っていく。その後を咲斗が追いかけて、やっと車の側から離れた咲斗と響に、剛はため息をつきながら車を動かして駐車場へと滑り込んだ。
「荷物はダンボール7個ね」
 4人は手分けしてダンボールを室内の空いている部屋へとりあえず運び入れて、リビングに集合してホッとしたのか、だらりと座り込んだ。
「腹減った・・・」
 時間はすでに9時近い。昼を食べてから何も食べていなかったのだからそれも当然といえば当然。
「ちゃんと用意しているよ」
 そのためにスーパーに寄ってからにしたのだから。
 由岐人と咲斗は、響と剛が荷物を運んでいる間にしっかりと料理を作り、出前の寿司も取って待っていたのだ。
 今日は響の引っ越し祝い。
 その為の豪華な食事を次々とソファの前のローテーブルに並べる。最後に、冷えたシャンペンを運んできて。
「響が抜く?」
「え・・・・・・いいっ」
 差し出されるシャンペンボトルに響は恐々と首を振るので、咲斗は苦笑を浮かべて自分が抜いた。
 ポンと小気味いい音がする。
 シュワシュワ〜と4つのグラスに注がれて。
「「「「かんぱーい」」」」
 カチっ上品な音がして。そこからは怒涛のような勢いだった。
 いっぱい買い込んだお酒が次々と空になっていき、もちろん剛は罰ゲームのはハバネロスープも飲まされて。
 おいしい料理はあっという間に響と剛の胃袋に納められて、後はアテとお酒。
 くだらない話に大笑いして。
 たわいもない思い出話に花が咲いて。
 やはりというか当然というか、1番最初に響が酔いつぶれて咲斗がベッドに運んで30分後、剛もとうとうダウンして。剛はソファに寝かされている。
 咲斗と由岐人の二人になって、ようやく静けさが訪れた部屋に、こもった熱気を散らすべくベランダの窓を開けて、二人はベランダに置かれた椅子に腰掛けてまだワインを傾けている。
「よかったね」
「さんきゅ」
 由岐人の心からの祝福に、咲斗もうれしそうに笑顔を向けた。
「これで安心して仕事に専念してもらえる」
 お金も無事戻り、新しい店への着工もつつがなく進んでいくだろう。これからか、大事なときなのだ。
「まだ安心は出来ないよ」
「え?」
「お前はどうなんだよ由岐人。好きな人とかいないのか?」
 咲斗が、静かに由岐人に尋ねた。長い間、そんな浮いた話を聞いていなかった。
「僕?・・・なにいきなり。自分が幸せになったら今度はこっちの心配?」
「由岐人」
「やめてよねぇ、そういうの。僕はこのままで十分なんだから」
 由岐人は咲斗の視線を避けるように立ち上がって、ベランダの柵にだらりともたれかかる。
「落ちるぞ」
 少しおぼつかない足取りに咲斗が顔をしかめる。
「落ちないよ」
 大きくのけぞって、きゃははーと笑う由岐人は本当に酔っ払っているのか、それとも誤魔化そうとしているのか、長い付き合いの咲斗ですらこういう時はその心の中を計りかねる。
「・・・・・・由岐人」
「なーに」
「響に全部話そうと思ってる」
 その言葉に、由岐人身体がビクリと反応を示す。
「たぶん、避けては通れないと思う。きっとお前のことにも触れる。――――いいか?」
「何それ。嫌って言ったらやめるの?」
 由岐人は少し挑むような瞳で咲斗を見つめた。試すような、――――泣き出すような視線。
「ああ、やめる」
 けれど咲斗が穏やかに笑って言うと、今度は由岐人が悔しそうに唇をかみ締めた。どうやら想像と返事が違っていたらしい。
 咲斗がいつかこう言い出すだろうとは、由岐人の中でも漠然とした覚悟はあった。
 別にいいと思っていた。
 関係ないと。
 でも、今は。
 由岐人の視線がチラっと室内に向けられる。
 ソファでだらしない格好で眠る剛。
「いいよ。咲斗に任せる」
 その返事に咲斗が片眉をぴくりと動かして、由岐人が夜空を見上げた瞬間に自分も室内に視線を向けてみる。
 ―――――何を、見てた・・・?
「本当にいいんだな?」
「しつこい」
 いいよ。しゃべっちゃっていいよ。
 そしたらきっと、あいつも嫌がってもう近寄ってきたりしないに違いない。
 そしたらもうあいつに煩わされなくて済むし、今までとおりの穏やかな生活が待っているんだ。
 知ったら、さすがのあいつも引くかな。
 僕を見る目が変わるのかもしれない。
 ―――――そりゃぁ・・・変わるか。
「あ・・・」
 油断したすきに由岐人の手からワイングラスが滑り落ちて――――ほどなぐ、ガシャンと割れた音が響いた。
「ばかっ、何やってんだよ。下の人いなかっただろうなぁ」
 咲斗が慌てて駆け寄ってきて階下に目をやる。
「ごめん・・・」
「ったく、酔ってるんだろ?ほら、危ないからもうこっち座れ」
 咲斗は心配そうに由岐人の手を引いて、もといた椅子に座らせた。
「へーきなのに」
「平気じゃないだろ」
 咲斗のグラスに伸ばそうとしていた由岐人の手は払いのけて、咲斗は苦笑を浮かべて由岐人の頭を小さく小突く。
「いたーい」

 由岐人のけらけらと笑う声が夜空に響いた。







第2章 終


■アトガキ■

ここで第2章終了です。長いお話を読んで下さってありがとうございました。
いや、本当に長かったです・・・・こんなに長いはずじゃなかったんです。スイマセン。
そして、きっと2章でシリーズが終わりだと思われていた方。
2章で咲斗や由岐人の過去がわかると思って読んでくださっていた皆様、
本当に申し訳ありませんでした。
持ち越しです・・・あぁー怒らないでT_T
一応もともとプラチナは3部作って決めていたのです。
1部咲斗×響。2部剛×由岐人。3部解決編(?)と。
でも、2部でこの二人決着つかなかった。っていうかつくはずなかった。過去置き去りだもん。そらそうだよなぁ・・・・
しかし!!3部は絶対すべての謎(?)が解決していきます。完結ですからね、一応。
でも、そんな事言ってまた彼らを書くと思うんですけど、とりあえずはそこで一区切りって思っているので。
ご立腹の方も多数おられると思いますが、どうかどうかもう少しお付き合いいただければ幸いでございます。
そんなこんなで、お怒りも含めて感想いただけるとうれしいです。
でも、打たれ弱いので、お怒りは優しめでお願いいたしますっ>_<

今回は由岐人と剛にも重点を置いていたのですが、どうでしたでしょうか?
また、響の第一歩もどうでしたでしょうか?もっと上手く書けたのでは…と少し心残りも。
想いがうまく伝わったのか少し心配なんですけど。



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