「ちょっと、そんなに飲んで大丈夫?」 「るせーっ」 はぁ!?何!?この僕に向かって何その口のきき方。 ―――――ったく。 もう何回目なんだろ、っていうくらい僕の口からはため息が洩れる。 可哀相だと思ってついつい付いて来てしまったのが間違いだったのか。飲むという目の前の男に付き合ってしまったのが間違いだったのか。 飲み出して何時間たったんだろ?すでに終電は無い時間になってしまってるし。 この男は、店に入ってすぐにビールをガバガバ飲みだして、そんな無茶な飲み方するから潰れだすのも早かった。 だいたい僕はこんな安い居酒屋のお酒なんて口に合わないんだよね。料理もおいしくないし、店はうるさいし。僕の好みとしては、もっと静かなところでおいしいお酒とあっさりとした食べ物なんかがさり気なく出されるような店が好きなんだけど。 「・・・お前なんかに、俺の気持がわかってたまるかっ」 「はいはい」 もう何回も聞いたよ。 いい加減鬱陶しい。僕は適当に返事して、おしくもない軟骨のからあげをひとつ口に放り込む。 「あいつ――、・・・あの野郎のとこで住むって」 「そうだね」 そうなんだよねぇ、ほんとはそっちもちょっと心配なんだよね。咲斗、結構思い込んじゃうと周り見えないし、人の話聞かないし・・・・・・・無茶してないといいんだけど。 「あいつ、・・・・・・あの野郎の事―――っ」 「うん、そうだね」 あれはもう、惚れちゃってるねぇ。完全に。咲斗の思うつぼ。望みどおり。上手くいっちゃってる。 「やっぱ、やっぱそうなのかぁーっ!!」 ちょっと、叫ばないでよもう恥ずかしいなぁ! あぁーあ、泣き出す?もうやめてよね。さっきからぐだぐだと同じことばっかし言って、もうこれだから酔っ払いは嫌い。 「別にいいんじゃない。それとも何?大事なお友達が男に走ったのが我慢できない?」 「ばかにすんな!!俺は、そんな器量の狭い男じゃねー」 酔っ払いはうつぶせになっていた顔をガバっと上げて、怒鳴ってくる。その目、半分は閉じて来てる気がするけど。 でも、意外。 気持悪りーとか言い出すタイプかと思った。男なんて考えられないとかなんとか、言ってなかったっけ? 「あいつが、幸せなら、どっちでもいいんだ」 ・・・・・・あっそ。 「ならいじゃない。祝福してあげたらー」 「・・・・・・・・・・・・お前には、俺の気持はわかんねー」 それ、何回言うつもり? 「あいつにはさ、色々あったんだよ。家庭の事情ってやつー?お前は知らないだろけどさ」 知ってるよ、バカ。 「でも、響って意外と人当たり良くない?」 なんだか、あまり暗い過去ってやつを感じさせないんだよねぇ。 「ああ、あいつはすっげい人当たりいいし、いつもけらけら笑ってるような奴だったぜ。昔からな―――でもさ、ぜーんぶ見せかけなんだよ」 「―――見せ掛け?」 「そ。ちゃんと壁があって、そっからは誰にも踏み込めないし、踏み込ませない。キッチリ線引かれててさ。それに――――・・・笑ってるけど、本当は全然笑ってないんだ。どんなに笑って見えてても、楽しそうにしてても全部うわべだけ。いつも冷めてた」 「・・・へぇ・・・」 え・・・・・・おいおいっ!ちょっとなんでいきなり涙ぐむの!?今の話の中の、どこに泣くところがあるのさ! 「ちょっと、なんでそこで泣くのっ?」 「――――お前にはわかんねーよっ」 ―――――いい加減むかつくんだけど! 「あのねっ!」 「あーあ・・・・・・俺以外になつかなかったあいつが・・・・・・『このままでいい』って言った時のあの顔!ああー思い出すだけでむかつく!!あんなにやけた野郎の者になるなんてっ!!」 「・・・・・・・・・にやけたって、僕も同じ顔なんだけどね」 「おめーは、嫌味な野郎だ」 「―――君のくだらない愚痴に付き合ってあげている僕に、よくそんなこと言えるね?」 「・・・・・・・・」 「帰るよ?」 「待てっ!」 おどしかねて軽く腰を浮かせてやると、酔っ払いは慌てたように腕にすがり付いてくる。 「見捨てていくのかよ〜。こんな傷心な男を置いて」 「その、傷心の理由が、全然わかんないんだけど?」 「・・・・・・・・・」 「君たち付き合ってたわけじゃないんだよね?君が振られたってわけでもないよねぇ?」 「・・・・・・ああ」 「ただ友達に恋人が出来ただけだよね?」 「あいつは、ただの友達なんかじゃない!!」 「はぁ?」 「・・・・・・・・・・・・俺は、俺はなぁ!――――・・・手塩にかけた娘を嫁に出したような気分なんだ!!」 ―――――はぃ!? 「あー全然なつかない、ほんとに困ったちゃんだったあいつを、ちゃんと笑えるようにしてさぁ。一人前にしたのは俺なんだぜ〜。一緒にバカやったりしてさ、楽しかった青春!これからだってまだまだ遊べると思ったのに。あんな男に引っかかるなんて!!箱入りにしすぎたのかなぁ!!なぁなぁ、どう思う!?」 こんの酔っ払いは―――バカだったんだねぇ・・・・・・・・・・呆れて、呆れすぎて、文句も出ないよ!! 僕は、いつまでの腕に縋ってくる酔っ払いの手を振り払って、自棄酒のように目の前にあるまっずい酒を一気に煽る。 いらいらするっ!! 「よく友達にそんな風に思えるよ」 「―――なにが?」 「だって、所詮他人でしょ」 他人のためにそんな風に思えるなんて、僕には理解できないね。肉親だって、裏切ったり裏切られたりするのに、ましてや他人なんて。 何が嫁に出すような気持ちなんだか、ほんとにバカじゃないの!!その頭は飾りもんかっ! 「なに?」 何僕の顔じっと見てるの?金取るぞ、酔っ払い。 「・・・・・・お前」 なんだよっ。 「・・・・・・・・可哀想な奴だな」 ―――――っ!! 僕は思わずそこにあった飲みかけのビールを、思いっきりかけてやった。 頭に来る。 僕だって暇じゃないんだよ? 今日だって仕事あって。 どうせ咲斗は出てないだろうから、本当は僕は絶対出なきゃいけなかったのに。 僕が、可哀想だって思って、 付き合ってやったのに。 どうして僕が可哀想なんて言われなきゃならないわけ!? 「おーい!由岐人!!待てよっ」 ちょっとこんな往来で大声出して人の事呼ぶな!!人が見てるだろうが!お前は酔っ払ってるからわけわかんなくていいだろうけど、僕に恥をかかすな。 あーもう本当、頭にくる!!頭にきすぎて、僕の足はどんどん早くなる。 「おいって!!」 無視無視。 あーあ、こんな気分で仕事なんて出る気もしないし、もう帰って不貞寝でもしてやる!! 「おい、待てって!」 「痛いっ」 追いつかれた。 むかつく。 「そっちが待たねーからだろっ!」 酔っ払いは、酒臭い上にビールくさい。そんなくさい身体で僕の腕を掴んでるのだって、むかつく。 「なんで待たなきゃいけないだ」 「あのなっ!いきなり人にビールかけて出て行って、言うセリフはそれしかないのか!!」 「ないね」 あるわけがない。そんなの自業自得だろ。 僕は目の前の酔っ払いを無視して先へ行こうとすると、酔っ払いのくせに強い力で腕をしっかり取って、僕は振り払えない。 「そっちじゃねー、こっち」 「はぁ?」 酔っ払いは僕の腕を掴んだまま、どんどん勝手に歩き出して。僕は引きずられるように後をついていくしかなくて。 なんでこっちがいい様に扱われてるのか、本当にむかつく。酔っ払いの分際で。年下の、学生のガキのクセに。 凄いむかつくのに、腕を振り解くこともきでなくて、僕はそのまま近くの公園までひっぱって行かれて、やっと腕を離される。 あーあ、赤くなってんじゃん!! 酔っ払いが掴んでいたところはくっきりと赤くなってしまっていて、僕は思わず睨みつけてやる。それなのに、酔っ払いは僕のこと完全に無視して、着ていたTシャツを脱ぎ出した。 「ちょっと」 公園にある水道の蛇口を勢いよくひねって、水が大きく吹き上げる。僕はかからないように慌てて避けると、酔っ払いはそこに頭を突っ込んで。服も一緒に洗ってしまう。 その身体が、結構良いガタイ―――――酔っ払いの分際で。 まだ春先なのに、確かに今日はちょっと暖かいとはいえ、風邪ひくんじゃないの?いや、いっそ風邪引いて再起不能になって寝込めばいいんだ。あ―――ばかは風邪ひかないか。 残念。 「はぁ〜さっぱりした!」 「良かったね。じゃあね」 「だから、ちょっと待てって」 「何?」 ちょっと、濡れたTシャツ振り回すな!水が僕にかかるだろ? 「なんでいきなり、怒ってるわけ?」 「・・・・・・・・・・別に」 「別に?」 「別に怒ってない」 「怒ってもないのに、俺はビールかけられたわけ?」 「・・・・・・そうだよ」 悪いかよ。ほんといらいらする。酔っ払いで失礼でむかつく男を思いっきり睨み続けてるのに、全然意に介してないその態度が、さらに僕をいら付かせてる。 普段こんなにイライラを表に出すことなんてないのに、ちゃんと外面良くしていられるのに、今日はなんだか、我慢がきかない。 上手くコントロールできない、そんな自分にも苛立つのに。 「あのさ、「可哀想」って言われたのそんなに腹が立った?」 ―――――・・・っ 「・・・・・・・・・図星だった?」 僕は思わず利き手を振り上げた。けど、その手が酔っ払いに届く前にその腕に受け止められてしまう。渾身の一撃だったのに! 何、その余裕のにやけた顔!! 「だから、そうやって暴力に訴えるなよな」 ―――――むかつく!むかつく!!むかつく!!! いつまで人の腕掴んでるんだよっ。何こいつ。もうやだ。こいつといたら全然ペースが乱れる。大体僕がこんな酔っ払いに付き合ってやる事ないんだよ。 「離せよっ」 酔っ払いが器用に片眉を吊り上げて、苦笑を浮かべる。 「っ痛!!」 僕は本当に頭にきて、思い切り足を踏みつけてやった。酔っ払いはそうとう痛がってる。ざまぁみろってんだ!! 酔っ払いが思わず腕を離してくれたので、僕はそれを幸いと、くるっと身体を反転させて。 「っ・・・待てっ・・・・・・てば・・・っ」 「いい?二度と僕に話しかけんな!!」 僕はこれでもかなりお高いホストなんだから。1回飲みに付き合うのだって順番待ちにしてる女が一杯いるんだから。 ばかにすんな!!誰が可哀想だよ。 ―――――僕は可哀想なんかじゃない!! 「待てっ!」 追いついてきた酔っ払いが、またも腕を掴んできて、僕は捕まれなかった方の腕を振り上げながら振り返って。 「・・・・・・あっ!」 てっきり、さっきみたいに受け止められると思ってたのに、振り上げた手は、勢いのままに見事に酔っ払いの胸にヒットする。 僕はびっくりして、思わず酔っ払いを見上げる。謝る気なんて全然ないけど、拳で殴ったんだ、結構痛かったはず。 痛がってるか、本気で怒ってるのか、何故かわからないけど、ちょっとびくびくした気分で見上げてしまう。 「何・・・?」 なんか、酔っ払いがバカみたいな顔してる。 「――――――泣くなよ・・・・・・・」 ―――――はぁ? 「ばか。俺が悪かった。だからさ、泣くなよ」 そう言って酔っ払いは、こともあろうに、この僕を抱きしめてきた。 何言ってるの?僕は泣いてなんかないよ。っていうか、今まで泣いたことなんてないんだから。 そのビール臭い身体を僕にひつけないでよ!! 濡れた胸も、冷たい! 「そっかぁ。お前も寂しいんじゃん」 ちょっとちょっと、さっきから何言ってるの?ばかじゃないの?寂しいってなんだよ。 「兄ちゃん取られて寂しんじゃん」 全然意味わかんない。まぁ、酔っ払ってるから仕方ないのかもしれないけど、わけわかんなすぎ。 「由岐人にはさ、恋人とか大切な人とかいないのかよ?」 おいおいおいおい、なんで酔っ払いにこの僕が呼び捨てにされなきゃいけないわけ?何考えてんの、こいつ。 僕が黙って呆れかえっていると、勘違い酔っ払い野郎は勝手に解釈して。 「あ・・・いないんだ?そっかぁー、じゃぁお兄ちゃんを響に取られてふててんのか?」 「あのね、僕は、君と違って、心から、祝福してる、の」 どうもわかってない様だから、僕は言葉をわざわざ区切って言ってあげる。 「祝福してるんと、寂しいのはまた違うだろ」 ―――――・・・違う?いいや、違わない。 僕はずっとずっと、咲斗の横にいて、前の恋も知ってて、悲しみも知ってて、響への思いも知ってて、ずっと味方だったし、応援してた。 この結果は、僕自身だって望んでた事だし、良かったって本心から思ってる。 「そんなことも、わかんねーのか?」 わかんない。酔っ払いの言葉は、僕には全然理解できないもん。ガキの言葉は大人にはわかんないんだよ。 「じゃぁ、俺が由岐人の友達になったる。な?」 「・・・・・・・・・いらない」 なんだその思考回路。全然理解不能。 第一、僕は友達なんていらない。そんなもの世の中に存在なんてしない。しかも、お前なんて願い下げ。 それに僕は他人なんて信用してない。 「そういうなって。恋人には・・・・・・なってやれねーから自分で見つけろよ?」 ―――――ブチって、ほんとに言うんだ。漫画の世界かと思ってたけど。 僕は思いっきり、酔っ払いの向こう脛を蹴りつけてやった。 「いっでぇ―――っ!!!」 これで酔いも冷めたんじゃないの?ってくらい大声上げて、酔っ払いはその場にうずくまっちゃった。いい気味だね。 僕は酔っ払いを見下ろす。うん、正しい立ち位置だね。 「恋人?君にそんな価値あるの?―――寝言は寝て言って」 「んだよっ・・・っ、おちゃめな冗談だろ?」 「その手の冗談は大嫌いだ」 「わかった。悪かったよ。っとに、痛てー。絶対痣になってるぜ。ったく、暴力に出るなっつってんのに」 やっぱり、いらいらする。 こいつといるとイライラするし、なんか今日はもう全部嫌だって気分になる。 「なぁ、飲みなおそうぜ。まだ始発走るには時間あるし」 「冗談。僕はタクシーで帰る」 これ以上付き合ってられないってのが、僕の本心。 なんだかもう、全部忘れてベッドに潜って眠りたい気分になってきた。 「待てって」 酔っ払いは、乾いていないTシャツを着るのは諦めて、慌ててシャツだけ羽織って、追いかけてくる。 バーカ。 公園の出口で僕に追いついてきたけど、残念。 「携帯、さっきのところで落としてたよ」 「え!?」 向こう脛蹴られて飛び上がった時、パンツの後ろポケットから携帯が滑り落ちていたのを、僕は今になって言ってやる。 取りに戻ってる間に、僕はさっさと帰ればいい。 「まじ?」 「まじ」 「なんで今言うかなぁー」 作戦だもん。 「えっ!?」 酔っ払いに腕を掴まれた。 「どうせその間に逃げる気だろ?」 「―――っ」 「その手はくわないよ?」 「離せ!!」 むかつく!!むかつく!!!むかつく―――!! 何その、へへんみたいな顔。何、なに、なに―――!! 「痛いっ!離せ、ばか!酔っ払い。人攫い!!」 「おい、なんだよその、人攫いってのは――――あ、あったあった、あれ?なんか着信が・・・、あっ、響からだ!」 「え?」 響から?なんだろ。咲斗、響に携帯返したんだ?上手くいったのかな? どうも留守電が入ってたらしい、酔っ払いは留守電を聞いてる。僕も聞きたいなぁ。 「・・・どうした?」 なんか、顔変だよ?酔っ払い。 「――――・・・咲斗から」 「咲斗から!?で、なんて?」 「―――朝になったら、響の事迎えに来いって。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どういう事?」 一瞬で酔いが冷めた顔になった酔っ払いを、僕も呆然と見上げてしまう。 「――――うそ・・・」 迎えに来いって、咲斗、響の事手離すの? ―――――あの、バカ!! 僕は慌てて踵を返す。何かがあったらしい。それも、大変な事が。 「戻んのか!?」 「当然でしょ!!」 「俺も行く」 「来るな!」 「来るなって言われても、迎えに来いってあるし」 「そんなの嘘だ」 「嘘じゃない」 「だって、ありえない!咲斗が響を手離すなんて、絶対ありえないんだから!」 ありえるはずない。そんなことしたら、咲斗は絶対後悔するから、僕は何があっても止めなきゃいけない。 絶対咲斗―――泣くから。 「由岐人・・・・・・いい奴だな」 「――――お前、頭沸いてるのか?」 いい奴!?この僕が?そんなこと言われた事もないね。大体、冷たいとか、薄情とか言われる。裏切り者ってのもあったし、何考えてるかわかんないとか、お前の我侭にはついていけないとかもあったな。・・・・・・・・ろくなこと言われてないじゃん僕。 「だって、いい奴じゃん」 止めろ!僕は―――いい奴なんかじゃない。 「――――」 僕は、酔っ払いを無視した。無視して大通りでタクシーを止める。 酔っ払いは当然のように、横に乗ってきて、放り出したいけど揉めてる時間もなんだか惜しい気がして、それに、どう言ったってこいつは付いてくる。 本当にむかつくから、出来れば一緒になんていたくないのに。 だって、なんだか全部見透かしたみたいな顔してる。 今だって、 ほんとは、ほんとの本当は、ちょっと複雑な心境。 よくわからない気持が心の中を渦巻いていてる。 咲斗は好き。大事な兄で、やっぱり僕の半身。だから絶対幸せになって欲しいけど――――――― 「大丈夫だって」 酔っ払いが、急に優しい声で。 肩を抱かれる。 嫌だけど、すっごいむかつくけど、今は、その手を、何故か僕は振り払えない。 アトガキ 由岐人クン書いてて、とっても楽しかったです^^我侭、俺様、女王様な性格なんです。 そんな彼の、内なる思いなんかが伝わるといいなぁなんて思います。どうでしたでしょうか? 本当は剛メインの話の予定だったのに・・・・・・・・ 第2章は、彼らの事をもう少し触れて話を進めていきたいなぁと考えてます。 |