聖夜・・・剛と由岐人
その日、剛は夜中の3時まで響の働く店でちびちびと酒を飲んで時間を潰し、それから咲斗、由岐人のホストクラブの1号店へと歩いて向かった。 1号店にたどりついたのは、3時15分ころだった。まだ店内はざわついていて、剛と入れ替わるように最後の客が店を後にしていった。 剛は、1号店では社長である咲斗を殴った男として周りから興味深げな視線を浴びて、少し居心地の悪い思いをいながら咲斗を待っていると、咲斗は少し慌てた足取りで中から出てきた。 「ごめんね、待たせて」 「いいよ。忙しそうだな」 「まーね。おかげさまで。――――タクシー回しておいてくれた?」 前半は剛に向かって肩をすくめて、後半はレジを閉めている高崎に向けられた言葉。 「はい。外で待っています」 「ありがとう。じゃぁ俺は行くね。後よろしく」 「はい。お疲れ様でした」 高崎が一礼する。 「みんなも、お疲れ様」 「「「お疲れさまですっ!」」」 咲斗がフロアに向かって声をかけると、フロアに残っていたホストたちがいっせいに頭をさげる。それに咲斗は笑顔で手を振って、気をつけて帰ってね、と言葉を残して、剛を促してタクシーへと乗り込んだ。 「大変だな」 普段目にする咲斗とはまったく違う空気をまとった咲斗に、剛はそう言葉を投げた。それ以外、言葉がないというのも正直なところなのだが。 なんか普段のむかつくニヤけた男ってイメージと全然違った。やっぱりちゃんと仕事していて、人の上に立っている男の顔だったから。なんだかちょっと胸がもやもやした。・・・男として。 「んー、まぁね。ほんとはそろそろフロアに出るのは止めたいんだけどね」 そんな剛の心のうちを知ってか知らずか、咲斗は少し困ったような笑顔を浮かべた。 「そうなのか?」 剛には少し意外だった言葉に咲斗を見ると、咲斗は肩をすくめた。 咲斗としては、本当ならもう高崎や、フロアにいるホストたちに全て任せてしまいたいのだけれど、いまだにどうしても咲斗じゃないと、と言う得意客がいて。咲斗は、こう言ってはなんだが仕方なくフロアに出ていたのだ。そしてその事、自分たちだけでまかなえない不甲斐なさに高崎は申し訳なく思っていた。別にそれを咲斗がどうこう思っているわけではないのだが、今フロアにいるホストたちのためにも、そろそろ完全に身を引きたいとは咲斗は思っていた。 そのためにも、自分の客は出来るだけ他のホストに紹介して、そのホストの客になってもらうようには仕向けているのだが、中々思うようにははかどらなかった。彼女たちにしてみれば、社長である咲斗の客であるということが、プライドを満足させているのだから。 「大事な人がいると、身が入らないんだよね」 けれど咲斗は、どうしても響の顔が頭に浮かんでしまって。接客していても言葉が上滑っているのを感じていたのだ。 今日だって、客の相手をしながら、響とこれから一緒に過ごす時間の事ばかり考えていた。そんな調子ではいつか失敗をしてしまうという危機感もあって、出来るだけ早く表から退きたいのだ。 「ああ、ここだよ」 10分ばかり走ったところでタクシーは止まった。そこが2号店だ。 「すぐ戻りますから、待っててください」 咲斗はタクシーの運転手にそう告げると、2号店の中に入っていった。 そこもまたついさっきまで客がいた事をうかがわせる状況だった。中には何人か残っているホストが掃除していた。どうやらそれが下っ端らしいと、そのときになってようやく剛は気がついた。 「お疲れ様です」 咲斗の姿を認めて、2号店の店長である拓人が頭を下げる。すると店内に残っていたほかのホストも口々にお疲れ様です、と咲斗に挨拶をして。後についている剛に不審気な視線を投げかけた。 「由岐人、いる?」 「はい。あちらに」 拓人はそういうと、奥へと視線を向けた。そこには、ソファにぐったりと寝そべる由岐人の姿があった。 「また、随分飲んだね」 「はい。お客様がいらっしゃるまでは普通にしてらっしゃったので、大丈夫かと思ったのですが・・・帰られた途端に」 「そう。いつもごめんね」 「いえ。由岐人さんのおかげでうちの売り上げは跳ね上がりますからね」 拓人が笑顔で言うと、咲斗もそれはそうだと笑顔をもらした。 由岐人がいるだけで場が盛り上がって、他のホストもがぜんと張り合うものだから、由岐人のいる店は売り上げがグッとあがるのだ。 二人がそんな話をしていると、剛はつかつかと由岐人に歩み寄って由岐人をゆすった。 「由岐人、帰るぞ」 「ん・・・、ああ・・・?」 ぼんやり目をあけた由岐人が、剛の姿を認めて一瞬固まった。 「え?」 「迎えに来たんだよ。ほら、帰るから立てよ」 剛は由岐人の腕をとって、ソファから立たせようと抱きかかえる。そんな姿を見ていた拓人は、小声で咲斗に尋ねた。 「あの、あの人は?」 「ん?んー・・・」 その問いに、咲斗は少し考えて、曖昧な笑顔を浮かべて首を振った。言えないというわけではない。まだ、剛を形容する言葉が見つからなかったのだ。 きっとまだ恋人ではない。だからといって、同居人でもないし、友人としてしまうには違うだろうし。だから、なんと言っていいのかわからないのだ。 「迎えって何?」 「由岐人がべろべろになって一人では帰れないから、俺がお迎え。いいから立って」 「頼んでないっ」 「うん、頼まれてない」 少し舌が回っていない口調ながら、いつもの由岐人らしい言葉を吐くと、剛はそれはそうだとうなづいた。確かに、頼まれた記憶はない。頼まれたのは、咲斗からだった。 それは、剛がクリスマス前に由岐人に何をあげればいいのか悩んでいて、思い切って咲斗に尋ねた時のこと。 「プレゼント?」 「うん、由岐人になんかやりたいなぁって思うんだけどさ。俺まだ学生だし、引越しで貯金も使っちまったし・・・。なんか、いい方法っていうか、いいのっていうかないかな?」 「あーなるほどね」 咲斗が軽く頷いて、少し考えてから口を開いた。 「んーじゃぁさ、迎えに来てあげてよ」 そういいながら、剛がたまたま掴んだ響のTシャツを手の中から触るなっと奪いとる。 「・・・迎え?」 その大人げない行為に剛は内心はため息をつきながらも、今は相談にのってもらっている立場なので、ぐっと我慢する。 「うん。由岐人、クリスマスの時はいつも無茶飲みするんだよね」 キッチンで響がパタパタと洗い物をしている。その姿を眺めながら咲斗は洗濯物を畳んで、なぜか剛もそれを手伝わされていたのだ。 「もうべろべろになっちゃってさぁ。――――だからさ、迎えに来てあげて欲しいんだ。それと、ケーキでも買ってあげてよ」 「え・・・そんなんでいいのか?」 剛は洗濯物の山から慎重に響のものを避けて、無難なタオルとかを取り出して畳んでいく。 「そんなんが、いいんだよ。ケーキがあって、出来ればささやかなご馳走があって。メリークリスマスって言って家で祝える、そんなのがいいんだよ」 剛が少し視線を上げて咲斗に目をやると、その瞳は切ない色をしてまっすぐに剛を見ていた。 咲斗にも由岐人にも、普通のクリスマスが訪れる事はなかったから。特に由岐人は、好きになったあの人には家庭があったから、クリスマスを一緒に過ごした事は一度もなかったはずだ。 「俺は結構適当に遊んでたけど・・・あ、これ響には絶対内緒ね!しゃべったら殺すからねっ――――由岐人は結構真面目で、そういう事しなかったから。好きな人と一緒にクリスマスとかしたことないんじゃないかな」 その寂しさがあるから、クリスマスはいつもバカみたいにはしゃいで無茶に飲んで、潰れてしまう。溺れる子供のようなその姿が、いつも咲斗には痛々しかった。 「わかった」 剛はなるほどと、頷いた。 普通のクリスマス。そんなものは剛にとって当たり前で。いつも家に帰れば当然のようにケーキとご馳走があって、プレゼントもあって、あったかい家族があった。それが当たり前だったから、何か特別な事をと考えていたのに、そうじゃなかったんだ。 由岐人に必要な事は、そういうことではないんだ。特別じゃない、普通の事が由岐人には特別なんだ。 そう思うと、剛の胸は少し切なく痛んだ。 「・・・そっちは、どうすんの?」 響を横目に剛は小声で尋ねてみる。響も由岐人とはそう事情が変わらない。響にとってもクリスマスは家族で祝うものではなかったから。 「ホテル取ったよ。まだ響には内緒だけどね。でも、週末は家でゆっくりするつもり」 少し心配になって尋ねた剛の言葉に、咲斗は嬉しそうににっこり笑って言った。本当に幸せさそうに。きっと響に聞いても同じように幸せそうに笑うに違いない。そう思った剛の口からは自然とため息が洩れた。 ――――はぁ・・・ 由岐人がこんな風に笑ってくれる日は一体いつになるのか、こんな甘い空気を漂わせる様になるにはどれだけの時間がかかるのか、剛はまだ見ぬ遠い日に、ため息をつかずにはいれなかったのだ。 「どうした?」 そんな剛に思わず咲斗が首を傾げると、剛はちょっと力なく首を横に振った。すると、フッと咲斗が真面目な顔をした。 「由岐人を、よろしくね?」 「え?」 急にトーンが落ちた咲斗の声に思わず顔を上げると、咲斗の少し影を落とした顔が剛を見ていた。剛の様子に、咲斗は少し心配になったのだろう。素直になれないでいることも、それが剛を困らせている事も、咲斗は十分承知しているから心配になる。 「ッたり前だろ!」 けれど剛はそんな咲斗の心配を跳ね返すように、ふんっと鼻息を荒くした。 確かに中々うまく進めない事には正直凹む時もあるけど、でも諦めるとかそんな事を考えた事はないのだ。嫌いにもなれない。それどころかますます好きになっていくのだから、どうしようもない。 ――――と、そんな事があっての、今なのだ。 「由岐人、俺はもう行くから。我侭言わないでちゃんと帰りなよ、いいね?」 咲斗は由岐人の顔を見て、ちょっと念を押すように言うと、由岐人は文句を言うために少し開きかけた口を、不満そうにつぐんだ。 「じゃぁお疲れ」 咲斗はそんな由岐人は相手にしないとばかりに拓人の肩をぽんと叩いて言うと、拓人もお疲れ様でしたっと、頭を下げた。それに見習って残っていたホストもいっせいに頭を下げた。 「気をつけて帰ってねぇ」 咲斗は上機嫌に笑って手を振って、消えていった。 「さて、俺らも帰ろう」 「あ、タクシー呼びます」 拓人はいまいち剛が誰なのか何なのかわからないのだが、咲斗が連れてきた人で由岐人もよく知っているらしいその相手に、とりあえず丁寧に接する事に決めたらしい。 「一人で帰れるのに・・・」 「そーいうなって。帰って、ゆっくり寝て、明日は一緒にケーキ食おうぜ」 「え?」 由岐人が弾かれたように剛を見た。 「ケーキ。買っておいたんだ。生クリームのイチゴが一杯乗ってるやつ。チキンもあるぜ」 剛がニマっと笑うと、由岐人は一瞬言葉に詰まって、フイっと顔をそむけた。その顔が少し泣くのを堪えている子供のように見えて、剛は思わず握っていた手に力が入ってしまう。 「ケーキなんて、今日いっぱい食べたよっ」 そう言う由岐人の、その目尻あたりが少し赤くなっていた。 「いーじゃん。俺の買ったやつの方がうまいって」 「・・・・っ」 「な?」 「タクシー来ました」 剛の言葉に、由岐人が何か言い返そうと口を開きかけたとき、今度は拓人の言葉に邪魔されて、やっぱりまた由岐人は開きかけた口を黙ってぎゅっと閉じた。 少しとがった口が、どうやら照れ隠しらしくって、剛は思わず忍び笑いを漏らしながら由岐人を抱えて立たせた。 その腕を、由岐人が抗う事はなかった。 由岐人はそのままタクシーに揺られて。そして剛に抱えられるようにして家に帰ってきた。 風呂は?と聞かれたけど邪魔くさくて、いらないと答えたらそのままベッドに、バスっと落とされた。 由岐人は仰向けに寝転んで、じわっと伝わってくる冷えた布団の感触が、少し気持ちよかった。由岐人は自分でもどれくらい飲んだのか、さっぱり分からないぐらい飲んでいて、頭はぼーっとするし身体はほてっていた。 「大丈夫か?」 ベッドでぼーっと天井を眺めていると、剛が水を持って戻ってきた。 抱えるように上体を起こされて、コップを持ってもらって飲ませてもらった。まるで、病人にようだなと思えて、ある意味病気みたいなものかと笑えた。 再びベッドに落とされて、首にかかるネクタイに指をかけらてて――――スルっと解かれた。 「・・・やっ!!」 考えてなかった。頭よりも先に体が反射的に動いて、剛の腕を跳ねつけた。はねつけて、身体を抱えるみたいに丸くなって横向きになってみて、初めて自分のしてしまった事にハッとした。 「あ・・・・・・・・」 ――――・・・なんで・・・今、なにを・・・ 頭上で剛のため息が聞こえて、身体が震えた。 ――――行かないでっ・・・やだっ! そう、思ったのに。身体は動かない。 どうして身体がこんな風に反応してしまったのか、由岐人にはわからなくて、わからないからどうしていいのかわからなかった。 ただ怖かったのだ。嫌いな人だったら、なんとも思っていない人だったら、身体を触れられてもきっと平気でいられるのに。 剛とはその一歩を踏み越える事が、まだ怖かった。 由岐人の気付かないところで、どんどんどんどん剛が好きになっていて。受け入れる怖さと、いつか失うかもしれないという怖さに、無意識のうちに由岐人の心にブレーキをかけていくのだ。 それなのに、嫌われてしまったのだろうかと、不安になって頭がくらくらしてくる。 そう考えるだけでもう怖くてピクリとも動けないで震えていると、剛の両腕がそのまま由岐人の身体を包み込んだ。 「なーんもしねーよ。大丈夫」 笑いすら含んでいそうな優しい声に、全身に入っていた力がフッと抜けた。 「そのままじゃ、苦しいだろ?だから着替えさせたいだけ」 剛はそう言うと、そっと由岐人の肩を押して、先ほどみたいに仰向けの姿勢に戻した。 「泣くなよ・・・」 目尻に浮かぶ涙が切なくて、剛はそっと笑っていってやった。 「泣いてないっ」 その声だって少し涙に揺れているのに。強がる事しかできない由岐人が、剛には悲しかった。本当は優しくキスくらいしたいのだけれど、今はちょっとまずそうなので我慢するしかない。 剛には由岐人が何に怖がっているのかわからなかった。好きだから怖い、そんな感情は剛には少し遠くて、無縁だったからだろう。ただ、無理強いをしたくないだけ。ただ、優しくしてやりたいだけだった。 剛はただ黙って、そっとネクタイを解いて、上着を脱がせた。 ベッドルームにあるクローゼットを開けて、部屋着を取り出して。さらにシャツのボタンに手をかけた。スルっとシャツを脱がせて、部屋着を着せる。ベルトに手がかかった。剛はなんの躊躇いもいやらさもなく、本当に事務作業をするかのように淡々と脱がすと、手早く下も履き替えさせて。 「完了」 そういってにっこり笑った。 「どう?だいぶ楽になっただろ?」 「・・・うん」 少し困った顔で由岐人が頷くと、剛は由岐人の身体に掛け布団をしっかりかけて、ぽんぽんと叩くと、立ち上がってドアに向かって歩き出した。 「え・・・っ」 「ん?何?」 由岐人の声で、3,4歩行ったところで剛が振り返ると、少し上体を起した由岐人の、頼りなげに揺れた瞳とぶつかった。 「剛は、寝ないの?」 「寝る。もー壮絶に眠いからな。でもとりあえずこれが皺にならないように掛けてくるよ。それで着替えたら寝る。すぐに来るから安心して」 ちゅっと投げキッスしてくる剛に、由岐人は思わず声に詰まった。 「っ、別にっ。・・・っ」 安心して、と言われて心の底を見透かされたような恥ずかしさに、由岐人はガバっと掛け布団を頭まで掛けて潜り込んでしまった。そんな姿勢にくすくすと剛は笑いながら、そそくさと部屋を後にした。 正直、由岐人を脱がしたのは本当に何かしようとかじゃなくて、苦しそうだから着替えさせてあげたかっただけで。由岐人の裸なんか何回も見ているし、別にどうという事はないと思っていたのに。 酒に酔っている所為か、少し上気した赤く色づいた身体と、力の抜けたしなやかなライン。それがなんとも色っぽくてなまめかしくて。それを目の当たりにした剛は、10代の男の子らしい素直な反応してしまっていたのだ。あのまま由岐人の横には滑り込めない身体の状態を、まさか言えるわけもなくて。 部屋を出た剛は、そそくさとトイレへ急いだのだった。 剛がまさかそんな事になっているとは想像もしていなかった由岐人は、ベッドでうとうととしていた。けれど、中々眠りにはつけなかった。 普段から不眠気味な由岐人なのだが、クリスマスはいつもひどかった。子供の頃、クリスマスのイルミネーションが街を飾るのが無性に腹が立って、寂しくなって。切なくなって悲しくなって、むかついていらだった。 サンタなんていない。誰もがまだその存在を信じている様な年のころから、由岐人はそんなものが存在しない事を知っていた。 大好きな人が出来てからも、クリスマスは会社のパーティーがあるんだ、という男の言葉を信じて、一緒に祝っては貰ったことはなかった。違う日に、高価なプレゼントをもらったこともあったけれど、由岐人が欲しかったのはそんなものではなかった。 望んで望んで望み続けて、得られる事のなかったたった一つ些細な願いは、まだ由岐人の中にくすぶり続けて、いつもこの時期由岐人を苦しめていた。 だからいつも無茶に飲んで、そのまま酒の勢いに任せて寝てしまいたいのだ。それなのに、今日はなんだか目が冴えていて、疲れと酒で頭の半分くらいは眠りに落ちているのに、中々完全に眠りに落ちていけない。 寝苦しくて、何度目かの寝返りをうったとき、掛け布団がふわっと少し浮き上がった。 ――――寒い・・・っ 流れ込んだ冷たい風にそう思った瞬間、あったかいものにぎゅっと包まれた。 それは剛の腕。由岐人を抱えるようにしっかりと抱きしめられていた。けれど、半分くらいは眠りに落ちていた由岐人は、そのぬくもりの正体まではわからなかった。ただ、半分夢心地の中で、その温もりがあまりにも気持ちよくて。無意識にしがみついて擦り寄って。 さっきまでの寝苦しさなんて嘘のように、急速に眠りへと落ちていった。 「・・・由岐人?寝た?」 がさがさしていたからまだ起きているのかと小さく声をかけると、さっきまでとは打って変わってすやすやと規則正しい寝息が聞こえてきた。 「なんだ、寝たのか」 剛の顔に笑みが漏れる。由岐人がなんだか気持ちよさそうな感じだから。 寝てしまっているのは少し残念だけど、確かに自分も物凄く眠いと剛は思いながら、剛もゆっくりまぶたを閉じた。 きっと起きるのはお昼ごろになるだろうから、ゆっくり起きたらお風呂を沸かして。一緒にはまだ入れないから別々だけど、その間に少し料理を温めなおして。 料理は作れないから買ってきたサラダやチキンだけど、由岐人は喜んでくれるのだろうか? 借りてきたDVDでも一緒に見て、ケーキを食べてのんびりしよう。1枚しか乗っていないチョコのプレートは、仕方ないから由岐人にあげよう。 きっと素敵で、忘れられない日になるに違いない。 今日はお酒を飲みすぎだから、お酒は取り上げなきゃなぁ・・・ その分できるだけ抱きしめていよう。 嫌がるかもしれないけど、かまうもんか。 何もなくていい。 ただ、穏やかに過ごして。 もし、少しでも嬉しそうに笑ってくれたら最高なのに・・・ でもまぁ・・・笑ってくれなくても照れてるだけってわかるから、いいか・・・ そんな事を取り留めなく考えているうちに、剛もいつしか眠りに落ちていった。 起きた時にはまだ由岐人は眠っていて。普段あまり見ることのない目覚める瞬間を堪能する事になる剛。 そして。 いつの間にか剛の鍵にキーホルダーがついていて。 それが由岐人からのクリスマスプレゼントなんだと気付いて、嬉しさのあまり由岐人をぎゅーっと抱きしめるのは、クリスマスが終わってからの事。 end |