俺は家から近い普通の公立高校に通ってる。 親は最初はやっぱり、そういう金持ち校みたいなとこに行かせたかったみたいやねんけど、しがない成金育ちの俺には、お坊ちゃん気質が合わんかってんなぁ。それでも幼稚園はそういうトコ入れられたりしたんやけどな、喧嘩ばっかりしてて親はよう呼び出されてたわ。 そしたら親も諦めてもうて、小学校からはずっと普通の公立に通ってる。 「ナツっ、おはよう」 こっちの方が全然おもろいしな。 「よっ」 こいつは俺の小学校からの友達で青木明人(アオキアキヒト)。 「なぁなぁ、数学の宿題やってきた?」 「おう・・・って、お前やってねーな?」 アキはチラっと俺を半眼な目で見てきた。そんな視線にもめげず俺は両手を目の前で合わして拝み倒す。 「当り!!頼むっ、見せて」 「ったくしゃーねぇーなぁ。の代わり世界史のレポート見せて」 えらそうにしながらアキがにやけた笑いを浮かべて言ってくる物々交換に、俺たちはニヤリと笑い合って無事終了。 俺とアキが昨日のテレビ番組の事とかで、バカな話しながら教室へと入っていくと、クラス1の噂好きの新聞部の西条が目を輝かせて話しかけてきた。こいつがこういう時は、何かネタを仕入れたときなんやけど。 「なーんか、転校生来るらしいぜ」 「転校生!?」 「そ」 まじ!?こんな時期にまた珍しいなぁ。 しかも高校にもなって転校生ってあるんやなぁと俺は妙に感心してもうたんやけど、アキはもっと違う事に興味があったらしい。 「女!?男!?」 ずいと、身まで乗り出して聞いている。 「残念、ヤローです」 西条も残念そうに肩をすくめると、アキががっくり肩を落とす。 「ちぇ〜」 「いやいや、お前彼女おるやろ」 俺は思わずツッコんでまう。チクるで? 「それとこれとは別問題やろ〜」 そうか? アキの言葉に俺はどうやろうと、ちょっと頭の中で想像してみる。 めっちゃ美人な子がもし転校してきて―――――どうやろ?圭と一緒におるよりもドキドキするはずないしなぁ。 綺麗な子やなぁ・・・くらいは思うかもしれへんけど。 それでもそんなんをイメージするよりも、圭のこと考えてる方が楽しい。っていうかなんでか綺麗な女の子もあんま浮かんでこうへんし。 あかん、なんか俺、圭一色やわ・・・ 「ナーツ?」 今何してんのやろ?朝ごはんの片付けとかかな?・・・・いや、丁度今くらいから朝ご飯食べてるかも。 そういえば俺、圭と一緒に朝飯って食べたことないかも。いつか一緒に食べたいなぁ・・・ 「ナーツ!!」 「えっ・・・・あ、何?」 完全にどっか違う世界のトリップしてもうてたらしい。いきなり大きい声で呼ばれて俺は思いっきり吃驚してもうた。 「何じゃないよ。一人で何考えてんのかしらねーけど、にやにやしてんちゃうで。しかも、数学1限目やで?」 アキのにやけた顔に、差し出されるノートを見て、思いっきり夢から覚めた! そうやった。 俺は慌ててノートをひったくった。 まじでやばい!! その直後、チャイムが鳴って朝のホームルームの時間を告げ、担任が教室に入ってきたらしい。下を向いていた俺には気付かなかったが、ドアの開閉の音がして教室が静まっていく。 そんな様子を耳で感じながらも俺は合い変わらす数学を写すのに必死だった。 「えーみんなももう知ってると思うが、今日から来た転校生や」 やっぱり。 教室に、担任の野口の声が響く。 クラスもなんやざわついてるけど、それどころやない。 なんか横浜から来たとかの紹介にクラスの女がざわめいて、ちょっとカッコイイなんて小声も耳に入ってくる。 でも、今の俺にはあと数分後には始る数学の方が先!――――なのに。 「聞いてるかぁ〜〜佐々木!!ノートを必死で写してないで顔をあげんか!!」 げっ。 上手く前の奴の背中に隠れてるつもりやったのに、アカンかったらしい。俺は慌てて顔を上げる。 上げて、そこにいる転校生を認めて。 俺は思わず立ち上がってしまった。 椅子が、ガタッっと派手な音をたてて、後ろの席にやつの机にあたる。 「なんだ佐々木。顔を上げろとは言ったが、立ち上がれとは言ってないぞ!!」 野口の呆れたような声に、クラスにも笑いが広がっていく。 でも、俺はそれどころやなかった。 思わずそいつを呆然と見つめてしまう。 だって、まさか―――― 「―――冬木!?お前、冬木譲!?」 そこにおったんは、遠縁の顔見知り――――冬木譲やった。 見間違いのはずがない。俺よりも3センチくらい高い身長に、真っ黒のストーレートの髪を6対4くらいで長めに流して、美少年の部類に十分入るこの顔。少し冷めたようにも見える印象。 「なんや、佐々木と冬木は知り合いなんか?」 野口も驚いたような顔になって、クラスはまた違う意味でざわめき立つ。 「はい。まさかここで会うとは思っていませんでしたが」 冬木も困惑顔に俺を見ていた。冬木にとっても意外な再会やったらしい。お互いに微妙で呆然とした視線が、ぶつかり合った。 その知り合いのよしみなのか、野口は冬木を俺の隣の席に座らせた。 冬木譲とはほとんど会った事はなかった。というのも、冬木は俺の母さんの姉の旦那の妹の息子やねん。 ちょっと遠すぎるし、家も遠かった。 それでも知っているのは、圭がうちの来る前に住んでいたところと冬木の家が近くて、交流があったらしい。昔圭がうちに来たばかりの頃、何回か圭に会いに遊びに来た事があって、俺とも同い年やったからその時に遊んだ記憶が微かにある。 と言うてもそんなんすっかり忘れてたんやけど、1年前、叔母さんのご主人の親が交通事故で亡くなった、そのお葬式の席で久々に顔をあわせてん。 正直子供の時の記憶はないねんけど、葬式で顔を会わした時はなんか、物静かな子やなぁって思たわ。 「物静かって・・・・お前と正反対」 帰り道、どういう知り合いやねんって聞かれたから教えてやってるのに、アキのこの言い方。 「るせーっお前だって物静かからは程遠いやろ!!」 「ははは。でも、全然こっち来てるの知らんかったんや?」 「おう。・・・・圭は知ってたんかなぁ?」 「圭ってナツん家にいる執事サン?」 「うん。圭はうちに来る前冬木とはご近所さんで、ちゃんと付き合いがあったらしいねん」 「そうなんやぁ?じゃぁなんか聞いてたんちゃうか?」 ・・・・・・・・・バカッ 軽く返してくるアキの言葉に心の中でアキに八つ当たりしてやる。だって俺、そんな話圭から聞いてへんし。 それも言うのを忘れてたんやろか? 「ナツ?」 「ん?」 「急に黙まんなよっ」 「だって、俺、そんな話聞いてへんし」 「お前なぁーそんなん言うの忘れただけやろう?何拗ねてんねん」 アキは"お前はガキか"ってけらけらと大笑いしてる。 アキは俺と圭の事知らんからしゃーないねんけど、能天気に笑う頭をしばいてやりたいっ。 ほんまに言うの忘れてただけやろか? あんまり気にしたことなかったけど、ひょっとして連絡とか取りおーてたんやろか・・・・ 「いつまでもブーたれてんじゃねーぞ。じゃぁなぁ」 「お、おう。明日なぁ〜」 またもすっかり自分の思考に漬かってしまっていたらしい。気づくとアキとの別れ道まで来ていた。 笑って手を振るアキに手を振り替えして、俺は踵を返して家までダッシュした。 一分一秒だって惜しい。 早く圭に会いたい。 会って確かめたい。 「ただいまっ!!」 「っ!―――どうしたんです?」 勢いあまって、玄関に出迎えてくれた圭に飛びついてしまった。 すると圭は慌てたように、それでもさり気なく俺の身体を引き剥がす。確かに、他の人に見られるかもってわかるけど・・・・ その仕草がちょっと寂しい。さりげに遠ざけられる感じがして。 顔を上げると、圭がちょっと困ったみたいな顔して俺を見てきて、さり気なく一歩下がってしまう。 「・・・別にっ」 それは別に圭が悪いんちゃう。 ただ、抱き締め返して欲しかったのに、とか。 おかえりって笑って欲しかったのに、とか。 キスして欲しかったのに、とか。 そんなん俺の願望やし、こんな玄関先で叶えられるわけないのに、腹立ってしまうんもたぶん八つ当たりやねん。 でも。 「ちょっ、夏様、どうしたんです?」 俺は圭のことなんか全然無視してそのまま2階に駆け上がった。 むかつく。 むかつく。 むかつく。 ガキな自分にむかつく。 こんな立場の違いにむかつく。 こんな些細な事に涙ぐみそうな自分にむかつく。 秘密にしてなきゃいけない事にむかつく。 気持ちをコントロールできない事にむかつく。 拗ねてる自分が嫌だ。 嫌なのに。 俺はそのままベッドに倒れこんでうつぶせにねっころがる。 自分の気持ちが全然コントロール出来へん。 その時、ドアがノックされて、俺の返事を待たずにドアが開いた。 こんな入り方をするのは一人だけ。だから、顔を上げられない。かっこ悪くてみっともないんは、十分に自覚してるから。 「ナツ・・・どうしたんです?」 「だから、別に」 「別にって態度じゃないでしょう?・・・・何があったんです?」 「・・・・・」 「ほら、こっちを向いて。お帰りなさいのキスが出来ないよ?」 え―――― そこ言葉に俺は首を巡らして、圭の顔を視線に捉えるとその顔がどんどん近づいてきて、ほっぺたにチュってされた。 「・・・・もっと」 俺は思わず圭に腕を伸ばすと、圭は優しく抱き締めてくれて、ちゅっちゅっと、ついばむようなキスを俺の顔に降らせてくれた。 「機嫌は直りましたか?王子」 圭が笑って。俺を見つめてくれる。 この顔が。 大好き。 「好き」 「私もですよ」 「ほんま?」 「はい。だから、ほら。ナツが食べたがっていた神戸の行列の出来るシュークリーム屋まで、買いに行ってきたんですよ」 そういって、傍らに置いてあるトレイを指し示す。 そこには確かにおいしそうなシュークリームが二つと、アイスカフェオレ。 「まじ!?だってあそこすっごい行列で・・・・・圭、並んだん?」 きっと今日も出来ている、女の長い行列に圭は並んだんやろか? そう思って見上げると、恥ずかしかったんですよ、とほんの少し耳を赤く染めた圭が冗談まじりに睨んでくる。 俺のために並んでくれたんや・・・・・・それだけで、すっごい嬉しくなってもう叫び出したくなる。 「ありがと!!」 またギュって抱きついて。 それから俺はシュークリームにパクついた。中がカスタードじゃなくて生クリームでバニラビーンズの味わいがすっごくしてて、めちゃめちゃおいしい。そしてもう一つはラムレーズンが入っていて、ラム酒の染みた味はちょっと大人な味。 今俺のお気に入りのおやつの中で5番以内に入るくらいうまい。 「で、今日は何かあったんですか?」 今俺はベッドに座って、後ろから圭に抱き締めてもらいながらシュークリームをほお張って、かなり幸せな気分やのに。 その問いかけで、一瞬胸の辺りがざわってする。 「ナツ?」 すっかり忘れてた冬木の顔が頭をよぎる。 「・・・・・・圭ってな、最近昔からの知り合いとかと連絡取ってたりするん?」 「昔からの知り合いですか?さぁ・・・・最近はあまりないですねぇ。時候の挨拶状くらいでしょうか。それがどうしたんです?」 とぼけてるんやろか?ほんまなかな? 「じゃぁ・・・あいつ覚えてる?冬木譲」 「譲クン?もちろんですよ。1年前お葬式でも会ったじゃないですか。忘れたんですか?」 名前で呼ぶとこもほんまは気に食わん。 「覚えてる」 「・・・その、譲クンがどうしたんです?」 「今日、会うた」 「会った!?え、会ったってどこでですか?」 「学校」 「学校?」 「転校してきてん」 「えっ、譲クンがですか!?」 圭はほんまに驚いたような声を上げた。 「うん・・・・・・・・圭も、ほんまに知らんかったんや?」 俺はちょっと吃驚して圭を振り返る。圭にまで連絡してへんかったってことは、結構急な事やったんやろか? 「本当にって・・・・・どういう意味です?」 ひっかかったのか、圭の言葉がすこし鋭くなる。 「え!?あ・・・・・・いや。圭、仲良かったし、なんか聞いてるんちゃうんかなぁって」 「聞いてたらナツに言うに決まってるでしょう?」 「・・・・忘れてるって事もあるし」 「・・・・・・」 「ひょ、ひょっとしてさ・・・・・今も頻繁に連絡とか取ってるんかなぁって。ほらだって、昔圭のこと訪ねて遊びに来たこともあったやん」 黙ってしまった圭に俺は何故か慌てたように口を開いた。 「やきもちですか?」 「・・・・・・・・・」 「それとも、信用されてないんですか?」 「え!?ちゃうで!!そういうつもりや・・・・・・・・・・・ない・・・」 慌てて圭の方へ向きかえると、圭はじとっと俺を見つめて、なんだか悲しそうな顔になってる。 その顔に、俺の語尾も思わずしどろもどろになってしまう。確かに、信用してなかったんかって言われたら、そうかもしれへん。 俺に黙ってひょっとして連絡とか取ってたんかなぁって心配して、ちょっと勘ぐったかもしれへん。 「・・・・・・ごめん」 「・・・・・」 「ごめんなさい。ただ、・・・・・・・・仲良かったし、あいつは俺の知らん圭を知ってるんやなぁって思うと、なんか気になるねん」 俺がうなだれて下を向くと、圭が小さく笑いを漏らして俺の頭をぎゅて抱き締める。 「バカですねぇ。私が好きなのは誰か、知ってるでしょう?」 「うん」 「ほら、顔あげて」 その言葉に俺が顔をあげると。 「んっ・・・・んん・・・・・ふ・・・・」 圭の唇が俺の口をしっかりと塞いで、舌が進入してきた。ゆっくり中を舐めていく感覚に、背中にも快感の波が伝っていく。 圭のキスは優しくて、たぶんエロい。 だって、いつも気持ちよくて、頭がぼうってしてしまうし。 なんだか堪らない気分になるから。 今だってぞくそくして。なんか腰が揺れてしまう。 「ふ・・・・、けい・・・・」 離れたとたんに寂しくなって、甘えるみたいに呟いてしまう。 「甘い」 「え・・」 にっこり笑って言われる言葉に首を傾げると、目線でその意味を知らされた。 シュークリーム。 「おいしかったです」 「・・・満足?」 もう1回したくて。 「いえ、まだ足りない」 そういうと圭の唇がまた俺の口を塞いだ。 圭も同じ気持ちなのが、うれしい。 |