手錠 -7-
「・・・まだ、その人の事、好きだんだ?」 「はぁ!?・・・あのな、俺は今譲が好きやねんけど。そう言うてるやん」 つーか、信じてへんのか俺の言葉。 「僕が東城を好きじゃないって言えば、諦めて終わり?」 「――――譲?」 待って。意味がわからん。譲は疑ってるんじゃなくて――――・・・ 「好きだった人への思いはもう終わったの?」 「終わったちゅうか・・・」 ケジメがついたって感じやな。 「・・・好きって何?好きになるって、わかんない」 時々繰り返されるこの言葉。ただ、俺は正確にその思いを理解出来てへん。 「なぁ譲?譲の中で何が不安なん?全部言うてくれな俺にはわからへん」 ずーっと何かに苦しんでいたのは、なんとなく感じてた。だから、頑ななまでに見える態度を貫こうとしているのだろうと。 けれど、その原因がわからん。 「・・・・・・」 「譲」 なぁ、全部晒してーや。全部、受け入れるから。 俺はそんな気持ちで、譲の手をぎゅっと強く握った。 「・・・僕の父さんと母さん」 「うん」 「離婚したんだ」 「――――」 ああ、そうやってんや。 なんとなく、家庭に事情があるんだろうとは分かっていた。 仮住まい、と言っていたこともあったし。それに先ほどの澤崎の言葉。 「昔はすっごく仲良しだった。週末には一緒に買い物にいったり、お弁当作って公園にでかけたりして。・・・・・・それなのに、ある日急にお母さんが出て行った。不倫してたんだ。その人が好きになって、もう父さんの事は好きじゃなくなって、一緒にはいられないって」 俯いて、とつとつと話す声。それだけで、譲がその事にどれだけショックを受けて、どれだけ悲しかったか分かった。 「でも、父さんは絶対別れないって。また前みたいにみんなで暮らせるようにがんばるって言ったんだ」 「うん」 「だから僕も頑張った。母さんがいない分家の事もして、勉強も頑張って。周りから母親がいないからダメだって言われないようにって。母さんがいつ帰って来てもいいようにって。それなのに、――――――それなのに、父さんが突然離婚するって・・・っ」 ボタっと、コタツ布団に譲のこぼした涙が落ちた。 「全然知らない人連れてきて、この人と再婚しようと思うって――――」 「譲」 俺は思わず譲に腕を伸ばしてその頭を引き寄せて抱え込んで、身体ごとぎゅっと抱きしめた。涙を耐えようと、小刻みに震えている身体が、狂おしいほどに愛おしく思える。 きっと、家族が大好きやったんやな。だから、だからこそ傷ついたんや。親の行為が裏切りにしか見えへんかったんかもしれへん。 「あんなに、あんなに仲良かったのに。なんで嫌いになれちゃうの?なんでバラバラになっちゃうんだよ。――――好きだよって言ってくれたのに、どうして去ってくのか。全然わからないっ」 「――――」 「なんで?――――なんで!?」 押し殺した様な涙声に、譲のやるせなさと悔しかった思いの強さを感じずにはいられへんかった。 だから、澤崎にしがみつこうとしたんか? 過去に、しがみついて。自分は心変わりするような大人とは違うとでも、言うように。 「ごめんな。俺にも、それはわからへん。譲の両親がアカンくなってしまったんは・・・難しい問題やもんな」 気持ちって、簡単なようで難しくて。どうしようもならへん事ってあるもんな。 「でも―――――たぶん、それは、運命の人やなかったからちゃうかな?」 「・・・運命?」 「そう。人には一人、絶対運命の人がおるやん。たぶん、澤崎にはあの少年がそうのように」 「・・・うん」 「でも、譲のお父さんとお母さんはそういう相手同士ちゃうかってん。だから、アカンくなってもうてん」 「・・・そんなの・・・」 譲の顔が、思いっきり胡散臭そうに歪められる。 「嘘やと思う?でも、俺は結構そういうん信じてるねん。だって、こうやって、俺が譲の部屋の隣に偶然住んでて、気になって、好きになってんで。こんなんもう運命としか言いようがなうやん!。しかも、もうメッチャどーしようもないくらい好きやねんで!」 「・・・・・・」 「ずーっと海外おって、ふと帰ろうかなぁって思い立って帰ってきて、探して就いた職場の近くやしって事でココに決めてん。そんな偶然が重なり合って、俺らは出会って、好きになってんもん。こんなんただの偶然なわけないやん!絶対運命やって。それに――――今なら、敦との事も、譲に会うために必要やったんやなって思える」 「・・・案外、ロマンチストなんだね」 ズズって鼻すすって、ちょっと復活したっぽい声で言う譲に、俺はちょっとおもしろくなって笑みを零した。 「男はみんなロマンチストやで」 「・・・」 「特に、好きな相手口説く時はな」 少し身体をズラして譲の顔を覗き込むと、譲は人の事胡散臭そうにじとっと見てる。そんな顔すら、もう可愛くて仕方が無い俺は、完全に譲にやられてる。 敦との事があったから、会えた譲。 うん。 これが俺にとっての運命なんや。 譲がおるから、もう過去は必要な道やったんやって思える。 「ゆーずる」 もう絶対離さへんで。 「なに」 あかん、鼻声がかわいい。ちょっと拗ねた様な声も、何もかも。 「好きやで」 俺は譲の頬にキスをした。 ――――お? 唇を離して見つめると、譲が窺うように視線を俺に向けてきた。そういう顔は、アカンやろ? 上目遣いに泣きそうな潤んだ瞳、赤く染まった頬。俺には物欲しげにしか見えへん譲の唇に、俺は今度はしっかりと深いキスをした。 大切な、大切な俺の宝物。 ・・・・・ 「いらっしゃい」 「お邪魔します」 僕は、年の瀬も迫った31日。圭を訪ねた。昨夜、圭から電話があったのだ。 "御節を作ったので、お裾分けするから取りにおいで"と。 その声は、ずっと見知ってきた優しい声で。でも、不思議とドキドキしたりはしなかった。それよりも、何故か圭からの電話に少し不機嫌になった東城和弘をなだめる方が大変で。 「なんだ、お前も一緒か」 「わりーかよ」 今日もわざわざくっついて来ていたりする。 圭と会うのは、あの日、公園で別れた以来だったので、ちょっと恥ずかしかったりもしたから、ちょうど良かったって言えばそうだけど。 圭は、電話の声と同様変わらぬ笑顔で迎えてくれた。 「あー冬木」 圭について廊下を進むと、ダイニングでお昼ご飯?を佐々木が食べていて。 「あ、こんにちは」 「こんにちわぁ〜」 佐々木がもう少し大人になって落ち着いた青年になった感じの男の人が座っていた。 「お兄さんの春哉様です。わたしと同い年なんですよ」 「へぇー」 と、言う事は東城とも同じ年齢なんだな。と、東城に視線を移すと、少し苦い顔をしていた。 「どうも・・・」 「どーも」 ・・・知り合いなんだ?そっか、圭とも知り合いなんだから、圭を通じて知り合っていても不思議じゃないか。 でもなんでそんな、苦虫噛み潰したような顔なんだろ? 「譲くんお昼は?」 「もう済ませました」 どうして名前を?と思ったのだけれど、僕はそのまま春哉さんの質問に答えた。 「だよねぇー。もう2時前だもんねぇ。そろそろお茶の時間だよねぇ」 「うるさい」 「こいつ、今しがた起きたんだよ」 「・・・」 今したが?それはまたのんびりだねぇ佐々木。大掃除とか手伝わなくていいの? 僕は多少驚きを禁じえなくて、返す言葉を一瞬見失って黙ってしまった。だって、この物臭な家事が全然出来ない東城ですら、大掃除は手伝ったのに。 「昨夜は随分寝たのが遅かったみたいやもんなぁ〜〜〜」 「いっ、色々部屋の掃除とかしててんやん!」 ・・・・くす。驚きとともに、内心僕は、笑ってしまった。だって、分かりやすすぎるよ佐々木。耳が真っ赤に染まってしまってる。 って、もしかして家族公認なの!? 「ひょんま、うりゅさいねん、にーちゃん!」 あーあ、口の中に食べ物入れてしゃべっちゃダメだよ。 「騒がしくてごめんね。御節持ってくるから、座って待ってて」 「うん」 「・・・つーかさぁ〜東城さんって兄ちゃんと知り合い?」 「ああ」 「あっ・・・」 お茶碗を持ったまま、何気なく聞いた佐々木の言葉に東城和弘はすんなり頷くと、お兄さんの春哉さんが思いっきり焦った顔になった。 「やっぱり知り合いなんやん!」 「だからっ!」 「だからちゃうわ!やっぱり兄ちゃんは嘘つきや!!」 なになに? 「違うねんって。あん時はホンマに忘れててんって。だって、会ったんかってそんなちょっとやし、だいぶ前やし!」 「いーや、兄ちゃんの言う事はもう絶対信じへん!!」 まだご飯を食べているに叫ぶから、佐々木の口からは米粒が数粒飛び出していく。それにもめげず、お兄さんはなにやら下手に出てるけど・・・・・・佐々木はそのお兄さんは足蹴にする勢いだ。 「信じへんって・・・っ」 「あの事だって黙っててくれへんかったやん!」 あの事? 「だから、あれは俺が言うたんじゃなくって、あの時はもう圭は帰って来てて俺とナツの話を立ち聞きしててんやって」 「そんなん圭、言うてへんかった!!」 兄弟げんか・・・だよね?僕はなんだかその勢いに、呆気に取られてしまう。だって、兄弟げんかなんて目の前で見たのは初めてだし。 なんかお兄さんの方が弱いし。 「でも、そうやねんって!!」 うーん、佐々木って結構甘やかされて育ってそうだなぁ。 「いーや、もう兄ちゃんなんか信じへん!」 「ナツ〜〜〜」 「なんですか、情けない声をだして。仮にもお客様の前ですよ」 「圭ぃ〜〜お前なぁ!!」 「兄ちゃん!圭の所為にすんなっ」 「ナツ〜」 ・・・・・・・・・・・・・・・面白い。 そっか、圭はこんな中にいたんだ。佐々木は、こういう家で育ったんだ。そっか・・・・・・あったかいよね・・・ ―――っ! 東城和弘がテーブルの下で、僕の手をぎゅって握り締めてきた。恐々横目に東城を見ると、穏やかな笑み。僕と目が合うと、スーっと身体を近づけてきて。 「おもろい一家やな」 ボソっと呟かれる声に、僕も笑みを漏らしてしまう。 なんかちょっと、心が冷たくなっていきそうだったのに、うん。もう大丈夫。 ちょっと羨ましいけど、僕は僕だよね。 「なんか、お兄さんが1番弱いね?」 「ああ。なんか、澤崎が1番強くないか?」 「ほんと」 こそこそと、目の前で繰り広げられるドタバタ劇の観客になって呟き合うのも、いいよね。一人じゃないもん。 「ナツも、食べながら叫ぶんじゃありません。―――――うるさくてすみませんね。どうぞ」 圭は佐々木にお小言を言いながら、こちらに向かって紅茶とシュークリームを出してくれた。 「あ、ありがと」 「いいえ。―――煮しめがもう少し冷えたらお重に詰めるから、もう少し待っててね」 「うん」 正月の手作り御節なんて久しぶりだーってちょっと嬉しくなってる僕の横で、東城は複雑そうな顔をしてる。 「澤崎の手料理かぁ〜〜」 「嫌なら食べてくれなくていいですよ」 「東城っ!」 てっきり機嫌も直ったと思っていたのに、家で散々繰り返した言葉を口にして、僕は慌てて割ってはいる。そんな僕に東城は視線を向けて、やっぱり面白くないって顔になった。 だって僕、まだ御節なんて作れないんだから仕方ないじゃん! 「佐々木夏くん」 「はい?」 東城? 「今度俺ン家遊びに来きーや。澤崎の学生時代の事、色々教えたるで」 「まじ!?」 「東城!!」 東城和弘の言葉に、ガタンと大きな音をたてて佐々木は思わずって感じで立ち上がって。その佐々木を制するように、グイっと圭が身を乗り出した。 「なんでしょう?」 あ、東城和弘が、いつものニヤけた変な顔になった。 「行くっ」 「ナツ」 「そんなんやったら俺が教えたるって〜」 「兄ちゃんの言葉は信用出来へん」 「そんなぁ〜・・・・・・圭!笑ってんじゃねー。大体お前がなぁ!!」 目の前で目まぐるしく展開されるその光景に、一人っ子で育った僕が入っていけるわけもなく。ただ、呆然と眺めていた。何故か途中から参戦している東城和弘は、よく知らないけど一人っ子じゃないのか、それとも年の功なのか。 うーん・・・お節を貰いに来たはずなのに、なんだか話がどんどんズレていく。 まぁ・・・面白いからいいかと、僕は紅茶を飲みながら、しばらくは目の前の劇を眺めていることにした。 end |