月夜の夢・・・後


「ぷわぁーっ、気持ちいぃ〜」
 たっぷりの湯船に手足を伸ばしてつかったケイは、気持ちよさそうに伸びをする。そんなケイの横に、少し遠慮がちにルシアンは身体を沈めた。
 ケイと違って小さく、体育座りのようになっている。
「こっち」
 微妙に間を空けて座ったルシアンの態度が不満だったのか、ケイは少し乱暴な仕草でルシアンの腕を掴んで、強引に自分の方へと引き寄せた。その強い反動でルシアンの体制が崩れてしまい、ケイに倒れこむ様に身体がピタっと密接してしまう。
「ちょっ、皇子っ」
「いいからいいから」
 離れようと慌てて身じろいだルシアンに、ケイはなだめる様に笑うと、その肩をぎゅっと抱き寄せてルシアンを見つめる。
 まるで、至福の瞬間を噛み締めているようだ。
 ルシアンは濡れた髪を一括りに纏め上げて、普段見る事のないうなじを晒している。それだけでもケイはクラッっと来ているのに、さらに恥ずかしげに俯いた仕草がまたケイの心を直撃する。
 所在投げに置かれたルシアンの手に、自分の指を絡めて握り締めた。
「本当に、ルーだ」
 どれだけ触れても足りないと思う。それくらい5年は長かったのだ。
 ケイの心臓は、ルシアンの触れているというだけで、ドキドキとやかましい音をたてて高鳴りっぱなしだった。
「まじで、うれしい」
 率直なケイの言葉に、首を少し傾げるようにしながらルシアンはケイを見上げた。その拍子に、はらりと前髪が垂れるのがまた、色っぽい。
 ルシアンの瞳がしばらく逡巡して。
「――――私も、です」
「・・・へ?」
 やっと開いた口からは聞き取れないくらいに小さな声で、言われた言葉は一瞬ケイには理解できなかった。だって、まさかそんな言葉が返ってくるなんて、誰が想像できただろうか。
「ここにこうしていられるなんて、思ってもみませんでした」
「ルー・・・」
 ひそやかに言われる、ルシアンの甘い告白の言葉に、ケイの身体は心臓じゃない別のところをも直撃して、ドクドクしてきた。仕草、言葉、その顔色全てが、ケイを捕えて離さないのだ。
「本当に、迎えに来るなんて・・・。きっと私の事などとっくに忘れているものと」
「忘れるわけないじゃん!」
 ルシアンの言葉に、ちょっと怒ったようにケイは言う。信じていなかったのかと怒るその顔にはまだ、子供っぽさが残る。
「ずっとずっと、会いたかった。ずっとずっと、好きだったんだ」
「はい」
 一生懸命言い募るケイに少し困ったように頬を染めて頷いたルシアンの仕草が、今度はケイの身体に電撃を落とした。
 ――――まじで、かわいすぎるー!!
 だって5年は本当に長くて久しぶりで、再開した瞬間からずっと我慢していたのだ。本当に大好きで大好きで、大好きで。待ち望んだ人が目の前にいるのに、ただ抱きしめて寝むるだけの一夜を過ごせた方が、奇跡に近いとケイは自分で自分を褒めてやりたいくらいなのだ。
 この5年間、求めて止まなかった人。
「・・・皇子?」
 押し黙って、難しい顔をしているケイに、ルシアンはいぶかしげに首を傾げた。
「う゛ー・・・」
「?」
 この5年間、自分で抜く事はあっても誰かを抱く事もなかったから。だってルシアン以外、誰もいらなかったから。そんなケイにとっては、風呂で温まった以上に、その裸体を見ただけでのぼせそうなのだ。
 正直花鼻血を出さない自分は、なんて立派なんだと思う。
「俺、先にあがる!」
 軽く我慢の限界を超えてしまったらしい。真っ赤になったケイはそう言うと唐突に立ち上がる。
「どうしたんです?」
 その行動に驚いたのはルシアンだ。何か気に障るようなことがあったのかと、一瞬顔を青ざめて視線を上げる――――その途中で、ルシアンは少し固まって、次の瞬間笑ってしまった。
 まだ座っていたルシアンの視線のまん前は、ケイのちょうど、そうなってしまったトコロ。ケイがその事に気づいて慌ててしゃがみ込んだがもう遅い。
 そんなケイの若さとまっすぐさが、ルシアンには眩しくてうらやましかった。そして、優しさが愛しかった。
「・・・ベッドに行きましょうか?」
 気がつくと、そう呟いていた。
「えっ、・・・いいの?」
 ケイの口からは間抜けな言葉が漏れる。
 だって、今日は疲れているだろうから出来ないと思っていたのだ。ケイはルシアンの申し出に、嬉しそうにしながらも窺うような視線を投げかけた。
 そんなケイに、ルシアンは穏やかに笑って頷いた。
「はい」
 ――――だって、これが最後かもしれない。明日こそはきっと衛兵がやって来て、私を捕えていくに違いない・・・
 ルシアンがそんな思いに囚われているとは気づかないケイは、喜び勇んでルシアンを抱え上げた。




・・・・・




「ふ・・・、っ、ああぁ・・・っ」
 ルシアンの甘い吐息が暗闇の部屋に響いていた。
 ケイの舌がルシアンのものを優しく愛撫しながら、その指は今奥へと差し入れられていた。オイルでたっぷり塗らされたとはいえ、そこに何かを受け入れるのは5年ぶりなのだ。
 5年前のあの時は無我夢中で、痛い思いをさせてしまったから、今度は絶対優しくしてやりたいと思うケイの動きは慎重だった。
 見つけ出した良いトコロを執拗に攻めながら指を2本へ増やすと、ルシアンの身体に少し緊張が走る。
「痛い?」
「ん、へーき・・・です」
 うまく加減がわからないケイは、こんなことならもうちょっと遊んで経験を積めば良かったと今更ながらに後悔しているのだが、もう遅い。
 ケイは増やした指で中を広げるように掻き回しながら、痛さが紛れるようにと勃ち上がったルシアンに再び舌を這わせて上下させる。
「ああ・・・、ひっ、んんっ」
 その優しすぎるじれったい愛撫に、ルシアンの腰はもっと強い快感が欲しいと自然に揺れ動いていた。もっと、何もかも忘れられるくらいに、激しくしてくれていいのにと思うのに。
 ケイの愛撫は優しすぎて甘すぎて、切なさに涙が滲む。
 舌先で先端を弄られながら、中の指がさらに圧迫を増したのを感じた。きっと指を増やされたのだろうと思うのだが、喉を突いて出るのは掠れたあえぎ声だけだった。
 5年ぶりなのは、ルシアンも同じなのだ。
「おーじ・・・、だめぇ・・・っ」
 舌が気持ち良すぎてイってしまいそうになるルシアンは、ケイの髪に手を差し入れて、肩に手をかけてその頭を引き剥がそうとする。
「イっていいよ?」
「ダメッ」
 ケイの言葉に、それは出来ないと、ルシアンは頭をパサパサと横に振った。皇子の口の中でイクなんて、それはあまりに冒涜的な行為であるとしか思えない。
 それが果たして、何に対しての冒涜なのかはルシアンにもわからないのだが。
「いいって」
 ケイはそういうと、さらに舌先で尿道口を弄って吸い上げようとすると、ルシアンが本気で嫌がって腰を揺らした。
「皇子っ!」
 切羽詰ったようなその鋭い叫びに、ケイは仕方ないと諦めて口を離した。
「いいのに」
 残念そう言って顔を覗き込むと、涙の滲んだ瞳を向けられて首を振られた。上気した頬に涙に潤む瞳。さらには、汗の所為か髪が少し額に張り付いている。
 その美しさにケイは目を奪われて、なんだか神聖な気分でルシアンにキスを落とした。一度離して、今度は唇を舐め舌を差し入れて、歯列を割って深く口付けて。
「いい?」
 少し切羽詰った声色で尋ねた言葉に、ルシアンは小さく頷いた。
「ああああ―――っ、・・・ああああっ!」
 指に替わって押し入ってくる圧迫感に、ルシアンは背中を反らせて耐えた。5年ぶりの衝撃。けれど、痛さよりも恐怖よりも、嬉しさがこみ上げてくる。
 ゆっくりだか確実に入ってくる質量。思わずずり上がりそうになった腰は、ケイの腕に絡め取られて引き戻された。
「くっ・・・、はっぁ・・・ぁぁぁ・・・・・・」
 根元まで埋まったものを緩く動かされて、快感の波がじんわりとルシアンの身体に広がっていく。
「やぁ・・・っ」
 繋がっているところを指で触られて、ルシアンは恥ずかしさに声上げて逃げるように腰を揺らす。その動きに合わせるように、ケイは自身のものを動かし出した。
 浅く、深くを繰り返していくと、淫らに中が絡み付いてくるのがわかってケイは嬉しくなった。きっと無意識だろうけれど、動きに合わせるようにきゅっと締まるのが堪らない。
「ルー」
「は、・・・い?」
 ケイに呼ばれて、ぎゅっと閉じていた瞳を開ける。
「愛してる」 
 視線が絡まった瞬間に言われる言葉に、ルシアンの身体が震えた。快感なのか、喜びなのかわからない、溜まっていた涙が零れ落ちる。
「ずっと、傍にいて――――」
 紡がれる言葉は、どんな愛撫よりもルシアンの身体を震わせて、快感の波を作り出した。身体中に嬉しさと切なさが交じって激しくぶつかり合う。
「もっと強く、して・・・」
 明日が分からない身だから、言えた言葉。明日死んでも後悔しないでいいように、その身体を感じたいから。
 そんなルシアンの言葉にケイはちょっと笑った。愛おしい者を愛でる様に、優しく。
「ああ・・・、ふっ、ん・・・・・・あああー・・・」
 ケイの動きが激しくなる。ルシアンを追い上げるように責め立てて、その身体を翻弄する。打ち込まれるものを締め付けると、さらに激しく上下されて。中を擦り上げて押し入ってくる感覚が堪らない。
「ルー」
 熱に犯されたような熱い声を聞いた瞬間、ルシアンは唐突に絶頂へと追い上げられて、耐える間もなく達してしまった。
 刹那、ケイが達したのを感じ、ルシアンは身体中に広がるなんとも言えない幸せな想いに襲われる。
 けれど。
「あ・・・」
 そのまま身体を離そうとするケイの腕をルシアンはとっさに掴んだ。
「・・・?」
 嫌だ。
 明日は知れないかもしれないのなら、眠ることなく朝を迎えたかった。嫌というほどケイを感じておきたい。
 好きで好きで堪らない、最初で最後の人だから。
 あの閉じられた空間の中に、新しい世界をくれた人。
「・・・もっと」
 シテ、続けられない言葉。そんなありったけの想いを乗せて、ルシアンがケイの瞳を見つめると、まだ中に収められたままのケイが堅さを取り戻していくのを感じる。
 背中がピクっと反応した。
「・・・どうなっても知らないからな」
 少し照れた様に言うケイに、ルシアンは笑って頷いた。







 朝、というよりは昼になった頃。
 二人はアル爺の怒鳴り声と共に起こされて、朝から怒られることになるのだが・・・・・・今はまだ、幸せな夢の中。

 幸せな世界は、その光の先にある。







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