嘘 5




 水の蛇口から流れ出る音を聞きながら、4月から新しく入塾してくる生徒の資料に目を通した。譲は、相変わらずの無口っぷりで洗い物をしてる。
 今日の夕飯は、俺の作ったカレーで譲は美味しいって嬉しそうに食べてた。その笑顔が、物凄いかわいいって自覚はたぶん無いんやろなぁ。ま、カレーだけは俺の得意料理やから、これからもいつでも作ってやればいい。
 あの笑顔のために。
「なんか、飲む?」
 いつの間にか洗い物は終わったらしい、水の音が消えて代わりの譲の問いかけ。
「ん〜、渋茶で」
「はいはい」
 どうせ親父っぽいとか思ってるんだろう、譲はそんな笑みを浮かべて茶を入れてくれた。そのまま譲が横に座ったので、俺は目にしていた資料を片付けた。
「あ、向こうにいようか?」
 その仕草だけで気を回す譲に俺は首を横に振る。
 佐々木くらい、とまでは言わないが、もうちょっと子供っぽく鈍感で無邪気でもええのに、と思ってしまうねんけど。まぁ、それがこいつの良さかな。
 テレビからは、春休み特番とかの番組が流れてる。
「なんか・・・」
「ん?」
 自分にも入れた渋茶をすすりながら、譲は明るいテレビ画面を見ながら言う。
「こっちって、こういう番組多いよね」
「あ、ああ。吉本本拠地やしな」
「ふーん」
 そこで言葉を切ってしまった譲の横顔を横目で盗み見しながら、俺は静かに次の言葉を待つ。手持ち無沙汰に、譲の指に己の指を絡めてみたりしながら。
 画面では、今人気の若手漫才コンビが舞台上を所狭しと動く回りながらなにやら笑いを取っている。その行為が受けたのだろうか、テレビ画面からは明るい笑い声がこだますように響いて聞こえてくる。
 もう一度盗み見た譲も、少し微笑んでた。
「あれ、かな」
「んー?」
「こういうところで育つから、こっちの人は明るいのかな?」
「そんな事言うたら、日本中のほとんどが暗なってまうで?」
 なんとなく、言いたい事は知れて俺は軽くそう言うと、手のひらをぎゅっと握った。
 譲が、少し物言いたげにこっちを見る。
「人それぞれやろ。だから、おもろいんちゃうん?」
「そー、かな」
「俺はそう思うで」
 だから、譲は譲るでええねんで。
「なんか、さ」
「うん」
「今日の・・・、佐々木も乗り気じゃなかったのに、せがまれて一緒に歌、歌ってて」
「へぇー」
 それはアイツにバレたらものっそまずいと思うねんけどな。歌ったんかぁー
「ちゃんと場を盛り上げてた」
「譲は?」
 もし歌ってたら、ちょっと今夜は俺やばいかも。
 むかついて。
「そんなの無理だよ。せがまれたけど・・・苦手だし。で、場がなんか盛り下がってさ・・・佐々木がフォローしてくれたって感じで、なんだけど」
 ああ、なるほどね。って、譲落ち込まんでええから。
「僕ってさ・・・」
「つーか、もし歌ってたら俺キレるで?」
「・・・なんで!?」
 思いっきりビックリって顔でこっち見たな!?ったく。
「じゃあ譲は俺が他の女の人とデュエットしててもええん?」
「―――――」
「・・・わかった?」
「・・・うん」
 そうか、譲も俺がそういうしたら嫌なんやな。そうかそうか。
 あ、俺これ結構嬉しいかも。
「それにな、人には誰だって得意な事と得意ちゃう事があるやん。それを無理せんでええって」
「でも、嫌な事でもしなきゃいけない事とかあるし」
「あほやなぁ。その子らに対してそこまでしなあかん義理とか、気持ちとかあったんか?」
「・・・無いっ」
 その時午後のことを思い出したのだろう、本当にゲンナリしたように眉を寄せた。その顔を見て、俺の嬉しい気持ちがさらに倍々に膨れ上がる。
「よしよし。じゃあ、風呂入るか」
 譲がちょっと疲れてて後ろ向きになってる気がして、俺はこの話を打ち切った。
「え、DVD見ないの?」
 途端に譲は顔を上げて、借りてきたもう1本のDVDを指差した。それは俺が、譲に適当な嘘を言って借りた、話題のホラー映画。
 ふっふっふっ。
「それは風呂入って、布団の中で見る」
「・・・・・・AVじゃないよね?」
「ちゃうちゃう」
 あ、ちょっと疑ってるな?
 まぁーAVみながらヤるってのも一度はやってみたいねんけどなぁ〜。
「じゃあちょっと部屋戻って入ってくるから、譲も入っときや」
「わかった」
 譲はそう言うと、まだちょっと納得してなさそうやけど、言われるままに浴室に向かい、俺は資料などをまとめてから部屋に戻った。

 譲がホラー苦手なんは確認済み。
 ま、知らないで行ったとはいえ、軽くお仕置きは必要やろ。これでも絶対、澤崎のほうが絶対もっと佐々木にひどい事してそうやな。
 俺のなんや、優しいほうやで。





・・・・・・・・・・・




 その翌日の、午後。一人っきりの部屋に電話が鳴り響いて出てみると。
『冬木、東城に俺がデュエットした事言うたやろ!?』
 佐々木はいきなりそう言った。
 まったく、もし万が一僕じゃないとか、間違い電話しちゃったとかだとどうするんだろ。
「うん。言ったけど」
『あぁ〜やっぱりやっ』
 ・・・なんか声、ちょっと掠れてないか?佐々木。
「やっぱりって?」
『あの2人絶対協定とか組んでるで。だって、俺が家に帰ったら圭全部お見通しやってんもんっ』
 ・・・ん?
『なんちゅーやつらやっ!!!冬木も気―つけた方が・・・』
「ちょっと待って。僕が東城にデュエットのこと言ったの、寝る前くらいの時間だよ」
『え!?』
 帰って来てすぐ全部バレてるって・・・
『嘘!?』
「あのさ・・・たぶん、圭は佐々木の顔見たら、全部わかるんじゃない?」
 佐々木、わかりやすいし。全部顔に出るし。嘘とか全然つけないし。単純だし。
『えぇ!?圭、超能力者ちゃうで』
 ・・・・・・・・・・・・それは、関西人のボケってやつかい?それも、本気か?
 どっちにしても僕はツッコめないよ。
『ん〜〜、でもなぁ全部知っててんで?なぁなぁ、東城に、ホンマに言うてへんか聞いてや』
 東城!!!
「無理」
『なんで!?』
「昨日から口きいて無いもん」
 あの、バカ!!
『なんで!?』
「・・・僕がホラー嫌いって知ってて借りてきて見せるから。しかも夜に!!」
 サイテーサイテーサイテー!!!
『・・・・・・』
「当分、口きかないんだからっ」




end