由岐人のお正月・・・後 ――――・・・何それ。何とご縁があればいいっていうんだよ。 僕は剛の言葉に一気に気持ちが落ち込んだ。はっきり言って自分でもびっくりするくらいの、ストーンと落ちた。僕が好きなくせに、そう言ったくせに、なんでご縁が必要なの?誰と?何と?なんなの?・・・なんなんだよ。 やっぱり朝ベッドから蹴落とせば良かった。 「今年はもっともっと由岐人とご縁が欲しいもんな」 ――――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今、なんて? 剛がにっこり笑って賽銭を投げているのを、ぼーっと見てしまった。だって。今、なんて言ったの? 「何してんの?ほら由岐人も投げて、今年はより一層俺とご縁がありますようにって祈って」 僕は剛が祈ってる姿をぼーっと見てしまっていたらしい。剛が少し慌てた様に僕の手を引いて促した。確かに、ぼーっとつったている僕は邪魔になっているらしい。背中からも押されてしまった。 僕は言われるままに5円玉をほうり投げて、手を合わせた。 けれど、頭の中は一瞬真っ白で、何も浮かばなくて。 でももし神様がいるなら、本当にいるのなら、どうかどうか・・・・・・みんなを幸せにしてください。咲斗を、響を――――そして剛を。それだけでいいから。それだけで、いいから。 うん。僕は、何もいらないから。 お願いします。 手を合わし終わって見上げた剛の顔は優しくて、僕は思わず唇を噛んだ。喧騒も人ごみも一瞬止まってしまった様に見えて。世界が止まった。 それは本当に一瞬だけで、すぐ人ごみに押されてしまったけれど。 「行こう、あっ!おみくじ引こうぜ」 「え?」 ・・・おみくじ? 「一年の運を占ってみようぜ」 剛はそういうと、僕を強引に引っ張っていった。僕の意見なんて全然聞かなくて。 「恋占いと、普通のがあるのか・・・せっかくだし恋占いいっとくか?」 何がせっかくなのか全然わからないけど、剛が勝手にそっちに並んでしまったので、僕も仕方なくその列にならんだ。 バイトの巫女に300円を払って、おみくじの番号札を引いておみくじを受け取った。・・・凶とかだったらどうしよう。 僕は少し気の重い気分で剛のところへと向かった。すると剛はさっそくおみくじを開いた。 「おっ、俺小吉だ。何々想い人は・・・・・・努力しよ、さすれば自ずと手に入る、かぁ。がんばろっ」 「・・・・・・」 「俺、がんばるからっ」 うんうんと頷いて見つめてくる剛のまっすぐな視線が僕を突き刺した。 ――――そんな、目に前で宣言しないでよ。一体それで、僕にどうしろっていうのさ・・・・・・何も出来ないのに。 やりきれない想いに襲われて、僕は思わず手にしていたおみくじを空ける前に握りつぶしてしまった。だって、剛の視線は強すぎて、今の僕にはどうしていいのかわからないよ。 答えるすべは、僕にはないのに。 「あー、お前何やってんだよ、開ける前に握り潰してどうする。開けろよ」 「あ・・・うん」 僕は剛に促されるままにおみくじを開いた。 「あ・・・吉だ」 「おーいいじゃん、なになに・・・想い人。近くにいる、だって。へぇ〜〜、へぇ〜〜〜」 剛が勝手に僕のおみくじを読み上げて、すっごくうれしそうに笑った。その声は弾んでいて、その期待に満ちたまなざしが、鬱陶しい。 それがなんだか急に僕はいらついて、我慢できなくなった。 "由―岐人、見てぇ初詣のおみくじ、大吉だったのー" 店ではいつも正月はそんな会話から始まることが多かった。中には本気でこちらに恋愛感情抱く客もいて、そんなおみくじ1枚信じて、こっちを熱く見つめてくる客も。そんな時僕は軽く笑って、その期待感を煽ってやる。そしてどんどんどんどん高い酒を入れさせて売り上げを上げて。そうやって毎年1月は過ごしたのに。 だからこんな会話は慣れていて普通で、ただの戯言だとわかっているのに、今はそんな冷静にあしらえない。 ――――重い。 「なぁ由岐人!近くだって。良かったな!!」 「うるさいっ」 気づけば、剛を怒鳴ってた。一瞬周りが静かになって、こっちをみんなが見ているのに、僕はそんなことにかまってられなかった。 胸が痛くて苦しくて。息苦しいから。 僕はそのまま剛を無視して、足早にその場を立ち去った。うつむき加減で足早に歩く僕に、たくさんの人がぶつかってきた。中には文句の言葉を投げかけられたが、そんな事気にもしてられなかった。 ただ、逃げ出したかった。 ここから。 でも、どこに?一体どこへ僕の居場所があるというのだろうか。 家に帰っても、剛がいる。上には咲斗や響がいて。仕事もあって。・・・結局そんなことを思う僕は、どこへも逃げることなんか出来ない。 そんな度胸もない。怖くて、どこへもいけない。いけないのに、僕だけがどんどん一人になる。それが怖いと思ってる自分が、もっと怖い。どうしたらいい?僕はどうしたらいいの? どこにもいけなくて、動けない。 僕に期待しないで。早く僕なんて見捨ててどこかへ行ってしまえばいい。そして僕なんて溶けて、なくなってしまえばいいのに。 そう思うのに、失うことも怖い。 矛盾する相反する想いがぐるぐると渦巻いて、行き場を、逃げ場をどんどんふさいでいく。 もう何がなんだか、わからない。 「由岐人っ!」 肩をつかまれて、無理やり振り向かされた。 「あ・・・、剛」 気づけば回りにはまったく人はいなかった。少し息を乱した剛だけがそこに立っていた。 「ごめん」 「え・・・?」 なんで、謝ってるの? 「ごめんな。俺が悪かった」 剛の言葉に僕は首を横に振った。だってきっと、剛は悪くないから。僕が悪い。どっちつかずで、どうしようもないのは、きっと僕。 「俺が悪かった。機嫌直してくれよ?」 「別に・・・、怒ってない」 怒ってるわけじゃない。そういうことじゃないんだ。 まったく僕は一体何をしているんだろう。一人でいらいらして、怒り出して拗ねて、こんな行動とって、これじゃあ響みたいだ。僕はあんなに子供じゃないはずなのに。 自分の気持ちひとつ、うまくコントロール出来なくなっているなんて。 「そうか?じゃぁとりあえず誰かに見つかるまえに、表のほうへ行かねぇ?」 「あ、そういえばここどこ?」 誰もいない、静かな木々に囲まれた場所。さっきまでの喧騒が嘘のようだ。 「ここ、神社内の立ち入り禁止の場所。呼び止めたのに、勝手にどんどん入って行くんだもんよ」 「えっ!?」 それはまずい。看板とかに全然気づかなかった。 「だから早く」 「う、うん」 僕と剛は入ってきたときの堂々さとは一転、どこのこそドロとか思うくらいにビクビクしながらそーっとそこから立ち去った。 大の大人が、本当になにやってるんだろうね。 僕らはとりあえず誰に見咎められることなく、さっきまでの境内にまで戻ってくることが出来た。 そこで剛にちょっと待ってるように言われて、剛を目で追ってると、さっきひいたおみくじを木に巻きつけていた。 そしてばたばたと戻って来て。 「さ、後はたこ焼き買って帰ろうぜ」 「・・・たこ焼き、食べたかったんだ?」 そんな事全然言ってなかったから、僕はちょっと意外だった。 「何言ってんの。食いたいのは由岐人が、だろ。さっき物欲しそうにじーっと眺めていたくせに。仕方ねぇーから奢ってやるよ」 剛の顔がにやっと笑った、その瞬間僕はカッっと顔が熱くなるのを感じた。 「べ、別に僕はっ!」 先に歩き出した剛の背を追って僕も慌てて歩き出して、その横に並ぶとキッと睨みあげた。すると、剛の顔がさらにニヤついた。 「なんなら、りんご飴も買うか?」 僕は無言で拳を剛のわき腹に打ち込んでやった。 「痛っ!!」 ふん、ざまーみろだ!!!まじでその顔はムカツク!!! 「あれ?由岐人さん!?」 剛が痛みにわき腹を抑えてうなっていると、横から見知った声が聞こえた。 「由岐人さんもここに来てたんだー」 僕がそちらに目をやると、響が人ごみを掻き分けてこちらにやってきた。後ろには咲斗の姿も見える。どうやら彼らは今からお参りらしい。 「おめでとう」 「おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」 「おめでとう、由岐人」 「おめでとう咲斗」 幸せそうににこにこ笑う響の横で、同じ顔の兄が穏やかに微笑んでいた。それが、とっても幸せそうに見えてうれしくなった。 「剛・・・どうしたの?」 まだ腹を抱えて蹲っている剛に、一体何事かと響は首をかしげた。 「ああ、なんでもないよ。なんか人とぶつかったんじゃない?」 「・・・おまえなぁ」 僕の言葉に、剛が恨みがましい声をあげているけれど、この際そんなことは無視だ。だいだい、身から出た錆なんだから、気にすることもないね。 「そうだ、由岐人たち夕飯どうするか決めた?」 「ううん、全然」 「じゃぁさ、うちで鍋でもしないか?こっちもどうしようかって言ってたら駅の裏のスーパーが元旦から開いててさ。ちょうどいいから、帰りになんか買って帰ろうかって言ってたんだけど」 「いいけど・・・いいの?」 「是非来て!!」 二人っきりのお邪魔じゃないのかとちょっと心配になった僕に、咲斗ではなく響が思いのほか強く言葉を返してきた。顔全体に強い願望がにじんで見える。 これはどうやら昨夜から今朝にかけて、相当しつこくしたんだろうなぁ咲斗。 いや、朝に響が来たって言ってたから、その後に何かあったのかもしれないね。・・・ったく。 僕はちょっと飽きれ気味に咲斗に視線を投げかけると、咲斗はしれーっとした顔で肩をすくめた。なるほど、だからお参りが今からなんだねぇ。 「じゃぁさ、ここら辺で時間潰してるからお参りしてきたら?買い物して帰るなら荷物持ちがいたほうがいいでしょう?」 「荷物持ち?」 響の問いかけに、僕は無言で剛を指差した。 「確かに」 これには咲斗が乗っかって、響はちょっと剛に同情するような顔になったけど、この状況で剛の肩を持つ気にはなれなかったらしい。無言のままだ。 「じゃぁとりあえず行こうか?響」 「うんっ。じゃぁ剛後でね」 たぶん悪気はないんだろうけど、響は剛を元気付けようとして背中をバンと叩いて行ってしまった。あーあ、そこは僕が最初に殴ったところなのに。 「大丈夫?」 「・・・お前が言うなっ」 ちょっと復活したらしい剛に睨まれてしまった。僕を睨むなんて100万年早いっていうのに。これはたこ焼き以外にも何かおごらせないとね。 うん、あの"はし巻き"っていうのもちょっと気になるし。あれも買わせてやろうっと。 今年は意外と良い1年の始まりだね。 おわり |