-後-
「あぁーおいしかったぁ」 デザートの柿のゼリー寄せに栗の甘納豆を食べ終えた綾乃は、かなり満足そうだ。もちろん4重弁当は綺麗に空になって、何一つ残っていない。 「本当に」 雅人も満足気に頷いた。急の願いで大丈夫かと思ったのだが、これは想像以上だった。前の板長が高齢の為に隠居して、代が変わったというのを聞いていたので不安ではあったのだが、これなら十分だろう。 「さて、あちらに移動しますか?」 「え?」 雅人は縁側を指して立ち上がるのを見て、綾乃は慌てて腰を上げようとして、目の前が食べ散らかしたままなのに気づいて急いで重箱を重ねなおして、空いた器を重ねていく。 「ああ、そんな事しなくても大丈夫ですよ」 そんな綾乃の仕草を雅人は好ましいとは思っているが、ここでは別に気を使う事はないと思い言葉を投げかけたのが。途端に綾乃の身体がビクリと反応をした。その反応の大きさに、雅人はまた驚いてしまった。 「綾乃?」 「あ・・えっと、こういう事って行儀に反する?」 重ねるために持ち上げて器を手に持ったまま、綾乃は恐々雅人に視線を向けた。 「いいえ、行儀には反していないと思います。そうではなくて、ここは気心の知れた宿なので、気を使わなくても大丈夫ですよというだけのことですよ」 「ああ・・・」 そういう事かと、綾乃は力が抜けたのか、浮かせた腰を再びペタンと落とした。 「どうしました?先ほどからなにか、そういう事を気にしてますね?」 雅人も再び腰を降ろして、綾乃に視線を合わせる。 「あ・・っ、と・・・、そう、かな?」 「そうです」 ちょっと困った顔をして首を傾げる綾乃に、雅人は誤魔化されませんよ?と不敵な笑みを浮かべた。 そしてそっと手を伸ばして、綾乃の手をそっととって握り締める。指を絡めて包み込んで、綾乃が口を開くのを待っていると、綾乃が小さく息を吐いたのがわかる。 「別に・・・気にしてるってわけじゃないんです」 「はい」 「でも・・・、僕はそういうの何も知らないから。分かってないっていうか。・・・別に、南條家の人間としてとか、そういう事じゃなくて・・・・」 どう言っていいのかわからないのか、綾乃は少し眉間にしわを寄せている。 「――――帰るって、南條家に帰るって決めて。・・・雅人さんに好きって言ってもらえて、凄いうれしかった。ほんとに、――――僕なんてダメだろうなって思ってたから。何にもなくて・・・全然役立たずなのに」 「綾乃っ」 綾乃の話が終わるまで口を挟むつもりもなかったのに、その物言いに、雅人は思わず綾乃の名前を呼んで。握り締めた手のひらに、思わず力が入る。 何もなくなんかないのに。綾乃には、綾乃にしか持っていない物がたくさんあって、その全てが愛しいと思っているのに。それがいまだに上手く伝えられないのがもどかしくて仕方がない。 「でも、・・・でもね。雅人さんのこと好きだから。やっぱり好きで、諦めるなんて出来なかったから。だから、せっかく僕でいいって言ってもらえるなら――――ずっと、ずっとそう言ってもらえるようにがんばらなきゃって思ったんだ。・・・つ、・・・吊り合うなんて全然思えないけど――――でも、今よりは、ちょっとぐらいは」 でも、方法がわからなくて。生まれも家柄も、もう今更変えれなくてどうしようもないから。どうしたらいいのか、何をしたらいいのか全然わからなくて。 小さな作法一つでも、そんな風に思って。 いつかもっとちゃんとした場所で、もし一緒に食事をする機会が巡ったとしても、雅人に恥だけはかかせないでいられる自分でいたいと思って。 ――――くだらない事だよね。 小さく呟いて、笑って誤魔化そうする綾乃が切なくて、雅人は立ち上がって綾乃の側へ駆け寄ってその身体を強く強く抱き締めた。 「すいません。ちょっと、感動しすぎて・・・なんて言っていいのかわかりません。――――うれしくてっ」 「・・・うれしい?」 雅人の腕の中で、綾乃が少し首を傾げる。 「綾乃が、そんな風に思ってくれていたなんて。・・・私のほうこそ、綾乃を傷つけてしまって。もう帰って来てくれないのかと思って、どうしたらいいのかわからなかった。あの時綾乃が帰るって言ってくれた時は、もうどれだけうれしかったか。それだけでもう満足なのに。――――綾乃はちゃんと、もうこれからの事も考えていてくれたんですね?・・・また、私が置いていかれそうでした」 「・・・そんなっ」 綾乃は雅人の言葉に、腕の中で首を何度も横に振った。 「本当ですよ。でもね、――――綾乃は今のままで十分だと思います。作法なんて、習えばいつでも身に付くものです」 雅人はそっと身体を離して綾乃の顔を覗きこむ。 「それよりも、今のままで真っ直ぐにいてください。その優しさを失わないでください。――――綾乃にはまだわからないかもしれませんが。そうあり続けることが一番難しいんですよ」 「・・・え・・?」 「綾乃は傷つきやすいけれど、その分人へ優しい。心のままに真っ直ぐで・・・本当に綺麗です。出来れば、そのまま大人になってください。それだけが私の願いです」 雅人には、幼少より南條家の跡取りという立場が付いて回って。綺麗なままでなんて大人になれなかった。いや、子供の頃から綺麗でなんていられなかった。 「それで、いいの?」 だからこそ、綾乃が眩しかった。 「はい」 雅人はにっこりと微笑んで、なんとそのまま綾乃の身体を抱きかかえた。 「まっ、雅人さん!?」 いきなりお姫様だっこの形に抱えられた綾乃は、吃驚して思わず雅人に抱きついた。 「せっかく温泉があるんですから、続きは風呂の中でしましょう」 ――――っっっ!!! その言葉に、綾乃の心拍数は一気に上昇した。 そして。すったもんだの末というよりは、もごもごしてる綾乃を雅人が半ば強引に服を脱がして、2人は今湯船に浸かっていた。もちろん腰辺りにはタオルが巻きつけられてはいたが。それでも、それ以外は何も身にまとわない姿で、綾乃は雅人に背中から抱き締められていたのだ。 綾乃の顔は、のぼせたと言うよりも恥ずかしさに真っ赤になっている。 「綾乃、ほら顔を上げて。せっかくの景色なんですから」 露天風呂からは中庭が一望できるような造りになっている。都会の家の庭とは違うその和風なたたずまいと、奥に見える雑木林の風景が本当に美しい。 「だって・・・」 綾乃の視線は変わらず風呂のヘリあたりを見つめている。 そんな綾乃のうぶさに雅人はまた、忍び笑いを漏らす。抱き締めていなくても伝わって来そうな、ドクドクと音をたてている鼓動も愛しい。 「だって、なんです?」 本当は今日は静かにお風呂に入るだけにしようと思っていたのに、その真っ白な反応に耐え切れず、雅人はいたづらに、すーっと抱き締めていた手をわき腹の方へと走らせた。 「っ!」 途端に、綾乃の身体が揺れる。その反応の良さに気をよくしたのか、雅人は再びわき腹を撫で上げる。それだけの行為に、綾乃が息を詰めているのがわかる。 抵抗も、していいのかどうかもわからないらしい。必死で受け止めようとするかの様な態度が、ただどうしようもない程に愛しい。 「どうしました?」 身体に力が入ってしまった綾乃の肩に手をやって、雅人はもっと自身の身体へと綾乃の身体をもたれさせる。ゆったりと湯船の背に雅人も身体を預けて、綾乃の重みを受け止めた。 空気が揺れ、お湯が揺れるにつれて、檜の良い香りが漂う。 「まさと、さん」 きっと意味などないだろう、綾乃が小さく雅人の名を呼んで。そっとその肩に頭をもたれさせた。 「なんでしょう?」 その少し甘えてくるような仕草に機嫌を良くしている雅人は、今度は手のひらを胸に滑らせていく。綾乃の身体が、やはり揺れて。雅人が何度か繰り返すと、紅い飾りがとがっていく。 「っさと、さん・・・」 綾乃は首をめぐらして、雅人の首の付け根あたりに自分の顔をすり寄せていく。いたづらを繰り返す雅人の腕を、無意識にだろうか引きとめるように掴んでいる。 体育座りの様に、膝を立てて座っている綾乃の腿裏に今度は雅人の手が伸びた。 「あっ・・・」 指先が、奥を掠めるような感覚に、綾乃の口から声が洩れて。引き剥がそうと慌てて雅人の手を掴んだ。 「あやの」 理性を保つことを諦めたのか、少し濡れた雅人の声が綾乃の耳元で小さく響く。 「・・・だめ・・」 朱に染まる全身。恥じらいに顔を埋めて、小さく呟かれる言葉。その全てが雅人を誘っているように見えてしまう。 けれど、雅人としても初めてが露天風呂、というのはいささか気が引けて。もちろん最後までするわけにはいかなかった。 本当に、ただあまりに可愛くて、ついいたづら心を抑えられなかっただけ。 「ええ」 だから、もう止めておかないと、と思うのに。どうやら本格的に理性を、置き去りにしてしまったようだ。 雅人は綾乃の左足を掴んで、大きく持ち上げて自分の立てた膝を跨がせてしまう。結果、綾乃は足を閉じることが出来なくなってしまった。その動きの、止めてあったタオルの結びがハラリとほどけていく。 「雅人さんっ」 綾乃は慌てて、浮き上がらないようにタオルを押さようと動くと、その隙に今度は右足も同じようにしてしまって。綾乃の足は完全に大きく開かれてしまった。 「やだっ」 まだ昼間。ちょうどおやつの時間の頃。そんな時間にこんな場所でこんなことをシテいるなんて、綾乃の常識を超えすぎていて。なんとか逃れようと身体を浮かせようにも、しっかりと後ろから抱えられていてはそれも叶わない。 「大丈夫」 何が大丈夫なのか。綾乃は雅人の言葉に髪をパサパサと言わせながら首を横に振る。その目尻には羞恥の涙が滲んでいる。 「んー・・・予行練習ですよ。ね?」 「予行、練習?」 「はい――――スウィートの」 綾乃の耳元、ゾクリと来る様な声で雅人が告げると、綾乃の背中がビクっと伸びて。―――― 一層逃れようと動き出す。その耳は真っ赤になっていた。 そんな綾乃の動きに目を細めて、雅人はいまだにタオルで隠されたところへと手を伸ばした。 「ひぃっ・・・・っ、・・・ぁ・・・」 初めて他人に触れられる感触に、綾乃の身体が大きく揺れる。そこはすでに、少し硬くなっていた。雅人はゆっくりと包み込むように手のひらで撫でていく。 綾乃は、ソコを触られているというだけで、身体が固まってしまっている。雅人はそれを幸いに、さらに力の加減をつけてゆっくりとしごいていく。 「やっ・・・、ああ・・・」 すると、たったそれだけの刺激で、綾乃のそれはあっさりと固くなる。 「ふっ・・・」 なすすべを失くしたのか、綾乃は胸の辺りで両手をぎゅっと硬く結び合っている。 雅人は綾乃のうなじにキスをした。まさか痕をつけるわけにも行かないので、軽いキスを落としながら、指で上下に扱いてく。 「やめっ・・・、だめぇ」 雅人は今度はその肩にキスを落として、少し強い力で先端を押す。 「ああぁ・・っ!」 先端を指の腹で丸くもんでやると、綾乃が声を上げて仰け反った。その先端からは蜜もこぼれ出していた。雅人はその感触に、笑みをもらす。 そしていきなり綾乃の身体を抱え上げて、風呂の縁に座らせた。 「な、に・・?」 いきなりの事に綾乃が驚いていると、雅人はそっと太股に手をかけて再度大きく割らせると、そのままそそり立つ中心に口をつけた。 「えっ・・やだ!・・・やめて・・・っ・・」 いきなりそんなところを口に入れられて、綾乃は思わす雅人の肩に手をかけて引き剥がそうとしたのだが、濡れた感触に、巧みの動く舌にしゃぶられて。その初めて味わう強い快感に、肩にかけた手はすがるように置かれ、声からは押し殺しきれない喘ぎが洩れた。 「ああぁ・・・っ、ふぅっ、・・・あぁー・・・」 下半身が溶けてしまうんじゃないかと思うような錯覚が綾乃を襲ってくる。 上体を起しているのがつらくて、空いた手は床に置いて身体を支えていた。その手の平の爪が、張られた檜に食い込んでいく。 「やぁ・・・・、だめ・・・、でっ、でちゃう・・・っ・・・」 必死で耐えようと頭を振っているが、舌先でくびれをなぶって先端を吸い上げられてば、経験のない綾乃が耐えられるはずもない。雅人の思うがままに追い上げられて。 「あぁ・・・・、でる、・・・いくっ・・・、あああ――――っ」 綾乃は大きく仰け反って、白い喉元をさらして。堪えきれずに雅人の口の中に吐き出してしまった。 経験したことのない圧倒的な快感が駆け抜けて、全身の力が抜けた。支えていた腕の力も抜けて、そのまま後ろへと倒れこむ。 その綾乃の身体が倒れこむより先に、雅人が慌てて救い上げた。腰に手を回し、助け起そうとして、綾乃が気を失っている事に気づく。 「あやの?」 小さく呟いて身体を揺すってみても、目を開く様子がない。抱きとめた身体は異常にほてっていて。どうやら初めて経験する強すぎる快感とお風呂に、のぼせてしまったらしい。 雅人はそんな身体も愛しげに抱き締めて、最後の軽く身体を清めてから綾乃を抱き上げて――――更衣室へと入っていった。 ・・・・・ 「ただいいまぁ・・・」 綾乃はこそっと南條家の扉を開けた。こそっとしても仕方がないのだが、完全に夕飯の時間には遅刻してしまったのだ。 どうせそれならば泊っていきましょうか?と笑顔で言う雅人に、綾乃は真っ赤になったり真っ青になったりしながら、絶対に首を縦には振らなかった。 長い間休んだ分のノートにだって目を通してないし、宿題だってやってないし、雪人くんだって待っているのにと真っ赤になりながらぶつぶつと色々言っていたが、本当の理由はきっとそんな事ではなくて。たぶん、恥ずかしくてどうしていいのかわからないからだろう。 だいたい、普通のドライブデートのはずが、どうしてあんな事になってしまったのか、綾乃には未だに思考が追いついていないのだ。 「おかえりなさい」 帰宅した2人を出迎えたのは松岡だけだった。 「あれ?雪人くんは?」 いつもなら1番に駆け出してきそうな雪人の姿が見えない事に綾乃が首を傾げると、松岡が苦笑を浮かべた。 「拗ねてます」 「え?」 「あらあら。雪人もまだまだ子供ですねぇ」 雅人ののんびりした言葉に、綾乃は思わず。 「雪人くんはまだ十分子供の年齢ですっ」 そう言い残すやいなや、さっきまでの甘い溶けるような空気はどこへ行ってしまったのか。すっかりお兄ちゃんの顔になった綾乃は、リビングへと大急ぎで駆けて行った。 その後姿に、雅人は一瞬目を大きくするも、すぐに松岡とともに優しい笑みを洩らした。 ――――本当に、愛おしい。 「お夕食の準備をしても?」 松岡が少し下がって問うと、雅人はゆっくりと頷いた。 「頼みます」 遅い昼食だったとはいえ、その後に軽い運動が挟まったので、雅人も綾乃お腹がぺこぺこで。 驚いた事に2人を待って夕飯を我慢していた雪人を交えて、その夜はにぎやかな声がいつまでもダイニングから響いていた。 |