神に嫌われた男

第1話「神に祝福された街」

「納得いかねえ!」
「そんなこと言われても、ねえ――団長?」
 人通りの少ない路地で、男たちが会話をしていた。
 町人にしては目つきが悪い。どう見ても堅気の人間には見えないが、誰も気に留める者はいなかった。
「これだけ繁盛してる街なのに――何で警吏(警察官)がいないんだ!?」
 フードを被った男が吠える。
 引き締まった戦闘に適した実用的な筋肉を湛えた腕は、丸太のように太い。
 そして、背中には背丈ほどもある大剣を背負っていた。
「犯罪者がでたらどうするんですかね、この街」
 もう一人の短髪の青年が、他人事のように答える。
 手には、先ほど簡単に盗んだリンゴを握っていた。
 リンゴを盗むことに思い至らず死にかけた少年がいるなど、彼には考えもつかない。
「だろ? 街の外は戦争の真っ最中だってのに、平穏なこの雰囲気は…」
「異様ッスよね」
 二人は、先ほど見た街の様子を思い出していた。
 市場に溢れる人達。溢れる食料品の山。
 全員が笑顔で、「この街には不幸など無い」と言っているようだった。
 それが、二人の眼には不気味に映った。
「それに、警官隊が見回ってもいないのに犯罪が無いだと?」
「この街は周辺諸国から自治権を買ってるらしいですけど」
「金でか? 俺達盗賊にとっちゃ関係ねえな」
 フードの男が地面に唾を吐き捨てる。
 それに対して、短髪の男がリンゴをかじりながら答えた。
「むしろ豊すぎるから標的にされそうなもんッスね」
 戦争が起きれば、若者が死ぬ。
 若者が死ぬ国には厭世感が漂い、犯罪も増える。
 戦争で両親を失った子どもは盗みを働くしかない。
 概して、犯罪者は豊かな街に集まる。盗める物が多いからだ。
 戦乱の世において、警吏(警察官)を置かないこの街はあまりに異常であった。
「俺がガキの頃は何度盗みにしくじって肉屋の親父に殺されかけたか…」
 しみじみと大剣を背負ったフードの男が言う。
「オレは、盗みにしくじったことないッスけどね」
「――俺は坊ちゃん育ちだからな」
 フードの男は、傷だらけの腕を折りたたみ、貴族のように挨拶をする。
 余りに似合わないその所作に、短髪の男には返す言葉がなかった。
「坊ちゃん育ちって…団長の親父さんって大盗賊団の団長じゃなかったでしたっけ?」
「ああ。今もどっかの国でも相手に戦争吹っかけてるだろうな」
「――盗賊が、戦争吹っかけないでください」
「あっはっは。俺はガキの頃から参加してたけどな」
「……とんだ坊ちゃん育ちがいたもんだ」
 短髪の男が呆れ気味に、頭を掻きながら答えた。
 彼の浅黒い肌が、健康的に太陽の光を反射している。
「シフ、ギルは何をしている?」
 突然、フードの男が真剣な顔に戻り、訊く。
 だが、シフと呼ばれた短髪の男は呆れ顔のままだ。
「ギルフォードさん達は、団長の命令で例の悪徳商人の屋敷に忍び込んでるじゃないっスか」
「あ――そういや。あの奴隷商人か?」
「そうですよ。自分で命令しといて忘れないで下さい」
「セイファとロスタフもだっけか?」
「もちろんっス」
 シフが強く頷く。
 ふと彼の目の前を、装丁の派手な馬車が通り過ぎる。
 人通りの少ない路地だけに、車輪の音がガラガラと頭に響く。
「うるせえな、ちくしょう」
「っていうか、護衛もつけないんスね…あれだけの馬車が」
「無警戒すぎねえか?」
「ちょっと、考えられないっスね」
「あの馬車、俺には旨そうなエサに見えるんだが」
 人通りの無い路地を走る派手な馬車は、強盗や盗賊たちの格好の餌食である。
 身包み剥がすもよし、身代金目的で誘拐するもよし。
 『護衛を付けない高級馬車』は盗賊垂涎の的なのだ。
 どんなに治安の良い街でも、襲撃されて当たり前と言ってよかった。
 それが、襲われもせずに裏路地を普通に走っている。
 この光景は二人の眼には異様な光景に映っていた。
「シフよ? どういうことだと思う」
 シフは、「うーん」と唸って答える。
「警戒心が無いくせに治安が良すぎる街ねえ……」
 シフは、唸りながら市場の様子を思い出していた。
 近隣の街では、まず見られない程の人が集まっていた。
 最初に見た瞬間、祭りでもあるのかと眼を剥いたほどだった。少なくともシフが今まで見た街は、人出も店の数もこの街の半分以下だった。
 何より、スリがいない。孤児も見当たらない。
 世の中には戦災孤児や貧乏人が溢れているというのに。この街では、ほとんど見かけなかった。
 スラム街も無い。貧乏人はいるのだろうが、盗みを働くほど困っている人間はいないということだろうか。
 完全にシフの理解の外だった。
「『神に祝福された街』ねえ…」
 シフは、頭を強く掻いて呟く。
「わかんないッス。考えるのは苦手ッス」
「考えるのは俺たちの仕事じゃないからな。ロスタフかギルでもいればよかったんだが」
「それ、完全に団長の人選ミスじゃないっスか」
「うるせえな、少しはお前も頭を鍛えとけ!」
「団長こそ!」
 やや、イライラ気味の団長に頭を小突かれるシフ。
「仕方ねえな――シフ」
「なんスか?」
「ギル達呼んで来い。そろそろ襲撃も終わってるだろ」
「うぃっス。『ボルダー盗賊団』集合っスね」
 シフは、頷くと元からその場にいなかったかのように、土煙りさえ立ち上らずに消えてしまった。
「さて、何にもわかんねえから…」
 男は一瞬思案顔になり、呟く。
「さっきの馬車でも襲撃したら何かわかるか――?」
 突然、場の空気がピンと張りつめた。
 凍りつくような殺気。どこから見られているのか全くわからない。
「――――!!」
 後頭部にジリジリとした違和感を感じ、男は横に飛んだ。
 間一髪で、先ほどまで男のいた空間を矢が通り過ぎていった。
「何もんだ!?」
 返事は帰ってこなかった。
 その代り、別のものが飛んできたのだ。
 自分に向けて全方位から無数の矢が放たれているのが見えた。
「囲まれた――のか!?」
 ボルダー盗賊団団長ボルダー・ワイルダーは余りに大きすぎるその剣を――抜いた。