「嘘やで」
「え?」
柔らかい風が吹いて七分咲きの桜の花びらが数枚舞った。
そのうちの一枚が一瞬頬に触れた…ような気がした。
「正確に言えば嘘やないんやけど…」
ちょっと考え込むように斜め上を見て間を置く。
「やっぱり青春には甘酸っぱいスパイス?必要やん?」
「はは…」
話は5分ほど前。
卒業して何回目かの春、潜り抜けかけた雷門中の校門横、桜の木の下にその見たくない顔はあった。「うげっ」と喉の奥から何かが漏れたが向こうが気づくのが一瞬早く。
「あ…」
木の下の主、一之瀬も校門のリカに気づくなりちょっとバツの悪そうな顔をする。何の因果かこんな表情だけ気が合ってしまった。
ガングロヤマンバメイクは相変わらずだが、元より素材の悪くないリカは年相応の成長を果たしていた。女子にしては平均よりも高い身長にしゅっとした小顔、多少好みの問題はあるとはいえ全身施された隙の無い出で立ちでたたずむ姿はどこぞの読者モデルと言われたら多分普通に信じる。
対して一之瀬もかつての面影そのままの好青年で硬軟兼ね揃ったイケメン。むしろ傍から見たら美男美女の逢引に見えない事も無いのだが、実の所ただの偶然だった。それもかなりのレア確率での。
「こっち帰ってきてたんや」
「うんちょっとね…リカも?」
「まあうちはしょっちゅう東京来とるけどな」
ここ東京やで、アメリカと大阪からて偶然ちゅうかこれって運命やん!?
…まあ数年前だったらそんな風に続いたんやろなあ、と思ったら季節に似合わない冷や汗が出てきた。
よわなったなあ…年かな
「あ、じゃな」
間が持たん、間はべしゃりの命や、言い訳という名の葛藤を逡巡させ足を踏み出す。
「え、あれ…雷門に用があったんじゃないの?」
「通りかかっただけや」
確かに一回は校門を潜り抜けようとしてた。しかしこうなった以上中止や中止。
「そう」
大丈夫、確か雷門には裏門があるはず。目的地だった部室も裏門からの方が近い。問題ない。
ぐるぐると記憶の中の雷門中地図をたどりつつそれに見合った理由づけを探す。
「リカとも久しぶりにゆっくり話したいとは思ってたんだけど」
―――ん?
「あの電話からそれきりだったから」
「……」
地図がぼやけた。
「ダ……あんなあ」
通り過ぎようとした校門に踵を返しその線を越える。
ずっと逸らしてた視線の中にまっすぐ一之瀬を捉えて。
「嘘やで」
「え?」
柔らかい風が吹いて七分咲きの桜の花びらが数枚舞った。
そのうちの一枚が一瞬頬に触れた…ような気がした。
散るにはまだ早い。
「…ん、まあ正確に言えば嘘やないんやけど…」
ちょっと考え込むように斜め上を見て間を置く。
やっと得意の間を使いこなせた。
「やっぱり青春には甘酸っぱいスパイス?必要やん?」
「はは…」
こういう笑い方をする時はなんだかよくわからないけど笑ってごまかそうって時。
そんなんよう知ってる。短いけれど濃い月日やったもん。
「めっちゃ好きなんはほんとやで?てか今も変わらん。けどな、そのなんや…嘘や」
「そう…なの?」
「そうや」
くそ、うまい事よう言えやん。
口の中が苦い。
ほころぶ桜のつぼみみたいな一之瀬の苦笑いがその味を一層際立たせる。
ふわっと、遠くから花の香りがした。
これは桜とは違う。
あかん。これは。
「ほんじゃなダーリ……一之瀬!」
「あ」
数歩後ずさりしてそのまま校門前の道を小走りで駆けだす。
一之瀬のお決まりの挨拶を聞いてる余裕なんか無かった。
ややしてリカの背中から声がする。
思った通りの花のような声。
「待たせてごめんね、一之瀬くん」
「あ、うん大丈夫」
「あれ、今……リカさん?」
「……うん」
急ぎカーブを曲がったリカの姿はしかしはっきりと秋の視界に入ることは無かった。
「嘘なんだろ?」
「あんたなあ……」
裏門から駆け付けた雷門中の部室。
あからさまに中学生ではない女子が一人、スポーツ紙に目を落としながらリカを見るでもなく呟く。
リカのこめかみには青筋が立っていた。
「知ってるなら警告メールの一つも寄越さんかい!」
「警告て…お前らは犯人と刑事かなんかかよ」
「誰が影山と鬼瓦や!」
「ていうか知ってるって言っても日本に帰ってきてるってことくらいだし」
「帰ってきたの知ってるなら雷門に来そうなことくらい予想つくやろ!」
リカがばんばんと塔子の読んでるスポーツ紙をたたく。裏一面のカラーページ。嫌でも目に入るでかでか踊る見出しには『フィールドの魔術師緊急凱旋帰国』。
「つかお前もニュースくらい見とけよ!」
「見とるわ芸能ニュース!」
「知るか!」
ぽんぽん弾む二人の会話は最高の間で構築されている。
心地の良い、最高の、いつもの間。
ややあって静寂。
「…なんでわかったん」
「裏門の方から走ってきたじゃん。校門の所で会ったんだろ、一之瀬と」
「お見通しかい」
「わかりやすいんだよリカは」
塔子はにやっと笑うとくるくるっと手際よく丸めたスポーツ紙でぽんっとリカの頭を小突く。
「嘘ついていい日だからって」
「……」
「嘘つかなくちゃいけない日じゃないぞ、4月の大馬鹿野郎」
「……うっさいボケ」
うつむいた表情は見られたくないものなんだろう。
それなら尊重してやる、と。
「わ!」
ばさっとスポーツ新聞を広げてリカの顔の真ん前に。
「いきなり何しよるん!」
今度は一面、大見出しは『再結集・伝説のイナズマジャパン!』。
「!!」
「明日!やるんだってさ試合!あん時のユニコーンと!」
「…ニュース見とくんやった」
塔子がにひひと笑いながら新聞を爪ではじく。
「だから大阪から呼んだんだっての。行くだろ?もちろん」
「……おうよ」
「で、どっちのスタンドで応援する?」
「あほか、塔子」
ぐすっと鼻をすすり上げながらしかし強く答える。
「うちらは地上最強雷門イレブンやで!」
[END] |