戦いすんで日は暮れて

 まばゆい光と共に、京を騒がせた大妖怪は姿を消した。
 オレと佐為はほとんど同時にため息をつく。
「まったく、人騒がせなじいさんだったなあ」
「……そうですね」
「じゃ、行こうぜ佐為。みんなが待ってる」
 歩き出したオレに、佐為のついて来る気配がない。不審に思って振り向こうとしたオレの背に、佐為が言った。
「あなたが好きです、光」
「へ……?」
 驚いて、思わず間抜けた返事をしてしまった。振り向くと、佐為の真摯な瞳にぶつかった。視線が痛いくらいだ。
「……今だからこそ言える。警護の為ではなく、戦友としてでもなく、恋人として、私と共にいてくれませんか?」
 きっぱりと言った佐為の、扇子を持つ手が白くなっていた。力の限り握り締めているんだろう。まっすぐにオレを見据えて全身でオレの答えを待っている。
 バカだな、そんなに緊張しなくたって、答えは決まってるのにさ。
「いーよ」
「……え?……」
「だから、いーよ」
 あまりにあっさり答えたせいか、佐為は目を丸くして立ち尽くしている。
「ずっと一緒だって、言ったろ?」
 そう言ってやると、やっと佐為はオレの言葉を理解したようだ。そして恐る恐る聞いてきた。
「あの、でも、明殿の事は……」
「はあ?あいつが何?」
「だって光、明殿の事気にかけてたし……。戦友だって……」
「戦友だろ?恋人なんて言ってないぞ」
「……そ……そうですか」
 何を言うかと思えば、そんな事気にしてたのか……。あからさまにほっとした顔してさ。
「じゃ、本当に光は私の事……」
「好きだよ」
「ほ……本当に私で良いのですか?」
「しつっこいなあ。オレ……近衛光は、藤原佐為が好きですっ!何度も言わすなよな!」
 こっちだって恥ずかしいんだぞまったく!
「光……」
 佐為は嬉しそうに笑った。本当に幸せそうに。
「ありがとう……光」
「ヘンなの。礼なんか言う事か?」
 照れ隠しにそう言うと、佐為はもう一度「ありがとう」と言った。
「ずっと一緒ですね、光」
「ああ」
「約束ですよ」
「……オマエ、ちょっと」
「なんですか?」
 本気でしつこい!
 殴ってやろうかと思って見上げた顔。
 クソ、こんなに身長差あんのかよ。
 しょうがなく指先でちょいちょいと示すと、佐為は素直に腰を折った。動きにあわせて黒髪が流れる。その髪に縁取られたキレイな佐為の顔。殴るのはちょっと気が引ける。悪戯心に恋心も手伝って、オレはきょとんとしている佐為の唇に自分の唇を押し付けた。
「約束の証……って事で」
 そう言って、オレは呆然としている佐為に構わずスタスタと歩き始めた。
「……ま、待ってくださいよ……光っ!!」
 佐為がようやく自分を取り戻してついて来たのは、たっぷり五分後だった。


 てな訳で、事件は解決。佐為も宮中に戻ったし、オレ達はめでたく恋人同士。
 良い事尽くめな筈なのに、オレは最近不機嫌な日々を送っている。

 理由は色々ある。
 佐為が宮中勤めになったから、会う時間が減ったとか。そのくせ佐為は忙しい合間を縫って、町の人に囲碁を教えていることとか。いや、それはそれで実に佐為らしいのだけど。
 事件以来、宮中にとどまらず女の人から恋文が山ほど贈りつけられているのにもムカツク。佐為の奴が、一人一人バカ丁寧に断りの文を返しているけど。

 でもなにより一番イライラするのは、あいつが、オレに何もしてこない事で。

 断っとくけど、決してオレが色ボケしているわけじゃない。そりゃオレだって、そういう気がないわけじゃないけど、別に絶対必要だとも思ってない。かといって、佐為の誘いをオレが拒んでいるって訳でもない。
 ただ、アイツ一人が、悶々としてるんだ。
 熱っぽい目でオレを見るくせに、全身でオレを意識しているくせに、手ひとつ握ってこない。いや、握れない。囲碁にかけちゃいっそ攻撃的な面すら持ってるくせに、こう言う事に関してはホントに奥手なんだ、佐為の奴。あんな辛そうな顔して我慢してるの見てるとさ、なんかドキドキ以前にイライラしてくるんだよな。言いたい事あるんならはっきり言えって感じだよ。かといってオレから言うのもなんか癪だしさ。そのうち何とかなるかなって放っといたんだけど、そしたらもう三ヶ月もこの悶々状態だよ。

 だから、オレ、決めたんだ。


「よー佐為居るかー?」
 ドタドタと足音も荒く廊下を進む。勝手知ったるなんとやらで、迷う事もなく佐為の自室へ入った。
「ひっ光?!どうしたんですか?」
 佐為は、碁盤の前で一人で棋譜並べをしていた。突然のオレの訪問に驚いたのか、打とうとしていた黒石を取り落としてしまった。
「何だよ、来ちゃマズイのか?」
 どっかりと佐為の対面に腰を下ろす。
「そそ、そんな事はありませんが……」
 佐為はあたふたと零れ落ちた碁石を拾い、碁笥に返した。そしてそのまま盤面の碁石を片付け始める。
「ああ、いいよ。続けて続けて。終わったらオレと一局打とうぜ」
「は……はあ。それは構いませんが……でも光、もう遅いですし、いくら妖怪退治が終わったとはいえ夜道は危険ですよ。私がお送りしますから、今日は帰ったほうが……」
「いいよ、泊めてもらうから」
「は?」
 驚いた佐為は、今度は手に持っていた碁笥を取り落としてしまった。派手な音を立てて中の碁石があたりに散らばる。
「あーあー、もう、何やってんだよオマエ」
「え、ああっ!」
 慌てて碁石を拾い始めた佐為に呆れつつ、オレも碁石拾いを手伝ってやる。
 佐為はもう、完全に混乱していた。
 碁盤の下の碁石を拾おうとして頭をぶつけたり、黒石の碁笥の中に白石を入れたりしている。ため息をついて白石を取り出そうとしたオレの手と、碁石を碁笥に返そうとした佐為の手が触れた。途端に佐為は飛び上がらんばかりの勢いで後ずさる。
「すっすみません光!」
「……あのさー、そんなに嫌なわけ?」
「え?な、何が?」
「オレが泊まるの」
 泊まる、と言う言葉に、佐為の肩がビクリと反応した。
 だからさー意識し過ぎだっての……。
「そ……そういうわけではありませんよ。ええ、決して嫌というわけでは……」
 再び碁石をかちゃかちゃさせながら、佐為は呟くように言った。
 目が泳いでるぞ……情けない……。
「オレ達、恋人同士、だもんな?泊まりくらい当然だよな?」
「え?!」
 再度取り落としそうになった碁笥をとっさに受け止めようとしたオレは、勢い余って佐為の身体をつき飛ばしてしまった。努力も空しく碁石は再度畳の上に散り散りに。かえって被害を広げてしまった。更には佐為の烏帽子まで勢いのままに転がってしまっている。
「あちゃー!悪い!受け止めようとしたんだけど……」
 身体を起こしかけて、はた、と気付く。
 自分の体の下に、佐為の驚いた顔と硬直した体がある。仰向けに押し倒された佐為の上に、オレが馬乗りになっていたのだ。偶然とはいえこの体勢は好都合だ。
 逆ならもっと良かったんだけど、これでもまあ良いや。さあ来い、佐為!
「……光……」
「佐為……」
「あの……退いて下さい……」
「へ?」
 何で?こんなオイシイ状況なのに、なんで利用しないんだ?
 呆気にとられるオレを諭すように、優しく押し戻そうとする。
 もしかして、佐為にはそんな気はないのかな?オレの勘違い……?
「佐為!」
「は、はい!」
「なんで何にもしないんだよ?」
「何にもって……あの……?」
「だから、そのー……ああもうっ!」
 まだるっこしくなったオレは、勢いをつけて佐為に顔を近づけた。目をつぶってたから少し目測がずれてしまったけど、強引に唇を塞ぐ。
「ダメです、光!」
 佐為が無理矢理引き剥がす。
「……なんでだよ!?」
「だって、あなたはまだ子供です。こんな事はまだ早すぎます!」
「コドモじゃねえよ!ちゃんと知ってる!」
「知ってるって……何を知ってるって言うんですか?!」
「だから、ホラ、加賀とか、和谷とかがさ、教えてくれたんだよ、頼みもしないのに……。だから!」
「光!!」
 がむしゃらに叫ぶオレを佐為は強く抱きしめてきた。
「……佐……為……?」
 しばらく抱き合った後、佐為はゆっくりと口を開いた。一言一言噛み締めるように。
「……確かに私は、あなたが欲しい。心だけではなく、身体も全て自分の物にしたい」
「だったら……」
「でもそれ以上に、あなたを大切にしたい。傷つけたくないのです」
「……」
「私の態度があなたを追い詰めてしまった。私が未熟だから。こんな私では、尚更あなたを抱くわけにはいきません」
 佐為の言葉にオレは首を振った。納得したくなかった。だって、今、こうして佐為の腕の中にいるのが信じられないぐらい心地良いから。初めて知った佐為のぬくもりを、手放したくない。もっと、もっと知りたい、佐為の事を。だから。
「佐為は、オレとこうしてるの、嫌なのか?」
「嫌なわけないでしょう?」
「うん、オレも、嫌じゃない。こうしてると、嬉しい。ドキドキする。佐為と同じだ」
「光……」
 確信を持って、オレは佐為の腰に手をまわし、体を預けた。佐為の好む香の移り香が鼻をくすぐる。耳を当てると、佐為の心臓の音が聞こえた。予想通り段々と早くなっていく。
「オレも、佐為とおんなじように、佐為が欲しいよ」
「……光……」
「ダメか?」
「……光にはかないませんね」
 佐為は一つ息を吐き、次いで、オレの身体をくるりと反転させた。
「わ……っと」
 体勢が逆になった。佐為のキレイな顔が、オレを見下ろしている。灯りを背にしているからはっきりとは見えないけど、それでもその表情は判る。あの、熱を持った瞳で、オレを見ている。
「どうなっても、知りませんよ?」
「ああ……構わないぜ」
 唇を合わせる。初めて、佐為の方から。初めは優しく、次第に強く、深くなる。
 し、舌が入ってきた。そっか、こういう風にするんだ、嫌じゃないけど……ヘンな感じだな……。
 どうやって息継ぎすればいいのか判らず、段々息苦しくなってきた。佐為は気付かない。我慢できなくなって、佐為の背を叩くと、ようやく放してくれた。
「ぷはーっ!」
「ど、どうしました光?」
「や、ごめっ、息が……」
 ああ、死ぬかと思った。
「鼻で呼吸するんですよ」
「だって、そんなの、口に集中してっから……って、笑いすぎだぞ!」
「すみません」
 佐為は肩を震わせている。ようやく笑いを収めると、もう一度、すみませんと言った。
「本当に……光は光ですね……」
「何だよ、それ」
「いえ……そんな光がとても好きですよ」
「……」
 真顔で言われても、どんな反応すりゃいいんだかわかんねえよ。
「では……続けますよ?」
「わかった、鼻で息するんだなっ!」
 佐為は口元を押さえた。笑いを堪えようとしたらしい。
「頑張って、下さいね……」
 どうにか笑いを押さえて出た言葉がこれだった。呆れているオレに、佐為の唇が再び降りてくる。黒髪が流れて、オレの頬に触れる。少しひんやりとしたそれとは対照的な、熱い唇が重なった。吐息が、混ざる。舌が入ってきても、今度は離れずに深く絡めた。何だか頭がクラクラする。ちゃんと鼻で息してるのに、苦しい。でも、嫌な苦しさじゃない。
 しばらくお互いを確かめ合っていた唇が、ごく自然な動きでオレの首筋に落ちた。その感覚に、オレは身体を竦める。
「さ、佐為!!」
「……やっぱり、やめますか?」
 悲鳴じみたオレの言葉に、佐為が顔を上げる。
「ち、違う、そーじゃなくて……えーっと」
「はい?」
 佐為は優しい目でオレの言葉を待っている。
 うう、こういうときにアレだけど、でもはっきりさせないと、この先が困るし……。
 オレは意を決して口を開いた。
「あ……あのさ、やっぱオレが、女……なのかな?」
「え?」
「や、だからさ、えっと、男同士の時は、役割分担が必要だって……だから」
 ああ、クソ、顔から火噴きそうだ……。
 しどろもどろのオレに、佐為は僅かに眉を寄せた。
「加賀殿からどういう風に教わったのか知りませんが、私は別にそこまでは考えていませんよ」
「え?で、でも……」
「あなたに、こうして触れられるだけで満足です」
 そう言って笑う。
「嫌だ。ちゃんと最後までやろうぜ?何か中途半端ってすっきりしねえじゃん」
「……何故、そんなに事を急くのです?光」
「何でって……」
 何でだろう……。自分でもよく判らない。別にこれが最後の機会ってわけじゃないのに……でも……。
「……光?」
 佐為が、オレをみる。優しい目。いつもオレを気遣ってくれる。オレが佐為を護ってやるって豪語しながら、そのくせオレは佐為に背中を預けている。見守ってもらっている。
 ああ。
 追いつきたいんだ、オレ。
 身長とか、経験とか、そういうのひっくるめて、対等になりたいんだ。佐為と一緒になりたい。
「……上手く言えない。ごめん。でも、オレ……」
「光……」
 佐為はオレの言葉に、何かを悟ったらしい。そっとオレの前髪をかきあげて、額に唇を落とした。
「……私はどちらでも構いませんよ。男でも女でも」
「へ?」
「でも光が辛い思いをするのは嫌ですね」
 ようやく佐為の言葉の意味を理解して、オレは顔が赤くなるのを感じた。
「やっぱ、女……の方って痛いのかな?」
 恐る恐る聞くと佐為は苦笑した。
「怖いですか?」
「怖くなんかねえよ!痛いのは嫌だけど……でも佐為のすることなら、全然怖くない」
「無理しなくてもいいんですよ?」
 言いながら、佐為はオレの体の線を確かめるように指先で辿った。布越しの微かな感覚にすら、オレは身体を竦ませてしまう。
 でも、逃げるわけにはいかない。
「平気平気。……それにオレ、やり方よく判んないし……。佐為は知ってるんだろ?」
「はあ……まあ……それなりに」
「じゃ、決定!さ、どっからでも来い!」
「勝負じゃないんですから……」
 呆れたように肩を竦めて、佐為が言う。
 子供っぽいって、思ってるのかな?でも、こんなの初めてで、どうしたらいいのかわかんないんだからしょうがないじゃん!
 腹立ち紛れに、佐為の首に腕を回して引き寄せた。口付けを交わすうち、また頭の後ろが痺れてきた。鼓動が早くなる。再び首筋に唇が降りて来ても、今度は止まらなかった。オレがその感覚に意識を集中してる間に、佐為がオレの衣服を緩めていく。はだけられた胸元にも唇が降りてきた。時折吸い上げられて、赤い痕が散っていく。初めて佐為と出会った、あの春の日の桜のように。佐為の手が、唇が、次第にあらわになるオレの身体を侵していく。体中が佐為に包まれていくようだ。
 オレはもう、考える事を止めた。ただ、佐為の与える優しくて甘い感覚を追った。息苦しさに空気を求めて荒い呼吸を繰り返しながら、それでも離れまいと佐為にきつくしがみついた。
「ひ……あっ」
 胸って、男でも感じるんだって、今初めて知った。いつもはその存在なんか忘れられてるのに、今はここぞとばかりに赤く染まって自己主張している。佐為はその赤い突起に舌を這わせ、吸った。
「や、やだ……」
 押しのけようとした手を捕られる。佐為はしばらくそこを弄った後、静かに体を起こした。ふいにはなれた重みに息をつくと、すぐにまたぬくもりが降りてきた。今度は布越しじゃなく、直接佐為の肌が。何時の間にか、重なった裸の身体に佐為の衣を羽織るだけの姿で、オレ達は互いを確かめ合っていた。 「あ!」
 体の中心に一際熱さを感じて、オレは身を捩った。男として当然の反応なんだけど……でも妙に気恥ずかしい。
「光」
「や……見ないでくれ、佐為」
「光、大丈夫ですよ」
 耳元で囁かれる。そしてそっとオレの手を取り、自分の体の中心へと導いた。触れた佐為自身は、オレと同じように熱を持っていた。
「ね、私も、ですよ」
「……ん……」
 恐る恐る、佐為の昂ぶりに指を這わせた。そこは堅く、脈打っている。
 何だか、信じられない。こんなキレイな顔して、物腰も柔らかで、しばしば女の人と間違われるくらいなのに。ちゃんと、男なんだ、佐為って。当たり前なんだけど。でも何だか安心した。佐為が本当にオレを欲しがってるんだって、実感できた気がする。
「ひ、光、そのくらいにしておいてください……」
「え?あ、ごめん」
 考え事をしながら、ついつい弄りまわしてしまった。
「すみません、このままだと抑えがきかなくなりそうだったので……」
 佐為はそう言って笑うと、今度はオレの身体に手を伸ばしてきた。
「や……っ」
 触れられる。佐為のキレイな手が、オレの身体の中心を辿っていく。長くて白い指をオレの中心に絡めて、そっと扱き始めた。
 ああ、もう、どうにかなってしまいそうだ。
 刺激が強すぎて、気持ちいいのか苦しいのか判らない。自分でもろくに触った事がないのに、佐為にこんな事をされてるなんて。混乱した頭では快感を抑える術など判るはずもなく、あっけないほど早くオレは佐為の掌で達してしまった。
「わっ!ご、ごめん、佐為っ!」
「謝る事はありませんよ、光……」
 佐為は目を細めて微笑み、あろう事かオレの放った液体を舌で舐め取ってみせた。
「や、やめろよ、汚いよっ!」
「汚くなんかないです。光の、モノですから」
 居たたまれなくなって、オレは両手で顔を覆った。めちゃくちゃ恥ずかしかった。耳まで赤くなった顔は、湯気が出てきそうなほど熱かった。
「なんか、ヤダ。佐為を汚してるみてえ……」
 呟きが、濡れる。佐為はそっとオレの手を取り、目尻に溜まった涙を唇で掬った。
「違いますよ、光。私達はお互いを分けあっているんです。一つに、なるために……」
「佐為……」
「今度は、私を受け止めてください、光」
「う……うん」
 頷いて、目を開けると、そこには確かに欲情に濡れた佐為の瞳があった。でも決して、汚れているようには見えなかった。いつもの、澄んだ佐為の眼差し。
 佐為は、佐為だ。
 いつもの、あの穏やかな瞳も、碁盤に向かう真剣な瞳も、そして今、激情に揺れる瞳も、みんな同じただ一人のもの。オレは、その全てが好きだ。
 その佐為が、オレと一つになろうとしてくれている。
 何も、不安に思う事なんかない。ありのままの自分を佐為の前に曝け出して、そして受けいれてもらえばいい。
 オレは体の力を抜いた。
 後はただ、佐為にされるまま、素直に反応し、声を上げた。自分の声とは思えないほど濡れた嬌声を止めることもしない。佐為の体にしがみつき、その背にかかる黒髪に指を絡めた。佐為の手がオレの体の最奥を探るように触れてきた時も、ビクリと体を震わせただけで抗うことはしなかった。
「傷つけてしまうかもしれません。……それでも良いですか?」
「……大丈夫、だよ」
「……光」
 荒い息の下で答えると、佐為はためらいを振り切るようにオレの名を呼んだ。入り口を探っていた手を引き、オレの足を大きく広げさせる。
「さ、佐為……」
「少し、我慢しててください……」
「……う……ああっ」
 広げられたそこに、佐為が唇を寄せた。
 一度吐精したというのに早々と立ち上がっているオレの中心に、宥めるように口付けしてから、佐為を受け容れる場所へと舌を這わせていった。
「あ……あ……」
 反射的に閉じようとするオレの両腿を抑えて、佐為はオレの最奥に舌を差し入れた。
 加賀の情報もあてにならない。こんなことするなんて、聞いてないぞ。
 混乱と羞恥に逃げ出したくなる自分を押さえ、オレは唇を噛んだ。自分のとらされてる格好も、されている行為も、もうオレの羞恥の限界を超えている。暖かい佐為の舌が、秘所を這いまわりたっぷりと唾液を塗りつけていく。頃合をみて指を入れてきた。
「……っ」
 決して焦らず、ゆっくりと、佐為の指がオレの中に侵入してくる。時間をかけて奥まで埋め込むと、異物感に蠢く内部を慣らすようにそっと撫でた。三本まで増やしたところで、佐為はゆっくりと指を出し入れしはじめた。
「ん……んっ」
「……痛いですか?」
「んんっ」
 首を横に振る。痛みはなかったが、慣れない感覚に言葉を出すことができなかった。
「良い……ですか?」
「ん……」
 頷くと、佐為は静かに指を引き抜いた。
「いきますよ……光」
「佐……為……」
 佐為の熱い昂ぶりが、オレにあてがわれる。緊張に体を硬くしたオレの頬に、佐為が軽い口付けを落とした。オレが佐為の背に手を回したのを合図に、佐為自身がオレの中に入ってきた。
「ああっ!」
 さすがに、その容量はさっきの指の比ではない。無理に広げられた入り口に痛みが走った。押し戻そうとする内壁に抗うように佐為が腰を進める。
「息を吐いてください……力を入れると余計辛くなりますよ……?」
「無……無理だよ……っ」
 涙声のオレに、佐為は気遣うような視線を向ける。だが、止めようとはしなかった。片手でオレの中心を包み、軽く扱く。
「はあ……っ」
 快感に緊張を緩めた一瞬を逃さず、佐為は強く突き入れた。
「う……っっ」
 ようやく根元まで収めて、佐為はため息をついた。
「ああ……光」
 満足そうに目を細め、汗で張り付いたオレの前髪をそっと払ってくれた。何時の間にか頬をつたっていた涙に唇で触れ、瞼にも、鼻先にも、もちろん唇にも、優しい口付けを落とす。そうして、うっとりとオレを見つめてくる。
「あ……あんまり見んなよ……」
 今、オレはどんな顔をしているのだろうか。
 きっと情けない顔なんだろうな……泣いちゃってるし、汗びっしょりだし……。
「どうして?とてもキレイです」
「はあ?」
 キレイなのはオマエの方だよ、佐為。こんなときでも、オマエはホントに変わらずキレイだ。
「あなたを、愛しています」
 キレイな唇が、しっかりと告げる。
「私は今、本当に幸せです。あなたと、こうして一つになれた事を神に感謝します」
 またそれか、と思ったけど、黙って頷いた。
 だって本当に幸せそうな顔してるから。オレも……幸せだから。
「……オレも、愛してる、よ」
「光……」
 そうして、もう何度目か判らない口付けを交わして、佐為が行為を再開し、オレはそれを受けいれた。繰り返される波のように押しては引き、引いては押す快感に翻弄されながら、それでもオレは佐為から離れようとはしなかった。何時の間にか握り締めていた手に、佐為の手が重なり、強く握り合う。
 やがて、追い上げられた熱が一点に集まり、弾けた。佐為の迸りを体の奥で受け止めて、オレは心地良い疲労感に浸っていた。


「ありがとうございます、光」
 行為の余韻にうとうとしかけたオレに、佐為が言った。
「だからさ、礼を言うようなことじゃないだろ?」
「体、辛くありませんか?」
「平気平気……でも、さすがに疲れたなー」
 言いながら、佐為の胸元に頭を擦り付けた。佐為は優しくオレの頭を撫でてくれる。灯りの落ちた室内はすっかり闇に沈んでしまって、佐為の表情を窺う事はできない。でも、穏やかな空気がオレを安心させてくれる。単衣を纏って、夜具を掛けただけの体を佐為のぬくもりが包んでいる。それだけで充分だった。
「眠いですか?」
「ん……まあね……」
 欠伸を一つ。
「明日の仕事に障らないといいのですが……」
「それはお互い様」
「しかし、光の方に随分無理をさせてしまったから……」
「そう思うなら、明日この碁石、佐為が片付けてくれよな」
 散らばった碁石をほったらかしにして突っ走っちゃったから、まだそのままなのだ。暗いから今はよく判らないけど、それでも目を凝らせば白石くらいは判別できる。結構な数だ。
「はい……」
 佐為は気落ちした声で答えた。
「何?片付けるの嫌なのか?」
「そうではありませんよ。碁打ちとして、この状況はどうかと思いまして……」
「後悔してるのか?」
「いいえ」
「じゃ、いいじゃん。悪いと思うならさ、明日キレイに拭いてやるとか、どう?」
「そ、そうですね!心をこめてやりましょう」
 佐為が何度も頷く。
「……オレにも責任はあるし、やっぱり手伝うよ。一緒にやろうぜ、佐為」
「はい」
 オレは嬉しそうに笑う佐為の体に擦り寄って目を閉じた。佐為の鼓動を聞きながら、その  まま穏やかな眠りに落ちて行った。


佐為ヒカ。ゲーム設定です。未プレイの方はすみません…。