街道沿いにある茶屋の、ごくありふれた景色の中。
 不意に現れた男が、店先に腰掛ける客の一人を認めて歩みをそちらへと向けた。男は口端に笑みを浮かべ、おもむろに客の前で足を止め仁王立ちのまま刀の柄に手をかけた。
「橘右京、だな」
 言葉とともに眼前に突きつけられた刀身に眉一つ動かすことなく、客……橘右京は口元に運んでいた湯飲みを盆の上に置いた。
「いかにも」
 平然と、答える。
「ならば是非、一手手合わせ願いたい」
 男は右京の答えに満足気に目を細めると、突きつけた刀を鞘に納めてから言った。
「お主と剣を交えるいわれがない」
 右京は無表情のまま言葉を返した。一見穏やかに見える二人のやり取りの中に不穏な空気を感じたのか、茶店にいた人間は固唾を飲んで成り行きを見守っている。
「理由は至極単純よ。俺は強い奴と戦うのが三度の飯より好きなもんでな」
「ほう」
 短く答え、右京はつまらなそうに目を伏せる。右京の反応に、男は意外そうに何度か瞬きしてから、伏せられた睫の奥を探るようにその顔を覗き込んだ。
「乗り気じゃねぇようだな」
「当然だ。何故私がお主を喜ばせるためにわざわざ剣を取らねばならん」
 つれない言葉に一瞬怯みかけた男であったが、暫し思案を巡らせた後いかにも妙案とばかりに一つ頷いてから口を開いた。
「ふむ、ならこうしねぇか?敗者は勝者の言う事を何でも聞くっていう条件で手を打たんか?」
「……童ではあるまいし……」
 右京は呆れたように肩を竦めた。だがそれでもしぶしぶといった様子で立ち上がる。
「勘定はここに置く。騒がせてしまったようですまぬな。釣りはとっておいてくれ」
 右京は空になった湯飲みの脇に数枚の銭を置いて、店の奥に声をかけた。店主の返答はどこか怯えたものであったが、右京は苦笑するにとどめて立てかけておいた刀を手に取った。
「お、その気になったか?」
 漸く腰を上げた右京に、男は嬉しそうに満面に笑みを浮かべ邪魔にならぬよう一歩後へ引いた。
「……お主、名は?」
 右京は男の空けた道をゆっくりとした歩調で進みながら、背を向けたまま男の名を問うた。
「俺か?俺は覇王丸だ」
「……」
 名を聞いて無言で軽く頷き、右京は歩みを僅かに速める。覇王丸は主人に従う犬のように軽い足取りでその後を追った。



 右京に導かれるまま辿り着いた先は、穏やかな波の寄せる海岸であった。足場の良い岩盤の上に向き合うと、二人は静かに刀を抜いた。
「では尋常勝負といこう」
「うむ、参る!」
 力強い足取りで覇王丸が間合いを詰め、気合とともに刀を振り下ろした。が、右京は絶妙の間合いでその刀の軌跡から逃れる。振り切った刀を返す手で再度切りかかったが、これも紙一重で右京の肌すら傷つけられなかった。
「ちいっ!」
 覇王丸は素早く体制を立て直し、飛び退いて距離を取った。
「旋風烈斬!」
 振り切った剣圧で小型の竜巻状の気流を生み出し、右京に向かって放った。かわす為に右京が飛翔する。ここまでは覇王丸の思惑通りであった。しかし、旋風烈斬を飛び越えてきた相手を切り落とそうと刀を構えた彼は、右京の剣が閃いて銀色の光条になるのを見て動きを止めた。そしてその一瞬後には、自分の体が岩に叩きつけられていたのだ。衝撃で視界が歪む。どうにか体を起こしたものの、刀を持つ腕は痺れ握ることが精一杯でとても反撃をすることができない。信じられない思いで硬直する覇王丸の喉元に、冷たい光が突きつけられた。
「い……今のは……」
 剣先で身動きすることを阻まれた覇王丸は、無理な体勢のまま右京を見上げた。
「秘剣燕返し。……私と剣を交えるにはまだまだ力不足のようだな」
「く……」
 覇王丸は悔しさに顔を歪め唇を噛んだ。その表情に満足したのか、右京は出会ってから初めて口角を引き上げ喉の奥で小さく笑った。
「相手の力量を見極めるのも、己の実力の内。覚えておくがいい」
 右京は薄く笑みを浮かべたまま、諭すように言葉を連ねながら剣を納めた。
「あーあー、ごもっともで」
 冷たい光が鞘に収まれば、漸く覇王丸が緊張を解いた。そのまま不貞腐れたように大の字になる。右京は笑みを深めつつ傍らに膝を折ると彼に手を差し伸べた。
「立て。約束を果たしてもらうぞ」
「ち、しょうがねぇなぁ」
 ぶつぶつと口の中で呟きながら、素直に右京の手を取って立ち上がる。
「怪我は?」
「たいしたこたぁねぇ。……打ち身と、掠り傷くらいか」
 体のあちこちを点検して、どこか他人事のように覇王丸が答えた。
「良かろう。さあ行くぞ」
「どこへだ?」
 右京は覇王丸の問いには答えず、来た時のようにさっさと歩き始めた。覇王丸といえば、来た時よりも明らかに重い足取りでその後を追ったのだが。



 街道を暫く行くと、小さな宿屋に辿り着いた。
 右京は躊躇いもせず中に入り、慣れた様子で店の者と二言三言言葉を交わしてから、徐に覇王丸を振り返った。
「……こんなとこでどうしようってんだ?」
 覇王丸は怪訝そうに問うた。
「いいから来い」
「……へぇへぇ」
 右京に続いて二階への階段を上る覇王丸の背に、『ごゆっくり』というどこか余所余所しい声がかかった。何とはなしに背筋に冷たいものを感じて、覇王丸は逃げるように足を速めた。
 細い廊下の奥の小部屋に入ると、右京は襖をぴったりと閉め覇王丸と向きあって座った。部屋の中央には冷酒が用意してあり、覇王丸は自らも腰を下ろしながら物欲しげにその徳利を眺めていた。
「で、俺ぁ何をすればいいんだ?」
「伽をしてもらおう」
「はぁ?」
 覇王丸は一瞬その言葉の意味を理解できず、間の抜けた声で真意を問うた。
「隣の部屋を見てみろ」
「……?」
 覇王丸は言われるまま続き部屋の襖を引いた。そうして中を覗き込んで息を呑む。薄暗い室内には下卑た赤い寝具が敷かれ、これ見よがしに枕が二つ並べられている。
「ちょっと待て……オメェまさか……」
「理解できたようだな。覚悟は良いか?」
「じょ、冗談じゃねぇ。俺はそんな酔狂な趣味は持ってねぇ」
 右京は手酌で冷酒を喉に流し込みながら、ちらりと覇王丸を見遣った。
「『敗者は勝者の言う事を何でも聞く』……男に二言はあるまいな?」
 わざとらしく覇王丸の声音を真似て右京が問う。
「……そりゃあ……んなことさせられるなんて思ってねぇしよ……とにかく、俺ぁ嫌だ。まともな女あたってくれや」
「……無粋なことを……」
 右京は呆れたように軽く肩を揺らし喉奥で笑う。挑発的な右京の態度に片眉を上げたものの、覇王丸の腰はすでに引けていて今にもその場から逃げ出さんばかりだった。
「ならば、こうしようではないか、もし今宵お主が伽の役目果たせたなら、再戦してやっても良いぞ」
 右京の言葉に覇王丸の眉がぴくりと跳ねた。浮き上がった腰を今一度落ち着け、そうして思案を巡らすように視線を左右に泳がせる。今彼の頭の中で無類の戦い好きの血と、これより受けるであろう屈辱的な行為が天秤に掛けられていた。右京はその様子を面白そうに細めた目で眺めながら、覇王丸の答えを待った。
「よ……よし、わかった。本当に再戦してくれるんだな?」
「ああ、二言はない」
「……好きにしやがれ!」
 覇王丸はどかどかと続き部屋に踏み入り、赤い寝具の上に胡座をかいた。そうして腕を組み硬く目を閉じる。右京はたっぷりと中身の入った徳利を持ち、慌てることなく覇王丸に続いて部屋に入った。そうして後ろ手に襖を閉めると、行灯の明りのみの薄暗い空間ができる。
「そう硬くなるな」
 右京は小さく笑いながら、自分も寝具の上に腰をおろした。
「さあ、まずは着物を脱げ」
「…………」
 覇王丸は目を閉じたまま帯を解いた。逞しい裸身が露になる様を、右京は舐めるように眺めている。
「……言いたかないが、オメェも随分変わった趣味だな」
 覇王丸は不貞腐れた用に言葉を紡ぎながら下帯一枚の姿になった。
「すべて、だ」
 右京は命令口調で言い放った。覇王丸は小さく舌打ちし、乱暴に下帯も取り去って、一糸纏わぬ姿になった。褐色の健康的な肌と、無駄のない筋肉は右京のそれとは対照的なものだった。
「で?次は何だ?」
「こちらに来て、四つん這いになれ」
「け……っ!」
 忌々しげに吐き捨てて、覇王丸は右京の言うがままに両膝をついた。右京は酒を含みながら突き出された格好になっている覇王丸の尻に細い指を滑らせた。覇王丸の体が小さく揺れる。固めの感触を楽しむように双丘を辿り、片方の掌で撫で上げた。覇王丸は目を瞑って耐えている。背筋を辿って割れ目に指を滑り込ませると、びくりと覇王丸の体が跳ねた。
 硬く口を閉ざした秘所をゆるゆると撫であげて解す。しかし乾いた指は簡単に内部に入る事はできなかった。構わず入り口の辺りで内部を探るように指を動かす。
「…………っ!」
 覇王丸が唇を噛む。屈辱ゆえかと思われたその行為は、右京以外のものにも向けられていた。右京の与える刺激で頭を擡げかけている自分自身に対しても同様であったのだ。
「ほう」
 右京は感心したような声を漏らした。
「満更知らぬ体でもない、ということか」
 くくく、と喉を鳴らす。
「さもあらん。見たところまだ幼い童のうちから旅を続けているのだろう?長い道中路銀が尽きることもある、か……」
 知った風に笑いを含んだ声で図星をさされ、覇王丸は顔面に血色を浮かべた。右京は指を抜いて口に含み、酒混じりの唾液で濡らした。再度秘所に潜り込ませると、今度はたいした抵抗もなく内部に滑り込んだ。
「……く」
 覇王丸が声を漏らす。右京は内部に入った指を掻き回すようにゆっくりと動かした。右京の動きは緩慢でゆっくりとしたものだったが、的確に覇王丸の急所を突いていた。焦ることなく、じわじわと、それこそ牛の歩みのように覇王丸の快感を高めていった。秘所を指で嬲りながら、片手で酒を喉に流し込む右京の余裕のある態度と対照的に、覇王丸は上がって来る息を抑えることができなかった。褐色の肌はじっとりと汗ばみ、行灯の明りを受けて艶めいて見える。完全に立ち上がった彼自身は、先端の鈴口から透明な先走りを滴らせている。
「ふ……う……」
 噛み締めた歯の間から、上擦った声が漏れる。絶頂が近いことを悟った右京は、空いた手で覇王丸の髪を結わえていた麻紐を解いた。艶のある黒髪が流れ覇王丸の背に広がる。右京はその紐で覇王丸自身の根元を器用に結わえ射精を阻んだ。
「う……痛っ」
 覇王丸は堪らず頭を振った。髪の先に球になっていた汗が振動で散らばる。食い縛る事すらできなくなった唇から、唾液が筋となって伝い落ちた。体を支えている腕が小刻みに震えている。だが、右京は構わず嬲りつづける。焦れるほどゆっくりと、じわじわと。物欲しげに収縮を繰り返している内壁を宥めるように優しく。
「う……右京!」
 とうとう覇王丸が声を上げた。懇願するような声色で。しかし右京はそれに応えることはなかった。
「……クソ!」
 覇王丸は吐き出すことのかなわぬ炎が体の中を逆巻いているのを感じた。その炎はじわじわと勢いを増し、覇王丸の理性をも焼ききろうとする。もう、何度達しそうになったかわからない。だが、右京のゆっくりとした動きときつく結わえられた麻紐が、それを阻んでいた。張り詰めた覇王丸の怒張は、先走りの蜜を虚しく滴らせるのみで精を放つ事ができずにいる。
「た……頼む……解いてくれ」
 上擦った声で懇願する。しかし右京は笑ったまま取り合おうとしない。
「右京……!!」
 殆ど悲鳴のような声を上げると、漸く右京は指を抜いた。戒めを解いてくれるものと安堵の息を吐いた覇王丸の期待を裏切って、右京はそのまま動きを見せなかった。怪訝そうに右京を窺うと平然と酒を飲んでいる。秘所への愛撫すら絶たれて覇王丸のもどかしさは倍増した。
「……畜生!!」
 自分で戒めを解こうとした覇王丸の手を、右京が掴んで阻む。その細腕のどこに、と思わせるほど強い力で覇王丸の動きを封じる。
「解いて欲しくば、お主の口で私を慰めて見せることだ」
「……テメェ」
「どうする?」
 右京の手を振り解いて覇王丸は彼の袴の裾を捲り、下帯をくぐらせて彼の陰茎を露にした。現れたものは涼しげな右京の表情からは想像しえぬほど、大きく屹立していた。自身の行為に著しく自尊心を傷つけられながら、それでも覇王丸はそれを口に含んだ。舌を這わせ、吸い、唇で扱く。懸命に奉仕している覇王丸の長い黒髪を指で弄びながら、なお右京は杯を傾ける手を止めなかった。
「なかなかの手前だな。お主、剣の修行よりもこちらの修行の方が熱心だったのではないか?」
 覇王丸は聞かぬ振りで奉仕を続けた。早く相手を満足させることができれば、体の中で逆巻く炎を吐き出すことができる。しかし、覇王丸の持つ技巧を凝らしてもなお、右京自身は屹立したまま達する気配を見せなかった。
「……この程度では私を満足させることはできぬな。修行が足りぬようだ」
 右京は覇王丸の黒髪を掴み、軽く引いた。覇王丸が唇を離して顔を上げると、右京はもう一度彼に獣の姿勢をとらせた。再度指を潜り込ませると、ドロドロに蕩けた内部はいまだ冷めることなく熱く脈打っていた。右京は満足そうに目を細めると指を抜いた。すぐに宛がわれた熱い塊に、覇王丸は息を飲む。だが、先端を当てただけで右京はそれ以上突き入れようとはしなかった。覇王丸の唾液で濡れそぼった己の怒張の先端で、大きく広げられた覇王丸の秘所を撫でる。擽られるような感覚に焦れた覇王丸は大きく頭を振った。
「そう駄々を捏ねるな。今お主の望むものを与えてやろう」
 笑いを含んだ声でそう言うと、右京は一気に突き入れた。
「う……ああっ!」
 突然の強い刺激は電流のように覇王丸の体を駆け抜けた。右京の怒張をすっぽりと体の中に収めて、覇王丸は安堵にも似た深い溜息をついた。
「良い声だ。もっと鳴かせてやろう」
 右京はゆるゆると腰を蠢かせた。徐に深く突き入れ、ゆっくりと掻き出し、また一気に突き入れる。繰り返される振動に合わせて覇王丸も自ら腰を揺らし、与えられる快感を貪った。自身の唾液が潤滑剤となり、覇王丸の内壁は痛みを訴えることなく右京の愛撫を受け入れている。
「は、はぁ……くぅ……」
 一定の振動に慣れ、覇王丸が快感に自身を委ねようとすると、右京は狙い済ましたように動きを乱した。登りつめようとしていた覇王丸の意識を現実に引き戻す。覇王丸は赤い寝具に顔を埋め唇を噛んだ。力みすぎて噛み破った口端から細く潜血が伝い落ちる。右京はそれを見て小さく笑い、伸び上がって覇王丸の耳元に囁いた。
「……苦しいか?覇王丸」
 覇王丸は荒い息の下で小さく頷いた。玉のような汗に混じって目尻に涙がうっすらと滲んでいる。
「これ以上虐めては酷と言うものか……」
 言ってやわらかく耳朶を噛む。覇王丸の体が跳ねた。右京は覇王丸の前に腕を回し、立ち上がって震えている彼自身を指で弾いた。
「うあっ!」
 そうしてそのまま根元に指を滑らせ、きつく肉を噛んでいた戒めを解く。
「うあああああっ!」
 同時に深く突き入れた怒張に刺激され、覇王丸は立て続けに数回射精した。がくがくと震える腰を掴み、右京は激しく抽挿を繰り返した。勢い付いたように覇王丸は更に数回吐精し、そのたびに悲鳴のような声を上げた。それでも果てることのない右京を体の奥深く受け入れ、涙のように怒張の先から白濁した雫を零し続ける。右京の動きがしだいに速く激しいものとなり、覇王丸は朦朧とした意識の中で右京の限界が近いことを知った。
「……く」
 小さくうめくと同時に、右京が熱い液体を覇王丸の内部に吐き出したとき、覇王丸はすでに意識を失っていた。



「おはよう」
 聞き慣れない声が頭上から降ってきて、覇王丸はずきずきと痛む頭を二三度振った。重い瞼を抉じ開けてそこに彼の人の姿を捉えたとき、まざまざと昨夜の情事が思い出されて愕然とする。
「よく眠れたか?」
 右京は無表情なまま問い掛けると、無理に体を起こした覇王丸の顔を覗き込んだ。覇王丸は昨夜の出来事が頭の中を駆け巡っていて、どういう反応をしたものか途方に暮れていた。
「さ……再戦……」
 口に出した単語に、漸く縋るものを見つけ顔を上げる。
「再戦するって、約束だったよな!」
「ああ、私はいつでも構わぬが……今日はやめておいた方が良いだろう」
「何を!」
 言い捨てて立ち上がろうとして、それが不可能であることを身を持って知った。
 腰が立たないのだ。理由は考えるまでもなかった。
「ち……畜生……!」
「すまぬな、歯止めが利かなくて」
 しゃあしゃあと言ってのける右京の顔を睨みつけて、覇王丸は歯軋りをした。
「このぐらいなんともねぇ!行くぞ!勝負だ!!」
「無理をするな愚か者が」
 右京は立ち上がろうとする覇王丸の腕を引き、再度夜具に押し付けた。
「私は逃げも隠れもせん。お主の腰が常に戻るまで傍に居てやろう」
「…………」
 覇王丸は小さく溜息をつき、頭から布団をかぶった。その様子がおかしかったのか、右京は目を細めて小さく笑った。


右覇。地味に続いてガル覇に落ち着きます。続きもそのうちに…。