《4連作:光と闇との間で》
『darkness』
目をひらいているのか閉じているのかわからなくなる。
月もなく星明かりすら得ることのできない湿った暗闇。
ほんのかすかに衣擦れの音が響く。
もしもずっと瞳を開き続けていれば、
闇のなかからぼんやりとにじみ出るような、白く細い人の輪郭をみつけることができるだろう。
「あ」
その白い影から響くのは、少年の声。高すぎず低すぎず、メゾソプラノとアルトの間。
常日頃温かな響きをもち、聞く人の心を和ませる声だが、今はかすれ、切なげな息遣いが混じる。
「ぁん」
音が跳ねる。同じタイミングで背筋が反り、きれいな曲線を描いた。
きしり、と密やかにスプリングがきしむ。
と、反応したそのなだらかなラインをなぞるように、黒い大きな掌の輪郭が撫でて、通り過ぎてゆく。
かぼそい背中からウエスト、太腿へと滑り、するりと前へ。
「く」
耐えるような詰めた声。少年は暗闇のなかでも判るほどに頬を染め、ぎゅっと目をつぶった。
しばらく声が漏れてしまわないよう懸命に唇をひき結んでいたが、
「はぅ…っ」
下半身から響いてきた湿った刺激にとうとう根負けする。
ふふ、と低くひそやかな笑いが暗闇の中から響く。
少年の太腿と腰を抱きかかえ、柔肌を弄りまわす手。それ以外、闇に溶け込んで姿が見えない。
ただ、白くおぼろに浮かび上がる少年の動きを見ていれば、その身が何者かに操られているのは明白で。
「!」
と、腰からさらに下、小さな双丘を影に覆われてひくひくと反応していた肩が突然ひきつった。
「っ、い、あっ」
腕をつっぱり、シーツを掌にかきあつめるようにして握りしめる。
少年は先ほどよりさらに強く目を閉じ、眉間にしわを寄せた。
そのまま突っ伏して、顔をこすりつけるようにして、耐える。
「んんっ」
震える白い裸にするりと逞しい腕がまわされた。
黒い影そのものの色で、だが限り無く優しく少年の身を撫でさする。
「…ふ」
伏せていた顔を上げ、安心したように、一息つき。少年の動きにやわらかさが戻っていく。
そのまま下からゆるやかに揺すられて、
「あ…ん」
男にしてはあまりに艶っぽい声をあげる。
いつの間にか腕が解かれていて、少年は自然と自由になった身をもがくように、悶えるように動かしていた。
下半身の一点を除いて拘束をうけていない身体は、揺らぎを与えられる度に大きくのたうち、
やわらかにしなる。
やんわりと腰だけが動かされ、
「あぁん…っ」
甘い声がまたこぼれる。
シーツをつかむこともがっしりした肩にしがみつくのも自由に許されて、
声をあげるたびに姿勢が変化してゆく。
「は」
厚い胸板に覆いかぶさった身体をしなやかに曲げて、頬と胸をすりつけ、一息こぼしたあと、
上目遣いで縋るように見上げる。
その目線の先にある暗闇から、バリトンとバスのあいま程の声が静かに笑い、
「…もういいか…?」ひどく艶めいて響く音で少年の耳もとに吐息まじりにささやきかけた。
こくりとうなずいた身体が無抵抗にゆっくりと崩れ落ちる。
少年は自分に伸ばされる黒い影のような腕を認めながら、かけらも恐れを抱かなかった。
それがとてもあたたかいと分かっていたから。
『sepia&white』
軽いな。
そう苦笑したいような気持ちになりながら、
スタンは腰のうえに落ちてきた白い身体を、太い腕でしっかり拘束した。
その腕のなかにおさめられたルカは、とうに覚悟をきめたのか、捕まえられた子兎のようにおとなしい。
「動くぞ…?」
魔王の肩口に顔を伏せた少年に、そっと最終通告を出す。
きれいなうなじも耳たぶも真っ赤に染めながら、彼はかろうじて判るほどちいさく頷いた。
この子は肌が白いから、すぐにきれいな薄ピンクに全身が染まってしまう。
対して魔王は、深い褐色の肌をしているため赤面してもわかりづらい。
揺れる感情を、昇った血の気をごまかすことができるから助かるといえば助かる。でも好きだということを全身で表現するように身を染める少年を見ていると、なんだかそれもうらやましいような気もする。
「ん、んっ、あうっ、あ、くぅ…、あぅんっ、あ!」
「ルカ…」
自分のような筋骨隆々たる体格の男が、細くしなやかな身体を腕に抱いているさまは、そのあまりの体格差ゆえにまるでこの子を虐めているように見えてしまうだろう。それこそ、黒い影色の狼が白い子兎を捕らえ、食らっているようにも。
だから、優しく触れるのだ。スタンは罪悪感によろめきそうな自分に言い聞かせる。そうでないことを証明するために。
けして無理強いはしない。
力づくではなく、言葉で強制したわけでもないのに、この子が自分に応えてくれるほうがよほど嬉しくないだろうか?
そう思う自分は魔王としては確かに失格なのかもしれん、とも思う。
だがそれならそれで構わぬ、と思い直す。
この子の幸せと魔王の矜持、このふたつを天秤にかければ自分はもはや迷わず前者を選ぶだろう。
スタンは思う、これは堕落ではないと。
影の色の自分が光の色の子供に触れるならば、そのくらいでちょうどいいのだ。
『ヘイオン』
ちゅんちゅんと早起きの鳥が朝を告げ鳴き交わしはじめる。
窓から差し込む光が青みをなくし、徐々にあたたかい色へと変わり始める。
(…朝か)
わずかではあるが眠っていたようだ。
魔王は数回まばたき、すぐにはっきりとした意識を取り戻す。
眠りを必要としない身であるはずなのに、すっかり恋人の生活リズムにつられてしまっているようだ。
まあしかし、仲良くくっつきあって眠る幸せを享受できるのだから悪い事ではあるまい、とスタンは楽天的に考える。
「…?」
ふと、違和感を感じて少年を抱いていた腕を離す。
ころんとルカの身が腕のなかから転がり落ちたが、彼はそれでも目醒めないほど深く眠っているのか、「ううん」と小さく声をこぼしただけ。その平和な寝顔をじっとりと見つめながら、スタンは唸った。
「…やりおったな、ルカ…」
寝巻きの袖に思いっきりしみができていた。しっとりと濡れて少々生暖かい。
一応これでも由緒正しき大魔王である自分に、
遠慮なくよだれをつけて眠れるのは世界広しと言えどこの子だけであろう。
ええ、いい度胸をしておるなこいつめ。
牙をむいて威嚇してみるも、すやすやと眠る子供にそれが判るはずもなく。
何だかな、とも思う。
昨夜の妖しいほどに色っぽかった少年とは別人のようだな、とも。
しかし、愛しいものが長いまつげを伏せて、気持ち良さそうに眠りの中にいる、
安心しきっている様子に心が暖かくなるのもたしかだ。
軽くため息をついて眠る子供の髪を撫でた。
この子が目覚めるまでには湿った袖も乾くだろう。
『抱っ子。』
やっちゃった。
うつぶせに伏せたまま、僕は身動きがとれない。
ちょっと動こうものならずきんとした痛みが走って、寝返りをうつことさえおっくうになる。
「あの、立てない…」
顔だけ横にむけて、ベットの傍らに心配そうに屈みこむ黒いパジャマのひとに訴える。
「あー…」
スタンは苦りきった顔でがしがしと自分の頭をかきまわした。いつもオールバックできめている彼の髪が、寝起きのせいでぱらぱらと落ちかかっている。何だか幼く見えてどきりとした。
「ゆうべ、少々やりすぎたかもしれんな…まあ、今日は寝とればいい。用事があれば余がしてやるから」
「…うん」
理由が理由だけになんだかひどく気恥ずかしい。スタンは赤くなってそっぽを向き、僕はシーツに顔をぽすっと埋める。
何ともいえない、けれどそんなに不快でもない沈黙が部屋を満たして。
(…そうだ)
僕はふと思いつく。こんなことになるかもって前々から思ってて、もしそうなったらやってみたいと思っていたことがあったのを。
すごく我侭な、子供っぽいお願い。
怒るかなあ?
ちらりと横目でスタンをうかがう。
「…どうした?辛いのか?」
僕の目線に気付いたのか、あわてて顔を近付ける。
手を何となくのばすと、ぎゅっと握ってくれた。
嬉しくて、おかしくて、少し笑う。だいじょうぶだよ、スタン。
ちょっと心細くて、甘えたいだけ。
「…何かしてほしいことはないか?何でもいい、言ってみろ」
そんなふうに言いながら優しく髪を梳いてくれるから、もっともっと甘えてみたくなる。
「…あのね」
恥ずかしくて顔を伏せて、でもそのまま手をのばした。
受け止めてくれる?
「…抱っこして」
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最初の話を書きだしたらあれよあれよという間につながっていってしまった時間の流れ。
まあ、同棲はじめてからはこんな感じの日常なんでしょうなー。
夜えろく朝になるとほのぼのすると。
いいバランスなのかも(笑)
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