『チョコレートキラーボイス-2-』
もうチョコレートのことなんてどうでもよくなってたんだと思う。
銀紙にくるまった、食べかけのままの二種類のチョコをほうり出し、
僕達はひどく近い距離のままで息を殺す。
静かすぎて心臓の音がスタンに聞こえてしまいそうで、
この沈黙がものすごくいたたまれなくて。
いっそどうにかして欲しい、と思った瞬間に、スタンが動く気配がした。
ふっと耳に息がかかったかと思うと、顎の付け根のところに温かく湿った感触が来る。
すこしざらついた舌が滑った。
「…あ…っ」
抑えきれなかった声をかすかに漏らすと、ふん、と鼻を鳴らす満足げな笑いが聞こえる。
そして、いきなりぱくりと食い付かれた。
「ひ」
緩く噛まれるむずがゆい感じ。少し力を込めたかと思えば、
今度は唇ではさんでいるらしい優しい触れ方に変わる。
「あ…、んっ!」
声が跳ねたのは、耳の中に湿ったものが入り込んできたから。
鼓膜のすぐちかくでくちゅくちゅと水音がするのを聞いて、
恥ずかしいくてこそばゆくて、なんだかもう身体に力が入らなくなっていく。
あとは僕の意志じゃなく勝手にびくびくと震えるばっかりで、
ぞくりと悪寒に似た感じが何度も背筋を走り、なぜかわからないけれどそれが心地いい。
スタンの体温をひどく近くに感じた。
「愛している」
ふいに小さな声が耳をかすめた。
低く掠れて、だけどしっとりと深く。まるでビタ−チョコのように荒っぽく、大人びた味の声。
それが、じんじんと痺れをともなって僕の全身を浸していく。
「…良いか?」
「う、…っ」
「敏感だな…」
とっさに返事をしようにも言葉がみつからなくて、
というかもう言葉を返すほどの理性が溶け残ってない、
あとはぜんぶとろとろと温かい液体に変わってしまったみたい。
「すた…」
口からこぼれるのは熱に浮かされたような吐息と喘ぎ、
そして、最後まで呼ぶことすら難しい、いとしい人の名前。
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「…やっ、ぁ…」
半開きの口からこぼれた声色はちっとも嫌がっていない。
ルカのそんな様子を見て、満足そうに笑みをうかべている魔王。
言葉をかえて言えば恋人の感じる姿にやにさがっているだけである。
(ああ、可愛い…)
口には出さず熱いため息で代行するのはかろうじて残った自尊心の成せるわざ。
本当はこれも邪魔なのかもしれぬ、
ああしかし、これすらなくなったら年下の恋人に溺れるただの駄目男のような気もする。
薄く色付き、かすかに湿った耳から唇をはなしても、
ルカは膝の上に座り腕に抱かれたままで、ぽやっとしている。
その表情にまたもや魔王は、心臓を貫かれいいように煽られて。
この…無垢すぎて時にこ憎らしい、小悪魔め、いやもう、いさぎよく天使とでも呼んだ方がいいか?
らちもないことを考えつつも身体は正直に先を望み、手がするりとルカの下半身にのびる。
「あ…っ!」
びくんと跳ねた、その動きにかすかな怯えのようなものを感じ、髪にキスを落とし、
片方の手で支えたルカの肩をなだめるように撫ぜて。
「…大丈夫だ」
こわばっていた少年の身が小さく息をつくことですこしやわらいだところで、
静かに慎重に前を開き、そろそろとした動きで手を差し入れ、そこに触れる。
と。
「ん…?」
かすかな湿り気を感じて、スタンはわずかに驚く。
「おまえ、耳だけで…?」
何の気なしに指摘したら。
「……っ!」
みるみるうちに耳の先から首筋まで赤く染まった。
(…なんて顔をしとるのだ)
泣き出しそうに潤んだ目をゆがませて息をつめ、くっと歯を食いしばって羞恥に必死で耐え、
…きれなくなりうつむき。少しずつ顔を背けていく。
(…っ)
絶句してしまった、そのときのスタンの胸中をどう表現すればいいのか。
べつにからかったり意地悪のつもりで言ったんじゃないけれど、
黙っておいたほうがよかったのかも、しまったな、悪いことしたな…というほろ苦い後悔の気持ちと。
恥ずかしさに震える、あまりの愛らしい反応のもたらす極上の甘さに酔いしれる気持ちとか入り交じって、
その苦さと甘みのバランスは、菓子職人が精魂込めて作り上げるチョコレートのように絶妙。
スタンの思考はいともかんたんに沸騰しあとかたもなく蒸発、
心の中はわやくちゃ、上を下をあげての大混乱。
しかしそんなお祭り騒ぎも、
ひく、としゃくりあげた声を聞いて全てがストップする。
「わ、こら、泣くな!いやその、別に悪いとかどうとかそういう意味があったのではなくてだな、
えーと、うん、ちっともおかしくはないぞ、余がおまえをそうなるように仕向けたのだからな、
無理からぬことなのであって、おまえが気に病む必要はないのだ、
というかむしろ嬉しいというか、してやったりと言うかだな…」
もつれまくる舌を噛みそうになって、スタンは我が身にしみついた魔王口調にはげしくいら立った。
しかもこれでは煩悩もなにも混ぜこぜでだだ漏れだ。ルカを慰めるどころかこっちが情けなくなる。
ルカはぎゅっと目をつぶり、顔を伏せたままぷるぷると顔を振り。
「…っ、でも、っ…、は、ずかしいよぉ…」
消え入りそうな声で訴える。
あああ。どうしたら納得してくれるのだろう?この、まだ潔癖なところのある子供は。
これ以上言葉を重ねたところで首を振られ続けそうな気がするし。
少し緊張して深呼吸、…ここは己の理性が試される。
黙って手を取り、自分のほうへ導く。
「…、え、っ、すた…!」
とっさに引き戻そうと力が篭るのを、掴んだ手のひらでぐっと押しとどめ。
「…、信じろ」
できるかぎり真摯に短くそう言って。
ゆっくりと手許までひいたちいさい手のひらを、ゆるめた隙間にすべりこませ。
「…!」
そこにある体温に息を飲んで目をつぶったルカに、
「…判るか?」
欲望を全力で押さえ付けながらも、表面上は落ち着いた声をかけると、
「…あ」
少年は目をまるくし、またぱっと赤く頬を染めた。
スタンは、彼としては相当な努力をして、諭すように静かな口調を努めて、
「余も、同じだ、おまえと。…おまえに触れると、こうなる」
と、ものすごい変態発言をしているような気がするが、これまた全力で無視をしつつ。
魔王自身に触れて戸惑っているルカだけに意識を集中する。
「だが、これはおまえを好きな証拠だ、だから、おまえがそうなるということは、
余の事を好いてくれていると…そう思っておる、だから、喜ばしいことなのだと」
本心だ。本音しか、この子のまえでは通用しない。
「…だから、そう恥ずかしがるな、構わんのだ、ルカ」
「…、…っ」
告げられた言葉に、少年はひとつ、触れた部分から伝わるほどにぶるっと大きく震え。
そして、こっくりとうなずいた。
拍子で涙の残滓を頬にこぼし、笑おうとして失敗した。
「…、…うん。…ありがと、スタン…」
そのまま、ゆっくりと距離をつめ、頬を胸に擦り寄せてくるルカに、
触れられたままのスタンはだまって手をのばし、もう一度相手のそこに触れる。
そして、もう片方の腕でぎゅうっと少年の身を抱き、先程しつこく構った耳にむかって、
「…愛している、」
と、ひどく深く甘い声でささやいた。
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あいかわらず必死です魔王。
この子に萌え殺される!っていちばん真剣に思っているのはかれだったりして。
しかし
キラーボイス・チョコレート・耳
で、それぞればらばらに思い付いていて、まとまらんなあとほうりだしていたら、
みっつ集めたらすごい勢いでかたちになってびっくりしました。
やっぱ三題噺って理にかなってるのかなあとか。カメラの三脚は足がみっつないと駄目だしなあ、とか。
メインテーマ(キラーボイス)サブテーマ(チョコレート)モチーフ(耳)ってかんじでしょうか。
以前「耳!」と力説してしまったおともだち、御迷惑をおかけしましたがなんとかなりました。
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