『kill raptly』
閉じ込められている。
ふいにそんな事を思った。
灯りが消えた家に、しっかりと鍵のかかった寝室に、広いベッドの片隅に、やわらかな毛布の裡に、
そして、…彼の胸と腕と手のなかに。
闇の中だと黒い壁みたいに見える彼の身体が、僕の視界をふさいでいた。
何だか甘えたい気分になって顔を押し付けると、あたたかくしめった感触と、ほのかに汗と彼の匂い。
そして、応じるように背中に回された腕が締まって、僕の領域はまたすこし狭くなる。
これが、僕らにとっては一番幸せな時間かもしれない。
日々の思案ごとも面倒ごとも、今は遠くにほかっておいてかまわない、
ただ、お互いを感じることに夢中になっていればいい時間。
こんな時、スタンはいつも僕をしっかり抱えて逃がさないようにするから、
終わるまではまず離してもらえないと思っていい。
僕としては冬場はあたたかくていいけれど、真夏で熱帯夜とか実はちょっとしんどい時がある。
でも僕を捕まえるたびに、嬉しそうな満足そうな吐息を、必ずもらす彼を知っているから。
「…」
狭く小さな領域で、僕はたいてい大人しく、彼のすることに従っている。
…もちろん、そうしてる理由はそれだけじゃないんだけど、ってそもそも別に嫌なのに我慢してるとか、
義務ってわけでもなくって、うぅん…言葉にするのって難しい。
意味もなく頭のなかで言い訳をして、感情の解釈ををあきらめるかわりに、
舌を出して目の前の壁をちろりと舐めた。
すると、またすこし、ぎゅう、って。
狭くなる領域に収まることが快感だなんて、まるで猫みたいだなとも思う。
自分だけにぴったりの場所で、ころころと喉の奥で声にならない喜びを転がす。
これが、閉じ込められたい、っていうのなら、そういう欲求は確かに僕の中に根付いていた。
ゆっくり、ゆったり、揺すられている。
それに合わせて快感の波も上がったり下がったりで、
僕の脚をおなかを胸をくすぐっては去っていき、また呑み込にやってくる。
と、ゆらゆらした中にひとつ、大きな波が来た。
「…!」
今度はかんたんにさらわれ、高く押し上げられる。
その動きに抵抗しないで、素直にふあ、って泣いて、背筋と喉をそらした。
彼の前に弱いところを、曝け出して、差し出す。
すかさず大きな掌の感触が首筋をなぞってきて、くすぐったくて、気持ちいい。
無防備だよなあ、と思う。
もし今スタンがその気になって、手に力をこめたりしたら。
僕なんてほんと、一瞬なんだろうなあ。
でも例えそうなってもそんなに不幸でも無いけど。
そう思ってしまうところがもう僕駄目なんだろうけど。
こんな想像してるくせに、逃げようなんてちっとも思わないし。
ああ、でもやっぱり信じてるんだろうね。
ぜったい、そんなことしない、って。
だから、もし今そうなったらびっくりして、ちょっと悲しいんだろうなあ。
あー…でも、そうなるなんて少しも思えないから、逆に考えられるんだろうなあこんなこと。
ほんとになったら、どんなに覚悟してたつもりになっててもきっと、泣いちゃうだろうな。
やっぱり、死ぬの怖いし。何せはじめてのことだから、どうなるのかわかんないしさ。
あと、寂しくなるだろうな。もうちょっと…いっしょにいたかったのにな、なんて。
想像しただけでほろりとなってしまって、鼻の奥に涙の気配がした。
やだな。ほんと泣き虫だ、僕。彼の前だと、いつも…。
静かに目をつぶって、つんとした感覚が表に出てこないようにした。
こんなに暗いし、泣きそうになっただけで未遂だから、きっとわからないよね…なんて思ってたのに。
「…ぁっ!」
急に強く突かれて身体がのけぞり、かん高い声が勝手に出てしまう。
「こら。…気をそらすな」
背中に回されていた手がいつのまにか動いてて、肩をぎゅうっと強くつかんだ。
その力が、物思いに沈んでいた僕を現実へ引き戻す。
同時にリアルな感触も戻ってくる、身体の芯が、ぐらぐらに熱く揺らぐ。
思い出したように、ん、と喉をつまらせていると、
肩からはなれた掌の感触が頬に触れたかと思ったら、
今度はうつむいていた僕の顔を、顎ごと包んで持ち上げようとする。
わ。けっこう強引。
「っなに、…ひゃ」
こつん。
額に相手のそれがあたった感触がした。
僕はいつも彼の鎖骨あたりに頭があるから、
スタンは僕の顔を思いきり上げさせないと、正面から見すえることはできない。
「すこしは集中せんか、おまえは」
暗いからいまいちよくわかんないけど、
憮然とした声と、仕種から想像するに、今スタンは僕を叱る目つきでのぞき込んでいるのだろう。
その、鋭い眼光に射られるところを想像しただけで、僕は簡単にひるんでしまった。
「ごめ…」
語尾が口のなかに消える。
…怒っちゃったかな。
でも、そりゃ、いやだよね。一生懸命愛してる最中なのに、相手がうわのそらじゃ。
そう、素直に申し訳ないと思ったのだけど。
「また、なにか…詮ないことを考えているな?」
「…う」
ひどく真摯に囁かれて、思わず返す言葉につまってしまった。
…やられた、こっちが本命だ。どうも怒っていたのはポーズだったもよう。
あー…、それにしても思いっきり見すかされて、る…なあ。
何だろう、僕、そんなに考えてることわかりやすいだろうか。
「どうした、なにを考えている?」
今度は、あやすような響きの混じったやさしい声が聞こえる。
…ずるいよスタン、見えないだろうからっていろいろ変化球投げすぎ。
なんて思う暇もなく、ほんとに子供を泣き止ませようとするように左右にゆうらり揺すられて、
「…ふ」
なんだか、変な感じがして息が漏れた。
繋がってるのに、それを優しくしか感じさせない動き。
…心配してくれてるのかな。
「ん、っ…べつに、たいしたことじゃ…」
嘘じゃない、さっきまでのはただの妄想みたいなものだ。
へたに口にすればきっとこの人はひどく動揺してしまうだろうし、
僕に対して遠慮も生まれるかもしれない、それは嫌だった。そんなの欲しくない。
それに、スタンと僕の種族差とか体格差とか、関係なく僕らは愛しあってるつもりだったから、
ことさらにはじめからわかりきっていたはずの違いを指摘して、この人を傷つけたくもない。
そう思って言わないでいるのに、
「…余には言えんことか?」
ちょっと情けないくらいへこんだ声がしてきて笑ってしまう、
そして同時にどう訂正しようと困る。
そっちに行っちゃったかあ、そういう意味じゃないんだけどなあ。
「いや、ほんとに大したことないんだって…なんかもう言うの恥ずかしいくらいの。つまんないこと」
いろいろな感情がまじって、僕の声は結局苦笑になった。
染み込んだ笑みのベクトルを汲み取ってくれたのか、
「…ならいいが」
かすかに安堵をにじませて彼は追求をやめる。
僕もほっとして、いつのまにか力のこもってしまっていた身体が、ようやくゆるむのを感じた。
「…」
「…、…」
そして、なんともいえない沈黙が降りてきて、僕達は額をくっつけたままで見つめあう。
まあ…再開の糸口がどうにも見つからないせいなんだけど。
暗闇に目をこらしているうちに、なんとかスタンの表情がわかるようになってきて、
彼もまた微妙な表情になっているのが見て取れる。
「…なんだか、妙な雲行きになったな」
ぼそりと告げた声には困惑の色。
変なことに気をとられたせいで軌道修正が難しいんだろうな、と申し訳なく思う。
こういうのって、する側の人のほうもけっこうデリケートなものだ。
この場合、脱線したのは僕に責任があったから、その責任でもってちゃんと行動しておくことにした。
つまり、彼の首に腕をまわして、ぎゅうって抱き着いて、耳たぶにやわらかく噛み付いて。
「ごめん、もどろう?」
囁いたら、ん?と小さく聞き返された。
遠回しな言い方じゃ利き目がないのはわかっていたから、今のはわざと、前置き。
さっきの君のまねをして、本命は後にとっておく。
「今度はちゃんとここにいるから。…ね、スタン」
ようやく居場所がわかるようになった、スタンのひとみを見つめながら、
「もっとたくさん、…してほしいな」
ここぞとばかりにかわいく小首をかしげてお願いしたら。
とたんにそれが中で大きく膨れ、中途半端だったところに熱い刺激が走る。
「んぅっ」
目をつぶって快感を吐息で逃がすと、
「…魔王を翻弄しおってからに、まったく。とんでもない子分だ」
苦々しさを装いきれてない声が、舌と一緒に耳たぶに触れてきて。
くすくす笑ってごまかしたけど、ほんとは思いきりぞくぞくって、来た。来てる。肌が粟立つ。
どうしよう、そう思うくらいにしあわせな感覚、が。
してほしい、してほしいって懇願している。
「ひゃ、う…や、んぅ」
「いやなのか?…うん?」
「ちがうって…わかって、て…いって、る、っぅ、…でしょぉ」
「くく…っ、…どうだ」
「は!うぅっ、は、ぁっ…あ、んっ」
「ほら、…どうした、答えろ、っ、子分…、っルカ…」
「ふ、あ、…ぃ」
「うん…?」
「ぁう…、っ、い、い…っ、ひあ!!…」
「…わからん、な、それでは、っ」
いじわる。になってる。いつもより。でも不安。の裏返し。だよね?きっと。
身体の中。いっぱい、に。もうとっくに溢れて、溺れて、すぐ側まで、奥まで、来てる、し。
行きたい。いきたい、んだよ?いっしょに。だからがまんできないけどがまんできる。
ねえ。教えて、あげる、よ。
どのくらい、ほんとうにどのくらい僕が、
求めて求めて欲しくって泣きそうになるくらい狂おしいほどに君を君だけをその全てを、
…ほしがって、いるか…
気持ちが暴走するままに泣き叫んだ。どこまで口にできたかなんて覚えてない、
でも、スタンがぎゅうって抱き締めてくれたから、
望み通りひときわ速く激しく、してくれた、から。もうそれでよかった。
何度も何度も押されて、押し込まれて、しがみつかれて、しがみつき返して、そして。
「…とどめだ」
「あぁ…っ!」
声に悲鳴が混ざるほど思いきり引き抜かれて。
そして、…貫かれる。
「ーーーーぁっ!!」
もうほとんど声にならず、のけぞって硬直することしかできなくて。
一瞬跳ねあがった身体はそのままベッドに落下して沈む。
わけがわからないうちに解放されていて、濡れた感触を腿に知覚した瞬間、
「っ!!!」
さらに抜かれ、突き刺され。
頭が真っ白になって。
何もわからなくなって。
…ねえ、もう、ほんとに殺されたかと思ったよ?
寝る間際に突発的に降って来たこれに、
叩き起こされパソコンの前に座らされ、明け方まで3時間でございました。
ということで、このSSは私の安眠を対価にしてできております(笑)
なんつーか、完全にえろ重視ですな。
ていうか、やっぱりどーもうちのルカ(ひいては自分)って…
Mっ気があるような気がいたします(あああ言ってしまった)
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