『セナカ』
〈5.1〉
〈1. 先にごはんにする〉
とろりとしたルーにパンをひたして、はじっこから垂れそうなところを急いでかぶりつく。
口の中をぴりっとしたスパイスの辛みが走り抜け、次に肉と野菜のうまみが広がり、
最後にトマトの酸味がきゅうんと響く。
ほどよく味のしみた、具のズッキーニと鳥肉もおいしい。我ながら、上出来。
うーん、でも。この美味しいカレーを、なんでこんなカッコで食べなきゃいけないんだろ。
「いい眺めだぞ、ルカ?」
「…」
もうひとくち、とほおばった瞬間にそんなこと言われても反論できない。
しょうがないからもごもごと口を動かし、食べることに専念する。
パンに手をのばしたせいで浮いていた胸を、ぺたりとベッドにつけて隠しながら、
むぐむぐごくんと、口の中のものを飲み下し、ようやく、
「…スタンのえっち」
と文句が言える。
なんていうのか、彼のこういうことに対するやる気というのか、発想というのか。
僕には到底まねできないバイタリティとアイディアで、まあ、すごいとは思う、
…尊敬はできないけれど。
くったりした僕を後目に濡れたシーツをさっさと取り替えて、
「マットが湿っているやもしれんからな」
と、しれっと口にして僕のかぶっていた毛布まで剥いでしまって。
「乾くまでそのままにしていろ」
と、ひどく楽しそうに言い残してキッチンに向かい、
さっさとあたためたカレーとパンとデザートのオレンジまで用意して、
「腰が辛いのであろう、ベッドで食べてかまわんぞ?」
と、にやつきそうな顔を無理矢理心配そうな表情にしつらえて。
つまりはすっぱだかのままで食事をする僕のお尻とか背中とか、ちらっと見えるだろう胸とか、
あと、指につたったカレーを、ベッドにこぼさないようにって必死で舐めてるところが見たいだけなんだよね。
じっと、じーっと身体のあちこちに目線をそそいで、ああもう、ニヤニヤして。
ものすっごくいやらしい顔になってるよ?スタン。
まあ、僕がさっさと脱がされた服をとりにいけばいいことなんだろうけど、
体をおこすとうつぶせで隠してる肝心なところをばっちり観察されちゃうし。
…たぶん、拗ねちゃうだろうし、ね。このひとが。
ここは、素直に食事を終わらせてしまうのが一番。
いままでの経験からそう考えて、僕は早くデザートまでたどりつこうと、
急ピッチでのこりのカレーに取りかかり。もくもくとひたすら食べ進む。
「ふむ、あいかわらず旨いなお前の料理は」
「ん、ひふぁと」
はぐはぐ。ん、あと三口。
「…まあ、お前のカラダのほうが旨いがな」
「んぐッ…!?ふぉ、ふぉう」
危ない、吹き出すとこだった…あとふた口。
「…ルカ?」
「ふぁにー?」
あとひと口、というところで。スタンの声色が微妙に変わったのには気付いたんだけど。
次の行動は予想外だった。
「…つまらん」
てろり。
「!?…んムーっ!?」
口にいっぱい食べ物をつめこんでいる状態だったからへんな悲鳴になってしまった、
でも本気で出しちゃわなかったことは誉めてほしいと思う。
だってだって、…だって!
「ん、む、ぐ!…ち、ちょっ、なにするんだよぅ!」
背中に生温くてぴりぴりする感覚が、まるく広がっている。
カレーだ、スタンのぶんのカレーだ、刺激ととろみ具合からして間違いない。
「な、なに考えてるんだよっ、ばかあ!!ちょ、いた、ひりひりする、ふ、拭いて、拭いてって、スタン〜!」
跳ね起きたら確実にこぼれるだろうから、じたばたしつつもうつぶせになっているしかない僕に、
ふふんと鼻で笑いながらスタンがにじり寄ってくる。横目でうらめしく見上げた彼の顔に、浮かんだ表情が憎たらしい。
「…お前が悪いのだぞ、ルカ?余がせっかく趣向をこらしてセッティングしたというのに、だな。
そう食ってばかりでは楽しくあるまい?」
うわあ、相変わらずの強引な展開、と呆れる間もなく。
「んひっ」
スタンの指が液体をのばしたのか、ひりつく範囲が背筋にそって広がった。
「や!やだあ!やめ…っ」
むず痒いようなスパイスの刺激と、じっくりと触れてくる指の感触が、混ざりあって、おかしくなりそうで。
「やだ、ってば…っ」
ぎゅっと目をつぶって身を縮こまらせていると、頭をそっと包むように撫でられて。
…ずるいよ、それだけ、優しいのって。
「拭いてほしいか…?」
ささやかれた掠れ声の艶に、なにをされるか予想はついたけれど。
拒絶したらたぶんこのまましばらく放置だ、…いじわるなんだから。
「ふい、て…」
聞こえるかどうかの小さな声で懇願すると、彼がのどの奥でくっと笑うのが聞こえた、やっぱり確信犯だ。
そのまま手を抑えられ、背中を差し出して、スタンがおおいかぶさってきて、あれ、さっきと似た状況。
「…!んっ」
つっ、と。やわらかい感触が滑り出す。ぴちゃりと音をたてて、軽く吸って。
今度はれろりと広い範囲、背骨のまわりをすくい取り。
「や!…ぁ…!」
漏らした声に、彼はふふ、と低く笑って。
「…旨いな」
満足そうに、呟いた。
…そのまま、塗られたカレーがきれいに舐め取られてなくなっても、彼の行為は止むことなく続いて。
食後のデザートを僕で代用することにしたらしい、スタンの成すがまま。
僕はほったらかしのオレンジを横目で眺めながら、そっとため息をついて目を閉じた。
でも、このあとも実は大変だったんだよ…
「ベタベタになったな…風呂に行くぞ、ルカ」
「…」
そりゃカレーだもん、油だもん、塗られたりしたらべたべたになるに決まってるよ。
もうそうやってつっこむ気にもならない、ああもう好きにしてくださいって、だいぶ投げやりな気持ちで。
くったりしたままスタンの腕におさまって運ばれて、綺麗に洗ってもらったのはよかったんだけど。
「カレーなんか塗るから…っ」
赤くなってしまった背中はぴりぴりしたのが一晩中治らなくて、眠れなくなった僕はぶちぶち文句を言い続け。
スタンはすっかり小さくなってえんえん謝り倒したのだった。
でも、全っ然懲りてないんだよ?あのひと。
「…シチューならよかろう?な?なっ?」
「…もう、知らないっ!!」
[end]
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10/17 文章掲載。
あーあ、スタン様、やりすぎてルカ君を怒らせちゃいましたねえ♪
でもまあ、犬も食わないってあれですよこりゃ。りっぱな痴話喧嘩です。
もういっこの分岐のほうは鋭意作成中ですー!
書けたら初お風呂ものになりますね。
あんだーにもどる
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