『セナカ』
〈5.2〉
〈2. 先にお風呂にする〉
全身のせっけんの泡を流して、一息ついたあと。
髪を洗おうと洗面器にためたお湯をあたまからかぶろうとして。
「…?」
なんだか目線を感じて振り向いた。
そうするとこちらをまじまじと見つめるスタンとばっちり目があってしまって。
「…。…〜♪」
一瞬の気まずい間をおいて、浴槽の中の彼はこれみがよしにタオルをあたまにのせ、
そっぽを向きでたらめなメロディを歌い出す。あさっての方向をむいた目線が限りなくわざとらしい。
(…見たいのかな?)
さっきだって、さんざん見て触って舐めてたのに。
そう思って僕は、洗い終わってさっぱりした自分を見下ろした。
ひょろっとした足腰にうすっぺらな胸。
むかしにくらべたら子供っぽさこそなくなってきたけれど、弱々しい印象はあいかわらず、だと思う。
スタンが、あの同性でも見愡れてしまいそうな立派な肉体の持ち主が、
どうしてこんな僕の体がいいって思うのかな。
何度くりかえしたかわからない疑問をぼんやりと頭にうかべながら、
改めてあたまの上からお湯をすこしずつかけ、髪をすきながら濡らしていく。
ぽたぽたとしずくがたれるくらい、じゅうぶんに水分がいきわたったら、
続いて近くに置いておいたシャンプーを手に取って、かき混ぜるようにしてしゃかしゃかと泡立てる。
とたんにふわりと立つ、カモミールのいい香り、本日二回目。お気に入りなんだよね、これ。
とか思ってたら眉間に泡がたれてきて、慌てて目をつぶった。
髪を洗うのって嫌いじゃないけど、この瞬間は苦手。
だって、すごく無防備だと思わない?視界は真っ暗で、すっぱだかで。
手も顔も泡だらけだから、うっかり目をひらくこともできないし。
こわいお話とかきいた後なんかだと、いろいろ想像しちゃって大変なんだよね。
…なんてのんきなことを考えてられたのはそこまでだった。
「ひ、ゃっ!?」
腕をあげて髪を洗っているわけだから、むきだしになっていた胸に。
とつぜん感覚がきて、悲鳴みたいな声が出てしまう。
慌てて目を開きそうになり、寸前で我慢した。
ああ、あぶなかった、痛いんだよね目にはいると、うん。
…っていやそれどころじゃなくて。
そんなふうに僕が混乱しているのをいいことに、
「や、ちょ…く、ぅ、ん…!!」
大きな掌の感覚に撫でられ、敏感なところをこねくりまわされ。
その妙にいやらしい動きと背後に感じる体温、間違えようもない、彼だ。
でも、湯舟からあの大きな身体が出ればぜったい水音がするはずで、だけどそんなの何も…
…!も、もしかしてわざわざ僕の影に入り込むかたちで湯舟を抜けだして、
僕の背後で実体化したってこと!?
(そ、そこまでするかー!?)
とかなり本気で呆れて、
「す、スタンのうそつきっ。しないって言ったくせに!」
と、身をよじらせ逃げ出そうとしながら叫んだけど、
「…洗うだけだ」
ぎゅうっと腕のなかにおさめられてしまう、いや、そんなの、絶対うそだってば。
「んう!」
言い訳のつもりか、ちゃんとせっけんをつけた指先がくるりと円を描く動きにびくびくと身体が震える。
こ、これ、洗うとかそんな平和な触り方じゃないよ、スタン!
し、しかも。目があけられないからよけいに、
「っ、はう…!」
きゅっと摘まれた、いきなりの動きに敏感に反応してしまい、背中が勝手に大きく反った。
さらには、洗いかけでほったらかしになっていたシャンプーの泡が、
あばれたせいか顔へつうっと滑ってきて、
「ん…!」
あごのラインをこえ、首筋をするするとつたって下りていく。
「や、あ…っ」
その感覚にぞくぞくして、反射的にぬぐおうとしたのに。
「!」
すかさず手首をつかまれ、拘束されて。
なすすべもなく泡がぷちぷち音をたてながら胸の先端をなぞり、滑り降りていく感触を味わわされる。
「っひ…」
我慢しきれなくて、泣き声みたいな声がかすかにもれてしまった。
背後から低い含み笑いがきこえる、ああもう、ほんっとうに、
「いじわる…っあ!」
なじっても止まらない指の感触が、徐々に下へ、おなかのほうへと下がっていって…
…って、まずいよ。このままだと本気で!
「ひ、う、っ、…だ、だめだってば!これ以上されたら、明日いちにち動けなくなっちゃうよー!」
「うお、こ、こらっ」
僕は足をじたばたと全力でばたつかせ、身体をひねって必死で彼の腕から逃れようとする。
…いくらなんでも嫌がりすぎじゃないかって?
ああ、その、いや、だってさ、わけがあるんだよ。
スタンってば、お風呂だとほんとにあたまに血がのぼるっていうのかさ、
たいがい我を忘れてちゃって、湯舟の中といわず外といわずあの、その…滅茶苦茶されるもんだから、
いつも僕ひどくのぼせちゃうんだよ、あついの、苦手なんだってば!
「ほ、ほらもう洗ったしキレイだし今日お風呂二回目だし!」
泡がこわくて相変わらず目をあけることができないから、
スタンの目をじっとのぞき込んで懇願することもできずに、
(これ、弱点なんだよね。たいがい言うこときいてくれるから)
お願いだから離して、ぶんぶん頭を振りながらそう叫びつづけていたら。
「…そんなにイヤか?」
「え…」
「そうか。そんなに余に触られたくないのかお前は。…ならばしかたない、か…」
わ、ず、ずるい。
そんな寂しそうな声、出さないでよ。なんだか僕がきみをいじめてるみたいじゃないか。
背後から抱き締めてくる力がゆるんで、まわされた腕も落ちて。
しょぼくれた雰囲気がひしひしと伝わってくる。
…まったくもう。僕だって触られたくないわけじゃないんだよ?だって、君、だもん…
「…スタン、その。どうしても、したい、の?」
ちいさく訪ねると、低く沈んだ声が帰ってくる。
「…うむ」
見えないから、なんか心配だな。だいじょうぶ、スタン?
「どう、しても…?」
「…そうだ」
落ち込んだ響きにため息をひとつこぼして。
「…もう。しょうがない、なあ…」
甘過ぎる?でもね。彼だって僕に相当甘いんだし。ちょっとだけなら、いいかなあ。
って、そんなこと考えてたのに。
「…そうか、そうか。ククク、ならばじっくりたっぷり可愛がってやろう、喜ぶがいいぞルカ!」
背後の雰囲気ががらりと変わった。隠しきれない笑みをふくんで、やたらと威勢よく。
「…え、ええー!?」
い、いまのぜんぶ演技!?…ってことは?
(だまされたー!)
「ず、ずる…っ!」
思わず食って掛かった僕だけど、頭をがしっとつかまれて。
「狡くて結構だ、余は邪悪な魔王だぞ?」
彼がそう楽しそうに告げる声を聞きながら、わしゃわしゃと荒っぽく髪をかきまわされ。
つっと温かいお湯がかけられて、やっと泡を流してもらえて。
「はあ…」
さっきよりも深く深く息を吐いて、僕は目をひらいた。
いつのまに前にまわりこんだのか、にやにや笑うスタンの顔が目のまえにある。
泡の感覚と暗闇からは解放されたけれど。どうやら、このひとからは逃げられないみたい。
なんとなくくやしくてそっぽを向いたら、苦笑とともに掌が頬に伸びてきた。
僕の顔を正面にもってきながら、
「…それにな」
「え?」
唇の触れそうな至近距離で、ふっとまじめな顔つきになって。
「…お前が手に入るなら何でもするさ」
なんて言ってふっと笑うから、思わず見とれてしまう。
ああ、そんな顔で笑わないで。格好よさすぎるよ、スタン。
思わずぎゅっと目をつぶる、頬がかーっと熱くなって染まっていくのがわかる、
ああ、もう、甘過ぎたっていいや。
「…、しょうが、ないなあ…」
僕は、困ったみたいに笑ってみせて。
手をさしのべるように、滴のしたたる腕を、彼の背に、回した。
…あたまの中がぐるぐるする。
「うー…」
やっぱり、こうなっちゃったよ。さっきの僕の、ばか。
起き上がるとめまいがひどくなるから、枕から頭をあげることもできず、
天井を見上げて唸っているしかなくて。
そのうえ身体が火照ってあつくてあつくて、背中にあたるシーツのぬくみすらうっとおしい。
「…大丈夫か?」
手をのばしてきたスタンを、
「やだ。あつい、さわらないで」
だまされた恨みもあってきっと睨むと、
パジャマを着た彼はしょぼんと肩をおとしてベット脇にしゃがみこむ。
「ルカ…」
なだめるような声、だけど僕は知らんぷり。
ふんだ、もうほだされてやるもんか。
「…」
しばらくして、スタンはあきらめたようにため息をつき、ひどく重そうに腰をあげ、台所へ向かう。
その背中を横目で見て、自分でつっけどんにしたくせに、なんだかさびしくなった。
ああ、でも、あつい、しんどい、きもちわるい。
耐えきれなくて目をつぶると、ぐわんぐわんして、自分が寝ているんだか回転しているんだか分からなくなる。
しばらくうんうん呻きながら半分気絶したような状態で横になっていると。
「…喉が乾いただろう」
からり、と氷のまわる涼し気な音がして我に返った。
ああ、冷たい飲みもの、用意してくれてたんだ。
起きなきゃ、と思ってうっすら目をひらいたとたん、
「…ん!」
湿った感触が唇に押し付けられてびっくりした。
(…すたん!?)
目をぱちぱちさせていると、上に覆いかぶさった目がすこし笑って。
促すように角度を変える彼の動きに素直に口をひらくと、
「…!」
目の醒めるような冷たさ、そしてさわやかさと甘みが飛び込んでくる。
これ、…オレンジだ。わざわざ、絞ってきてくれたんだ…
(美味しい…)
ほどよく酸味のきいた冷たい果汁は、火照った身体に吸いこまれていくようで。
夢中になって吸い付き、こくこくと喉をならして一気に飲んでしまった。
「ん、ぷ…はあ…」
唇がはなれ、大きく息をついて、僕が枕に頭をあずけ直すと。
「…旨かったか?」
スタンは優しい声でそう言って、僕の髪に指を差し込んでくしゃくしゃとかき回す。
ああ、もう。怒ってたのがどうでもよくなっちゃったよ。
なんか、僕を甘やかすのが上手くなったよなあ、スタンは。
そんなことを考えながら、彼の手をとって、仲直りのしるしにそっと指先にキスをおとした。
そのあと、ちゃんとカレーもあたためて、僕は寝たままでスタンは隣に座って、
食べさせてもらいながら過ごしたんだけど。
やっぱりまだぶわぶわする頭にはオレンジジュースの冷たさがうれしくて、
「ねえ、」
何度もねだって飲ませてもらった。
スタンはその度にいそいそと果汁を口に運びながら、
「口移しは男のロマンだ」とか言ってたけど。そういうものなの?
そうしてるうちにだんだん具合も良くなって。
まるで猫かちっちゃい子供みたいに、スタンの体温に甘えながら眠りにつくことができたんだ。
…まあ、寝入りばなに、スタンがちょっと僕を起こそうとしてきたんだけどね。
なんか、…腰に当たってる気がしたんだけど。
僕、疲れてたし眠かったから、どうしても起きるの、しんどくって。
しばらくして、彼はうらめしそうな顔でため息をついて、トイレの方向によろよろ歩いていった。
あのね、スタン? 僕、そこまで甘くないから。
[end]
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10/26 文章掲載。
かーっ、このひとたち、いついかなる時でもイチャイチャしてますね!
ごはんが先(5.1)、よりもややえろが濃いめになりました、か…?
というか口移しがやりたかったんです。ええもう何よりも。ねだるルカが雛みたいでいいなーとvvv
しかもちゅうちゅう吸ったりするもんですから、魔王はすっかりデレデレです。
…もしかしてこれを目当てにわざとのぼせさせてるんじゃないかしらん…?
…恐らく確信犯ですね!!
だからルカもちょっぴり意地悪なわけです(^^;)
そして長かった『セナカ』もこれでおしまいです♪
ここまでおつきあい頂いた方、ありがとうございましたー☆
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