――――夏の終わり。
街は音と光で覆い尽くされ、幻想的な光景と化す。
麻帆良の町は今、町全体で夏祭りとなっている。
噂には聞いていたが、本当にこの町は全てにおいて無駄に大規模だ。
目の前の道を行き交う人々の波を眺めながら、女子寮の門の前でそんなことを想う。
「…はぁ…長いな」
別に女子寮に忍び込んで、某エロオコジョのようにパンティを盗もうなんて思っている訳ではない。
単に人を待っているだけで怪しいことは何も無いのだが、どうにも周りからの視線が気になってしまう。
麻帆良で起きたタタリ事件の後、俺こと遠野志貴は三咲高校を卒業して麻帆良大学へと通っていた。
本当は二度とここには戻らないつもりだったのだが、色々とあって俺は結局麻帆良に戻ってきてしまっている。
冬休み中にアパートを探しにこの町に出てきたところでタカミチさんに会ったので、部屋のことを相談してみたのだ。
数日後、タカミチさんが紹介してくれた部屋と言うのが、この女子寮の警備員室だったのである。
女子寮の警備というバイト付きで部屋代無しな上、給料が出るときたもんだ。
抵抗はあったが、貧乏学生な俺はその話に飛びついた。
…まあ、俺が女子寮の前にいる理由はそんなものだ。
そして俺が今女子寮の前で待っているのは――――――――
「遅れてごめんな、志貴ちゃん」
――――この愛しい少女と、夏祭りに行くためなのである。
〜朧月 IF〜
「――――――――」
「あ…へ、変やったかな? その…浴衣着る機会があんまり無くて…」
目の前の少女――――桜崎刹那は、俺の反応が無いことを自分の格好が変だからだと思ったようだ。
だが、そんな訳が無い。
俺はせっちゃんの浴衣姿に目を奪われて、放心してしまっていたのである。
淡いピンク色に桜の花の絵柄が描かれた浴衣は、彼女を普段以上に可愛らしく見せていた。
普段凛々しく戦う少女も、今は一人の可愛い乙女となっている。
「い、いや、何でもないよ。ただ、せっちゃんの浴衣姿が、その…可愛くって」
…呆けるにも程がある。
気が付けば、俺の口からは素直な感想が漏れ出していた。
せっちゃんは言われてしばらくぽかんとした後、恥ずかしそうに俯いて上目遣いでこちらを見ている。
まあ。その姿もまた可愛らしい訳で。
俺もせっちゃんも顔を耳まで真っ赤にさせながら、しばらく寮の前で立ち尽くしていたのであった。
「えっと…い、行こっか」
「は、はい…」
道を歩く人々からの視線を感じてそろそろ恥ずかしくなってきたので、せっちゃんを促して祭りへと向かう。
同じく祭りへと向かう人波に入る直前に視界の端に見えた老夫婦は、微笑ましいものでも見るような顔をしていた。
周りには俺達と同じように、祭りを楽しむ人々の姿がある。
道が狭いのか人が多いのか、道いっぱいに人が溢れかえっていて、俺とせっちゃんは
その隙間を縫って何とか移動していた。
話をしようにも、周りの騒々しさや賑やかさのお陰で大声で話さないと聞こえない始末。
この人波でははぐれてしまうかもしれないので、手を繋ごうと思ってせっちゃんの方を向いたその瞬間――――
「きゃ…!」
小さな悲鳴と共に、俺の胸にせっちゃんが飛び込んできた。
ぽふん、と俺の腕の中に納まったせっちゃんは、そのまま何も言わずに大人しくなってしまっている。
「え…っと…その、手…繋ごっか」
「……うん」
手を繋いだ二人は顔を真っ赤にさせながらも、人の波を掻き分け掻き分け露店を見て回っていた。
その道中、見覚えのある露店を見かけて、せっちゃんに寄ってみようというジェスチャーを見せる。
せっちゃんは少し躊躇った後、小さく頷いてくれた。
店の裏手にあるテーブルの一つに座り、店のエプロンをした店員に声を張り上げて呼びかける。
「すみませーん! 小龍包二つ!!」
「いらっしゃいアルー!! …って…志貴と刹那アルか?」
通りがかった店員は、くーふぇちゃんだった。
くーふぇちゃんはきょとんとした顔で、俺とメニューで顔を隠すせっちゃんに交互に視線を向ける。
そう、俺達が寄った店というのは超包子だったのである。
以前寄らせてもらったことがあるのだが、その料理の味は琥珀さんに勝るとも劣らない。
「アイヤー、羨ましいアルねー。デートアルか刹那ー?」
「あぅぅ…」
くーふぇちゃんはにんまりとした笑みを浮かべると、顔を真っ赤にさせて俯いたせっちゃんを肘で小突く。
せっちゃんは俯いたまま何かごにょごにょと喋っていたが、耳に手を当ててそれを聞き取ったらしいくーふぇちゃんが更ににんまりとした笑みで俺の方を見た。
「こうなってしまうと強い刹那も形無しアルネー。ハハハ、ワタシ強い男大好きだから、サービスしてあげちゃうネ♪」
くーふぇちゃんはローラースケートで滑りながら、いい匂いの元――――五月ちゃんのいる厨房へと向かう。
俺達の注文を五月ちゃんに告げた後、こちらの視線に気付いたのか、ウインクを返して他のテーブルへと向かっていった。
視線を戻すと、せっちゃんは視線だけでキョロキョロと辺りを見回して、やっぱり顔を赤くして俯いてしまう。
俺も辺りに視線を向けるが、特に気になるようなものは無い。表面上だけは。
…まあ、寮を出てからずっと気付いていたけれど。
「ハハ…やっぱりせっちゃんも気付いてたか。後を尾けられてるみたいだけど…何だか、異様に人数が多い気がするのは気のせいかな?」
「…気のせいじゃないです…。うぅ…クラス総出で…」
周囲の物陰から、気配と視線を感じるのだ。
それも複数。
クラス総出ということは恐らく三十人近くはいる、という訳か。
見渡してみると、確かに変装して店の客に紛れていたり、店の影に隠れたりしているのがわかった。
これはもう、苦笑するしかないだろう。
「ん…それじゃあ、ここで食べ終えたらどこかに――――「おい、志貴。夏祭りに付き合え」…行けそうに無い、ね…」
声の聞こえた方に視線を向けると、いつの間にかそこには金髪の唯我独尊お嬢様がいらっしゃいました。
その背後では茶々丸さんが申し訳無さそうに頭を下げている。
ずかずかと歩いてきたエヴァちゃんは、まるで当然の如く俺の膝の上に腰を下ろし、上機嫌そうな笑顔をせっちゃんに向けていた。
「ハイハイ〜、お待ちどう様アル! サービスしておいたアルヨー」
気まずい雰囲気の中に割って入るかのように、くーふぇちゃんの持ってきた料理が脳天気な声と共に置かれていく。
注文した小龍包二つ以外に、五、六皿ほどサービスの料理がテーブルいっぱいに並んだ。
その料理の数々に、エヴァちゃんが嬉々とした表情で当然の如く手を伸ばす。
「…エヴァンジェリンさん…」
「なんだ、刹那? ああ…やっぱり志貴の膝の上は座り心地がいいな」
俺の胸に背中を預けて深々と座り、余裕の笑みを浮かべながら挑発をするエヴァちゃんと、むーっという擬音が似合いそうなほど不機嫌そうな顔をしたせっちゃん。
少し前までの俺だったら、状況に流されるがままエヴァちゃんに引っ張り回されていたかもしれない。
――――でも、今は違う。
「ゴメンな、エヴァちゃん。俺はせっちゃんと夏祭りを見て回りたいんだ」
「……は?」
エヴァちゃんを膝の上から下ろしてそう言うと、目を丸くしたせっちゃんの手を取って走り出す。
断ったのが余程意外だったのか、エヴァちゃんはポカンとしたまま動いていなかった。
丁度通りがかったくーふぇちゃんに代金を渡すと、せっちゃんと一緒に人波に向かって一目散に走り出す。
「あの…えっと…」
「ふぅっ…ああ、せっちゃんは気にしないでいいよ。俺がこうしたくてこうしただけだからさ」
俺達は人波とは逆の方向に向かって進み、今は郊外の森にいた。
辺りは既に暗くなっており、周囲の叢からはリーン、リーンという鈴虫の音を始めとして、様々な虫の合唱が辺りから聞こえてくる。
ここまで走ってきたせいで乱れた息を整えながら、ゆっくりと森の斜面を上っていく。
せっちゃんも一緒に走ってきたせいか、頬を薄く赤らめながら、俺の後をついてきていた。
「ん…よし、ここら辺でいいかな。おいで、せっちゃん」
「は、はひっ!! ふ、ふふ不束者ではございますが、よりょ…よ、よろしく――――――――」
ドーン!!!!!
顔を真っ赤にして何か喋っていたせっちゃんの声を掻き消すような大きな音と共に、目の前に大輪の火の花が咲く。
間を置いて次々に咲き乱れる花火に、せっちゃんは言葉も無く惚けたように空を見上げていた。
俺はといえば、花火に色とりどりに彩られるせっちゃんの横顔の美しさに心を奪われてしまっていたりする。
「…楓ちゃんに教えてもらったんだけど、来て良かった。凄くいい場所だな、ここ」
「あ――――…うん、ありがとう志貴ちゃん。…ははは、せやな。まったく…何を考えとるんや、ウチは」
惚けていた状態から戻ったせっちゃんは笑顔を浮かべていたが、その後顔を真っ赤にさせながら何かブツブツと呟いていた。
次々に咲いては散っていく火の花を見て、ふと自分がどれだけ生きられるのか、なんてことを柄にも無く思う。
――――きっと、俺の終わりはそう遠くは無い。
こんな眼を持ってしまった自分が、長生きなど望めるはずも無く、ともすれば明日にでも死んでしまうかもしれない。
だからこそ、自分の選んだ道が正しくない、間違った道だったのではないかと考えてしまう。
隣に座った少女の笑顔が、遠くない未来に悲しみに歪んでしまうことを考えると、心が締め付けられるように痛む。
「…志貴ちゃん? …どこか具合でも悪いん?」
「ん…いや…。…夏も終わりだな、って思ってね」
どうやら顔に出てしまっていたらしく、せっちゃんが心配そうに覗き込んでくる。
俺は誤魔化すように言って、空に広がる大輪の火花へと視線を移す。
せっちゃんは何も言わずに俺のすぐ隣まで近寄ると、俺の肩に頭を寄りか
からせてきた。 そして――――ポツリと呟く。
「…来年の夏も、こうして一緒に花火を眺めよ。…ううん、秋も冬も――――」
――――ずっと、一緒にいよう。
俺に、そして自分に言い聞かせるようなその呟きは、花火の音に掻き消される。
けれど、俺にはその呟きが、確かに聞こえた。
「――――明日はどうしよっか? …ああ、でもその前にエヴァちゃん達をどうにかしないと…」
「ふふ…それじゃ、明日はエヴァンジェリンさん達と一緒に夏祭りに行くとええよ。まだ祭りは続くんやし」
そろそろ終わりなのか、連続で花火が空に上がっていく音がした。
音に釣られて空を見上げると、打ち上げられた花火が次々に夜空を染め上げ、そして瞬く間に消えていく。
まるで際限など無いかの如く打ち上げられ続ける大輪の花は、俺のすぐ目の前で朗らかに微笑むせっちゃんの笑顔を照らし出していた。
ふと見つめ合った俺達は、それが自然であるかのように深い口づけを交わす。
「…せっちゃんも一緒に行こう。俺は――――ずっとせっちゃんと一緒にいるって決めたんだから」
言って、微笑む。
例えいつか終わりがきたとしても、俺と彼女が共にあったという記憶だけは残る。
今日という日の記憶は無くなり得ず、パズルの一ピースとなって残っていくことだろう。
ならば俺達に立ち止まっている暇など無く、日々に感謝しながら楽しい記憶を連ねていくのだ。
さあ。もっと、もっと幸福な瞬間を重ねていこう――――――――傍らにいてくれる、最愛の少女と共に。
【後書き】
…はい、こちらで『朧月』を書かせていただいております、セトと申します。
注意書きにも書いたとおり、今回の作品は本編『朧月』から分岐して辿り着いた、一種の結末後のお話となっております。
要は遠野志貴が、桜崎刹那を愛し、麻帆良に残ったという結末後のお話なのです。
…本編も終わってないのに、こんな妄想モノ書いて何をやっているのやら…。(´・ω・`)