第四話〜決意〜

 

 広大な敷地を誇っているこの学園だけれど、結構早め早めで学園長室は見つけ出す事が出来た。

 まぁ偉い人は大抵高い所に居るって言うのが常識、と言うか常みたいで、それはここでも変わらずって事。

 学園長室は女子中等部校舎の最登頂にある。日の光を沢山取り込む大きめの窓に、何千冊とも思える書物の山。学園長の姿を見れば理解できる。

 大きな頭に荘厳な雰囲気。中身はどうか知らないけれど、十二分に知性を感じさせる年季と言うものを感じ取れるお姿。

 

「さて―――アーニャ君、だったかの?」

「はい。メルディアナ魔法学校第五十四期卒業生次席卒業、ロンドンでの占い師の修行を終えて先日正式にマギステル登録を受けたアーニャ=トランシルヴァニアです」

 

 ローブの裾を摘み、淑女の嗜みである礼をしっかりと取る。

 目上の人に対する態度はしっかりと行うようにと言うのは常識も常識。

 いくら同じ魔法界に属する人であっても、年季の差と言うものは決して埋まるわけでもない、天才だからって態度や常識を知らないようでは世間知らずの馬鹿者なのですよ。

 だからこういった場ではきちんと、真面目な時な誰よりも真面目な態度に徹する事が重要なのよね。

 大きめの机の上に広げられた幾つかの資料。

 それは、私が正式なマギステルとなった事を証明する魔力で書かれた羊皮紙だ。

 魔力を持っている人にしか読めない、しかも耐水・耐熱にめっぽう優れた専用紙。

 卒業証書や、その他の資料もああいったので書かれて提出が殆ど。現に、メルディアナの授業でも万が一を考えて魔力保護を受けた羊皮紙は学生の必須となってる。

 まぁ、魔法使いの重要物の大半はソレで包まれたり書かれたりしているんだけどね。

 

「…ふむ…しかし見れば見るほどに見事なものじゃのぉ。半年間の修行だけでここまでの成果を上げられる準マギステルなどそうはおらぬぞ?

 人身保護、教導師事、魔力道具の生成、言語学、薬草学、魔道力学……おぉ、他にも歴史神話の追辿にも余念がないのじゃのぉ、見事なものじゃ」

 

 学園長先生は褒めちぎってくれているようだけど、実際誉められるほどの事はぜーんぜんやってない。

 まぁ苦労はしたけど、目指すものが並大抵な努力で辿り着く事が叶わなかった地点にあったから頑張ったまでの話だ。

 人間やれば出来る生き物なんだからちょーっと体が壊れるギリギリ辺りで根性見せれば何の事はない。そりゃ薬草学で毒草間違って口に含んじゃった時は流石に焦ったけどね。

 そう言うわけで、結構失敗も多い。

 言語学だってまだまだ不安な部分は多いし、歴史神話の追辿なんて言うのは考古学レベルでのお話だもの。

 コーンウォールまで足運んでまで出せた成果がアーサー王存在の真実の有無を確認しに行く程度だなんて、そこいらの魔法使いの人なら簡単な話。

 私に出来た事と言ったらそのぐらいだから、まぁ、資料を纏めてくれた師に感謝だわ。

 勿論その事は語らない。事実は事実。売り込めるものはガンガン売り込んでいって好印象を持たれるのが一番のです。

 多少の失敗は誰にでもあるし、完全無欠って言うのも私は気に食わない。二、三欠点があるぐらいが、やっぱり一番丁度良いと思うわけですよ、私は。

 

「うむ。では今日から直にでもかかって構わぬぞ」

「解りました。ではアーニャ=トランシルヴァニア。これより今年度二月より教師の役割に就いていました、ネギ=スプリングフィールドの査定へ入ります。

 査定中における問題ごとは全てマギステル本部の方へ通達しますので、あしからず」

 

 同じように一礼加え、学園長から再び纏め上げられた書類の数々を受け取り、学園町室の外へ出ようとする。

 ここへの用事はこんなものだから、学園長とも暫く顔をあわせる事はないでしょうね。

 合わせるとすれば、次は査定がおしまいになる頃。査定が順調に進むようなら本当に一週間もここに居る必要はない。

 順調ならば五日程度で査定は終わるし、その後残った日程で日本観光に勤しむだけだもの。

 さて、と一息ついて、もう一度だけ礼を加えて学園長室を後にしようとする。

 後はネギの居るところへ行くだけでいい訳だから、行動は迅速に行っていくだけで良い。だと言うのに。

 

「おお、アーニャ君。道案内が外で待っておる。よろしくやるようにの」

 

 道案内。ああ、そっか。私よく考えたらこの学園周るの始めてなわけだし、一人じゃ何にも出来ないや。ネギが何処に居るのかも。誰が何処でどーなっているのかも。

 ならその申し出は素直に嬉しい。

 道案内って言うからには、結構いろんな事を知っている人なんだと思うから、解らないことはどんどん聞いていこう。

 聞くは一瞬のなんたら、聞かぬは一生のなんたらとは聞くけど、聞くの一瞬なんてまぁ、生涯から比べれば全然恥になるようなことじゃない。

 プライドよりも人生優先。解らなければ解る人に聞きましょう、ってのが人生モットー。

 そう言うわけで、一礼加えた後に外へ出てみると、まぁ朝の列車で挟まれたよりも大きな胸の女の人が立っているのですよ。

 正直、胸の大きさにはあらゆる意味合いで劣等感と不義感を持っている私としては、目の前に立つ女の人の胸の大きさには、色々と思う所がありまして。まぁともかく先ずは挨拶しなくちゃね。

 

「ども」

「はい、始めまして。私は源しずなよ。今は違うけれどネギ先生の指導教員を務めていたの。今からご案内するわね」

 

 一礼の後、拍手を受けて導かれるようにその背中を追いかけていく。

 背中を追いかけていくのには結構意味があるんですよ、コレが。

 私の一歩手前を歩くしずなさんは、はっきり言って巨乳だ。

 そりゃあもうびっくり。私の頭の上に乗っけたら私が潰れてしまう大きさですよ。首がぽきって、頭蓋骨くしゃって。ほんとに。

 加えて私の身長もその、なんたるかと言うぐらいだから、さっきドアから出たとき思わず胸に再び潰されるかと思ったわ、ホント。

 で、背中を追うように心がけている意味は、つまりは比べられたくないわけだ。

 私だってちっこくて子供だって言ってもそれなりに女の子やってるわけだし、胸の大きさとか、顔の良さとかは比べられると流石に不機嫌にもなるってもん。

 横に歩かないのにはそう言う意味合いも込めている。目の前のしずなさんと私は対等じゃないから、劣っているなら劣っているなりに、私は一歩でも半歩でも引くべき、と言う事。本心、こんな美人と並んで歩けますかって言うのに――――

 

「アーニャちゃんは、ネギ先生と同じウェールズから来たのでしたよね」

 

 突然話しかけられると緊張してしまう。

 ああ、やっぱり美人だ。胸の大きさとか抜きにしても、声調や雰囲気が和やかにさせてくれる、決して不快ではないこの雰囲気はこの人の特権なんでしょうね。

 顔の良さもはっきり言ってお世辞抜きにしましても、こりゃ女としちゃ十年経っても勝てない美人だわ、この人。

 

「――――はい、ウェールズ出身で、半年間はロンドンで過ごしました。ウェールズでは一人立ちの風習が早くて、いつまでも親元に居る事は出来ないんです」

 

 だから嘘と言うか、見栄を張った。

 本当はそんな事がない。でも、少しでもこの人に近づけるようになりたかった。

 んにゃ違うか。これは嫉妬とかそういった類の問題だわね。女同士の男に対する嫉妬じゃなくて、女同士の女に対する劣等感ですよ。この年になって。オバサン思考ですよ、私ってば。

 実力的に勝つ自信はあると思う。きっと勝てる。実力的には。

 でも、人生や精神的には足元にも及ばない。大人と子供の違いって言うのはそういう事。

 この人の歩んだ人生経験が何であっても、私が歩んだ人生経験ではそもそも年季が違うわけだ。

 だから見栄を張った。僅かにでも近づけるようにと、僅かにでも手が届けば良いなぁと思って、一人立ちの風習が長く、自分はとうに一人立ちしたんだと言う事をさり気にアピールした。まぁ、そんな子供っぽい事をした時点で勝てるわけないって理解しちゃったんだけどね。

 

「そう……大変でしょうね」

「いいえ。大変だとは思わないわ。だって―――自分でそうと決めたのだから、大変だと言う事は知っていたもの。だから、大変だなんて感じない」

 

 それはまったくの本心。大変だと思われるのが嫌いとかじゃなくて、本当に大変じゃないからまったくの本心でしずなさんの発言を補修した。

 大変だなんて事はない。嘘は言ったけど、こうして、やっている事はあんまり苦にはなっていない。

 自分で決めて選んだ道。マギステルになると決めて、七年間メルディアナに通った意味はそういう事。

 大変なのだと言う事はメルディアナに入学しての一年目でイヤと言うほどに味わった。

 マギステルになるのなら、その一年以上の大変さを味わっていかなくちゃならないなんて言うのは、ロンドンに行く前からも、そもそも、魔法使いとして生まれた時点で気付いていたのかもしれない。

 歩んだ七年間は無駄じゃあない。

 大変だとか考える時間さえも勿体無くて、早くマギステルになろうと研鑽した。

 あらゆる時間はソレに費やされて、もぉ、ライフワークとなりつつあったのがマギステルへ目指す修行だった。

 それが終わった今も、相も変わらず研鑽の毎日かもしれない。

 いやぁ、魔法使いって言うのは結局そう言うものなんでしょうね。

 師だって、毎日毎日私の修行に付き合いつつも、それが自分の修行のように真剣に取り組んでた。

 魔法使いは日々精進、魔法使いは日々探求するのが当たり前なのだ。だから、それが大変だなんて思う事は、ない。

 

「―――まぁ。ふふ、アーニャちゃんもネギ先生も大人なのね」

「まさか。私もネギもまだまだガキんちょよ。ガキんちょだからこそ、こう言うところで生活しなくちゃいけない」

 

 そう、ガキんちょの私達にはまだまだ解らない事ばかりなのがこの世界だ。

 何時の日かこの大きすぎる世界で何が起こってどうなって、何が正しくてないが悪いのかを悟るまでは私達はずっと子供だ。

 本当に苦しいこと、本当に悲しいこと、笑えるときに笑えること、泣ける時に涙できるって言うのが大人で、そうなるまではずっと、ずぅっと私達は子どものままだれかに守られて生きていくしかないってワケだ。

 世知辛い事だけどしょうがない。

 子供だって言うのはいつだって、魔法学校での一年目のように厭ってほどに思い知らされてきた。今も、大人になるまでは、ずっと思い知らされるのが子供ってもんだからね。

 ……ん。そう考えると。人間以外の生き物って言うのは生まれた時から大人だ。

 人間は過保護に過保護に育てられてそうやって思い知らされつつ大人になっていくって言うのに、自然界で生きていく生き物は生まれた瞬間から叩きのめされるぐらいの現実にほっぽり出される。

 鍛える鍛えないの問題でも、考える考えないの問題でもなくて、生きる事に精一杯にならなくちゃ生きていけないのが、自然に生きる生き物達なのかもしれない。

 最近思考回路はナチュラルより、自然界よりな考え方になっているのは否めないわね、こりゃ。

 でもまぁ仕方ないや。思うところも色々あるもんだし、師からも、生き物は一つぐらい一生かけても見出せない己自身に問いかけ続ける“命題”を背負っていた方が良いって言うからね。

 私の命題はコレできっと決まり。と言うかこれ以外の命題をちょっと持てそうにないから。

 

「あ、そこの教室よ。アーニャちゃん」

 

 はたと立ち止まり、背後に振り返る。しずなさんの苦笑した顔立ち。

 で、真横にはガラス張りの窓で、向こう側では時折楽しそうに笑っている、まぁ私よりは二、三上と見た感じのお姉さんがたがいらっしゃる。

 …ちょっと背を縮める。いやはや、考え事に集中しすぎて周辺の人の言葉が耳に入らなくなるって言うのは、ちょっと困りものね。改善しなくちゃならない点、その一。

 しずなさんの横まで戻って、一寸開きの横開きの扉から中の様子を窺う。

 あー居た居た。相変わらずの冴えない顔で自分よか何点何倍かも大きなお姉さん方に教授している私の幼馴染みのヘタレ。

 済ました顔で授業なんかやってるけど、実際のところはどんなもんだか。ああ、あれは緊張しているって言うか侮っている顔つきだわ。緊張感まるで無し。当たり前のように淡々と行っている仕事人のやり方だわ、アレ。

 

「ふふ、どうかしら。ここに来てからもう半年経つけれど、もうすっかり先生が板についたんですよ?」

 

 ああ、確かにアレは教師肌だわね。教え方は悪くないし、教室の雰囲気も明るくていい感じ。まぁ、うん。確かに教師としては容認できる範疇だ。教師としては、ね。

 問題なのはしっかりとマギステルとしての修行にこの教員としての仕事を活かせているか否かが重要なのですよ。

 実際、ネギがマギステルの修行として日本で教師をやる事と知った時、妙な不信感を覚えている。

 魔法使いの修行と教師の仕事って言うのがどーあってもマギステルに繋がるとは考えられないからだ。

 それなら私みたいに占い師とか、占い師ならずとも中国でも行って易の修行なんて言うのも魔法使いには十分繋がる。だけど、教師の仕事だけって言うのは決して魔法使いとの関係性ってのが見受けられない。

 だってさ、人に教える仕事ですよ。

 占い師は公にでも、信じられていようが信じられていまいが、真偽は定かでなくとも魔法の力って言うのを開けっぴろげて使って人を導ける。

 けど、教師って言うのはそういうものじゃない。教師は一人間として、一人の人間としての立場で教え子に接するって言うのが主だ。

 それは魔法使いと言う特別な存在としてじゃなくて、魔法なんて知らない一人間として接する方が、教師としてはよっぽどマシ。

 だから疑った。マギステルを目指すのに教師。そんなあほなお話がありますかって。

 けどそれは残念ながら事実のようで、目の前の教室の中では相変わらずお姉さん方の元気よさそーな声と、ネギの教授の声だけが響き渡ってる。楽しそうな教室だけど、それだけかもね。

 

「どうかしら? 中に入ってみましょうか?」

「遠慮しておくわ。ここで結構。授業中にお邪魔になる真似はしたくないの」

 

 一寸開きの扉から離れる。位置的にここじゃ悪い。真横からの視点しか見えないから、お姉さん方の様子とネギの様子が一度に確認できない。

 教え子であるお姉さん方が笑っているとき、ネギはどうなのか。ネギが本を読んでいたりしているとき、お姉さん方はどうなのかを観察しなくちゃならないから――――

 っと、なら、後ろの方の扉側に回った方がいいかもね。

 

「あ、あら? そう?」

「ええ、有難う御座います、しずなさん。お邪魔はしませんから、私、暫くここにいますね」

 

 返答は待たない。と言うかこれが私のお仕事だから、返答で仮令拒否されても止める気はない。

 しっかり仕事振りを観察して、その様子を逐一記録しておくのが今回の私の役割ってわけなんだから、早速お仕事に取り掛からなくては。

 教室の反対側の扉。よくある教室って言うのは、前後に扉があるからその後方ね。そっち側に立つ。

 だってこっちの方がネギの方がよく見えるし、授業を受けているお姉さん方の様子も一発で確認できる。

 窓は曇りガラスじゃないからばれるかもしんないけど、ソレはソレで好都合だ。

 元より知っていた方が緊張感とかも出てネギの修行になるっしょ。と言うか、私や何かを見つけた程度で驚きなさんなって事よね。そんなんじゃマギステルは任せられないって言うの。

 落ち着いて対応すれば、できない事はあんまりない。動揺が失敗を呼ぶんだから、落ち着いた大人の対応で接すればどって事ないわよ。

 さて、見つかったときの事はとりあえず後回しにして、教室の中を監視開始だわ。

 丁度死角に入るように体を扉に押し付けて、教室の中を盗み見ますか。何だかドロボウやってるみたいなんだけど、まさか不審者には見られないわよね。

 まぁ見られたってこっちが言い負かしてやりますけど、授業中にアンタこそ何やってんのよーって。あ、でも先生だったらどしよ。まぁそれはその時に考えますか。

 ともかく、今はネギの修行進行の確認をしなくちゃいけない。

 見た感じでは上手い具合に進んでみると見てもいいでしょ。お姉さん方は皆、あ、ごく一部の人は違うみたいだけど。

 それでも八割大のお姉さん形の表情は明るく、朗らかだし、その前で上手くやっているネギの表情も、まぁまぁそこそこに悪くはない。人間的に見れば、だけれど。

 そう、人間的に見ればネギの表情は活き活きして見ていて気持ち良いかもしれないけど、魔法使いとしちゃあれは良くない。

 魔法使いとしてなら、あの表情は落第なのだ。でもまぁ、ここは学校で、ネギは教師としての役割を修行として割り当てられた以上、ああいった態度も必要ですかね。

 

「アーニャさん〜〜」

「あ、レッケル起きたんだ。もうちょっと暇続くからまだ眠っていてもいいわよ。私のお仕事中はレッケルの力添えは必要はないしね」

「うにーでもでも……この教室から魔法の力がするですです〜〜」

 

 そんな事は知ってる。ネギの魔力だけじゃなくて、その他の魔力も紛れているのはどれだけ鈍感な魔法使いだって感じ取れるでしょうってモンでしょう。

 数は推定で九つ。微弱なのも含めれば、恐らくはもっといくでしょう。

 それはそれで異常な事かもしれないけれど、そんなんで一々驚いているような事じゃマギステル見習いとは言えどマギステル失格、本当のマギステルになれば、こんなモンじゃ済まない様な魔力溜りにまで引っ張り込まれる可能性も無きにしも非ずなの。

 そういう事で、ここの教室の中に居る魔力の根源はとりあえずは無視。厄介事になったら厄介事になったで対応していけばいい。

 触らぬ神に祟り無しって言うのはこの国の言葉だけど、使わせていただきましょう。

 触らぬ神って言うのは、つまりは触らない限りは影響を外部へは知らさない類の事だけど、あ、ひょっとしたら私がこの学園に入った時点では何人かには知られているかもしれない。

 知られても苦にはならないんだけど。邪魔さえされなければ、そもそも邪魔されるような事はやってないけど。

 

「どうしましょうかですです〜〜」

 

 レッケルは気にはしているけど、こんなん一々気にしていたらなーんにも出来なくなっちゃうって言うの。

 こう言う類はひたすら無視だ。向こうから関わりをもってこようとしない限りは、こっちからも関わりを持たないようにするのが暗黙の了解。

 プライバシーとかプライベートとか、そういったものが理解できないわけじゃないんだから、無視しても平気なのだ。

 ガラス張りの窓から教室を眺め見る。

 あーよく見るとツインテールの女の人の肩にいるアイツ。あれってネカネお姉ちゃんや美人の魔法使いの女の人から下着盗みまくっていたエロオコジョのカモミールだわ。

 ネカネお姉ちゃんが探していて、ネギのところへ見つけたら連絡するようにって言っていたけど、アイツってばこんな場所に居たのね。

 はい、報告その一。魔法界刑法第十一条規定違反者アルベール・カモミール確認と。

 淡々と進めるその自分の状況に、僅かな疎外感を感じた。

 ネギは楽しそうに教室の中で教え子に当たる、でも年上の女の人たちに教えていっている。

 私と言えば、一人ぼっちで淡々と,久しぶりに会ったって言う感情も、懐かしささえ感じさせてくれる筈の感慨さえも取っ払って魔法使いありきの行動。それは、本当に本物の私なのかな、と、普段なら感じもしない事を考えてしまった。

 ネギはネギで、私は私なんだから気にする事もない筈なのにね。

 いや、むしろ一足先に私の方が見習いとはマギステルになったんだから、ネギに負けているなんて事はないはず。うん、ないわよね、劣っている所とかはあるかもしれないけども、私は一応、ネギよりは一歩前だ。

 

「アーニャさん〜〜……やっぱりしずな先生さんを呼んできて中へ入れてもらった方が……はみゅっ」

 

 自分の胸元から這い出した白蛇の頭目掛けてデコピン一発。戯けた事を言ったので、レッケルに減点いち。デコピン一発で許してあげましょう。

 と言うかお仕事中でここは魔法界とは違うんだから、堂々出てきて人の口を訊かないで頂きたいわね。

 

「ひみゅみゅ……でもでもっ、アーニャさん寂し、ひみゅ」

 

 減らず口を胸元でなお訊こうとしたので減点に。右手でぎゅっと自分を抱くようにしてやると、よーやくレッケルもお黙りになられましたか。

 寂しいなんて筈がない。寂しかったらそもそもこんなところまでこれないって言うのに、まったく。

 寂しいと疎外感は別物なの。

 寂しいは一人ぼっちに嘆くことで、疎外感は仲間はずれを疑問に抱くことを言う。

 だから感じたの疎外感。ここは私の知らない領域で、ここは私が始めて来た空間だもの、友達が居なくなって感じる寂しさは感じない。

 だってまだこの場所で私のお友達居ないし、ああ、ネギは要るけど、今はお友達付き合いできるような立場にはお互い立ってはいない。

 だからこそ、感じたのは疎外感だ。仲間はずれって言うか、環境外れ。

 お姉さん方の空間に何の違和感も無しに入っていけているネギを疑問に思って、ああ、私はきっともー暫くはこんな環境からは外れちゃうんだろうなーって言う疎外感。そんな所かな。

 監視は尚続く。

 今日日の学生さんも大変だわ。毎日毎日こーんな授業を聞かされるって言うのは。

 あ、でも私達も毎日毎日魔法授業ばっかりで、偶に先生が気紛れのようにやってくれる普通の授業がとっても楽しい事もあったっけ。

 あーここのお姉さん方の表情を見ていると感じるのはソレか。私やネギと同じで、普段の授業とは違った感触が得られる事に喜んでいる顔つきだわね、アレ。その辺りは及第点ってところかしらね。

 

「えーっと…この授業の終了時刻って何時頃だっけ?」

「ひゅみゅみゅ…レッケルが思うに…もうそろそろだと思うですです」

 

 確かに、私が授業を見始めたって言うのは授業もちょーど盛り上がっていた辺りの頃だったものね。なら、きっとそろそろチャイムもなる頃ですか。

 そうなるとネギや教え子のお姉さん方も動き出すだろうから、と私も荷物を纏め始める。と言っても、ちゃーんとお仕事用の羊皮紙は出したままよ。仕事は最後の最後まで気は抜いたらダメって言う教訓です。

 

「はみゅ。アーニャさん、ネギさんに会わないですです??」

「うん、会わない。私の仕事はネギの魔法使いとしての修行が不手際なく続いているかの監視だもん。プライベートな面にまで関わるつもりはないの」

 

 そゆこと。ネギと私は幼馴染みだけど、今のネギと私の関係はマギステル修行中の仮免許取得者と、見習いとは言えどちゃんとしたマギステルの関係だもん。

 迂闊な関わりを持つと、ホントに実試験にまで影響が出たり、運が悪いときにはそのまま強制送還って事もある。

 中間報告者はあくまでの中間報告者。出来る限りの人付き合いを避け、出来る限りの監視している魔法使いへの干渉をしちゃダメって事。

 プライベートって言うのは一番良い例。魔法使いだって人間だもの。他の瞳見られたくない事もあるし、知られたくない事だってある。

 中間報告者もそこまでの権限を持っている訳ではないから、関わっていいのはお仕事中だけなのだ。

 チャイムが鳴る。メルディアナの時と同じ、安堵が漏れる瞬間だから、私も一息ついて、教室の中のお姉さん方も何人かは肩を竦めて一息を付いている。

 こう言うところは、魔法使いも一般の人もあんまり変わらないみたいね。

 さて、そうなると何時までもここに居る訳には行かない。ネギも何だか動きだしたみたいだし、私もそろそろここを離れなくちゃならないわね、っと一息つく間もなく、荷物を担ぐ。

 コレは、正直どっかに置いておいた方が良かったかも知れないけど、置ける場所を知らないから、仕方ないか。

 3-Aと言うクラスプレートが掲げられた出入り口を見る事もなく、やや駆け足でその場から遠ざかっていく、初日に授業はコレで終わりってワケでもないから、もう一回しずなさんのトコ行ってネギのシフト表でも貸してもらいますか。ネギのお仕事終了までは、私のお仕事も終了しないわけだし。

 さて、それじゃあネギに見つからないように動きますか――――

 

 ―――――――

 

「日が暮れますですですー……」

「いー夕日ねぇ……夜はなんとか越せそうじゃない」

 

 レッケルの発言を両耳から聞き入れて、脳の中で双方押し合い相克させる。

 そうなのですよ、私とレッケルは本日宿無しなのですよ。

 いやもうね、ネギのところに泊めて貰えばいいって学園長先生は言うんだけど、と言うかそれじゃあ意味がない。

 何の為に来たのかって訊かれて、素直に中間報告者としてネギの監視をしに来たわよー、なんて言う魔法使いが何処に居るって言うのに。従ってネギの所での宿泊はボツ。

 となる学園長先生のところに厄介になるしかないとも思ったんだけど、今日来たばっかりで初対面の人に厄介になるって、実際ゾッとしないわよね。まっ、本物のマギステルになるんだったら屋根無しでの宿泊なんて遠征に行けばしょっちゅうだって聞くし、ちょうどいい機会かもしれないわね。

 背負ってきた荷物から小型の折りたたみテントを引きずり出す。

 ちょーど私が一人入って眠れるぐらいの大きさだから持って来れたんだけどね。いや、これがまた結構役に立つのよ。

 ロンドンで師の修行の時に山篭りした時だってコレ使ったし、野宿って意外といい経験で、一週間野生生活を行ってみたところ、意外や意外、私相性が良かったみたいで、結構無事だったわけ。サバイバル素質があるって事よね、コレ。

 まぁ夜中に狼に襲われたり、テントの外にいもしない人影が写ったりと怖い思いも何度かはしたけれど、あんまり堪えちゃいない。

 山って言うのは人の領分じゃないからね。人が入り込んだら始めから居る生き物や、何かが手を出したって仕方ないって事。

 寧ろ不法侵入だから早く出て行って欲しかったのかもしれないしね。山篭りって言うのは自然界よりになれるからマナを良く通せるようになるワケだし、中々に必須の条件なのだ。

 兎に角、いくら野宿とは言えど、都会の学園。大規模で端から端までも確認できないぐらいの広さの場所だけど、流石に狼や熊が潜んでいるって事はない。ないと思いたい。居たら死んじゃうけどね。

 あんまり自然界の生き物を魔法とかで傷つけたくないから、居ても寝させてもらう事は勘弁していただきますか。向こうにとって見れば勿論どうでもいい事で、聞く耳持たずでも納得してください。

 

「はうぅ、野宿なのですです〜〜お風呂とかはどうするですです〜〜〜」

「泣かないのっ。まったく、熱いの苦手なくせにどーしてお風呂は好きなんだか…

 その辺は問題ないの、学園長先生が滞在中は学園の施設大半の使用を許可する許可書出してくれたから温泉とかに入れるからね」

「みゅーん、それなら良しですです〜〜〜」

 

 現金な蛇めっ。コレだって学園長先生に頼んでもらった物なんだから。

 本当だったら誰かの所に泊めて貰うって言うのが一番良いって学園長先生は押していたけど、見慣れない人達の処でご迷惑になるわけにはいかないし、ネギに中間報告者だって言う事も知られるのは避けたい。

 それなら、こうして野宿に出た方が何かと魔法使いとしても都合は悪くない。自由に動けるし、何より迷惑をかけなくたっていいのだから。

 問題はテントを張るところだけど、実は朝の内に学園をちょっと回ってナイスな場所を発見したのですよ。抜け目ないわね、流石私。

 テントを担いで目的地まで歩き出す。行き交う人が笑っているのは気にしてはいけない。

 一々気に留めてたら気が幾つあったって足りないんだから、こう言うところではちょっと度を過ぎたような行動でも見て見ぬフリをしてくれるのが有難いんだけどね。

 さて、と。目的の場所まではさほど時間はかからない。と言うかもう着いたんだけどね。

 見上げるのは朝あまりの大きさに自分がちっぽけに見えてしまった、あの巨木。

 学園内では世界樹って呼ばれているけれど、私的には世界樹と言う呼び方は適切ではないと思うので一先ず暫定として巨木で決まりだ。

 この巨木の根元なら程好く林とかもあるし、何より根があんまりにも太いから全然目立つような事もないでしょう。何よりこの巨木だもの。少しぐらいは見習いたいし、肖りたいのも事実だからね。

 

「みゅー、アーニャさん〜本当に野宿ですか〜〜」

「モチのロン。野宿も野宿。バリッバリのサバイバル…とはいけないけど、まぁ滞在中は暫くこの樹の下に厄介になる気よ」

 

 誰かに頼るつもりは特には考えていない。そもそも頼れる人なんて居ないんだけど、それでも誰かに頼る気はない。別に意固地とかになっているわけじゃない。本当に、真実そう考えているだけのことだもの。

 何度も繰り返してはいるけれど、私は見習いとは言えど魔法使い、マギステル・マギとしてこうして活動している。

 それは即ち、要請があれば、何時いかなる状況であっても私はマギステルとしての最前線に送られ、一マギステルとして大勢の人の為にならなくちゃいけない。私が望む望まないに関わらず、ね。

 いくら私がマギステルになった理由が皆に夢を与えられるようになりたいからだとしても、マギステルと言う超常の力を求めている人たちにとって見れば、先ず苦しんでいる人達が優先される。

 そうなれば、私だって頑張んなくちゃいけない。最前線ではいつも一人でやらなくちゃならないのだ。

 仲間も居るかもしれないけど、マギステルって言うのはその数が極端に多いわけでもないし、しかも一点に集中しているわけじゃないから派遣先に送られる人数は何時だって規定人数なの。

 その時与えられる役割に何人が当て嵌まるかはわからない。二人か三人か、ひょっとしたら一人の可能性だって十二分に考えられるってコト。

 その時誰かが居なくちゃ出来ませーんって言うんじゃお話にならない。常に一人でも最善を尽くせるようになるって言うのが、マギステル・マギって言うものなのよね。

 何時そうなるかは知らないけど、まぁ突然って事はないだろうから、でも、いつかはきっとそうする日が来るのだから今のうちに最善を尽くしておくべきって事なのよね。

 一人でもある程度は何とかできるような体質、と言うか習慣として体にソレを刻み込め。肉体を凌駕するのは精神、精神を支配するのは習慣と言う怪物なのだ。

 体に滲み込んだ習慣が身を救うって言うのが私の理念。けっこーバカにされているけど、こればっかりは譲らないって言うのかしらね。

 最近はパートナー選びとかに躍起になっているマギステルとか多いけど、実際はパートナーが必要なのは戦闘要因なマギステルの人達だけで、私みたいに回復、救護とかを旨として行動するマギステルにそんなのは必要ない、むしろ居た方が邪魔。

 周辺の人達の事でも精一杯だって言うのに、契約までして魔力による強化なんてさせている暇なんか無いの。強くなりたいんだったら何にも頼らず自力で何とかしろってぇの。

 魔力に頼らない。何かに頼るのは悪くないけど、先ずは自分に出来る範囲から始めるのが常識なのだ。早足駆け足はご法度ってコト。

 勿論私は早足駆け足でなんてここまで到達しきったワケじゃない。これも師のお蔭だし、私自身が優秀って意味合いもあるし、何よりも多くの支えもあったから私はここまでこれたんだ。

 今まで多くの人にお世話になったのだから、これからはなるべく一人で頑張らなくちゃいけない。

 まだまだ子供の私だけど、甘えたり頼ったりするのはとうの昔に使い切ってしまったから、今はもう頼るより頼られろだ。一心不乱に正面きって突っ走れー、ってコトね。

 

「そゆ事で。今日から暫く住まわせてもらうからね」

 

 樹を見上げる。

 いわば目標にしたいのはこの巨木のような在り方かもね。何にも囚われない在り方って言うのか、あまりにも理解に及べない領域の在り方。

 頑張るとか、面倒だとかなんて考える余裕さえもない。一心不乱に生きているその姿が、この巨木や、足元の花々のありのままかもしれないね。

 尤も、こーゆー手前勝手な考え方は好きじゃないから暫定だけど。ただ、そうだったらいいなーぐらいに纏めておくのが一番いい。

 裏切られることもないかもしれないけど、間違えて居て勝手にそう考えている事が何かの間違えで解ってしまったら、その、恥かしいじゃないのって私は思うわけですよ。

 あ、そっか、だから私野宿選んだんだ。

 一心不乱にマギステルとして頑張ろうって決めたのはずっと前でも、その決意が固まったのは、この巨木を見上げた時からだったっけ。

 こう言う在り方に憧れているんだ。

 自由な訳じゃないかもしれない。

 余裕なんてない、切羽詰ったギリギリの綱渡りみたいな生き方になるかもしれない。

 それどころか、一歩間違えればとんでもない事になるかもしれない生き方だけれど、こう言うのもアリかなとも思っている。

 だって間違えがない。間違える可能性はあっても、その在り方が間違えそのものになる事はありえない。

 だって真っ直ぐだもん。分かれ道には目もくれず一直線、英語で言えば“ストレイト・イズ・マイライフ”って言うのかも。我が人生に一片の悔いなーしみたいな。

 そういう生き方って、ある意味人間には無茶苦茶すぎて理解出来ないかもしれないけど、それを成し遂げた時はきっと世界が違う風に見えたりするんでしょうね。

 彼らには解らないかもしれない。彼らには理解できない感情だ。あーいや、ちょっと違うかな。彼らには寧ろ理解する必要の無いモノだわね。

 だってそれが当たり前なんだもん。四十億年以上前から繰り返し繰り返しで続いてきた輪廻の輪の様に、でもそれが彼らの当たり前で繰り返されてきた生き方だもんね。

 人には人の感動も、彼らにとってはきっと違うものだ。

 だから憧れてしまうし、探求だってしてしまう。

 彼らがどう見ているのか、彼らがどう知って、どう考えているのかを。

 まっ、追求はせずにじっくり行きましょうか。

 きっとその日は永遠に来ないとは解っている。

 人の感情で彼らの在り方はあまりにも遠すぎる。

 人間的思考を持っている時点で負け決定。

 何故と思考する時点で、そうだと決め付けた時点で、人間の人間による人間的な思考を当て嵌めた時点で間違えになる。

 多分当たっているとしたら、それは何も考えない事ぐらいでしょうね。なーんにも考えないで居られる事、彼らも何かを考えてはいるけどきっと私達じゃ辿り着けない思考能力で考えられた思考だ。

 ソレを思考するならまず脳味噌の中身を綺麗さっぱり掃除して、記憶も感情も精神も“自身”を放棄して、彼らと同じような生き方に染まってみなくちゃ考えられない。

 要するに人間放棄で彼らと漸く同じだ。やっとスタートラインに着いたよーってぐらい。彼らといったら、もぉ地平線の向こう側だろうケドね。

 

「追えば追うほど地平線の向こう側ですか……そりゃ勝ち目ないわね」

 

 そう言う事です。

 地平線の向こう側に立っているお方々。追いかけて追いかけて、どんだけの知識や技術や能力重ねたってそのあり方には届きはしない。

 努力とか、才能とか言う問題じゃなくてそもそも存在からして違うって言う事かもね。

 地平線の向こう側に常に居続ける。

 地平線の向こう側の世界を私達は夢想するけど、夢想するだけじゃ本当はどうなっているのかは理解出来ない。

 なら地平線の向こう側を目指して、漸く地平線の向こう側に立ったと思いきや、これまた向こう側に地平線だ。

 地平線の向こう側は常に変化する世界が広がっている。夢想は出来ても、変わり行く真実へは誰も辿り着けない。

 だって、地平線の向こう側だよ、常に。追いつけるわけないじゃん。

 地平線の向こう側に居るから追いついてやれーって意気込んで地平線の向こう側に辿り着いたと思ったら、これまた追いかけていたのが地平線の向こう側ときたもんだ。

 ぐるぐるぐるぐる輪廻の輪。追っても追っても追いつけない。終わる事なき理想と現実。追いつける筈ないのに尚追い続ける諦めの悪さ。私、諦めは悪くてよ。

 掌を巨木の頂上へ向けてみる。そして握る。掴み取るように、まぁ何を掴み取ろうとしたのかは定かじゃないけど、きっと掴んでも掴みきれない領域にある何かでしょうね。

 それでも、いつかはソレが何であるかを理解して―――理解なんて出来ないけど―――いつかは、ソレを志に―――ソレは人では目指せない領域に立っている者達に焦れるような―――そんな、何かを手に入れたいと願う。

 

「負けてらんないのよ。人間止まりなんかにはね」

 

 握りこぶしに力を籠める。そのままえいえいおーと勢いづきたいところだったけど、またまぁタイミングの悪い事に見なくてもいいものを見ちゃった訳ですよ。

 まったくなんて言うか。最悪のタイミングと言うか、言い難い状況と言いますか。何ともいえない、そんなものを。

 

第三話〜祭場〜 / 第五話〜異種〜 


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