第三十四話〜対面〜

 
 紅茶が出される。出したのは嶺峰さんだ。
 私は前の前に座っている二人の部外者、あるいはこれから関係者になりうる可能性を持っている二人を見つめたまま、片膝を抱えたままソファに腰掛けたままでいる。
 そんな私の頭上にはレッケル。同じように緊張したような眼差しをしていると判断できる。
 あまり楽観しできるような状況ではない。だからこそ、緊張感は高まったまま。

 傍らに嶺峰さんが腰掛けた。
 それを合図にすることはない。時間は充分に有る。
 焦る必要は無い。不必要な発言など聞く耳は持たない気でいる。
 私にとって、今目の前に居る二人はとっくに別れを済ませた過去の人。
 その内の一人は敵対関係にも近く、一人は拒絶反応にも近い拒否の態度を取った相手だ。
 だが余り変わらない。二度と会うことはない、そう考えていたであろう相手であるというのには変化は無い。

 この二度目の再開が何を意味するのか。それは私には解らなかった。
 きっと嶺峰さんも、レッケルも解らない。目の前の二人にも。誰にも。
 それが逆に心地よいとも思った。解らないのであれば解らないままで充分だ。
 真実は知りたがっている人間の間柄だけで教えあっていればいい。誰にでも真実を開け放つのは良い事ではない。
 夢なら夢で。嘘なら嘘で。虚ろなら虚ろでも構わない。そんな気がしている。
 ソレは私が人間界から何れはそうなるであろう存在だからそう思っているのかを考えた。
 遅かれ早かれで人間界から姿を隠し、魔法使いとして世界を回り、最後には自分の夢で皆に夢を見させるような、そんな魔法使いに。

 時計の進む音とお茶を啜る音だけしかしない。
 お茶を啜る音は二音。目の前の二人からだけしかしていない。
 嶺峰さんは私の傍らに腰掛けたまま。私もまた、ソファに片膝を抱えたままの体勢で座り込み、斜に構えたかのような眼差しでその様相を見つめてる。
 見つめたままで動かず、時間だけが過ぎていこうとしていた。

 さっきも言ったとおりだ。焦る必要なんて無い。焦って話を進めさせるよりは、落ち着いて、余裕がありすぎて死んでしまうぐらいまでの余裕を持たせた方が話は深く、重い。
 重く物事は受け止めた方が効率的だから。
 楽観的な考え方なんて懐けない。多少絶望的に考える方が良いのだ。
 そっちの方が、いざ本当にそうなった時の解決策をそのとき考えなくても済む。
 なら、多少は絶望的に考えを纏めてその絶望的な状況になったとき、実際動行動するのかを判断する準備をしておいた方がいいでしょう。
 今の私はそんな感じ。何があっても、直ぐに行動できるように構えていた。

 カップが置かれた。金髪の方のカップ。
 目を閉じ、物思い浸る人間のような仕草でお茶を啜っていたモノの動きが漸く落ち着いたかのようになり、その目が開かれる。
 真っ直ぐな瞳。私か、あるいは嶺峰さんを見つめている眼差し。
 濃紺の眼差し。吸血鬼って言うのは無機質な目ばかりだと思っていたけど、目の前のソレの眼差しは有機的だった。
 ただし、いい意味では取らない。有機的な眼差しは血の生暖かさを連想させるようなそんな眼差し。
 だから予断は許さずに、その目にこっちも真正面からにらみを利かせている。
 効果は無い。お互いににらみ合うのは散々やったからね。お互いににらみ合っても見詰め合っても、大した発見なんて無い。

「話はどちらからが良いか。私たちか。それとも、お前たちか」

 声に私は反応しなかった。ただ、傍らの嶺峰さんだけが私を見つめてくる。
 ソレともう一人。金髪の横の神楽坂さん。その二人。
 その視線にさえ、私は反応はしなかった。言う事など無いというのが本心である前に、私は今回の件の事には限りなく関係者らしい無関係者なのだ。
 鋼性種っていうのがなんであるのかも。魔法少女のあり方も。学園で起きている変な事件も。
 そういったものに一番近いように見えて、やっぱり私は何も知らない部外者のまま。
 だから、言う必要が無いと言うよりは、言う事が出来る事柄が少ないと言うのが一番正しい。
 だから私は一回だけ嶺峰さんへ目線を返す。
 嶺峰さんの好きにと。
 鋼性種も魔法少女も、全てを話す権利は嶺峰さんにある。
 嶺峰さんへの配慮で私がすることといえば、少々人付き合いの少ない嶺峰さんの為に話の進行を担当してあげる事程度。
 ソレぐらいの今年か出来ず、そもする気はなかった。

「あの……先ず、お知りになりたい事を聞きたいのですけれども…」

 それは尤もだったのか。金髪の表情が僅かに緩む。
 確かに相手はまだ何を知りたいのかを語ってはいない。
 それはフェアじゃない。相手の知りたいことを語ってこそ、情報交換を受け取る側の準備が整う。
 何を知りたいのかも語っていないのに情報を提供する事なんて出来ない。出来るわけも無い。

 ただ、相手が知りたがっている事が統べてだと言うのであれば、この話は此処で打ち切るつもりでいる。
 全ては話せない。何もかも語ることは出来ない。心配するわけじゃないけれど、全てを知れば知ったでソレは途方も無いから。
 途方もない事を知らせる必要も、知る必要もないでしょう。

 神楽坂さんが一度耳打ち。盗み聞きなんて言うことはしない。
 聞いている事は大体解っているから。神楽坂さんが金髪の耳元から離れる。
 金髪は返答していない。それは、語るまでもないということの意思表示にも見えた。
 だが語る。金髪が、その凛とした。嫌悪すべきでしかない対象とは思えない、けどそう思わざる得ない声で語る。

「鋼性種とか言うものについてだ。お前たちの事で知りたいことは無い。
 ただ、そこの嶺峰湖華、と言う生徒がキノウエと一番関係が深かった、程度の事しか私達は知らない。
 知りたいのは唯一つ。鋼性種と言うモノの実体だけだ。
 それと交換で今学園で起きていることの詳細を教えてやる。恐らくはキノウエの失踪にも関係しているぞ。悪くは、あるまい」

 声が震えているのを悟ったのは私だけではなかった筈。
 傍らの嶺峰さんは勿論。頭上のレッケル。多分、金髪の横に座っていた神楽坂さんでさえ気付いたでしょう。
 震える声。悲しみと恐怖に打ちひしがれたかのようなか細い声だったようにも聞こえた。
 凛とした声だというのに、か細いと言う矛盾。
 それが何なのかに、私は大した興味は懐いていない。
 相手は敵対者だもの。興味を懐ける筈も無い。
 相手は魔法界が長年追い続けた宿敵怨敵の類。
 ソレ相手に私が何かを労ってやる必要はないし、その背景に何があったのかを問う必要も無い。

 そういうものだから。相手は多分事実を知っても私たちに協力の意思は示そうとしない。
 神楽坂さんは別かもしれないけれど、金髪の方はありえない。あくまで金髪は自身の問題を解決する為に情報を求めている。
 それならそれでいい。私たちも同じようにすればいい。
 嶺峰さんはまだ気付いていないけど、これは戦闘だった。
 情報戦。相手からより良い情報を取り出せるようにと画策しあう情報の戦いだった。
 違うのは、私も相手も、その状況を楽しんではいないと言う事。
 あくまでも冷静に。けれど、時折にむき出しする感情を感知する私。その感情をむき出しにする金髪。
 それだけがある。そしてその感情は、唯一つ。焦燥と哀惜。その感情であった気もする。

 それを黙って聞き届けている私を冷たい人間だと思うなら、そう思ってくれても構わない。
 ただ私は忘れていないだけ。目の前の金髪。それは、魔法界の罪人なのだから。
 それが無視できないだけ。それだけの境遇があろうとも、それは無視する事は出来ない。そう言うことだもの。

 だから黙って聞いている。判断は嶺峰さんに任せようと思っている。
 私がでしゃばる事じゃない。私は余りにも知っていることが少ない。
 そんな私が口出ししても、結局は相手への反論でしかない。
 私は自分の立場はしっかりと弁えている。何も知らないに等しい私が言えることなんて無い。
 だから、嶺峰さんにお任せしたい。彼女の話を上手く伝えられるようにする。それが私の役割だ。

 嶺峰さんは一度だけ目を閉じて、意を決したかのように瞳を開く。
 私が始めて会ったときとは大きな違い。私と一緒に居る事で変わって言ったのかは解らない。
 だけど、確かに変わったと思う。
 あの威圧感も変わらない。神楽坂さんが中々前へ出てこないのは多分それ。
 嶺峰さん独特の気配。それがあるから、神楽坂さんは近づけないし、前に出られないでいる。
 そんな威圧的な雰囲気を意図せずにはなっていた嶺峰さん。何がどう変わったのかは解らなかったけれど、ただ変わったと思う。直感的に。

「承知いたしましたわ。では私(わたくし)よりも鋼性種の方々に詳しい方がいらっしゃられております。
 その方の下へ共に来ていただけますでしょうか」

 その言葉に反応は無し。知っているのは私だけだろうから。
 鋼性種に詳しい人なんて、キノウエって人が居ないのであればそれは一人だけだ。
 あの桜色の着物の女性。機関銃のような話し方と、どこか深く深みから人を見上げているような人。
 そう私は感じた。
 あの人は優しい人じゃない。優しいとかの判断は無い。自分を是とする人。そうれが私の感じた純粋な感想だった。

 掌引心香鶺鴒。掌(たなごころ)から心を引いたと言う苗字の女性。
 その名が示す通りなのか、何処か配慮的なものに欠けたかのような女性。
 しかし、誰よりも鋼性種と言うものには精通していると自称ではあるが告げていた一人。
 私も聞いていたのだから。鶺鴒さんのあの異常なまでの鋼性種への知識。
 だと言うのなら、彼女に問うのが一番でしょう。嶺峰さんよりも、誰よりも。

 無言の内に移動が始まる。私と嶺峰さんはそのままの格好。
 私は長いローブを纏った姿で、何時もの服。嶺峰さんは白いロングスカートのワンピース姿に、大きな丸い白帽子。
 それだけを携えて、玄関から外へ出て行く。
 それについてくる制服姿の二人。金髪と神楽坂さん。誰も無いも語ろうとはしない。
 そんな余裕も無いのか。
 余裕が無いわけじゃない。簡単だった。余裕だと感じている暇すらないんだ。
 そうだと思う。でなければ、ここまで会話が無いなんて事も無い筈だから。

 だからきっと、と考えた。話しているような時間さえも億劫なのかもしれない。
 会話している時間すら、何かに費やしたいのかもしれない。そんな気がした。
 もう夜が近い。吸血鬼の金髪は最大の力になる時。だけれど、封じられているから以上に力が無いようにも見えた。
 きっと私の見間違え、と轡を並べて歩いていく。

 久々のあの場所。アマリリスの花と、ライラックの花が咲いていた華道部の部室へ。


 ――――――――――――――――――――華道部部室前


 暗いのか明るいのか。寒いのか暑いのかで意見が分かれるような場所。
 私は縁側に腰掛けて空を見上げているだけ。嶺峰さんは両目を閉じて正座したまま、華を生けている鶺鴒さんの傍らに座り込んでいるだけ。
 そうして用事のある二人。金髪と神楽坂さんは、縁側にさえも入らず庭に立つ。色とりどりの花も宵闇に包まれてその色を失っている庭に。
 私は赤。嶺峰さんは白。二人は庭の華と同じように宵闇に包まれ少し暗がり。
 そうして一人、鶺鴒さんだけは桜色の着物の裾をまくり、相変わらず勇壮な面持ちのままで華を生けていた。

 金髪は当に鶺鴒さんに用件は話している。
 けれど鶺鴒さんはソレにまだ答えていない。用件が話されてから既に五分。神楽坂さんも金髪も顔立ちは怪訝。
 何時教えてくれるのか。それとも、教える気が無いのか微妙な時間。
 後一分待って何も行動が無ければ、きっと彼女は何も言わない。それを理解している私がいる。
 機関銃のような口調が無い。それだけで、ここまで雰囲気と言うものは変わるものなのかとも思いながら。

「鋼ちゃんの事を聴きたがる人が来るのは久々ねぇ。ネミネ以来かしら。
 でも教えて何かアタシに利益ある? 鋼ちゃん相手にやりあうのきついよ?
 まぁ戦い続けてくれるって言うんなら教えてあげない事も無いけど。アタシが戦わなくて済むようになるし。
 その気が無いなら教える事は無いけど。
 ギブアンドテイクよ。持たざる者は持てる者へ。持てる者は持ってる者に。
 それにただ単純に鋼性種のことを教えろ言われても教えられないわよ。掌引心香家長年の間に隠され続けてきたものだもの。うかつには明かせないわね」

 鶺鴒さんは金髪も神楽坂さんも見ていない。目の前の麗華に意識を割いているだけ。
 時折断ち切りバサミを手にして、パチン。二人の意見すら断ち切ってしまうかのように、パチン。
 意味がないかといわんばかりの態度。それがどうかしたのかと言う態度は、私にはある程度は予測できていた。
 この人はこう言う人だと。嶺峰さんに対する態度のそっけなさ。鋼性種と言うものに対するあっけなさ。
 それは全てにおいてまともで普通だった。
 異常なものには一切気を割かない。それならそれでと言う態度。
 キノウエと言う人とは違った意味での興味なし。真逆故の、無興味。

 それをどうも私は思わない。
 鶺鴒さんがそう考えるなら、そう考えるが鶺鴒さんの是だとも思う。
 元々私が関係するような事じゃなかった。それに、どちらにしても私が此処に居られる時は残り少ない。
 報告者の役割が終われば私は去るだけ。出会うたびに目くじらなんて立ててはいられない。
 嶺峰さんは何も語らない。鶺鴒さんが時折立てる断ち切りバサミの音にだけ反応して目を開いて、閉じる。その程度。

 それは無関心からじゃない。嶺峰さんは鋼性種と言うものの事を本当に知らないのだと言う事の裏づけ。
 以前巨木の下で語られた。鶺鴒さんは嶺峰さんには鋼性種に関する事を話していないと。
 それは余計なもので、嶺峰さんには関係の無いことだから教える必要も無い。
その鶺鴒さんの言葉を思い出す。だから嶺峰さんは何も語らない。先輩と言う立場の事もあるからでしょうね。嶺峰さんは鶺鴒さんの傍らに居るだけ。

「……キノウエと言う男がどうして失踪したのかを知っているのか?」
「知らない。まぁ風みたいな気紛れな人だから、そう言うこともあるでしょ。あんまり関係ないわねぇ。
 とことん付き合いが長かったってわけでもないし。居なくなった人にはアタシ興味ないのよねぇ。
 そう言うものじゃないの? 誰かが何かをしようが。誰かが何かを言おうが。誰かが何かをやろうが。
 そんなのは関係ない人間にはとことん関係ないのよね。
 今もこうやって話している間にも戦争とか起こっているわけだけど、あたし達はとことん関係ないからバカやって好き勝手言い合っていられる。
 無知は美徳よねぇ。沈黙も美徳だけど。
 それにアタシあんまりやる気ないし。
 鋼ちゃんの相手。フツーに生きてフツーに生活できて、フツーに遊べてフツーにやっていければどうでもいいわよ何があっても。
 私から見れば私が普通に生きられるのであれば仮令何が在ってもどうでもいいのよ。
 超能力者が活躍しようが、魔法使いが活躍しようが。どこぞの別の場所から誰かが来ようが、その誰かが何をしようが。
 旅して世界を救おうが。化け物が世界を滅ぼそうが。そんなのはどーでもいいの。
 そんな事はとんでもなくどうでも良いこと。
 私は私がフツーに生きてフツーに死ねればそれでいいの。
 現実はそんなものよ。鋼ちゃんなんて本当は関係なく生きていくつもりだったわよ、アタシだって。
 家系で始めただけ。そう言うことよ。止めたいと思っているのなら、年がら年中思っているわね」

 縁側でそんな言葉を聞いていた。一番星を見つけて。
 この時期に、この国で一番に輝く星は何なのかなんて判断つかない。ただスポットライトのように瞬いている星が笑っているようにも見えなくもなかった。
 誰に笑っているのか。決まっている。怪訝な顔つきの金髪と神楽坂さんの二人に他ならない。
 星すら笑うなんて。なるほどね。今のこの状況はとんでもなく滑稽らしい。
 視線をずらす。状況は変わっていない。華を生ける鶺鴒さん。その脇に静かに正座のまま佇む嶺峰さん。
 庭に立ちすくんだままの二人。その状況のまま。はっきり言って、今のこの場に二人の味方は居ない。
 居ない方がいい。鶺鴒さんの発言が嘘偽りなしと言うのなら、彼女には何を言ってもソレを介さないでしょう。そう言うことだ。
 無関心と言うのは。ある意味で一番とっつきにくい人間。でも、生物としてみればどんな生物より生物らしい人間だ。
 そんな感じだと思う。そんなものだと思う。
 掌引心華鶺鴒。変わり者ではなく、常人。超常人的思考回路の持ち主。そう言うことだ。
 と、鶺鴒さんは袖まくりの片腕を上げて指を鳴らす。
 傍らの嶺峰さんの瞳が開く。ゆっくり。真紅の細目の状態で。
 黒目は僅かもない。真っ赤な、兎みたいな瞳。それは誰に向けられるでもなく、僅かに開いただけ。

「―――鋼性種の方の事を知れば無視は出来ませんわ。鋼性種と呼ばれる方々はそう言うものなのです。
 その存在が公になれば、誰一人として無視は許されない存在。常に思考しなければならなくなる存在なのです。
 もし貴女様方がこの真実を識慮なされれば、遅からず鋼性種の方々との衝突は避けられませんわ。
 そうなれば単一性元素肥大式を持たぬ貴女様方は、失礼ですが」

 なぶり殺し、とだけ鶺鴒さん。それに応じて嶺峰さんも瞳は閉じる。
 早い話が関わるなと言う忠告だった。
 それは解る。良い事などない。あれと関係して良い事は起きえない。
 そう言うことを、嶺峰さんを通じて鶺鴒さんは語ったに等しい。
 そう言うことにはなれていないのか。それとも、単純に離すのが億劫になっただけなのか。その意思は、嶺峰さんを通して語られたんだ。

 だけれど、勿論ソレで退く気はないだろうとは轍は踏んでいた。
 案の定二人は無言のままで立ち往生。何を言うべくもなく、二人並んで庭に立ちっぱなし。
 嶺峰さんは見ず。鶺鴒さんは向きもせず。私は此処に入ってから会話と言うものに参加していない。
 私が関すれる事でもないから。用事があるのはあくまでそこの二人。

 解っているのかいないのか。それでも退かない処を見れば、そうとうに情報はないのでしょうね。
 それなら人に頼りたく気持ちも解らないわけじゃない。
 誰かに頼るのはいいと思っている。決して、悪い事じゃない。
 悪い事じゃないけど、何もせずに何かに頼るのは拙い事だ。何かをする前の教訓がない。
 だから、いざ同じ事態になった時、行動できなくなる可能性すらあるということ。
 危機と言うものは一回だけじゃない。二回目。三回目もある。容赦なく。
 そう言うものだ。だから次の危機への対応策が必要なのだ。いうなれば、前準備的なことだ。

 鶺鴒さんの関心がないのはひょっとして、とも思うが、止めた。
 それはありえない事だからだ。鶺鴒さんは其処までふかぶかしくは考えない。何時だって自分を是に。何時の時でも自分を回して、世界を見る。
 自己中心的じゃない。自分を回して、世界を見る巨視的視野感の持ち主。それが鶺鴒さんと言う女性の姿だ。

「―――大切な一人が、その鋼性種に成り代わった。キノウエも同じく、ワケの解らないものになった。それでも教える気はないのか」

 嶺峰さんは僅かに一度細めに瞳を開き、虚空へ向けて腰が曲がるほどに頭を垂らす。
 方や、うん、と鶺鴒さん。慈悲などない。容赦もない。きっと感慨もない。そう言う態度だった。
 そう言うこと、と私は縁側から降りた。
 応じる様に、嶺峰さんも正座の状態から立ち上がって鶺鴒さんに一礼。そのまま鶺鴒さんの背後を通って縁側から私の元へと渡ってくる。

 庭に立つのはコレで四人。
 鶺鴒さんだけが、淡々と華を生け続けている。その姿を、どこか遠くを見るように眺めてみた。
 以前、嶺峰さんとの距離があるかのように見えた、あの眼差しで再び見る。
 相変わらず。私たちとは、立っている場所が違う風にも見えた。

「では、鋼性種のことを語らずに事を進めるは宜しいでしょうか」
「うん。アタシや、掌引心香家の鋼性種に関する記述に触れないのなら。あとアタシの邪魔をしない、と。
 それが満たされるのなら好きになさいな。どうにかする方法でも、何でも。元に戻す方法でも、何でも。
 さぁいきなさい。もう直ぐアタシも帰るから、ここ。真っ暗闇よ?」

 嶺峰さんの言葉にそっけなく返す鶺鴒さん。
 聞き届け、嶺峰さんと並び歩く。背後からは、着いてくる二人。
 特には何も得られなかった、早い話が此処に来損だっただけの二人。
 状況は切羽詰っているらしいけど、周囲が余りにも非協力的な二人。
 いや、正確には二人だけで解決する気で居るから周囲は非協力なんでしょうね。話さなければ、周囲は協力のしようもないもの。

 庭を抜ける。見上げた夜空。あの銀壁の如くに輝く満天の星空。
 その下に出た。周囲には何も遮るものはない。華道部の部室は学園のやや外れにある。街からも。住居からも。
 拒絶にも近い処に位置する場所。そんな場所で一人の鶺鴒さんと言う人物。
 一先ずソレはいい。その場で立ち止まって、嶺峰さんと二人振り返る。
 背後の二人に。怪訝な顔立ちと言うか、どこか焦燥感も感じさせるかのような。どこか、困惑にも近いような顔立ちのような二人に。

 嶺峰さんを見上げる。彼女はそれだけで解してくれたらしい。
 それは正直にありがたい。説明するのはなんだか面倒だし、かといって嶺峰さんにも説明させたくはない。
 けど、アイコンタクトで解してくれるのはありがたい。そして、アイコンタクトだけでここまで意思疎通出来る様になった事にも驚き。そう感じた。

「で。どうするの。貴女たち二人は」
「教えてもらえぬ事を無理に聞きだそうとすれば出来る。が、それをした所で得られるものなど何も無いだろう。
 どのみち終わっている事に手を加えるような真似だ。手段があるかどうかは解らん。
 が、出来る限りの事はしてみるとするか。本当に手段がなくなった時は。その時は。そうだな」

 金髪は笑った。厭な笑顔ではなかった。でも諦観の浮かぶ笑顔。
 好きにはなりにくい。でも、ツンケンしているよりはずっと魅力的な顔。
 そんな顔で笑って、私にその濃紺の瞳を向けた。その時は、自身でケリはつけようと。そう語っている。その瞳が。

 それを応援するようなマネはしなかった。
 彼女らは彼女らでやるでしょう。そう言うものだ、出来る事は結局、誰にも頼れない。自分でやっていく事しかできない。
 自分以外の誰もがやってくれないと言うのならば、その事実を知る人間がやるしかない。
 目の前の金髪や、神楽坂さん。私や、嶺峰さんがソレだ。出来るのは、私たちだけなのだ。

 擦れ違う。一瞬目が合う。
 お互いに酷い目つきだったのを確認できた。相手の瞳に、自分の瞳が映っていたから。
 酷い目をしていた。お互いに。笑い合えるぐらい酷い目。
 そんな目は似合わないから、歩き出そう。私達の家に向けて。

 歩き出す。嶺峰さんは傍らに。金髪は神楽坂さんと共に。お互いに向かう先は真逆。
 同じ一点から始まる、互いに離れ続けていく線のよう。
 それも良いかもしれない。私は私で、あとは一言言い出すだけだけれど、その一言はちょっと厳しいかもしれない。
 今までの近しい思い出が蘇る。
 なんでもなかったけど、楽しかった。一緒にご飯を食べたりした。お風呂にも入れられた。
 そう言う思い出。それを切って、嶺峰さんを見上げた。彼女は、決意していたかのように告げる。

「はい。明日から魔法少女の役割、お果たし致しましょう。あの方たちの力になりたいのですね」

 気持ちの良い笑顔。心を締め付ける、吐き気を誘発させる、意図のないはずの笑顔。
 それに口端だけで笑う。目は笑わずに、口端だけで。
 そう言うことだ。力になりたいと言うのは間違えだけど。
 いや、間違えじゃないか。私はあの二人に直接関係することになるだろう事柄に手を出そうとしている。
 それは何のためだろうと考えたけど、やめる。考えても然程意味の無いことだと思ったからだ。

 ただ、これは私のお節介かもしれない。
 彼女たちは鋼性種に関連できない。どれだけあの金髪が人間離れした力と技量を携えていようとも、鋼性種とは比べられない。
 鋼性種と言う存在は、それほど不可解で超越的な位置にある存在だから。
 日本映画の怪獣みたいなもんよ。近代兵器の通用しない、同じ怪獣でしかタイマンを張れない・
 比べる事が出来ない相手と戦わせてもやられるだけ。だから、彼女たちには彼女達にやってもらえる事をしてもらうだけでいい。
 鋼性種のことは、私たちで何とかする。そういうお節介。

 きっと大切な人が鋼性種化したと言う話を聞いた所で私は何となく、私だけじゃなくて。嶺峰さんも。
 鶺鴒さんも気づいた筈。そうならば、戻したいと思うはずだと。
 戻したいと思ったのなら、鋼性種を知らなければいけない。
 けど、その鋼性種に触れられるのは二人だけ。鶺鴒さんと嶺峰さんだけ。
 だから、私たちで鋼性種のほうは何とかしよう。後は彼女たち次第だ。
 元に戻せるのか否か。前例があるかどうかなんて知らない。
 ただ、でかい図書館はあるのだから調べまくることだけを信じていようと思う。

 帰路に着く。深い夜だった。袂を別った筈なのにどこか繋がったままのような気がした。

 深い夜。まだ、この学園で私はやらなければいけない事が残っているのかな―――

第三十三話 / 第三十五話


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