突貫魔法少女が往く
魔法と言う名の忌まわしさを忘れさせる希望に縋る事はなく
繋がりと言う名の傷の名を携えた絆に頼る事はなく
一人。魔法少女は、ただ一人行く
罪人多き人の世に。罰と言う名の盛衰を注ごう
人が侵しし悪事の夜に。毒と言う名の破局を注ごう
ソレら全てを携えて。全てを貫き、全てを砕こう
嗚呼、突貫魔法少女が往く
一人焔の尾を伸ばし。篝火の翼を広げ。業火の憤怒と、冷焼の悲哀を裡に抱き………
生きとし生きる全ての魂に
焦傷と言う名の刻みを以って
嗚呼、不死鳥飛翔と。魔法少女が往く
――Horizon―― Last&Prologue CHAPTER:始原
第四十話〜一人〜
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雨。長い長い雨が降っている。体を冷やす雨。心を冷やす雨。思い出を冷やしていく雨。
雨は、幼い頃から好きじゃなかった。
あったかいお日様も隠してしまう雲と一緒に訪れて、それでも恵みになるって言うものを降り注がせてくるんだもの。
そんな雨が憎たらしかった。
嫌われ者の黒雲と一緒のクセに、雨自体は救いと恵みを与える存在だなんて。そんなのが、あんまりにも憎たらしかったっけ。
でも、今は降り注いでいて欲しい。彼女たちの体をめいいっぱい冷やしてあげて欲しい。
じゃないと腐ってしまうから。私の体は熱いから、私の魔力は、全てを焦がしてしまうようなものだから。今は、降り注いでいて欲しい。
さぁ、帰りましょ。貴女のお家へ。さぁ、行きましょ。私達の過ごした家へ。
彼女の体を背負う。背中が熱かったのを忘れていた。
背中に背負ったら、彼女を暖めてしまう。それじゃあ腐ってしまうから、胸に抱く事にしよう。
大丈夫。この人軽いもん。私でも持ち上げられるよ。
でも、私の妹の貴女はもう胸元には入れられないよね。私の胸、篤いから。だから、冷たいけど彼女の胸の上で我慢してちょうだいね。
お姫様の様に担いでいく。
軽い。とんでもなく軽かった。それが無性に悲しかった。
魔力も何も使っていないのに、私よりも大きな人を軽々と持ち上げられてる。
それが、変に、かなしかった。
こんなに軽い体で、今まで何をやってきたんだか。無茶しすぎなのよね、まったく。もうちょっと早く私が来ていれば良かったかな。
出会いは早いほうが良いのよね。遅い出会いよりは、ずっとずっと長く居れるから。
ねぇ。私と妹がもうちょっと早く貴女に会いに来ていれば、こんな風にはならなかったかしら。こんな事には、ならなかったかな。
答えは無いのは知っているから、口には出さなかった。
ただ歩く。雨の中を歩き続ける。
身体が冷たくなっていくけど、腕に抱いている二人ほどじゃないから平気。平気よ。
擦れ違う人は居ない。もうすぐ夜。そうなるからでしょう。
あの生物準備室の先生と、金髪の従者が変貌しちゃったって言うのが動き出す時間。だから、誰とも擦れ違わないんでしょうね。
朝みたい。まるで明朝。朝霧の中で、一人立っているみたい。
それもいいわよね。私朝が好きよ。
貴女にも、妹の貴女にも教えてあげたじゃない。朝が好きだって。
独りぼっちになったみたいな気分で、世界に一人にされたみたいだっていったよね。
でも本当は違うの。妹の貴女が居たから楽しかったし、好きだった。あなたと一緒に迎えた朝だったから、楽しかったの。
家まで随分遠いわよね。でもいいか。ゆっくり行こうね。一緒に過ごした場所廻ってもいいかな。
ちょっと道を外れる。放課後の中等部校舎へ向かっていく。
漸く人影がまばらだけど、皆皆、傘を前傾姿勢にして走って言ってしまっているから誰も私たちには気付いてはいない。
あるいは、無意識で認識阻害の呪文でも唱えていたかな。でもいいよね。邪魔する人居ないもの。
中等部校舎の前まで来た。周辺の人が人形みたい。感情も無くて、どんどんすれ違って行ってしまうだけ。
でも、そっちの方が好都合かな。ホラ、見て。貴女のクラス。ココの入り口から見上げられるんだよ。
初めて会った時、私走って逃げちゃったよね。ごめんね。
でもホントに怖かったの。貴女の顔、綺麗だったからね。笑顔、ステキだったよ。
抱きかかえて次に向かう。
あの丘に行こう。公園があって、あの大きな湖が見下ろせる坂の上の丘。其処へ行こう。
雨が強くなった。変に冷たい雨。ああ、そっか。もうすぐ秋だもんね。
だったら冷たい雨にもなるかな。この雨がやむ頃には秋よね。
紅葉でも見に行きたかったわよね。ごめんね。日本の紅葉、綺麗だって聞いていたんだけどな。
丘を登る。坂が急で、何度か足が折れそうになる。
でも下ろさない。下ろしたら折角の魔法少女服が汚れちゃうもんね。大丈夫。綺麗なままで連れて帰ってあげるからね。
丘を登りきった先の小さな公園。今じゃ全然見かけないジャングルジムとか、シーソーがある公園。
秋も半ばを過ぎたら、あのブランコも縄で纏められちゃうわね。
そうなる前に貴女に押してもらいたかった。妹も、大好きだったブランコ。私もまだまだ子供だからね。
数分眺めて、道を外れる。次はあの教会へ行こう。
ここから近いよね。だったら大丈夫かな。ちょっと手が痛いかな。
でも大丈夫。こう見えても私体力はあるのよ。
体力バカ。そんな事言ったのが魔法学校に居たっけ。勿論殴打してやったわよ。魔法書で。
境界は見上げるだけにしておく。入れそうにはないし、入っちゃったら別の意味で辛くなりそうだったからね。ごめんね。ココの教会、綺麗だったよね。あの時ここで貴 女がずっと一人だって知ったんだっけ。お母さん、居なかったんだよね。ごめんね。気付いていたけど言い出せなくて。間違っていたら失礼だったし、でも間違えじゃなかったって知っても、それを言い出せなかったからね。
まだまだ廻りたい所はいっぱいあるけれど、ごめんね。これ以上抱いていたら貴方たちの体の負担になちゃうから、もう帰ろう。貴女の家に。
私が、此処に来て、一番幸せだった場所。得られなかった幸せを、くれた場所に。
普通の家よね。見上げてそう思う。でもこの普通さがいいかもね。
貴女っぽいお家。一人で住むには広すぎるから、一緒に住んだ家。
色んな事したっけ。もっと色んな事出来たら良かったよね。
でも、ごめんね。忙しい忙しいばっかりで。一緒だったんだから、一緒に出来る事をしてあげれば良かったよね。
体でドアを開ける。一階。静かな一階。雨のあたる音だけが家の中に響いている。
ただいまの挨拶はなし。いらないよね。私の家だもん。貴女の家で。私と、妹の家。だから大丈夫。
玄関が雨で滴っていく。一階で処理は済ませておかなくちゃね。
一階。ご飯食べたりする時位しか使わなかったかな。覚えてないよ。ごめんね、忘れっぽいかもね、私。
雨でびしょぬれになった体を、一人、ソファの上に腰かけさせる。
本当に眠っているみたいに綺麗だよ。
ほっぺたつんつんしたら夢でもつんつんされた気持ちになるかな。でもやめておく。もう、反応ないからね。
急いでドタバタお風呂場まで行ってバスタオルを二枚引っつかんで戻ってくる。
ピンク色の、すごく綺麗に折りたたまれていたバスタオル。
これって、私が綺麗に畳んだんだっけ。ならちゃんと拭いた後はまた洗濯機に入れておくからね。
体を拭く。丹念に。硬直している指を無理矢理に開くと折れちゃうから、ちょっと熱の呪文を口の中で唱えて解しながら。
本当は魔法少女の服も脱がしてあげたかったんだけど。許してね。
貴女の誇りみたいに見えちゃったから。だから、その誇りは着続けていて欲しいな。
温かい風を送ってあげる。ちゃんと乾かしてあげなくちゃね。
私特性の温風魔法だよ。何度か使ってあげたっけ。
貴女の黒髪ステキだったから、私が梳いてあげたんだよね。さらさらの髪はまだサラサラだよ。綺麗だね。
ふわっと仕上がった魔法少女服。スカートは破れたままだけど、ごめんね。
着替えさせて挙げられそうにないや。でも、まぁ色っぽくて綺麗よね。
そう言う格好でも私言いと思うんだけどな。もっと早くに言ってあげれば良かったかな。うん。
じゃあちょっと私もお風呂、と。お風呂場に向けて歩いていく。
びしょ濡れのままだったからね。風邪を引いたら、出来る事も出来ないから
ばさばさっとローブを脱いで、漸く背中の傷の事を思い出した。どおりで脱ぐ時に背中でバリバリ言っていた訳よね。
血が固まっていたんだわね。結構深いのかな。
ああ、でも、いいかな。うん。生きてるしね。私の傷は平気だよ。お風呂、シャワー沁みるかな。いやだなぁ。
と思いつつぐいっとコックを捻る。
やっぱり痛い。背中から足元に伝ってきた赤染めのお湯を俯きながら見つめている。でも生きているじゃないのって思いながら、見つめている。
そういえばあの人とお風呂入った時は大変だったね。
なんだか変な気分になっちゃって。私、そう言う趣味は無いよ。いたってノーマル。変な事とかしなかったもんね。しないよ。貴女綺麗で、そんなこと出来なかったから。
体は紅くても良かった。
紅くても良かったから、頭だけは念入りに洗っておこう。
最近は酸性雨とかって言うのも多いみたいだしね。抜け毛が気になるお年頃でもないけど、やっぱり髪の毛の匂いは気になっちゃうんだ。
シャンプーにリンス。いいシャンプーとリンスだから、髪の毛一本一本が絡まないでクセになりにくい。
それを念入りに一本一本に刷り込んでいく。スリスリって。
何時か、貴女にしてあげたように。何時か、貴女からしてもらったように。今度は自分で。一人になって、やってみる。
上がると同時に温風で直に乾かしてみる。私の温風魔法はちょっと好評だったわよね。
直に乾くし、焦げもないわけだし。ホラ綺麗。
一本一本が、くるっと廻るだけで空気の流れに乗ってくれる。この髪、少しでも貴女に近づけたかな。
でも、もうローブは使えなかった。何しろバッサリ切られていたもんだからロクに使い物になりそうじゃないんだもん。
二階へ向かう。途中、もう使えなくなってしまったローブと上着、それにスカート。
それを彼女の傍らへ置いていく。でも、やっぱりローブだけは貴女と一緒にしてあげて。ちょっと血なまぐさいのは、我慢してほしいから。
彼女の部屋のクローゼットを開く。沢山服は無い。白いワンピースとか、私が良く知る私服とロングスカートの中等部制服。
そして、あの魔法少女服が、まるで彼女の歳月を積み重ねてきたかのようにクローゼットの奥からかけられている。
その中の一着を取る。今の彼女から見ればとても小さい、でも、今の私にとってはぴったりの大きさ。
貴女を模すわけじゃないけど、着てもいいよね。他に持ち合わせの服無いんだ。恥ずかしくないよ。貴女と同じだもん。
ふわっと広がる、前が短くて、後ろが長いタイプの真っ黒くて、縦に紅いストライプの入ったスカート。
そこから伸びる黒のニーソックス。ニーソなんて、魔法学校入学以来掃いたこともないかも。
上着はメイドさんみたいに肩の部分がちょうちんになっているタイプ。でも、そのちょうちんは二の腕が見えるように切れ目の入っている。
腰のリボンは、あえて赤いほうを選んだ。彼女は何時も黒かったから、私は赤。
お揃いにしなかったのには意味は無いけど、同じじゃない方が一緒に居れそうだから。
最後に、大きなベルトで上着とスカートを留め、鋭利な箇所が全部ぴぃんと立つ。コレで完成。簡単だけど、魔法少女。
その格好で彼女の前に立つ。同じような格好のまま、ソファに凭れかかっている彼女と、その手の下で丸くなっている私の妹。
くるっと一回転。スカートの中は見えてももういいや。どうかな。似合うかな。
似合わないよね。貴女の方が似合っているよ。銀色の髪になるんだよね。
でも、鶺鴒さんと戦った時、貴女の髪は銀じゃなかった。
それは、本気じゃなかったんだよね。優しいね。私には無理かもね。でも、そう言うところすごい好きだったよ。
そろそろ行かなきゃ行けないみたいだから、準備は全部整えておく事にする。
家の戸締りを全て完璧にしておく。一つの鍵に七重の不信受付不可の呪文を重ねる。
それを家中全て、入り口以外の全てにかけておく。
そして部屋の全てに魔道書から切り取った一ページを貼り付けてく。
温度管理のページ。これで夏でもこの家の中は適温を保てる。
洗濯物を全部畳んで部屋の全てに廻す。掃除機もかけるし、埃が飛ばない様に緊縛の結界も四重に渡って張り巡らせておかなくちゃ。
そうして。全部終わった。部屋の中で片付いていない場所は無い。凡そ二十分。自分でもビックリするぐらいの高速作業だわね。
そして向かい合う。大事だった人。守りたかった人の前に。守りたかった妹。一緒だった妹の前に。
右手に紅い光球。それを二分して、右手と左手に分ける。
送り出すように指を滑らせると、光球は導かれるようにして二人の中へと沈んでいく。彼女の胸元。妹の二分された箇所から。
彼女の手を取る。うん。これでもう大丈夫。何時になるのかは解らないけど、その日が来るまでは大丈夫だから。彼女も、妹も。
ねぇ、貴女には雪を見せてあげたいな。
故郷ウェールズの雪。真っ白くて綺麗で、ふわふわした雪なのよ。きっと気に入ってくれるわ。
何時か貴女を―――その下で眠らせてあげるからね。
私の妹のアンタには、そうね、どこがいいかしらね。いった事がない場所、全部連れて行ってあげる。
新鮮よ。きっと喜んでくれるって確信できる。でもね、眠る場所は彼女と一緒。絶対、一人にはしないから。
彼女の頬をなで、妹の頭を撫でる。そうして離れた。
部屋の中には、私がウェールズから持ってきた全てを魔術道具を規則配置している。
掃除した意味がないようかの乱雑とした場。そこを、何度も。たった二メートルの間を、数十回に渡って振り返って、玄関へ。
靴を履く。履く最中、背中から視線を感じた。振り返る。誰も居ない。
それはそうよね。でも、誰かに見ていられるような気がする。
真っ黒い階段の上。誰も居ない。
廊下の奥の奥。誰も居ない。
今し方出てきた居間の入り口。やっぱり誰も居ない。
でも、誰も居なくてもよかった。
無理に笑って片手で数回ひらひらと手を振って、傘を一本片手に。彼女の家を――――後に、す、る。
がっちりと閉める。七重じゃなく百重にしても良かった。
でも結局私がつなげられる最大数十七重の不信受付付加の結界をドアノブへかけ、見上げて見返してを繰り返しながら、雨の中を歩いていく。
霞がかって家が見えなくなるまで。露霧霞で、全てが白の中へ溶けていくまで。
何回も何回も。きっと、泣きながら。振り返りながら、泣きながら。遠くへと、駆けていった。
やり直しを望めるなら、私はソレを今選ぶだろうか。
選ばないとはいえないけど、私は選びたくない。
そんな、新しい世界を作るような真似はいやだ。そうじゃなかった『if』なんて、望みたくはない。
だってそれじゃみんな嘘になってしまう。
厭な事を消し去ってしまえるのはいい事ばかりじゃない。
その厭な事の影に埋もれてしまった、輝かしいまでに素晴らしい事すらなかった事にしてしまう。
私はそれを。そんな事を望みたくない。
彼女との出会いも。妹との出会いも。全てなかった事にして、今度は皆が幸せになれるような、なんて言うのを、私は認めない。これが全て。これが全てなのだから。
別れの悲しみも。出会いの喜びも。
絶望の淵も。希望の光も。
心を濁す毒も。意識を純粋にする水も。
全てを焼き払う業火も。全てを癒す優しさも。
全部。全部あった事なんだ。
私はそれを捨てない。放棄しない。放棄したくはない。生きた証を捨てないで。
こんな。苦しくて悲しくて。こんなにも絶望に打ちひしがれかけていると言うのに、それさえ意味があって起こっている。そんな悲しみさえも、意味のある一事象として扱われるのだもの。
それは全部が全部、この世に居た証。私の世界じゃなくて、みんなの世界。
やり直しを望めばソレも消える。私一人の不幸で。何か一つの不幸で世界を終わらせてはいけない。
全部を嘘に出来ない。そう考えてしまう。私はそう言う魔法使いだから。自分たちの事より、もっともっと大きな世界を見てしまう種族の生物だから。
だから、たとえ悪魔のささやきであり、もっともっと幸せになれる世界が存在しても、私はソレを望みはしない。
私が生きていくのは、此処だ。私達は、此処で生きていくように生まれたんだから。
でも辛いよ。奔って奔って。吐きそうなぐらい奔ってるよ。
全部投げ出してしまいたい。そう考えることもある。
諦めてしまいたい。諦めても、きっと構わない。
何度も諦めをした事があるもの。諦めるって、悪い事じゃないけど、でもその時はちゃんと自分で定めなくちゃいけないよね。
ずっと生きて行くことなんて出来ない。だから、死ぬ時は命を『諦め』なくちゃいけないんだ。
その命の諦め所。それを間違えてはいけない。それを違えてはいけない。その事を、勘違いしちゃダメなの。
雨の中、誰も居ない野原の中心。雨が全てを掻き消してくれる中で、一通り泣く。
あーんあーんでも良い。えーんえんえんでも構わない。
どんな泣き方で、どんな惨めな姿でも構わない。
でも泣きたかった。力の限り、泣き喚きたかった。そして多分。その時はきっと、今しか、ないんだ。
彼女は死んでしまった。あっけなく死んでしまった。
本当にあっけなく。でも、それは間違えじゃないんだ。そう言うのが、当たり前なんだから。
誰だって何時死ぬのかなんてわからない。私だって知らないよ。
今雷が落ちたら、周辺に何もない私の頭の上に落ちちゃうかもしれない。
傘を差しているから、きっとなおさら。ホラ。それだったらあっさり私は死んでしまう。
だから。宿命だと思う。何時死ぬのかが解らないと言う宿命。
誰もが持っている小さな宿命。男の人も、女の人も。子供も、御年寄りも。病人も怪我人も。神様も悪魔も。人じゃないものも、人やっていた、人たちも。
そんな宿命で生きていた、生かされていた。
今日まで、生かされ続けてきた。多分、多分だけれど。確率としてしかいえないけど。これからも、そうして生かされていく。そう思っている。
生きたいと思うんじゃない。生かされていると知らなくちゃいけない。
生きたいと願うんじゃない。生かされていたいと懇願するしかないんだ。それが全て。この世の理。この世を成す、大きな器。
彼女が死んでしまった意味を考える。彼女を殺したのは、誰だろう。
鶺鴒さん。違う。違うよ。彼女が殺してしまったんじゃない。
殺してしまったのは。きっとだけど。多分だけど。信じたくは、ないけれど。
それはきっと、私なんだと思う。私が、彼女の殺してしまった。そんな気がしてならない。
私が来て彼女はやっぱり変わったんだ。どう変わってしまったのかは解らないけれど、彼女は確かに変わっていたんだ。
その変化。彼女を殺してしまったのは、その変化に他ならないとしたら、どうすればいいの。
変わらないままの彼女なら、多分あの場面で鶺鴒さんをとどめなかった。
流されるように、彼女に全てを任せていたと思う。
でも、あの時彼女は鶺鴒さんを留めた。どうして。
彼女は、自分の意思を告げたんだ。自分の思い。自分の心のうちを告げたんだ。
でも、それを促したのは、私。私が、そう促した。言いたいことを言えるようにと。言えば、どんな事が起こるのか予測もしないで無責任にそう言ったんだ。
それが彼女を死に引きずり込んだ。
最後の場面。彼女は何を言いたかったのだろう。私への恨み言か。私への卑下か。
でも、そのどちらでもない瞳だった。今までどおり。何時もどおりの彼女の眼差しはキラキラしていて、その眼差しの元。彼女は一刺しの元に―――
風が小さく凪ぐ。いつの間にか、雨はやんでいた。
長い長いにわか雨。私の涙が枯れ果てるまで降り続けてくれれば良かったのに。そうすれば、誰からも泣いていたなんて気付かれはしなかったでしょうに。
それを否と否定するかのように、雨は上がった。何時の間には空は夜。
夕暮れ時は去り、あの白い岩の塊が返すお天道様の稲光じみた閃光が弱められた篝灯だけが、世界を小さく包み込む。
ちっぽけな私たちをお月様は笑っているでしょうか。
身を削りながら生きていく私たちをお天道様は憎んでいるでしょうか。
離れれば近づき、近づけばいがみ合い、いがみ合えばどちらが消え去るまで朽ち果てさせようとする私たちを、着かず離れず。常に一定で見守るお星様はどれ程蔑むでしょうか。
多分、全ては当たっていて、全てが間違えていると確信できる。
お月様があんなに白くて眩いのは。私達の様に心を持たず、ずっとずうっとあのままだから。
お天道様があんなにぎらぎら熱いのは。私達の様に感情を持たず、ずっとずうっと燃え続けてきたから。
お星様があんなに沢山輝いているのは。私達の様に意思を持たず、ずっとずうっと瞬き続けてきたから。
変わらずに永久に。何時か子の星を照らすお天道様が砕け散り、その残り火があのお月様もこの星すらも焼き払ってしまっても。
それでも、この世は変わらない。あの星は輝き続けて、どこかの銀河のお天道様とお月様は未来永劫、輝き続ける。
私たちに出来る事はあまりに矮小で小さすぎる。
この星の寿命を一年換算すれば、私達の寿命は僅かに0,01秒にも満たない。
いつか、そんな話を聞いたことがあった。それは短すぎる。この星から見れば、あまりに短すぎる。
何時かは全てが忘れられていく。
どれだけ心地よい歌も。どれだけ輝かしい物語も。どれだけ悲しい事も。どれだけ幸せだった時も。
全ては忘れられていくだけに存在しているも同じ事。
人間の生み出すものは全てがそうなる。遅いか早いのかは解んないけれど、何時かは必ずその日が来る。
忘れられていくもの。霞み消え去っていくもの。
それらが全てなくなってしまうまで、私達は、何を出来るんだろう。どうやって生きていけるんだろう。
私たちに出来る事。今私がしなければいけないこと。
鶺鴒さんをどうにかする事。そんな事じゃない。そんなことはしない。しない、けど。
けど、私は本当にそれでいいのかな。私は、あの人を許したままでいいのかな。あの人を放置しておく事。それは、本当に是と言えるのかな。
雨露に濡れる野原を一人行く。
一人。ああ、一人って寂しいわね。ずっと独りになった事なんてなかったからかな。
いつも誰かと一緒だった。妹のあの子や。此処に来てからは、あの魔法少女の人。何時も誰かと一緒に居て、何時も一緒に笑っていた。
その笑顔ももう見ることはなくなってしまった。二度と、見る事は叶わない。もう、二度とは。
そう考えると涙が出てくる。抑えきれない。
小さな女の子みたいに。迷子の女の子みたいに、両手で拭っても拭ってもあふれ出てくる。
これが、現実の重さだった。命の重さだった。
良いも悪いも無い、命あるものを失った時に背負わなくちゃいけない大きな重み。
鶺鴒さん。貴女も、背負っているでしょう。背負ってなんてないなんて、ないでしょう。
歩けなくなって、魔法少女姿のまま立ち尽くす。
白い岩の塊。オレンジ色に輝き続ける太陽の光を銀板が返している。銀壁が返す月光に似ていた。
ああ、あの銀壁のアレ。アレは何時かこの星の化身と称した事もあったけれど、あの月の化身でもあるのかもしれない。銀色の輝きとか、すごく似ている。
巨木が月の光に栄える。あの木の根元に、銀壁の主足りえる存在が居る。鶺鴒さんはそう言っていた。
まだ巨木がある所を見ると、まだ伐採されてはいないみたい。
どうして。決まっている。彼女は待っている。多分だけど、私か。あるいは、いえ、確実に突貫魔法少女を。
魔法では戦えないよ。私の魔法は、誰かを傷つける為にあるものじゃない。
魔法は、魔力は、誰かを傷つける為に存在している筈が無い。魔法は、そんなものの為に生み出されたんじゃない。それを信じている。
でも。それじゃあどうすればいいんだろう。
私に戦う力は無い。魔法少女の格好をしているだけの、コスプレ魔法使いだもの。今の私じゃ、伐採魔法少女足りえる彼女の相手は出来ない。
歩く。さくさくと歩いていく。
視界は虚ろ。それどころか段々狭まっていくような気がする。
具合悪いのかな。なんだか脚進めるのも億劫になってきちゃった。
ああ、このまま此処に倒れてそのままでいれば、目が覚めれば全部終わっているかな。それならそれでいいかもね。何も出来ないのなら、それでもいいかもね。
ごづんと、頭をぶっつけた。
何も無い筈の野原のど真ん中。そこで、すごく硬いものに頭をぶつけてしまった。
視線を上げる。大きいものが目の前にあった。それが何なのか気付いて。ああって、泣きそうになった。
突貫楯。地平線の名前を冠した巨大な楯ともいえないもの。
それが、初めて見たときと同じように、地面に浅く、けれど、しっかりと突き刺さって、私の行く道を塞いでいた。
まったくなんで私のところに来るんだか。
と言うよりも、どうしてこんな場所にあるんだか。もし、彼女の残り香を追って私の所に来たって言うのならお門違いよ。
交わして右から抜けようとする。と、右側の二角が展開して、それを阻んだ。
それも交わして左から抜けようとする。と、今度は左側の二角が展開して、それを阻む。
思わず、怪訝な顔つきになった。
あのねぇ、もう突貫魔法少女は居ないのよ。私はアーニャ。アーニャ=トランシルヴァニアなの。
あなたを扱える魔法少女の家系の人間じゃないのよ。だから、ね。
そんな事を思いながら。それでも、その楯の前から立ち去ろうとはしなかったのはどうしてなのか。
解っている。この楯から感じているんだ。彼女の残り香を。彼女がこれと一緒に歩んできた、その道筋を。
彼女と共に歩んだ、短いまでの一瞬。けれど、私にとっては輝かしく、あまりに眩しすぎた一瞬。
それが、無光沢の突貫楯に映り込んでいるかのようにも、見えた。
軽く触れてみる。硬くて、なんだか変な感じ。
あの漆黒の四角錘を撫でた時なんかに似ている感触。
そっか。コレが単一性元素肥大式ってもので構築されているって言うのなら、あの漆黒の四角錘も単一性元素肥大式ってワケかもね。そう考えるのが、妥当か。
二人ぼっちになってしまったのかもしれない。
突貫楯と私。彼女と妹。お別れした相手は、お互いにとって掛け替えの無いものだったんだね。
語りかけてくるでもない突貫楯を優しく撫でる。左右へ開いた二角は少しずつ戻り、元のドリル状態へと戻った。
私に何が出来るのだろう。彼女は、何をしようとしたのだろう。
私に同じ風には出来ない。私は彼女ほど優しくは無い。
だから私には出来ない。彼女にだけ出来て、私に出来ない事があるのだもの。
でも、ねぇ。二人だけで寂しいわよね。そんな事を思いつつ撫でる。
訴えるでもない。楯は相変わらず無貌。表情なんて、ある筈もない。
コツンと、額を楯へと擦り付けてみた。
解るよ。二人ぼっちだけど、一人ぼっちだよね。
お互いにお別れしちゃった人たちが強すぎて、他には何もいらなかったのにって考えるぐらいにね。
頭を離す。涙目になっているのは知っている。
本当はすがり付いて泣きたかったけれど、もうその時間もない。
巨木。あの大きな木が光っている。緑色の発光。エメラルドグリーンの輝きが何を意味しているのかを知っていた。
遠い眼差しで、夢見るかのようにそれを見届けている。
このまま此処に居たって、誰一人文句は言わないでしょう。誰かに迷惑かけているでもない。誰かに観止められているワケでもないのだから。
ああ、でも。でもね。貴女のやりたかった事を成しても良いかな。
貴女はあの木を守りたいといったのだったよね。なら、それを私がなしても良いかしら。それを、継いでも良いかしら。
楯に手を添える。両の目を閉じ、小さく呼気。
そして吐気。目を開いて、何時も縛っていた両脇の髪のリボンを取り払う。
長い髪を纏めていたリボン。普段は双房に分けて、実はあんまり双房に分ける必要もないんだけど、鬱陶しかったから双房に分けられていた髪が散らばる。
花が咲くように、ふわぁさ、と言う髪擦りの音さえ聞こえそうなほど滑らかに、艶やかに。髪が、腰を過ぎ去っていく。
髪を一纏め梳くって、小さく微笑む。銀色。髪の毛の先端から根元まで、全てが銀色に染まっている。
それ以外に体調の変化はない。けれど、楯に手を添えると自然と突貫楯はその方向を自制御する。
重力に逆らったかのような飛行。八角全てが集う方を中空へ。幾つもの機器が取り揃えられた円形の握り手。其処を持ったと同時に、楯はその重量を元に戻して地面へ堕ちた。
重いね。すごい重かった。毎回毎回こんなもの携えて、彼女は銀色のあれと戦って、いえ、過ごしてきたんだね。そりゃあ、大変よね。
引きずっていく。ずるりずるりと引きずっていく。
貴女ほど優雅にはなれない。誰も、貴女の様には輝けない。誰一人、貴女が背負い続けてきたものを理解してあげられる人は居ない。
私もそうだった。他人だったんだね。家族だけど、他人だったから解らなかったんだね。貴女じゃないから、解らなかったんだよね。
でも、私行く事にするわ。
貴女が守りたかったものを守りに行くわけじゃないけれど、私が行く事にするね。
巨木の根元を目指す。どこか、別の場所でも閃光が挙がった気がするけど、気にするだけで尚進む。
ねぇ、見えているかな。私、少しは貴女に肖れたかしら。ほんの僅かであっても、貴女に肖れたかな。
だから貴女に送る事にするね。私に送ってくれたものをお返しする為に。貴女が織ってくれた数え切れないほどの輝かしさ。
全ては、それに返せるように。
貴女の為に。全ては、貴女が織ってくれた思い出に省みれるように――――
さぁ、行きましょう。一緒に。最後の、最後まで。
アーニャ=トランシルヴァニアではなくて。突貫魔法少女ホライゾンとして―――
さぁ、あの地平線まで、行くわよ。