Act1-23

 

【エヴァ】


「ふふっ、なるほど…気配を絶つ、か…」

「拙者でも捉え難いほど、気配の消し方が秀逸でござるな…」

森全体に糸を張り巡らせて逃げ道を塞いだつもりだったが、突然先程まで感じていた志貴の気配が消えた。
楓ですら気配を捉え難いとなれば、糸を張り巡らせたとしても捕えることなど難しいだろう。
つい先程、糸に軽い反応があったが…恐らくはフェイク。
不死である私に『死』の恐怖を感じさせ、忍にすら気配を捉えさせないほどの実力を兼ね備えているとは…志貴のヤツ、中々に面白い逸材のようだな。

「茶々丸、先回りするぞ。そうだな…学園前辺りがいい」

「マスター、学園前から魔力を感じますが…それでもよろしいでしょうか?」

確かに学園前の階段付近の方向から魔力を感じたが、大したことは無いだろう。
ぼーやもそちらに向かったし、敵がいたとしても私が出るまでもない。
弟子の力を過信している訳ではないが、これしきのことを乗り越えられないのであれば、容赦なく切り捨てるまで。

「構わん。…どうせ、ぼーや達だろう。なら、志貴の足止めをさせるのも悪くない」

「はい…では、先に失礼します、楓さん」

「あいあい。…エヴァ殿、これは単なる某の直感でござるが…あまり志貴殿を追い詰め過ぎない方がいいと思うでござるよ」

いやに深刻そうな楓を一瞥し軽く手を上げて応えると、茶々丸と共に夜の空へと飛び立った。




〜朧月〜




【ネギ】


「あの男の人は楓さんに任せてきたし、大丈夫だろう」

明らかに雰囲気のおかしかったヘルマンさんが襲ってきた時に、黒髪に黒縁眼鏡の男性が割って入ってきた。
魔法使いには見えなかったし、刹那さんのように『気』を使うようにも見えない。
なのに、ヘルマンさんの石化の光を受けても、彼は何の障害も無く立ち上がって戦っていた。
でも石化が効かないなんて、アスナさんみたいな力を持った人だなぁ…。

「そういえば、アスナさんは…あ、学園前にいた」

学園前の階段付近に、アスナさんと刹那さんとこのかさんがいた。
その向かい側に、黒髪にどこかの制服を着た男性が立ち、その足下に修学旅行で戦ったお猿のお姉さんが倒れている。
アスナさんは男の人に向けてハリセンを構えていたが、階段の上にいる刹那さんはなぜか刀を抜いたまま、ぼうっと立ち尽くしている。

「アスナさーん!! どうしたんですか?!」

「っ!! ネギっ、そいつに近づいちゃダメっ!!」

「アニキッ、その男は危険だ!」

両手をポケットに突っ込んだ制服姿の男性の後ろに着地すると、カモ君とアスナさんが叫んできた。
その声に驚いて男性の方を見ると、薄ら笑いを浮かべながらこちらを一瞥する。
その顔は、眼鏡こそしていなかったが、先程の男性と瓜二つだった。

「え、あれ…? あなたは森で倒れてたはずじゃ…?」

「ふ…こんないい夜に出歩くのは、もっとオトナになってからでないといけないな、坊や」

『坊や』…?
彼はさっきまで、僕のことを『ネギ君』と呼んでいたはず…。
それに…あの森からここまで、こんな短時間で辿り着けるはずが無い。

――――この人、さっきの男性とは違う!

「…とはいえ、先約があるのでね。君は後回しだ。さて…」

男の人は、手から手品のように小さな花を取り出すと、アスナさんに向けて放り投げる。
そしてアスナさんが怪訝な表情で花を受け取ると、男の人はポケットからナイフを取り出し、眼を蒼く輝かせながら『死』を宣告した。

「受け取りな…君への手向けの花さ。…さぁ――――殺し合おう」

「姐さん、危ねぇっ!」

「アスナさんっ!!!」

胸が地面に着くのではないかというくらい体勢を低くした男の人は、通常の人では視認するのも難しいくらいの速さでアスナさんに肉薄して、ナイフを持っていない方の手を喉下へと伸ばした。
アスナさんは間一髪後ろへ跳んでその手を避けたが、男の人は攻めの手を緩めずに短刀を振るって、アスナさんを追い詰めていく。
ハリセンで辛うじて攻撃を受け流しているが、徐々に男の人の攻撃が当たり始める。

こんなに凄い人がいるなんて…。
男の人は『魔法』どころか『気』すら使っていないというのに、魔法で強化したスピード並の速さを誇っている。
その動きは『瞬動』のようにも見えたが、アスナさんに急加速して近づいたかと思えば、振り下ろされたハリセンを紙一重の所で急停止して避け、そこから再び急加速して懐へ入り込むという、緩急自在の不可解な動きをしていた。
アスナさんの攻撃は、その不可解な動きに翻弄されて全て空振りしており、ただ体力だけが無駄に消耗していく。
その証拠に、アスナさんは既に肩で息をし始めていた。
…って、ボーっとしている場合じゃない! アスナさんを助けなきゃ!

「くっ、風花・武装解除!!」

アスナさんの心臓目がけて突き出されそうになっていた刃は、魔法が生み出した強風に弾かれ宙を舞う。
武器を失った男の人は、後ろに跳んでアスナさんと距離をとる。

「ナイス、ネギ!! てやああぁぁっっっ!!」

「甘い…。蹴り――――穿つ!」

アスナさんがチャンスとばかりに後ろに下がった男の人を追ってハリセンを思い切り振り下ろそうとしたその時、いつの間にか懐に入り込んでいた男の人の痛烈な蹴り上げがアスナさんの腹部に決まる。
男の人の足はアスナさんの鳩尾から顎までを蹴り上げ、アスナさんの体は宙高く吹き飛ばされた。
かなり高く吹き飛ばされたからその威力は恐るべきものだけれど、アスナさんの体を覆っていた僕の魔力によって、致命的な一撃には至っていないはず。

「あ…うっ…!」

「アスナさんっ!」

「アスナーっ!!」

しかし、アスナさんは階段の前の地面で背中を強打して、苦しそうに顔を歪めて動けずにいる。
慌てて倒れたままのアスナさんに駆け寄ると、階段の上からこのかさんが心配そうな表情で駆け下りてくる姿が見えた。
このかさんが危ないと思い男の人の方に杖を向けたが、男の人は何もせずに階段の上に立ったままの刹那さんに視線を向けている。

「武器を失っただけで好機と思うのは浅はかな行為だな。…なぁ、『せっちゃん』?」

「ッ!!!!!」

冷笑をたたえた男の人に言葉をかけられた刹那さんは、遠目にもわかるほど、ビクリと体を震わせる。
刹那さんは目を見開いて、顔を真っ青にさせながらガタガタと体を震わせていて、今にも手に持った刀を取り落としてしまいそうだった。

「…さて…残念ながら、一日目の上映はここまで。お楽しみいただけたならば恐悦至極に存じます。では、今宵はこれにて…」

男の人はそんな刹那さんに向けて優雅に一礼すると、そのまま背を向けて歩み去っていく。
黙って見送るしかない僕らの目の前で、その後ろ姿は闇に溶けるように消えていったのであった…。





□今日の裏話■


「…ええんか、楓姉ちゃん。あの七夜の生き残り、放っといたら危険なんとちゃうか?」

エヴァンジェリンと茶々丸が去った後、楓の頭上から小太郎が声をかけてきた。
楓は志貴達の去った方向に視線をやると、いつものような笑みを浮かべて上にいる小太郎を見上げた。

「大丈夫でござるよ。…志貴殿の話を聞いたなら、コタローにも判断できるのではないか?」

「…まぁな。悪い奴ちゃうんはわかったけど…あの殺気は異常やで」

小太郎は志貴にまだ警戒感を抱いているのか、志貴の去った方向に鋭い視線を向けていた。
そんな小太郎に優しく微笑むと、楓は町に向かって歩き始める。
忍である楓は直感的に志貴の持つ危険な力に薄々感づいてはいたが、先程話してみてそれを律するだけの強靭な精神力を持っているとわかり、志貴を信頼してもいいと判断したのである。


「さて…この事件、解決は志貴殿達に任せるとして…。某は某に出来ることをするでござるか」

 

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