Act1-25

 

【刹那】


「…なぁ、『せっちゃん』?」

「ッ!!!!!」


――――『せっちゃん』。


私の脳裏に、あの男の子の懐かしい声が流れる。
死んだと思っていた男の子――――志貴ちゃんが生きて、目の前にいる。
もう聞けないと思っていたあの声が、もう見れないと思っていたあの顔が、目の前にある。
…けれど、突き付けられた残酷な現実に、動揺する。

「…さて…残念ながら、一日目の上映はここまで。お楽しみいただけたならば恐悦至極に存じます。では、今宵はこれにて…」

優雅な一礼と共に、彼は夜の闇へとその姿を消していく。
私は何も言うことが出来ず、彼の消えた闇を見つめて、ただただ体を震わせていた。
彼は嬉しそうに笑っていたけれど、私に会えて嬉しいから笑っていたのではない。
…彼の眼には私の姿が殺すべき『魔』として映り、そして殺す対象として嬉しいから笑っていたのだ。

「何で…? 何であんな…冷たい眼をするん…? ウチが…ウチが烏族やから…?」

やはり私が烏族の血を引いているという事実は、拭い去ることが出来ないらしい。
だって、私に人の温かさを教えてくれた彼にまで、私は人ではないと否定されてしまったのだから。


『…大丈夫。どんな姿になっても、僕はせっちゃんのこと好きだから』


彼の笑顔が、温かい想い出が、すべて罅割れていく――――




〜朧月〜




【エヴァ】


「あ――――」

森から出た志貴の後を上空から追跡していると、高音と愛衣とかいう魔法生徒と戦っている姿が見えた。
高音は『黒衣の夜想曲』を使い、怒涛の攻勢を見せていた。
しかし、志貴の方が一枚上手だったようで、高音の使う操影術の巨大人形は、背後へ回り込んだ志貴の一撃をもって消滅した。
中々興味深いものを見て満足しながら、麻帆良中央駅へ向かう道の先にあったガードレールに腰を下ろして、志貴を待ち構える。
そして案の定、姿を現した志貴は、ガードレールに座る私の姿を一目見て、呆けてしまったかのように固まっていた。

「…おい、どうした?」

「アルクェイド…」

ポツリ、と呟いた志貴のその言葉は、私の興味を引くのに充分過ぎた。

「アルクェイド…? …まさか…アルクェイド・ブリュンスタッドのことか?」

真祖の王族の称号たるブリュンスタッドを名乗ることを許された、真祖の姫君。
堕ちた真祖を狩るための兵器として生み出された、最強の真祖。
同じ真祖でも私とは違い、世界の意思によって生み落とされ、思うだけで世界の有様すら変えることの出来る力を持った、まさに超越種といってもいい存在だ。

「…なぜ、貴様の口から真祖の姫君の名が出るのか、是非とも聞かせて欲しいものだな」

「…あ、あぁ…ゴメン。つい、見惚れてた」

…。
よくもまぁ、そんなセリフをぬけぬけと…。
だが、言われて悪い気もしない。
…顔が熱くなってきているのは気のせいだ。

「ふ、ふん…志貴、お前からは色々と聞きたいからな。悪いが、お前の身柄を捕縛させてもらう」

「あぁ、構わないけど…?」


「こんばんわ、『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』。そして――――志貴」


志貴の視線が、私の背後へずれたことに気付いて後ろを見やると、そこには銀の髪に大きな白いリボンをした少女がいた。
歳は私と同じか、少し上くらい。
だが、その尖った耳と紅い瞳は、明らかに人外であることを示していた。

「白い…レン?」

「えぇ、そう。私はレンの中にある、使われない力と言葉…それが具現化した姿よ」

レンと名乗った少女は、スカートの裾を軽く摘み優雅に会釈する。
そして、妖艶な笑みを浮かべながら、志貴を見つめた。

「ふふ…『ワラキアの夜』がその力を失い、私がその力を奪った。…でも、力は手に入れたけれど、本物のレンが持っているモノを、私は持っていない。だから今回、それを手に入れるためにこうして舞台を用意させていただいたのよ」

「ふん…なるほど。この騒ぎの元凶は貴様、という訳か…」

「…マスター、あの少女の魔力と、町を覆う魔力が一致しました。ですが…」

懐の魔法薬を取り出して魔法を唱えようとしたが、レンとかいう少女の姿が揺らぎ、徐々に薄れていく。
消滅するのかと思ったが、どうやら様子が違う。
紅い瞳で志貴を見つめたまま、不敵な笑みを浮かべている。

「レンは、貴方を好いているわ。…だから、私も貴方を手に入れなきゃ本物になれない…。次の夜には、貴方を手に入れて見せる。必ず奪って見せるから…楽しみにしていて、志貴」

「? …えーっと…」

何やら告白に近いものをして消えていったが、どうやら次の夜も現れるらしい。
だが志貴を見ると、頬をかきながら、今言われたことを理解していないようである。
…何とも愚鈍な男だ。

「…随分とモテるようだな、志貴?」

「嫉妬ですか、マスター?」

…。
とりあえず、最近おかしい自分の従者のネジを、限界まで巻き上げておいた。





□今日の裏話■


『ターゲット、沈黙。コレヨリ、第二フェイズニ移行シマス』

田中さんズを破壊し尽くし、高音と愛衣を弾き飛ばしたメカ翡翠は、麻帆良の町を移動し始めた。
足の裏に付いたローラー機能を出して、まるで滑るように夜の麻帆良の町を走り抜ける。

『第二フェイズ――――麻帆良ノ町ニツイテノデータ収集ヲ開始シマス』

メカ翡翠は周囲を見渡しながら、次々に麻帆良のデータを収集していく。
そして学生寮の前を通りがかった時、二人の少女と擦れ違った。


「ね…ねえ、ゆえゆえ――――アレ…」

「…どうせ麻帆良大学工学部の作品でしょう。まったく…くだらないモノを造るです」


擦れ違ってから急停止したメカ翡翠は、その二人の方へと振り返ると、同じようにデータを収集し始める。
宮崎のどかのデータを収集し終え、綾瀬夕映のデータ収集を始めたところ、ある部分でメカ翡翠の視線が止まった。
そして、メカ翡翠の口から一言――――。


『アキハ。ナイチチ。ペッタンコー』


「?!」

驚愕の顔をしたまま固まった二人の少女を置いて、メカ翡翠は夜の町へと消えていったのだった――――。

 

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