Act2-4


【刹那】


「……で、そいつの変な動きのせいで、距離感が狂っちゃってまったく当たらないのよ」

「おや……何の話をしてるでござる?」

「お、楓。おはようアルー」

 夕映さんとのどかさんの昨夜の説明については終わったらしく、代わってアスナさんが朝倉さんや古菲に、昨夜の志貴ちゃんとの戦いの話をしている。
 HRまで後数分というところで楓が教室に入ってきて、たまたまアスナさんの話している内容が聞こえたのか、興味深そうに話の輪の中に加わっていった。
 楓はアスナさんが話す昨夜のことを、頷きながら聞いている。

「……それで、そいつが……」

「……待つでござる。その黒髪の男性、黒縁眼鏡はしていたでござるか?」

 志貴ちゃんとアスナさんの戦いの話になった時、楓が不意に真剣な声音でアスナさんに奇妙なことを聞いた。
 彼は元々視力が良かった上、そんな暗殺の際に邪魔になりそうな物は身に着けたりしない。
 それに私とお嬢様は、学園の奥の方から来た彼と擦れ違っているのだから、間違いようが無い。
 妙なことを聞く楓を不思議に思いながら、昨夜の出来事で未だ動揺する心を落ち着かせるために、再び窓の外へと目をやる。

「えっと……商店街近くの道で会った時は、してたわよ。でも、学園前で会った時はしてなかった。私が戦ったソイツは、眼鏡はしてなかったけど……瓜二つってくらいにその黒縁眼鏡した人に似てたわ」


「――――え?」


 だが、私の予想に反して、アスナさんは奇妙なことを口にし始めた。
 彼は、学園の奥の方から歩いてきたはず……。
 学園の奥から歩いてきた志貴ちゃんと擦れ違い、そしてそのまま学園前へと歩いていった姿を、私とお嬢様が確かに見ている。
 商店街方面から学園前の方へ歩いてきたと言うのなら、私とお嬢様は彼に出会うはずが無い。

「ふむ……おかしいでござるな。その時刻、その黒髪に黒縁眼鏡の男性は郊外の森にいたでござるよ?」

「……あれ? そういえばあの眼鏡の方の人、ネギの杖に乗って一緒に森の方に向かって……」

「おはよーっ!! かえで姉ー!!」

「おはようございますー。何話してたですか?」

 アスナさんは楓に言われて首を傾げながら何か呟いていたが、魔法に関わっていない鳴滝姉妹が入ってきたので、皆で他の話題にすり替えて何とか誤魔化している。
 しかし、楓やアスナさんの言葉からすると、昨夜私達が出会った殺人鬼へ変貌してしまった『彼』と、アスナさんと楓が会ったという黒縁眼鏡をした『彼』の二人がこの町にいるということになる。


 これは一体、どういうことなのだろう……?




〜朧月〜




【愛衣】


「お姉様、昨夜のことは……」

 登校途中、私はお姉様の後をついて歩いていた。
 昨夜、お姉様の『黒衣の夜想曲』は、志貴さんに一撃で破られた。
 あの後からずっと、お姉様は深刻な表情を浮かべて、何かを考えているように見えた。

「……愛衣。……私のアレが消える直前、志貴さんは確かに眼鏡を外したのよね?」

「え? え、ええ……確かに眼鏡を外して、短刀でお姉様の魔法を消し去りました」

 私の答えを聞いて、お姉様は道端で立ち止まり考え込む。
 気付くのが遅れてお姉様を追い越してしまい、急いで戻りお姉様の隣に立つ。

 ――――私も最初、目の前で起きたことが信じられなかった。

 お姉様を守る巨大な影人形の防御は固く、武闘会ではネギ先生の強力な一撃すら防いで見せた。
 しかし、その堅固な守りが、何てことは無いただの短刀の一撃で崩される……否、消滅させられたのだ。
 音も無く影人形の背に突き刺さった短刀からは、何ら魔力的なものは感じなかった。
 それは志貴さんが気絶しているうちにしっかりと調べたのだから、間違い無い。
 他に考えられるようなことといえば……。

「……愛衣、あの眼鏡は調べた?」

「え……いえ、普通の眼鏡だと思っ、て……?」

 ふと、何かが引っかかる。
 気絶した志貴さんを保健室に運び込んで、着けたままの眼鏡を外した時に感じた微弱な魔力。
 その時は、単にちょっとした魔力が付与された眼鏡だと思い、大して気にせずに置いたのだが……。

「まさか……魔眼、殺し……?」

「そう、それもかなり精巧に造られたものよ。そして……私の『黒衣の夜想曲』を消滅させたのは、彼の持つ……何らかの『魔眼』」

 ――――『魔眼』。

 様々な効力を持つ魔眼が確認されているが、代表的な効果の例を挙げるならば、『魅了』や『石化』などであろうか。
 ギリシャ神話のメドゥーサが持つ『石化の邪眼』などが、一番代表的だろう。
 しかし『魔眼』というものは、その眼で見た対象のものに、何らかの効力を与えるのが普通だ。

「でもお姉様。眼鏡を外した志貴さんと視線を合わせた私は、何とも無いんですけど……」

 突如お姉様の背後に姿を現した志貴さんが眼鏡を外し、短刀を影人形の背に突き刺して消滅させた直後、私は彼と目を合わせてしまっている。
 冷たく光る蒼い彼の眼に射抜かれた時、私は恐怖と同時に陶酔したように惚けてしまっていた。
 しかし、影人形が彼の魔眼によって消滅させられたのなら、目を合わせた私も消滅していなければならないはずだ。
 いや、それ以前に魔法を消滅させる魔眼など、在り得るのだろうか?

 お姉様と考え込んでいてふと顔を上げた時、ある人物がお姉様の背後に立っていることに気付いた。
 私は慌ててそのことを教えようとしたが、お姉様は背後の人に気付かずに口を開く。

「……魔眼所有者、という考えは当たっていると思ったのだけれど……」


「魔眼所有者、か……。高音君、愛衣君、その話を詳しく聞かせてもらえないかい?」


 お姉様は驚いて振り返り、声の主が高畑先生だと気付くとバツの悪そうな表情へと変わる。
 昨夜、高畑先生から危険だから外に出ないように言われたが、私達はそれを聞かずに出歩いていたのだ。
 お姉様が責任に問われると思い、庇うために私が口を開こうとした時、シスター服の女の子が凄い勢いで横を駆け抜けていった。

「おっと……美空君! ちょっと来てくれ」

「へ? ……あ、高畑先生。どうかしたんですか?」

 少し走り過ぎ去ったところで急停止して戻ってきたシスター服の少女は、ネギ先生の担当する3−Aの春日美空さん。
 シスター・シャークティに師事していて、陸上部に所属しているせいか足が速かったのを覚えている。
 ……主に逃げ足が。
 高畑先生は、私達に学園長先生が呼んでいることだけを告げると、何の咎めも無く歩み去っていった。
 しかし、学園長先生が呼んでいるということは、今回の事件がそれだけ重大だということなのだろう。
 私とお姉様は表情を引き締め、学園長室へと向かう。

 ……ちなみに美空さんは、やる気無さそうな大きなあくびをしながら、私達の後ろをゆっくりと歩きながらついてきていた。





□今日の裏話■


「ふーん……黒縁眼鏡に黒髪の男性で、昨夜商店街の方で会った時は茶のパーカーに黒のジーンズを着てたワケね?」

 メモ帳を懐から取り出した朝倉和美は、アスナから聞き出した男の特徴をそこに書き込んでいく。
 アスナが事細かに聞いてくる朝倉の手帳を覗き込むと、そこには聞きだした情報から想定されることなども書かれていた。

「……朝倉、捜してくれるの?」

「まあねー。任せなさいよ、私にはとっておきの情報源があるんだから。ね、さよちゃん?」

『あう……あんまり遠くまでは行けないと思いますよ? 何と言っても自縛霊ですから』

 朝倉はすぐ隣で浮かんでいる自縛霊――――相坂さよに笑いかける。
 彼女は朝倉の隣の席…通称『座らずの席』の主で、六十余年近く自縛霊としてそこにいた。
 自縛霊と言っても、怖がりなので至って無害と言ってもいい。
 その姿を見るのは魔法使いであってもかなり難しいらしく、朝倉は隣の席だからという理由で見えるらしい。

「ん……まあ、そりゃそうかもしれないけど……。気をつけてよ、さよちゃん。……あの男の人、霊すら殺しそうな気がするもん」

『はい〜、それじゃあちょっと見てきますー。朝倉さん、授業の方お願いしますね』


 さよは学園から外に出ると、朝倉に教えられた特徴を持った男性を空から捜し始めたのだった。


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