Act2-7


【志貴】


「はぁ……何とか着いたけど、結構広いなぁ……」

 大学の経済学部棟に到着し、建物の見取り図を見ながら、その広さに感嘆の声をあげる。
 勿論経済学部だけでこの建物全てを使っているという訳ではないだろうが、それでも教室から教室への移動などは大変そうだ。
 しかし、ここまで歩いてきただけでも少し疲れたというのに、これからこの広い建物を歩いて回ることを考えると、かなり骨を折ることになりそうだ。

「……?」

「ん? あぁ、これからここを見て回るんだよ。結構広そうだから、はぐれないようにね」

 問いかけるような視線で首を傾げるレンにそう答えると、レンは軽く頷いて俺の手を取る。
 俺は軽く微笑みかけて、レンの手を引いて大学のパンフレットを貰いに、経済学部の教務課に足を向けた。
 擦れ違う大学の生徒らしき人達は、俺とレンが血の繋がらない兄妹だと思っているらしく、微笑ましいものを見るかのような視線が
向けられる。
 ……一部の男子大学生からは、羨望の眼差しが向けられていた気がするが、気にしない気にしない。

「ハハ……レン、どういう関係か聞かれたら、義理の兄妹って答えような」

 最近の事件性を考えれば、容姿のまったく似ていない女の子を連れている俺は、疑われる要素を持ってしまっている。
 変な誤解を受けてしまったが最後、説明する術を持たない俺は犯罪者として社会的に追われる立場になってしまう。
 「使い魔だ」なんて説明しても、頭がおかしいとしか思われないに決まっている。
 そして俺はロリコン、ペドフィリア、変態などと、さぞかし罵られることになるのだろう……。

「そんな不名誉を受ける訳にはいかないのだよ……。そんなことになったら……そんなコトニ、ナッタ、ラ……」

 過去、俺が受けた遠野家地下帝国での仕打ちが脳裏を過ぎる。
 きっと帰った途端に玄関で待ち構えていた秋葉の親指が下を向き、床が割れて遠野家地下帝国へれっつごー。
 その後のことを想像しただけで、俺の全身が恐怖で総毛立ち、カタカタと細かく痙攣を続けている。


 ねぇ、お願いだから誰か……誰か俺に平穏をください――――。




〜朧月〜




【ネギ】


「……学園長はああ言っていたけれど……」

 学園長からの指示は、タカミチと手練れらしき魔法先生達以外は、寮で生徒が外に出ないように見張ることだった。
 でも……二十七祖を相手に出来るような魔法先生が、タカミチ以外に何人いるのだろう?
 それに、昨夜の男の人についても気になる。
 あの人は恐らく――――。

「……あの、ネギ先生……もう教室に着いていますが?」

「うひゃいいっ?! あ……あぁ、刹那さん」

「……アニキ、驚き過ぎだぜ」

 考えることに没頭しすぎて、後ろにいた刹那さんに気付けなかった。
 更に、目の前には3−A教室の扉がある。
 どうやら考え込んでいながらも、無意識の内に3−A教室へと足が向かっていたようだ。

「先生、今夜も外へ出るつもりなのでしょう? お供しますから、くれぐれも一人で行こうなんて考えないでくださいね」

「あ、はい。わかりました」

 刹那さんは、頷く僕を見て悲しい笑顔を浮かべたが、すぐにそれも消えて教室へと入っていった。
 その背中を見つめながら、昨夜の出来事を思い出す。
 ……あの後、部屋に戻ってからアスナさんから聞いたのだが、昨夜のあの男の人は『七夜』と名乗ったらしい。
 それが本当だとすると、彼は昔刹那さんがお世話になった一族の人だということになる。
 しかも、刹那さんの落ち込み様から推測すると、恐らく……彼は刹那さんにとっての恩人である、志貴さんという人なのだろう。

「……邪魔だ。ぼうっとしてないでさっさと退け、ぼーや」

「え……あっ、マスター、おはようございます。あの、昨夜は…」

「ん? ……あぁ、昨夜か……。ふふっ……そうだな、ぼーやはいずれアイツに会わせてやるか。ハハハハハ!」

 また考え込んでしまっていたらしく、今度は不機嫌そうな顔をしたマスター……エヴァンジェリンさんと、微笑みながら会釈をする茶々丸さんが背後に立っていた。
 あんな奇妙な夜に、エヴァンジェリンさんが外へ出ていないはずは無いと思い、昨夜はどうしていたのか聞こうと思ったら、エヴァンジェリンさんは急に機嫌が良くなって笑顔のまま教室へと入っていく。

「あ、ネギ先生、おはよーございまーっす」

 今度は、シスター服から制服に着替えた美空さんが後ろから走ってきたので、教室の入り口から退いて道を譲る。
 美空さんの後に続くように僕も教室へ入っていくと、あちこちに散らばっていた生徒が急いで自分の席へと戻っていく。
 前の席の生徒と朝の挨拶を交わしながら、教壇に立つ。

「き、起立ー。気をつけー、礼ぃー」

『おはようございまーす!』

 今日の日直であるのどかさんの号令に、クラスの元気な挨拶が続く。
 学園長から指示があったとおり、昨夜のことを学生に伝えて、寮から出ないように注意しておかないと…。

「おはようございます。時間も無いので手短に……。えぇっと……最初に一つ伝えておくことがあります」

「何々? ネギ先生、結婚相手が決まったとか?」

「えぇっ! ほほほ本当なんですか、ネギ先生?!」

「ちっ、違いますーっ! 朝倉さん、変なこと言わないでくださいーっ!」

 朝倉さんの一言で、あやかさんを筆頭にクラス中が騒ぎ出す。
 ネギ王子ご結婚だの、相手はどこかの国のお姫様だの、よくわからない話まで飛び出してきている。
 以前にもこんなことがあったような既視感(デジャブ)を感じて、直感的にこれは一騒動ありそうだと感じた。
 あわわ……収集がつかなくなりそう……。

「ネギくぅーん! その結婚相手って、もしかして私? 私!?」

「何をおっしゃってるんですか、まき絵さん! ネギ先生にふさわしいのは私のような……」

「お、ネギ君争奪戦? よぉっし、のどか、ゆえ、逝けー!」

「はわわわ…ハルナ、か、漢字が違う気がするー…」

「ちょっと黙るです、ハルナ!!!」

 いんちょさんに続いて、まき絵さんやハルナさん達が連鎖反応のように次々に騒ぎ出す。
 やっぱり、このクラスを纏めるのは一筋縄ではいかない。
 ……いや、昨夜の男性のことや、二十七祖のこととか色々問題があるというのに、これくらいのことで挫折してちゃダメだ!
 女性に大声をあげるのは嫌だけど、必死に呼びかければ何とかわかってくれるはずだ。

「は、話を聞いてくださーい! 重要なお話なんですー!」

「ネギ君……まさか……」

 朝倉さんを始めとして騒いでいた人達が、僕の方を見て動きを止めていた。
 僕の必死の呼びかけに、皆事の重大さに気付いたらしく、あれだけ騒がしかった教室の中が静まりかえる。
 やっと話が出来ると思い、ホッと一息ついた。

 ――――が、静かになったのも一瞬のこと。

 ニヤリ、と悪戯めいた笑みを浮かべた朝倉さんに、嫌な予感がした。

「……まさか、もう結婚の日取りも決まっているの?!」

「違いますぅぅぅーーーっっっ!!!」

 その後、再び騒がしさを取り戻した教室で、僕の声はその騒動に掻き消されて皆に届かない。
 僕が諦めの境地に辿り着きかけたところで新田先生が怒鳴り込んできたため、何とか静かになってくれたものの、こんなことで自分は二十七祖とかに勝てるのだろうか、と凄く不安になったのは仕方の無いことだろう。
 ……ハァ。





□今日のNG■


「君、その女の子との関係は?」

 警察が声をかけてきた。
 …そりゃまあ、容姿が少しも似ていないんだから当然か。

「えっと、この子は――――」

「……ご主人様と、奴隷」


 ――――頬を少し赤くしたレンが、小さな声でそう呟いた。
 ああ……レンは可愛いなあ。
 とても可愛らしいんだが――――その言葉は俺にとって死を意味するんだ。


「……君、ちょっと署まで来てもらおうか」


 ギャース!!!


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