Act2-9


【さつき】


『タカミチ様、と名乗られる方達がいらっしゃいましたが……』

「……わかりました。こちらへ通してください」

 シオンが言っていた通り、お昼頃になってタカミチさんがホテルにやってきた。
 部屋に置かれた電話の受話器を置くと、シオンはポシェットを腰に着けていつもの紫色の服を身に纏う。
 まるでこれから戦うといわんばかりの表情に、私は慌ててシオンに声をかけた。

「し、シオン? タカミチさん、これから話し合いに来るんだよね?」

「ええ、昨夜の状況から考えれば、今回のことにタタリが関係しているのは明白ですから」

「じゃ、じゃあ何でそんなに殺気立ってるの? それじゃ話し合いどころじゃないよ!」

 そうなのだ。
 いつもの服装に戻ったシオンは目つきも鋭く、その全身から殺気を放っている。
 協力してくれるというタカミチさん相手に、こんな殺気立ってしまっていては話し合いどころの話ではない。
 シオンは慌てふためく私を一瞥して扉に視線を戻すと、ゆっくりと口を開いた。

「さつき、あなたはわかっていない。私達は吸血鬼だ。……タカミチが昨日協力してくれたからといって、今日も協力してくれる可能性は絶対ではない」

「う……で、でも……」

「それに……フロントはタカミチ『達』と言っていた。……連れがいるということは、最悪の可能性もあり得る」

 半吸血鬼として指名手配されていたというシオンの言葉は説得力があり、反論できるような言葉が浮かんでこない。
 彼女はつい先日指名手配が解かれたばかりなのだが、それまでは命を狙われるような生活を続けてきたのだから。
 そうして私が言い淀んでしまっている内に、部屋の扉がノックされた。


『こちらに戦意は無い……と言っても信用できないか。……実は、この町ではある吸血鬼を匿っていてね。『闇の福音』、とでも言えばわかるかな?』


「――――申し訳ないが、指名手配されていた身故、警戒を解くことは出来ない。それでも構わないのであれば、どうぞ」

 ドアの向こう側からタカミチさんの声が聞こえる。
 その内容からすると、この町でタカミチさん達に匿ってもらっている『闇の福音』と呼ばれる吸血鬼がいるらしい。
 シオンはそれを聞いてしばらく考え込んでいたが、少し間をおいて扉の向こう側にいるタカミチさんに抑揚の無い声で答えた。
 タカミチさんはドアの向こう側で誰かとボソボソと話していたようだったが、やがてドアノブがゆっくりと回る。

 しかし、入ってきたのはタカミチさんだけではなく、それぞれ制服の違う二人の女の子達も一緒に入ってきた。




〜朧月〜




【愛衣】


「遠野グループホテル……ここに詳しい情報を知っている人達がいるんですか?」

 高畑先生の車で着いた先には、とても高いが全てが高級なことで有名な、遠野グループホテル麻帆良支店が聳え立っていた。
 私は一度も遠野グループのホテルに泊まったことは無いが、全国主要都市には必ずと言っていいほどあり、留学先のアメリカでもサービスの良い高級ホテルとして有名になっていた。

「ああ、遠野グループの会長からある人を捜すよう頼まれてここに来ているらしい」

「遠野といえば、混血の宗主ですよね。もしかして……その捜している人も混血なんですか?」

「いや、探している人は会長の義理の兄でね。その人達が言うには、兄の方は混血ではないらしい」

 険しい表情を浮かべたお姉様の問いに、高畑先生は苦笑を浮かべながら答える。
 混血というのは、人では無いモノの血を引いた者達の総称で、大抵の場合何らかの力を持っているという。
 けれど、遠野家を継ぐべきはずの長男が義理の兄だなんて、何か不思議な気がした。
 何が不思議なのか自分でもわからずに考えていると、いつの間にかホテルのフロントで手続きを終えて、最上階のある部屋の前まで
来ていた。
 しかし、扉の向こう側からは抑えた殺気が感じられ、こちらが下手に動けば攻撃を仕掛けてきかねなかった。

「こちらに戦意は無い……と言っても信用できないか」

「(……高畑先生、大丈夫なんですか?)」

 ノックをして、高畑先生が扉越しの向こう側にいるであろう人に声をかけるが、中からの返答は無い。
 不安に思って私が小声で訊ねると、高畑先生は私達に苦笑した表情を見せてから、驚くべきことを口にした。

「……実は、この町ではある吸血鬼を匿っていてね。『闇の福音』、とでも言えばわかるかな?」

 高畑先生は、『闇の福音』……エヴァンジェリンさんをこの町で匿っていることを口にした。
 エヴァンジェリンさんは十五年前に賞金首から外されてはいるが、それでもその名は魔法世界に知れ渡っている。
 おいそれと話して良いような内容ではない。
 それを聞いても扉の向こう側からは反応が無かったが、しばらくして凛とした女性の声が聞こえた。


『――――申し訳ないが、指名手配されていた身故、警戒を解くことは出来ない。それでも構わないのであれば、どうぞ』


「(……高音君、愛衣君。君達はここで待っていなさい)」

 女性の言葉と同時に殺気は多少和らぎ、私達は高畑先生と共に部屋に入ろうとする。
 しかし、高畑先生は私達を手で制して、小声で部屋の前で待つように言ってきた。
 私達も一緒に入ると、指名手配されていたという部屋の中の女性が更に警戒するかもしれないからだろう。

「(私達も行きます。……先程仰っていた遠野グループ会長の義理の兄というのは、あの志貴さんのことでしょう?)」

「(彼女達が欲しいのは志貴さんの情報なんですよね? でしたら、私達も関係があるはずです)」

 確かに高畑先生は、昨夜のことについて話し合うためにここに来ている。
 しかし、扉の向こうにいる女性は志貴さんを探すという目的もあり、志貴さんについての情報を持っている私とお姉様にも用があるはずだ。
 高畑先生は諦めたような表情を浮かべて一つ深いため息をつくと、何も言わずにドアノブに手をかけて扉を開いた。
 私とお姉様は顔を見合わせて頷き合うと、高畑先生に少し遅れるようにして部屋の中に入る。

「ああ……彼女達は、写真の彼に会ったという子達でね。実際に聞いた方がいいだろうと思って、連れて来たんだよ」

 部屋の中にいたのは、薄紫の髪を三つ編みにして、同じ紫色の服とベレー帽に白のミニスカートを身に纏った女性と、茶色の髪をツインテールにした女性の二人。
 ツインテールの女性の方は困ったような表情でオロオロしていたが、ベレー帽の女性は私達に鋭い視線を向けてきている。
 しかし高畑先生が私達が志貴さんの情報を知っていることを告げると、少しだけ警戒を解いたように見えた。

「……私の名はシオン・エルトナム・アトラシア。アトラス院の錬金術師です」

「あ、えっと……私は弓塚さつき。三咲高校の三年……になるのかな?」

 ベレー帽の女性――――シオンさんが自己紹介したのに続いて、さつきさんがツインテールを揺らしながらこちらに頭を下げて自己紹介してきた。
 シオンさんの言うアトラス院とは、魔術協会三大部門の一つで、エジプトのアトラス山にある錬金術師の学院のことだ。
 なるほど、魔法協会とは決定的に仲の悪い魔術協会側の人間ならば、私達魔法使いを警戒していてもおかしくは無い。
 でも相手が名乗ったならば、こちらも名乗るのが礼儀というものだ。

「聖ウルスラ学園女子高校二年、高音・D・グッドマンです」

「麻帆良学園中等部二年、佐倉愛衣です」

「高畑・T・タカミチ。麻帆良学園の教師で、この町の広域指導員をしている」

(コンコン)

 互いに自己紹介を終え、ソファーに向かい合う形で座ってからしばらく沈黙が続いていたが、その沈黙を破るようにドアをノックする音が部屋に響く。
 カチャリ、というドアを開ける音と共に何者かが入ってきたので、その場にいた全員が警戒するように身構え、部屋の入り口に向けて視線が集中する。
 しかし、入ってきたのはホテルの男性従業員で、紅茶を淹れて部屋から去っていった。

「あ、あはは……ごめんなさい。私、ルームサービスで紅茶頼んだの……忘れてました」

「まったく……さつき、貴女は少し緊張感を持つべきだ。私達は吸血鬼で、目の前には魔法協会の魔法使い達がいるのだから、少しは警戒すべきというものです」

 照れ笑いを浮かべるさつきさんを、シオンさんが呆れたように叱っている。
 しかし、その言葉の中で聞き逃すことのできない単語があった。

「吸血鬼……? シオンさんとさつきさんは、吸血鬼なんですか?」

「ええ、私は今回の事件に関わる吸血鬼に、さつきは以前三咲町で起きた事件の犯人に血を吸われて、それぞれ吸血鬼になった」

「なるほど。……なぜ高畑先生がエヴァンジェリンさんのことを仰ったのか、ようやく理解できましたわ」

 高畑先生がエヴァンジェリンさんをこの町で匿っていることを話すことで、吸血鬼である彼女らも場合によっては匿うことも可能であるということを示したのだろう。
 まあエヴァンジェリンさんの場合は、この町に張られた結界によって力を大幅に抑えられているので匿っているのだが。
 ボーイの方が淹れていってくれた紅茶を飲みながらしばらく沈黙が続いていたが、やがて高畑先生が口を開いた。

「さて……そろそろ情報の交換といこうか」





□今日の裏話■


 昼休み――――

「あれ……高畑先生、どちらへ行かれるんですか?」

「ん……愛衣君か。まぁ、ちょっとね」

 昼休みになってお姉様のところへ向かう途中、偶然駐車場へ歩いていく高畑先生を見かけて声をかけた。
 高畑先生は言葉を濁して答えてくれなかったが、直感的に昨夜のことに関係することだと思ったので、更に問いかけてみる。
 しかし、やはり私達を今回の事件に関わらせたくないのか、困ったように笑うだけで答えてくれずにいた。

「愛衣……と、高畑先生? 愛衣、どうかしたの?」

「あ、お姉様。実は……」

 丁度良く現れたお姉様に事情を話すと、お姉様は高畑先生に挑むような表情で静かに問いかける。
 やがて私達の粘り強さに根負けしたのか、高畑先生は昨夜のことについて、詳しい情報を知っているという人達に話を聞きに行くと話してくれた。


 ――――その後は当然、その場に連れて行ってくれるまで粘り強くお願いし続けたのは言うまでも無いだろう。


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